ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
さあ、強姦してもらおうか
作者:宇飼純生
「さあ、強姦(おか)してもらおうか」
 深夜の公園の茂みに入るなり、()は木に手をつき、肉付きの薄い尻を突きだしながら、その姿勢とは裏腹に凛として言った。
 どこかで、犬が吠える。
「無理です」
「無理ではないだろう」
 首をまわし俺をねめす。とげのある視線から逃げると次に目に入ったのは彼の臀部だった。薄暗い環境の中でも、その曲線がマグカップを彷彿させるしなやかで健康的であるのと、コテで整えたように吹出物(イレギュラー)がひとつも見当たらず、
 ──確かに無理ではないかもしれない。
 そう一瞬思ってしまい恥じた。彼の臀部の美しさと共に死ぬまで忘れられないだろう。
「さあ」彼は尻を振った。「さあ、さあ、さあ」
 鼻白み、あわあわと白痴になって俺は後退した。風で茂みの草が揺れた。そこから野良犬が顔を出して、くううん、と鳴いた。俺も泣きたかった。
「だめですよ、やっぱり、こんなのって、ええ、だって僕たち男同士じゃないですか。いや、異性だったらオーケーとかそういう話でもないんですけども」
「でも決めたはずだろ」
「はい、決めました。確かに。決めましたけどやっぱり無理です。僕はやっぱりこういう行為は、ちょっと、ああ、だいぶ、何が言いたいんだろう。ああ」
「落ち付きたまえ」
 半裸の人間になだめられて落ち着ける人間などいるはずがなかった。同性愛者なら興奮するだろうし、非同性愛者ならなおさらだ。そして自分はもちろん後者であり、それなのに男を強姦しなければならないなんて。
「じゃんけんで君は勝った。そして強姦する立場を選んだ。間違いはあるか」
「合ってます。その通りでございます、はい」逃げ出したかった。「でもですね、その」
「でももクソもない。早く勃たせるもの勃たせて、それを私の……」彼は尻を叩いた。さながら騎手(ジョッキー)だ。「ここに刺せ!」
「勃ちませんよ!」
「さあ、さあ、さあ!」ぺちんぺちんと音をたてる尻を左右に振った。それで俺を興奮させるつもりらしい。「強姦してくれ! ぱっちこーい!」
小森(こもり)先輩…」
 目まいがしてその場に崩れた。叩かれる尻の音と弱々しい野良犬の声がどうしてか相まって、幻覚を生み出しそうだが、目下視界に映る悪夢以上の悪夢などありそうにない。むしろこれ以外の悪夢なら歓迎する。


 この異常な状況の礎石となったのは今日の──深夜だから昨日か──放課後に部室のパソコンに届いた一通のメールだった。そのメールはエロマンポルノ賞の結果報告と現役作家陣で構成された審査員の批評だった。
 エロマンポルノ賞とはK談社が官能小説をプロアマ問わず募集し、その中から大賞、奨励賞、等々、等々をおくる、いわゆる文学賞の一種である。古くから読み繋がれる文学作品には官能的展開がよく見受けられるのは読書家ならずとも知っているだろう。それにも関わらず、長らく文壇は官能小説という(ジャンル)を黙殺してきた。
 しかし、二千年初頭に突如として現われた平成の文豪──阿智須独逸(あちすどいつ)の一言によって文壇、ひいては文壇バーなどと呼ばれる湿っぽい根暗たちの住処は衝撃の大波に襲われ、あわや転覆。どうにかこうにか態勢を持ち直した結果、K談社がエロマンポルノ賞を創立したというのが一般的な風説である。詳しくは阿智須独逸による伝説の一言を冠にしたエッセイ『スケベなくして文化なし』を読まれたし。
 俺が大学で所属する官能小説座談会は前述のエロマンポルノ賞に自信作『風と共にじゃ逝けぬ』を応募したのだが、落選。官能小説を読み漁り、感想を言い合うだけでなく日頃から文筆修練をしていればと悔んだが結果は変わらない。裏返ったコインは触れないのであれば永久に裏返ったままなのだ。
「落選ですか」
「そのようですね」
「まあ素人が勢いで書いたものですし」
「当然の結果といえば」
「当然ですね」
「来年がんばりますか」
「そうしましょう」
 会員は笑みを浮かべて口ぐちに軽口を叩いていた。来年こそは、という気負いすら感じられた。だが、俺の読みあげた落選メールに申し訳ない程度に添えられた短文の批評で部屋の空気は一変した。暗幕が落ちたようにぷつりと空気がとまった。

