お好み焼き屋のミィちゃん
霜月透子事務局長と、鈴木りん副館長の『ひだまり童話館』の第四企画『アツアツな話』に参加しています。
関西弁の会話ですし、地の文にも関西弁が入ります。
ジュウジュウジュウ~! 熱々の鉄板にお好み焼きのまわりからソースが落ちて、良い香りが店内に満ちる。
「美味しそう!」
鉄板の前の高い丸椅子にちょこんと座ったミィちゃんは、ゴクンとつばをのみこんだ。可愛いイチゴのボンボンでとめている細い髪の毛の束が、ぴょこりんと嬉しそうに跳ねる。
ソースがたっぷりかかっているお好み焼きの上で、おばあちゃんが振りかけた鰹節はゆらゆらと揺られている。
「かつおぶしがダンスしてるわ」
おばあちゃんは、ミィちゃんが面白いことを言うなぁと笑った。
「このままじゃあ食べにくいやろ? 切ってあげよなぁ」
おばあちゃんは、ミィちゃんが返事をする前に、大きな銀色のコテで、バンバンバンバンと井桁に切った。
「あっ……」
ミィちゃんは大人みたいに鉄板からコテで直接食べようと、目標を立てていたのだ。だって、もう幼稚園生じゃなく小学生だし、お姉ちゃんになるのだから。
「なぁに? ミィちゃん、さぁお食べ」
おばあちゃんは夕方のお客さんが来る前に、お好み焼きを食べさせておこうと、ミィちゃんの前に大きなコテで押し出した。
ミィちゃんは9個に切られたお好み焼きを見て、少し残念に思ったが、本当はまだ大きなお好み焼きを小さなコテで切る自信は無かったので、次回の目標にする。
『学校の先生も、自分で立てた目標は一度や二度失敗しても諦めたらあかん、って言うてはった』と気持ちを切り替える。
「鉄板、熱いから気ぃつけて食べぃや」
ミィちゃんは頷くと、小さなコテでおばあちゃんが9個に切ってくれたお好み焼きの1つを半分に切って、落とさないように口に運んだ。
「あっ、あっちぃちぃ!」
ビール会社のロゴが入ったコップの水を一気に飲み干す。
「ほら、言うてる先から、お皿とお箸あげようか?」
ミィちゃんはついこの前までは、お皿に取ってから割りばしで食べていたのだ。
「ううん、大丈夫! もうすぐお姉ちゃんやもん」
はふはふと用心しながら二口目を美味しそうに食べているミィちゃんを、おばあちゃんは頼もしいなぁと笑ったが、キャベツをきざみながら、少し心配そうに溜め息をついた。
ミィちゃんのママはおばあちゃんの娘なので、赤ちゃんが無事に産まれるまでは心配でならないのだ。
本当なら病院に付き添いたいが、ミィちゃんを預からないといけないし、パパに任せることにしたのだ。それに、お好み焼き屋も勝手気ままに休んでいたら、商売もあがったりになる。
「そろそろ、お客さんが来る時間やから、座敷にあがっとき」
おばあちゃんのお好み焼き屋は、自宅を改装したお店だ。だから、普通のレストランとは違い、土間の部分を広げてお好み焼き屋さんをしていて、高い敷居の上は普通の家になっている。
お好み焼きを食べ終わったミィちゃんは、使ったコップと小さなコテを重ねて用心深く持ち上げた。
大きな鉄板の周りに丸椅子が7個カギの字に並んでいて、鉄板の横にはお客さんから見えない場所に流しがある。
ミィちゃんは鉄板をぐるりと回って、流しにコップとコテを置くと、ここならおばあちゃんの横で安心だと感じる。
「おばあちゃんを手伝うわ。先生が夏休みには、家のお手伝いをしなさいと言うてはったもん」
本当はママの実家のお好み焼き屋には、ミィちゃん一人で来たことが無かったので、座敷で何をしたら良いのかよく分からなかったし、おばあちゃんの側に居たかったのだ。
「ほな、流しの洗い物して貰おうかなぁ。コップで手を切らんようにしぃや」
ビール会社のおまけのコップだから割るのはかまわんけど、手をケガさせたら困ると、おばあちゃんは孫のミィちゃんの世話に気をつかう。
「先ずは、ガラスのコップを洗うんやで、それから汚れが落ちにくいコテを洗うんや」
ミィちゃんはおばあちゃんに腰から下のエプロンを、胸に巻いて貰って、張りきって流しのコップを丁寧に洗った。
「きれいに洗ったら、そこの乾燥機に伏せて置いていくんやで」
ミィちゃんはこんな年代物の食器乾燥機を見るのは初めてなので、注意深くコップを並べていく。
ミィちゃんが流しで洗い物をしているうちに、小さなお好み焼き屋はお客さんで満員になった。
「おばちゃん、豚玉!」
「はい、豚玉一枚、ちょっと待ってや!」
おばあちゃんは店に来たお客さんの注文を聞きながら、ミィちゃんがちゃんとコップを洗ったのを褒めた。
「ミィちゃんは、ええお嫁さんになれるわ」
食器乾燥機のタイマーをカチカチと回してスイッチを入れながら、おばあちゃんはポンと頭を撫でてくれたが、ミィちゃんはええお嫁さんになるより、お好み焼き屋さんの方が面白そうだと思う。
「お好み焼きを焼くの見ててええ?」
おばあちゃんは店が忙しい時間だけど、ミィちゃんが一人になるのが寂しいんやと察した。
ミィちゃんのママはお好み焼き屋で育ったから、いつも一人でテレビを見たり、勉強していたが、今まで一人っ子だったミィちゃんは甘えっ子だ。
「テーブルの空いてる丸椅子を持って来て、座って見とき」
