69 弾劾
「……ポーリン?」
「大丈夫です。こう見えても、私だって、赤きちかい……」
「「「げほげほげほっ!」」」
マイル、レーナ、そしてメーヴィスのわざとらしい大きな咳がポーリンの言葉を遮った。
そう、今回は『赤き誓い』の名前は出さず、単なる「ポーリンと、愉快な仲間達」の仕業にすることが決められていたのである。『赤き誓い』があまりグレーゾーンの事件に関わったということは広めたくないし、今回はメンバーの個人的なことであり、仕事ではないのだから。
すぐにそのことを思い出したポーリンは、慌てて言葉を修正し誤魔化した。
「……私だって、血に飢えた、我ら『赤き血がイイ!』の一員なのですから……」
あまりにも強引な誤魔化し方に、マイル達は呆然。
群衆はドン引き。
「お、お前達、どんなパーティなんだよ……」
護衛のハンターも引いていた。
「今回は、パーティは関係ありません。ここにいるのは、今はパーティメンバーとしてではなく、私の個人的な戦いに無償で付き合ってくれた、ただのお友達……、いえ、親友達です」
マイル達は気が付いた。ポーリンの喋り方がいつもに較べ少し単調であることに。
初対面の者には分からないであろうが、付き合いの長いマイル達にはよく分かる。そして、それが何を意味しているかということも。
「我が名はポーリン、父の仇を討つために全てを賭ける者なり。そして、我が仇討ちに付き合って、命と未来を預けてくれた友に感謝を……」
相手との会話ではなく、予め考えておいた台詞を一方的に垂れ流すポーリン。それによって、話しながらも脳のリソースは他のことに割り当てられる。
「行きます!」
スタッフを振り上げたポーリンに、ハンターは剣を抜こうと柄を握った。
「痛てえぇぇぇ~!」
大声で叫び、柄から手を放したハンター。その掌は血で赤く濡れていた。
ハンターが鞘にはいったままの剣を見ると、その柄には棘がびっしりと生えていた。
「な、な……」
一瞬動転したが、この程度のことで慌てるようではBランクは名乗れない。
「くそ、陰詠唱、ってやつか! 普通の話をしながら頭の中で詠唱するという、無詠唱の高等技術の!」
そう言いながら急いで予備武器である短剣を見ると、こちらには何も生えていない。素早く短剣の柄を握り、抜き放つ。
「うわちちちちちちち!」
そして、抜いたその勢いのまま、短剣を前方に放り出した。
「秘技、『ヒートソード』!」
ドヤ顔で技名(魔法名)を叫ぶポーリン。
そう、ハンターが言った通り、他の話をして魔法を行使していない振りをしながら、こっそりと頭の中で詠唱するという高等技術、『陰詠唱』。さすがに、相手と普通に会話しながらでは難しいため、今のポーリンでは予め用意していた台詞を機械的に喋っている時にしか使えないが、それでも大したものである。
そして、『ヒートソード』は、マイルの夜話に出てきた巨大ゴーレムが使う武器を参考にした魔法であるが、その使い方、「熱くなる部分」が刃部分と柄、逆であった。
マイルは、ポーリンが叫んだ技名を聞いて思った。
(それって、ヒートソードじゃなくて、ヒートグリップじゃないの?)