 応募作品『風と共にじゃ逝けぬ』批評
・文が全体的に稚拙である。官能以外の小説にも手を出してみてはどうか。
・安易なパロディタイトル通り、展開もお粗末。作者の一人よがりであり、これでは読者が感情移入するのは困難。しかし、主人公のべらんめぇ口調は物語に和みをもたらし◎。
・肝心の性描写がどうしようもない。「あんあん」「うう」「あんあん」「うっ」だけでは無理がある。作者は童貞か? 三万握って風俗に行ってこい。

「──以上です…」
 誰が亡くなったのだろう。ここは誰の葬儀会場なのだろうか。俺は部屋を見回し、欠員がいないか確認したが、指折りは無情にも全員の出席をつきつけてきた。
「…なるほどな」
 水を打ったように静まった部屋にお似合いの沈みきった声が転がった。小森先輩だった。
「まぁそうだろう。うむ。誠だな、真理だな」
「先輩」俺は名前を呼ぶだけで精いっぱいだった。
「一朝一夕で書いたのがバレバレだな。俺たちは官能小説以外読んでいないのは確かだし、それに…」先輩はむごたらしく言葉を切る。「俺たちは全員童貞だ」
 そして、てへっ、と笑った。
 潮が引くようだった。それも音もなく。
 部室から俺と小森先輩以外の会員は姿を消していた。
「先輩! みんなが、みんながいませんっ!」
「慌てるな! どんと構えてろ! 決して泣くなよ! 泣いても気持ち良くなんかないからなっ!」
「はいっ! 上を向いてます!」
「そうだ、上を向いてればいい! 人間は上を向いてさえいれば死なないんだ。たとえ電柱にぶつかっても死なないしな!」
「でもマンホールに落ちたら…」
「堕ちるところまで堕ちてやればいいさ!」
 このときばかりは俺は先輩になら抱かれてもいいと思ったんだ…。でもやっぱりそれは無理だった。だって先輩は風呂は三日に一度だし、歯は生まれてから一度も磨いたことないし、あまつさえそれらをアイデンティティだとか言うし、何より黒子(ほくろ)に毛が生えてるしそれも枝分かれしてるし。
 だから俺は先輩の提案のじゃんけんで勝利して言ったんだ。「強姦してやりますよ!」って。
 そしたら先輩は右手の親指を立てて、「おう、よろしくメカドッグわんわん!」って言った。
「どうせなら外でやろう」と先輩。
「そうですね」俺は頷いた。
「男二人でラブホテルに入る勇気ないしな」
「それに一番大事なのもありませんから」
「うむ」
 先輩と俺は遠い目をした。まだ見ぬ秘境が目の前に広がっているかのように。
 貧乏学生に三万円の余裕なんてなかったのだ。それに俺たちは疲れきっていた。生きるのが少し嫌になっていたのだ。


