一面雪景色の街が近くなっているのを見渡して、私は振り返った。
「そこ、凍ってて滑りやすくなってるから気をつけてね」
「うん」
素直に頷くお父さんは、さらに歩みを鈍間とする。
私は普段より遅く歩いているつもりだったから、思わず溜息を漏らしてしまう。
そして、そういえばと思い出した。
……昔は、お父さんのこのスピードが嬉しかったなぁ。
昔。正確にいうなら小学校に入学したばかりの頃。一生懸命歩けば、お父さんを追い抜くように歩けた。
今では軽く歩いても抜かせてしまう。少しだけ淋しくなって、同時にいろいろなことを思い耽った。
……この受験が合格だったら、私は寮生活。お父さんとお母さんを見捨てることになっちゃうんだよね。
違う、と冷静に思った。でも、違わないはずがない。私は親のすね齧り。小学校や幼稚園の頃だけじゃない。今でも、私はお父さんとお母さんに助けてもらってる。支えてもらってる。
なのに。
世話になるだけなって、呆気なく捨ててしまうんだ。
そう思って、胸の辺りがきゅぅっと痛んだ。
「……?」
いつの間にか追いついたらしいお父さんが、不安そうな顔で私を見ている。
私はにっこりとした微笑を作って、大丈夫と首を横へ振った。
「……受験、どうだった?」
「まぁまぁできた、かな」
安心したらしいお父さんが、歩き始めながら尋ねてくる。
私はお父さんの後ろを追うゆっくりさを意識しつつ、そう言った。
「そうかぁ」
我ながら適当すぎる答えだと思ったのだけど、もう話が終わってしまったから付け足すのもあれなわけで……ちょっとだけ迷ったあげく、私は口を閉ざす。
それは、私の前を行くお父さんの背中があの頃より小さく見えたせいかもしれないし、そうでないかもしれなかった。
「……お父さんは、合格か不合格か、どっちがいい?」
しかし、私は傘で前を隠してそう呟いていた。
なぜ――わからなかった。理屈にはならなかった。
「そうだなぁ……」
しばし流れる時間。ときたま傘に落ちてくる大きな雪が、とても響いた気がした。
それを突き破るのは、突拍子もないお父さんの笑い声。
「そういえば、お前はおぼえてるか? お前、小さい頃はワシのお嫁さんになるって言ってたんだぞ?」
「……おぼえてるよ」
正確には、さっき思い出したんだけど。
あの頃の自分は若かったというか、今の自分とあの頃の自分は違う存在といっていいほどに変わったと思う。
もちろん、今はお父さんのお嫁さんになるなんていえない。
含むようなお父さんの笑い声。私はお父さんがなぜその話を持ち出したのかわからずにいた。
しかし、次の瞬間理解する。
「……人は、急がなくてもどんどん歳をとっていく。
大人ぶって気を配る必要はない。大人ぶって我慢する必要はない。お前は立派な大人になれるんだ。いつかはわからないけど、必ずお前は大人になる。
今のお前は、自分の将来に夢見ることが仕事だよ。何を気にすることもない」
涙が出そうになった。
胸の締め付けが強くなった気が、した。
目を閉じて、私を埋もれ潰すほどのその衝動を受け止めて、搾り出す。
「…………ありがとう」
どこまでも真っ直ぐに進んでいける。
そんな気が、した。
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