「く、くそ! だが、この距離ならば素手でも……」
そう言いながら拳を構えポーリンに迫ろうとしたハンターは、がくりと地面に膝をついた。
「あ……、あれ? なに、どうし……て……」
ハンターはそのまま地面に倒れ伏した。
「……別に、温度を上げられるのは短剣の柄だけというわけではありませんよ。
ほんの少しずつ体温を上げていっただけなのに、結構早く壊れましたねぇ……」
「ぎゃああぁ! 水! 誰か、その人の頭に水をかけて下さい! 死んじゃいますぅ!」
マイルの必死の叫びに、近くにいた見物人数名が慌てて店先の防火用水桶から水を汲んでハンターの頭に掛けてくれた。
考えてみれば、マイルが魔法を使えば良かったのであるが、マイルは動転のあまりそれには気が付かなかったのである。
しばらくしてようやくそれに気付いたマイルが、慌てて冷却魔法と治癒魔法を掛けた。脳の異常や飛んだ記憶が治癒魔法で元に戻るかどうかは不明であるため、かなり必死であった。このハンターは普通に護衛依頼を遂行しようとしただけで、別に悪い人ではないのだから。というか、今の場合、法的な悪人は自分達の方である。
「な、なに……」
最後の頼みの綱も切れ、へたり込んだ商会長。
しかし、再び彼に運が向いてきた。
「道をあけよ!」
数騎の騎馬と共に1台の馬車が到着し、その後方には遅れて続く二十名前後の徒歩の兵士の姿があった。
「ふはは、馬鹿め、まんまと時間稼ぎに引っ掛かりおって! 領主様と兵士が到着した以上、もうお前達はお終いだ、覚悟するが良い!」
レーナ、メーヴィス、そしてポーリンは、愕然としていた。
(え? 本当に? 本当に、こんなに順調に進んでいいの?)
そしてマイルはドヤ顔であった。
(計画通り……)
「どういうことだ、事情を説明せよ!」
「……あなたは?」
馬車から降りてきた人物に、マイルが尋ねた。
「無礼者! このお方は、御領主様、ボードマン子爵閣下である!」
騎馬から降りた兵士が代わりに答え、それに商会長の言葉が続けられた。
「領主様、こいつらは、言い掛かりをつけて私を襲った悪党共です!」
「何、言い掛かりだと?」
それに、すかさずマイルが答えた。
「あ、ハイ、この男が、盗賊を雇ってこの店の主人を殺し、偽造書類を作って店を乗っ取った件です! 見え見えの偽造書類を認めたという役人もグルでしょうから、纏めて処刑して貰いたいんですけど! どこの役人ですか、見え見えの偽造書類を認めたのって! その上司とかも調べないといけないですよねぇ!」
凄い大声でそう申告するマイルに、群衆達も皆、苦笑いである。
「な、大声で何を言うか!」
慌てて領主がマイルを黙らせようとしたが、もう既に全部言い終わった後である。
「そういうわけで、この犯罪者を捕らえて下さい、領主様!」
今度はレーナが、同じく大声で叫ぶ。
「だ、黙れ黙れ黙れ! 町を騒がす不届き者めが! 捕らえるのはお前達の方だ!」
領主が、群衆を意識して、同じく大声で叫び返した。
「あれれ~? おかしいですねぇ~。どうして碌に調べもせずにどちらが悪いか決めつけられるんでしょうかねぇ? まるで、偽造書類を認めたり、異議を申し立てたのに調べもせずに却下した役人やその上司みたいですねぇ~。不思議ですね~。あ、もしかして……」
今度はポーリンが、イラつくような発音でねちねちと絡む。
「だ、黙れと言っているだろう! ええい、早くこいつらを捕らえろ!」
「それは困りますの」
群衆の中から、ひとりの女性が歩み出た。
「何者だ!」
「ティリザと申しますの。ハンターギルド王都支部の者ですの」
「ギルドの小娘が、何の用だ!」
「はい、その商人は、雇った者に王都住民であるハンターを殺すよう命じた犯罪者ですので、その手続きに来ましたの。その女の子達は被害者で、更に今、再びその男の命令で、そこに転がっている男達に殺されかけましたの。そのお仲間であるらしい領主閣下に連れて行かせるわけには参りませんの」
「なっ……」
ティリザは領主を無視して商会長に告げた。