「風俗に行きましょう。バイト増やして、もう読まない本は売って。そしたら三万ぐらいすぐですよ」
「俺たちは奨学金で大学に通う身。この立場をわきまえずに浪費なんてなあ、よっぽど教養が足りてないやつらにしか行えない所業だろうが!」
「うちの大学でデモしてる人もいましたね。『教育は国民の権利だ。国が学費を負担しろ』でしたっけ。義務教育っていつから延長したんですかね」
「俺は怖いよ。ああも世迷い事をのたまう奴らが社会に野放しにされていくと思うと、おちおちエロ本も買いに行けやしない」
 先輩はくるぶしまでずり下げたトランクスをあげながら言った。説得力と教育論が泣いている。だから俺のほうが泣きたいんだが。
「そもそも次回作は同性愛のテーマで書くつもりなんですか? そんなアブノーマルなジャンルで応募するのは無謀だと…」
「バカヤロー!」だしぬけに半裸の男は俺の顔面に拳を叩きこんだ。「愛に定義などない! 愛に定型などない! 愛は……愛ゆえに愛であり、また愛なのだ!」
 痛みで台詞の半分以上を聞きとれず俺はふらついた。精神的ダメージのお次は、肉体的ダメージか、と半ば投げやりになりつつあるが、ここで自分が平静を崩してしまっては茂みの中で小規模なボーイズラブが巻き起こってしまうのは明らかだ。己を鼓舞するしかない。わななく拳の爪が肉に刺さった。
「た、たしかに名のある文豪の中には同性愛者もいたと聞いてますけども……」
「金閣寺! 潮騒! 音楽!」
「その方はバイセクシャルじゃありませんでしたっけ…」
「バイバーイ! わははははっ! バイバイバーイ!」
 とうとう先輩は壊れてしまった。地にのたうち回りながら奇声をあげている。虚空をかきむしり、よだれをたらし、目は一点をみつめている。その一点とは──
「うわあああああ!」
 洋画エクソシストよろしく、体を反り前進。標的は俺の体だ。股間が恐怖で散々噛んだガムのようになっているのは確認せずとも判った。
「落ち着いて! せせ先輩っ! 気を確かに!」
 しかし先輩は歩みを止めない。ぶわあああ、などと声帯をどう使えば出るのか不明の壊れた空調みたいな声を出しながら後退する俺に迫る。殺される。事態は貞操の保守どころではない。
 背中に激痛が走った。桜の木が俺の行く手を阻んだのだ。自然までも味方につけた先輩は俺にのしかかった。抵抗むなしく、みかんの皮でも剥くように俺から衣服を剥ぎとっていく。
「ほんと、マジで、だめだ、ああ、俺はっ! いやだ! いやだ!」
「嫌も嫌よも好きのうちじゃろうがあ!」
「はじめての相手ぐらいは最愛の人がよかった! せめて女であってほしかった! 俺は贅沢なんだろうか、ジーザス!」
「こん経験を駆使して携帯小説家デビューして人生安泰じゃろうがあ!」
「ああ、いつのまにか普通に会話が成り立ってる! この人絶対正気だ!」
 みるみる内に俺は裸体に近づいていく。肌に草がちくちくと存在をしめしてくる。
「ご開帳お!」
「ああっ!」
 ついに俺は丸裸になってしまった。惜しげもなく裸体を先輩の前で披露してしまった。
「うう……」泣くしかない。「ボーイズラブだよぉ。書店でどうみても小学生の垢ぬけない少女たちが立ち読みしてるあのボーイズラブだよお。男の作家ってだけでネットで叩かれる魔の巣窟だよお」
 息を荒げる猛獣の前に差し出された肉は食い散らかされるのを待つしかない。
「さあ、もうやれよ! 好きしろよ! クソックソッ、明日からどんな顔して大学行けばいいのかわかんねーけど! というかとりあえず明日は休むけど!」
 猛獣は血走った目で黙然と俺をみつめる。生々しい体温が、膝から胸にかけて波紋のように伝わっていく。
 犯される。これから俺は犯されるのだ。
 諦念が脳内に迸って筋肉が硬直した瞬間、
 犬が吠えた。
 例の野良犬だ。まだいたのかお前。俺の醜態を見たいのか。そういうのが好きなのか畜生のくせに。
「うっす」
「あっ、どうも」どんな状況でも挨拶されると返したくなるのが人間の性である。
「さっきから見せてもらってたんですけど」野良犬は言った。「何も体験しなくてもいいんじゃないですかね。うん、今の俺みたいに他人がしてる様を見るだけでもだいぶ見識が広がるんじゃないかな」
「確かに」やおら先輩は俺の体からどいて、いそいそと脱ぎ散らかしてあったジーンズをはいた。まぁそのジーンズ俺のなんだけどね。
「ちょっと先に行ったらベンチがあるでしょ? ほら、自動販売機の近くに」
「ええっと、自販はダイトーですか? コカコーラですか?」
 犬は前足で器用に頭を掻き、ややあって、
「コカコーラのほう」
「あっ、そっちですか。で、そこでなにが?」
 犬は人間然とにんまりと笑い、俺に耳打ちした。暗闇でも黒く光る刷毛のような髭がちくりと当たった。
「青姦…!」
「それはアグレッシブな!」先輩も驚嘆したようだった。いつのまにやら肌の露出が極端に減っている。俺の服を着たのだ。
「見てきなよ、童貞くんたち」犬はげらげら笑いつつ青姦が行われているという方向を指した。「深夜の刺激物ってのどうして美味しいんだろうねえ…」
「まさか、もうあなたは…」
 犬は右前足の肉球を俺たちに向けた。どうやらこの仕草は人間でいう親指を立てるのと同じ意味合いらしい。「もちのろんよ。モロばっちり。しかも女は上玉よ。あんな可愛い顔して露出癖なんて、たまんねえよな。ふひひ。まぁ童貞くんたちにはちょっと厳しいかもしれないけどよ」
「いや美味しくいただけるっす!」
 中学生の頃に土手で拾った湿気を孕んだ官能小説。それから五年、俺は数多のジャンルと死闘を繰り広げてきた。それは同時に数多の窮地を潜り抜けてきたのと同義──。
 清楚美少女露出モノ──。
「腹が鳴ってきたぜ…」
「そうだな…」
「先輩…俺、もういてもたってもいられません。止めないでくださいよ…」
 ふっ、と先輩は口の端をつりあげて、
「お前、いま良い眼をしてるよ」
「先輩だって」
 俺ははにかんだ。そうだ、先輩の目はこういう目だった。きりっとしていた。
「よし、童貞兵士(チェリービーンズ)たちよ。前進せよ!」
「イエッサー!」
 有益な情報をよこした犬に敬礼し、官能小説座談会は戦場へ疾走した。むろん俺は丸裸だ。
 陰茎がたゆたう。夜風が俺を後押しする。開放的な気持ちが多幸感を生み、深夜の公園がパレード会場のようにさえ見えてくる。
「先輩、俺決めましたよ」
「ふっ。判っているが、一応聞いておこう。なにをだ?」
「次回作のことです」
 先輩はうなづいた。自動販売機の発光がぼんやりと見えてきた。
「SF研究会に移籍して、喋る犬を題材にノンフィクションものを書こうと思うんです」
「……手伝うよ」

