95 暗闇からこんばんは
「……行くわよ」
「「「おぉ!」」」
真っ暗闇の中、『赤き誓い』の4人が出陣した。
目指すは、獣人達の掘っ立て小屋、5棟。
充分に闇に眼を慣らしてはおいたが、獣人は夜目が利く者が多い。更に、聴覚と嗅覚を加えると、擬装用のダンボール無しではちょっと勝ち目がないような気がする。
しかし、贅沢は言っていられない。今は、自分達の力でなんとかするしかない。
そう思って緊張しつつ進む3人。
……そう、『3人』である。緊張しているのは。
残りのひとりはというと……。
(一応、魔法で匂いの粒子と空気振動が漏れないようにバリアを張っておいたから、直接視認されなきゃ大丈夫かな……)
あまり緊張していなかった。
「怪しいのは、一番手前の小屋です。
他の小屋に比べて人数が少なくて、その殆どが小屋の一部に固まっていて、残りの部分にはふたりしかいません。それに、反応が他の獣人より人間っぽいような気がします……」
本当はもっと詳しく判るが、そこまで説明するのはやり過ぎである。これで充分であろう。
「行くわよ……」
マイルに頷き、レーナは小声で指示を出した。
皆も頷き、切り開かれて見通しが良い場所には出ないようにして、そろりそろりと木々の間を進んで行く。
「……伏せて!」
メーヴィスが突然抑えた声で身振りと共に指示し、身体を伏せた。
皆が反射的に伏せると、ひとりの獣人が、皆が潜む場所のすぐ近くを通過して行った。
伏せるのが少し遅かったため、ヤバい、と思ったが、獣人は何も気付かなかった様子。その後ろ姿を見ると、何やら、尾羽のようなものが……。
「鳥系統の獣人だ……」
「ああ、鳥目!」
メーヴィスの言葉に、安堵のため息を吐くレーナ。
「鳥さんが、夜の見廻り……」
マイルは何やら納得できないが、文句を言うわけにも行かなかった。
とにかく、警備が手薄、というか、殆どザル状態なのはありがたい。
まぁ、獣人ならばいざ知らず、普通の人間が夜に森を移動することは考えられないし、暗くなる少し前までは広い範囲に見張りが出ていたから安心しているのであろう。見張りが出ていた位置からでは、余程の偶然があろうとも、陽が落ちるまでにこの場所を探し当てることはできないと思われた。そう、道案内でもいない限り……。
そして、こちらへと接近しつつあった女性ハンター達は逃げ帰り、森の外縁部にある人間の村を目指して一直線、とでも思っているであろうし……。
『赤き誓い』は、ようやく目的の小屋の近くに辿り着き、小屋の陰になるようにして木立から離れると、急いで小屋へと張り付いた。
その小屋は、他の4棟と同じく、とても「小屋を作ろうとして作ったもの」とは思えない出来であった。そう、まるで、発掘作業をしている場所に生えていた邪魔な木を切ったから、それで小屋でも作るか、と急に思いついたかのような粗末な出来具合であった。
なので、壁の部分と屋根の間には、少し隙間が空いていた。
いや、製作者は『明かり取り兼空気抜きのため、わざと空けているのだ!』と主張するかも知れないが。
とにかく、その隙間は、マイルが小屋の中を覗き込んで魔法を撃つのには非常に都合が良い隙間であった。ただ、それだけである。
マイルは壁を這い上り、屋根との隙間から中を覗いて確認した後、魔法を放った。
「……眠り薬の霧よ、獣人を包み込め……」
そして、見張り役と思われるふたりの獣人は、椅子に座ったまま眠りに落ちた。
マイルは気付いていないが、そういう適当な呪文で抜群の効果が出るのは、マイルだけである。
他の者は、いくら言葉にしても、『思念波がそうイメージされていないと効果がない』のであるが、マイルはナノマシンに対する権限レベルが5であるため、思念波ではなく『口頭による指示』も有効なのである。だから、かなり適当なことを軽く言っただけでもナノマシンは働く。かなり気合いを入れて。
何しろ、その指示は、ナノマシン達にとっては『命令』なのであるから。
マイルはそれをただ単に、『喋りながら考えたことを読み取ってくれているのだろう』と簡単に考えているが……。
小屋の出入り口は、マイル達がいる壁面の反対側、つまり他の小屋や作業場所に面した側にある。
そして、扉の開閉は、室内の光が漏れて目立つ。
誰の眼に触れるか分からないそんな危険を冒すことはできないので、皆、マイルに続いて壁面を登り、隙間に身体をねじ込んだ。
「……うぅっ!」