お客さんは、小さな女の子が胸からエプロンを巻いて、丸椅子をよっちらこっちらと鉄板の後ろ側に持って行くのを見て笑った。
「おばちゃんの孫にしては可愛いなぁ」
仕事帰りにお好み焼きを食べている常連客の軽口に、おばあちゃんは「わても若い頃はペッピンさんやったんやで! 天下茶屋小町と呼ばれていたんや」と笑いながら返事をしたが、ミィちゃんは少しドキドキした。ママとパパと3人でマンションに住んでるミィちゃんは、知らないおじちゃんやおばちゃんと普段は口をきいたりしないからだ。
鉄板の前に立つおばあちゃんのななめ後ろに丸椅子を置くと、ミィちゃんはちょこんと座ってお好み焼きを焼くのを見つめる。
大きな鉄板だけど、7人のお客さんが鍵の手に座っている前にお好み焼きが置いてあるし、おばあちゃんは新しいお好み焼きを何枚も焼いているので満杯だ。
「ねぇ、みんな食べてはるのに、まだ焼くん?」
座ってるお客さんは、何枚もお好み焼きを食べるんかなぁとミィちゃんは不思議に思う。
「これは、後ろのテーブルに座ってるお客さんのや」
ミィちゃんはちょっと前の自分みたいに、鉄板で食べずにお皿に置いてお箸で食べるんかなぁとクスリと笑ったが、常連客はお好み焼きを食べ終わると、次のテーブルで待ってる客と交代する。
「ほな、また来るわ、ごちそうさん!」
お金を支払うと、さっと出ていくお客さんにミィちゃんは呆気にとられいたが、おばあちゃんは素早く使われたコップやコテを流しに置いて、鉄板の周りをキチンと拭く。
お客さんが店の隅に置いてある冷水器から、セルフサービスでコップに水を汲んで空いた鉄板の前に座ると、おばあちゃんが焼き上げたお好み焼きがタイミング良く大きなコテで前に押し出されるのだ。
「おばちゃん、マヨネーズかけて」
おばあちゃんのは昔風のお好み焼きなので、マヨネーズは基本はかけないのだが、お客さんが好きなら反対はしない。『お好み焼きなんやから、お好みでええんや』と頷いて、マヨネーズを入れた容器から糸のように振りかけていく。
「わぁ! 手品みたいや」
ぴゅぴゅぴゅぴゅ~とマヨネーズがお好み焼きの茶色いソースの上に、黄色の格子模様を描いていくのを、ミィちゃんは身を乗り出して見つめた。
「今度は、マヨネーズをかけて食べてみよう!」
そんなことを考えながら、ミィちゃんはおばあちゃんがお好み焼きを次々焼くのを椅子にちょこんと座って見ていたが、流しにだんだんと使い終わったコップやコテがたまっていくのに気づいた。
食器乾燥機の中のコップを、前におばあちゃんしていたように、取り出してお盆に並べていく。
「ミィちゃん、気ぃきくなぁ」
おばあちゃんはお盆を給水器の横のコップ置き場に運んでいき、新しいコップをトレイの中に並べていく。
ミィちゃんは、もう少し大きくなったら、自分でコップ並べようと目標を追加した。
「おばあちゃん、コップから洗うんやったね」
おばあちゃんは、手を切らんように注意してなぁ! と一言かけて、鉄板に向き直った。今夜は次々とお客さんが来るし、店に置いてある黒い年代物の電話もジリジリ鳴りっぱなしだ。
『出産は縁起がエエから、商売も繁盛するんかいなぁ』
おばあちゃんのお好み焼きは美味しいので、いつも店は満員だが、電話注文も次々と入るので、クーラーもきかないぐらいの熱気だ。
おばあちゃんは流しで、大きなキャベツをザクザクと何個も切った。夕方に店を開ける前に切った分は使いきってしまったのだ。
ミィちゃんは自分の頭ぐらいのキャベツが、おばあちゃんが包丁を上下させると、あっという間に細切れになり、大きなボールに山盛りになるのを見て、魔法みたいやと思った。
『包丁でザクザクとキャベツを切るの気持ち良さそう! それにお好み焼きは美味しいし! お好み焼き屋さんになったら、毎日食べれる』
ミィちゃんは大きな目標を決めた。
「おばあちゃん、大きくなったらお好み焼き屋さんになるわ!」
「そうかぁ! それは心強いわ」
おばあちゃんは笑って、次々とお好み焼きを焼いたが、未だ幼いミィちゃんが本気で言っているとは思わなかった。でも、やはり少し嬉しい。
「ミィちゃんが継いでくれるなら、私らも安心やわ」
電話注文のお好み焼きを取りに来た近所のおばさんに「頑張っておばあちゃんのお好み焼きを受け継いでや」と応援されて、ミィちゃんは力強くうなづいた。
ミィちゃんはお好み焼き屋さんになろうと大きな目標を立てたので、おばあちゃんがお好み焼きを焼くのを真剣に見ていたが、だんだんとまぶたが重たくなってきた。
小さなボールにキャベツの刻んだのと、小麦粉のタネと、卵を入れてクルクルとかき混ぜているおばあちゃんの手が、ぐるんぐるん揺れて見える。
「おゃまぁ! ミィちゃんはお眠やねぇ」
ちょっと待っててや! とお客さんに一言かけて、おばあちゃんはミィちゃんを座敷に敷いておいた布団に寝かせた。
うとうとしながら、手早くおばあちゃんにパジャマに着替えささせて貰ったミィちゃんは、布団に入るなり、すやすやと眠る。
ガラス障子の向こうから、お客さんとおばあちゃんの話し声がミィちゃんの寝ている座敷にも聞こえていたので、一人で寝るのも寂しくなかった。
ジリジリジリジリ!