―終―
 最後まで読んで頂き感謝。
 不快になったのでしたら、書棚からとっておきの一冊を取り出してお口直しするのを推奨します。あなたのとっておきの一冊がもっと格別のストーリーになることでしょう…。

 とにかくこの話を書く上で気をつけたのは「18禁にはしない」でした。言葉を選ぶってのがこうも面倒だとは。昨今のメディアによる言葉狩りにはうんざりだね…。関係ないか。
 このしょうもない話が核となって他短編四作(予定)に繋がるなんてね。本当どうかしてますよ。これじゃ読者さんが増えないわけですよ。
 僕だってラブラブコメディ、うふんあはん、くんずほぐれつ、みたいなの書けますよ。心の中にロマンスの神様を飼ってますからね。頭の中は常時夕暮れの浜辺ですし、
「うがいくーん、待ってー」
「捕まえてごらーん」
「あははー。早いから追いつけないよー」
「そうだろう、そうだろう。サラマンダーなんて目じゃないんだぜー」
「きゃー、素敵ぃー!」
 とまあこんな展開が、あれよあれよ、安売りできるぐらい揃ってます。本当ですって。誰に弁解してるのか判らないけど、本当ですから。信じてくださいね。

 ではでは。また次回もぜひお付き合いください。
作者の残念なツイッターはこちら
評価
ポイントを選んで「評価する」ボタンを押してください。

▼この作品の書き方はどうでしたか?(文法・文章評価)
1pt 2pt 3pt 4pt 5pt
▼物語(ストーリー)はどうでしたか?満足しましたか?(ストーリー評価)
1pt 2pt 3pt 4pt 5pt
  ※評価するにはログインしてください。
ついったーで読了宣言!
ついったー
― 感想を書く ―
⇒感想一覧を見る
※感想を書く場合はログインしてください。
▼良い点
▼悪い点
▼一言

1項目の入力から送信できます。
感想を書く場合の注意事項を必ずお読みください。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。