「ハンターギルドには、現行犯や指名手配犯以外は、ギルド員ではない者に対する捕縛権はありませんの。しかしあなたは、ギルド員を殺すよう手下にお命じになりましたので、ギルドとしてはそれをギルドに対する明確な敵対行為と認定しましたの。なので、今後あなたの商会、その取引先、その他あなたに係わる全ての関係者からの依頼は、全ての国の、全てのギルド支部において受け付けないことが決定されましたの。身辺警護、商隊の護衛、採取依頼等、全てですの。
なお、ギルド員殺害の指示に関しましては、王都警備兵に報告済みですの。王都住民に対する不法行為、つまり国王陛下の財産に対する不法行為なので、いくら貴族領の住民であっても王都警備兵の捕縛対象になりますの。捕縛のための兵士達はとっくに王都を出発しているでしょうから、もうすぐ到着すると思いますの。
以上で、ハンターギルド王都支部からの通告を終わりますの」
「「なっ……」」
商会長と領主から、驚きの声が漏れた。
商会長は、王都からの兵士のことは先程ポーリンから聞かされていたが、それはまだ何とかなると思っていた。小娘達の口を塞ぎ、身代わりにする商人を適当に見繕って「名を騙られ、罪を擦り付けられた」と言い張り、いつものように領主の配下の者が捕らえて拷問、「全てを自白した後、自殺した」と言えばいい。今まで何度かやってきたように……。そして適当に証拠と証人を用意すれば、いくら王都の兵士であっても貴族領の住民である自分を捕縛することはできまい、と考えていた。何しろ、証拠、証人、真犯人の自白があって、領主様が身の潔白を証明して下さるのだから。
しかし、ギルドはまずい。
ギルドは、貴族どころか、王宮の命令にも従う義務はない。そして、依頼を受ける、受けないはギルドの自由であり、別に、断るためには相手の犯罪行為を証明する義務がある、とかいうわけではない。ギルドが「こいつは敵だ」と判断すれば、仕事を受け付けない。ただそれだけであり、誰に文句を言われる筋合いもないのである。
しかも、自分の店だけでなく、自分の店と取引をするところも受付拒否の対象となる、などと言われれば、それはもう、全てがお終いである。
商隊の護衛。素材の採取。自分の店と付き合えば、それらハンターが関係する全てのことが拒否される。それは商人にとって致命傷である。そしてそれを回避する方法は実に簡単、ベケット商会と取引をしなければ良いだけである。これで、誰が自分との取引を続けてくれるというのか。そして、自分の店では荷馬車を出すことも、素材採取を依頼することもできない。
……破滅である。
「りょ、領主様、そいつらを捕らえて、全員処刑を! そんな小娘がギルドの使者のはずがありません、騙りに決まっています!」
なんとか王都からの兵士に身代わりを差し出し、かつ冤罪を主張してギルドからの処分をなくさせるため、当事者である少女達を捕らえて処分しようと必死の商会長。そして領主も同様の考えをしていた。
確かに、このような重要な任務を十五~十六歳の新米に任せるのはおかしい。それに、これ以上騒ぎが長引くのはまずかった。さっさと全員を捕らえ、ごろつきを雇った身代わりにする者を決めて王都からの兵士に引き渡す準備をしなければならない。でないと、ベケット商会の商会長が捕らえられて王都へ連れて行かれ、尋問でぺらぺらと喋れば自分の立場が悪くなる。何せ、今までベケット商会には色々と便宜を図ってやり、その代わりに色々と甘い汁を吸わせて貰ったのだ。俗に言う、叩けば埃が出る身体、というやつであった。それに、この小娘共は、皆、なかなか美形揃いである。体型は……、まぁ、少し物足りないところがあるが、許容範囲内である。
そう考えた領主は、ようやく到着した徒歩の兵士達に薄ら笑いを浮かべながら命じた。
「女共を捕らえろ。あまり傷をつけるなよ」
いくらハンターとは言え、十歳前後から十七~十八歳の小娘5人、二十人を超える兵士に囲まれてはどうしようもない。剣を抜き、威嚇しながら数人の兵士が少女達に近付き、
ちゅど~ん!
そして吹き飛んだ。
「はい、攻撃の意思表示と、剣を抜いての接近。正当防衛の条件、戴きました~!」
「「「「え?」」」」