ポーリンの呻き声が聞こえたが、レーナとマイルはそれを無表情で無視した。
多分、身体のどこかがつっかえたに違いない。身体のどこかが……。
自分達はスムーズに室内に潜り込めたにも拘わらず、非常に不愉快な思いをしたふたりであった。
「……誰?」
油やロウソクを節約するためか、室内では薪が燃やされており、その炎により僅かに照らされた小屋の隅から女性の誰何の声がした。
そこは、小屋の中を区切って、頑丈な木製の格子で牢のように仕切られた一角であった。中には十数人の人間が囚われている。
「どろぼ……、いやいや、捜索依頼を受けたハンターです」
「小娘共が、何て無茶な依頼を受けやがる……」
マイルの返事を聞いた中年のハンターらしき男がそう呟いたが、受けた時点ではこんなことになるとは思わなかったのだから仕方ない。
他の者達が、不思議そうな顔で目を覚ます気配のない獣人達を見詰めているが、無理もない。状態操作系の魔法や薬物系の魔法は、この世界では馴染みが薄いのである。
小屋に囚われていたのは、18人。男性16人、女性2人で、女性のうちひとりは、まだ成人になるかならないか、くらいの年齢であった。
調査隊は、護衛のハンター6人、学者が2人、ギルド職員がひとり、と聞いている。
確かに、如何にも学者です、という感じの四十歳前後の男性と、ふわふわした感じの、育ちが良さそうな二十歳過ぎの美人さんがいる。これが、学者先生とその助手、というわけであろう。服装も、防具類は身につけておらず、丈夫で動きやすそうではあるが、普通の布の衣服である。
あと、十代半ばの、元気そうな女の子。しっかりと革の衣服を着て、動きやすさ重視ではあるものの、急所を守るための最低限の防具は身につけている。恐らく、この子がギルドマスターの娘であろう。
他は、護衛のハンターと、たまたま捕まった普通のハンター達だと思われる。さすがに危険な依頼を受けるからか、女性は含まない、男性のみのパーティのようである。
「……時間の余裕はどれくらいありそうかしら?」
「だ、大丈夫です、さっき見張りが交代したばかりなので、多分、夜明け頃の交代まで誰も来ないと思います」
レーナの問いに、すぐさま答える助手の女性。
さすが、学者の助手をしているだけあって、頭の回転が速い。
「念のため確認しますけど、皆さんが、ギルドの調査隊ですよね?」
今更ながらも、マイルが確認する。
もしもこれで「いいえ、全員、普通のハンターです」などと答えられたら、目も当てられない。それも、領都に帰還した後でそれが判明したりすれば、『赤き誓い』は即死である。
「ああ、そうだ。護衛が俺達6人、学者さんふたり、それとギルド職員のお嬢さんで、合計9名、幸いにも全員無事で揃っている。
あとは、別口で捕まったハンターが2組、9人で、総員18名だ」
調査隊がちゃんと含まれており、しかも全員無事ということが確認され、『赤き誓い』のみんなの顔に笑みが浮かんだ。
正直言って、生存の確率など2~3パーセントもあるかどうか、と思っていたのである。良くて遺体、悪くても遺品の一部の回収か、せめてどんな最期であったかを知らせることができれば、と考えていただけに、その喜びは大きかった。
生態環境が狂って獲物が減り、飢えた魔物に襲われていても全然おかしくはなかった。獣人達に捕らえられたことが、逆に幸いしたのかも知れない。
事実、行方不明になったパーティの数は2つだけではないのである。それらは、獣人達に抵抗して殺されたのか、強い魔物達に襲われたのか……。
「じゃ、とりあえず脱出するわよ。話は、逃げ出した後でゆっくり聞けばいいし」
「「「了解!」」」
レーナの指示に、『赤き誓い』のみんなは即座に返事を返すが、囚われていたみんなの反応は悪い。
「逃げるって言ってもなぁ……。
相手は獣人だぞ? 夜目が利いて、鼻が利いて、体力があって、動きが敏捷。とても逃げ切れるとは思えねぇ。
だが、まだ存在を知られていないお前達だけならば、追っ手もかからないだろう。頼む、この情報をギルドと領主に伝えてくれ! そして、大規模な戦力を揃えて……」
「お断りします」
「え?」
せっかくの提案をマイルに即断で断られた護衛パーティのリーダーが、言葉を途切らせ、ぽかんとした。
「だって、皆さんを連れて帰らないと、報酬額が下がるじゃないですか!」
その隣では、うんうん、と、ポーリンが大きく頷いていた。