BLもいずれ出ますが、BLメインではありません。
残酷描写あり の警告タッグも入れていますが、そういうところもある、という程度。
いくつもの恋が絡み合うファンタジーです。まったり更新していきますので、気長に末永くおつきあい頂けたら幸いです。
竪琴がひとつ。
月光を浴びて輝く、銀色の楽器。
その弦が弾かれた気がして、少年は身を起こした。
窓辺の楽器に触れるものは無論ない。
王家の紋の刻まれた、高貴なる竪琴。
触れるものの姿はない。
だが、眼に見えぬ何か。
透けるようなエーテルのような、あるいは化生、もしくは妖しの姿。
それが微笑む。
少年は帳をざっと開き、寝台から降り立った。
薄絹が揺れ、空気が揺らぐ。
妖しげなものは消えうせていて、少年は吐息をつく。
幽霊など、在り得ぬか。
少年は溜息をつく。
幽霊でもかまわないから、ここに立っていて欲しい。
十一歳にしかならぬ少年は、亡き母后を想った。
そしてまた溜息をつく。
亡き母の幽霊なら、間違っても竪琴になぞ触れない。
母上は竪琴をお厭いになり、けして触れたりなさらなかった。
マリウスの手が竪琴に伸びる。
生身とも思えぬ肢体が月光に浮き上がる。
透けるような白い肌に、さらりとかかる白金の髪。
純白の夜着は華奢な体の線を透かせ、裾からは素足が覗く。
か細く整った足先に、真珠のような爪が光る。
「あ」
マリウスは小さく声をあげ、窓を開けた。
流麗な楽の音がはっきりと聞こえてくる。
竪琴ではない。
これはリュートだ。
竪琴よりももっと深い、それでいて繊細な音。
明るく楽しげな、そして美しい音色。
その音に急かされるように、そわそわと服を着た。
女官も呼ばず、衛士にも見つからず、ひとりで部屋を滑り出る。
楽の音は誘うように流れ、マリウスは足を急がせる。
薔薇園の方だ。
楽の音が途切れ、喝采の声がする。
王子つきの衛士たちの声。
無骨な兵たちが素直な感嘆の声を上げる。
母の遺した薔薇園にたどり着いたとき、リュートは次の曲を奏でていた。
物悲しく静かな、魂を揺さぶるような音色。
マリウスはその音に聞き惚れ、そして楽人に見惚れた。
金茶色の巻き毛の、若い男。
着衣は粗末だし、端正な容貌とも言えない。
それでも、これはひとじゃない。
生身のひとが、こんな音を出すはずがない。
これはひとじゃない。
マリウスは思った。
これがひとであるはずがない。
生身のひとなら、悪意がある。この男にはそれがない。
だから、音が澄んでいる。
「お前は誰だ?」
マリウスの問いに、その男は顔を上げた。透き通った緑灰色の瞳が見開く。
「何故ここにいる? 何故ここで弾いているんだ?」
「なぜここにいるのかは私にもわかりません。なぜ弾くのかもわからない。でも、弾かなければ、私は生きていられない。」
とまどいもせずに男は答えた。少し掠れたその声が、なぜか懐かしい。
「楽精 ということか?」
「楽精?」
かつてこの地に満ちていた、楽の妖精。御伽話の妖精たちは歌い過ぎて声を失い、死に絶えてしまった。
「殿下」
太い声が割り込んできた。マリウスの信頼する衛士、巨漢のミカル。
「これは『奏楽の天使』です」
言われてマリウスも思い出した。何年か前、そういう綽名でもてはやされた少年楽師がいた。少年の声を失って、もう歌えないのだと噂で聞いた。
「なるほど。妖精ではなく、『天使』か」
湖仙国の王子、マリウス・エセルクスは笑顔を浮かべ、「天使」を我が物にすると決めた。それが、奏楽の天使トニオとの出会いだった。
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