いつの間にか店は閉店していた。ミィちゃんの横で寝ていたおばあちゃんは、電話の音で飛び起きた。
ガシャピシとガラス障子を慌てて開けると、店に置いてある古い電話器に急いで向かう。
「そうですか! 今度は男の子でしたか! へぇ、二人とも無事ですかぁ、それは良かった!」
ミィちゃんは、電話のベルとおばあちゃんの興奮した声で、目が覚めた。
「パパから電話やったで、ミィちゃんに弟ができたんや」
おばあちゃんに、お姉ちゃんになっておめでとうと言われたような気がしたが、ミィちゃんはお好み焼き屋の手伝いで疲れていたので、すぐに寝てしまった。
次の朝、おばあちゃんは「午前中は臨時休業いたします」と貼り紙をして、ミィちゃんと病院へ行く。
ミィちゃんは朝御飯を食べる間も、早く病院へ行こうと急かしたが、おばあちゃんに御飯を1膳食べるまではアカンと言われて、いつも時間がかかるのにさっさと食べた。
「弟のめんどうは、私がみるねん」
はりきっていたミィちゃんだが、何故か病院に着いてからは大人しい。ミィちゃんは病院が大嫌いなのだ。
白衣のお医者さんや、看護師さんを見ると、おばあちゃんの後ろや横に隠れるようにして、ママの病室へ向かう。
「お母さん、未依の面倒を見てくれてありがとう」
ミィちゃんは、ママがパジャマのままベッドで寝ているので、病気なのかなと心配になる。
「ママ、病気なの?」ミィちゃんがパパにおばあちゃんの家に送って貰う前に、お腹が痛いと言っていたのを思い出した。
「まさか! ミィちゃんは心配せんでもええんよ」
ママに手招きされて、ミィちゃんはベッドの上に靴を脱いで上がった。ママのベッドの横には小さなベッドが置いてあり、そこに小さな赤ちゃんが、ぎゅっと拳をかたく握って眠っていた。
「赤ちゃんが産まれたんやね!」
おばあちゃんも、ベビーベッドの横に来て、可愛い赤ちゃんだと喜ぶ。
「ミィちゃんもお姉ちゃんだねぇ」
おばあちゃんに言われて、ミィちゃんはこんな風にママに甘えてベッドに乗ってはいけないような気持ちがした。
「お姉ちゃんなんだから……」ごそごそとベッドから降りようとしたミィちゃんを、ママはぎゅと抱き締めた。
「すぐにお姉ちゃんにならなくても良いんやで。赤ちゃんが未依をお姉ちゃんと呼べるようになったら、お姉ちゃんになれば良いんやから」
ミィちゃんはママに抱き締められて、ホッとする。小さな赤ちゃんができたから、もうパパやママに甘えてはいけないような気がしていたからだ。
「ミィちゃん、お好み焼きの良い匂いするわ、食べたくなった」
おばあちゃんは、食いしん坊のママに呆れたが、明日は焼いて持って来てあげると約束した。
ミィちゃんは少し考え違いをしていて、このままママと赤ちゃんが一緒におばあちゃんの家に帰るのだと思っていた。
でも、ちょっと前のミィちゃんだったら泣いてしまったかもしれないが、グッと我慢して元気に言い切った。
「ママが退院するまで、おばあちゃんのお好み焼き屋さんを手伝う!」
ママとおばあちゃんは頼もしいなぁと笑った。
ミィちゃんは、胸からエプロンを巻いて貰って、おばあちゃんのお好み焼き屋を張り切って手伝う。
だって、ミィちゃんはお姉ちゃんだし、大きくなったらお好み焼き屋さんになると目標を立てたのだから……
おしまい