211 快気大作戦
そして数日後。
オーラ男爵家王都邸で、三女リートリアの快気祝いのパーティーが開催された。
招待客は、『赤き誓い』、『女神のしもべ』のふたつのハンターパーティの他は、ごく普通の平民、というか、あの時に執事バンダインに融資してくれた人々であった。約束通り、というわけである。
本来であれば、関係のある貴族達を招いてリートリアの健康をアピールし、1年後に迫ったリートリアのデビュタント・ボール(社交界へのデビューイベント)に備えての根回しを行うべきであるが、今のリートリアの状況、つまり攻撃魔法が使えて、健康で、優れた膂力と体力があり、女神のような美貌の可憐な少女(父親補正、+50パーセント)、ということが知れ渡れば、有力貴族からのゴリ押しで無理矢理婚約させられて、15歳になると同時に嫁入りさせられるに違いない。そう危惧したオーラ男爵が、貴族へのお披露目は断固として認めなかったのである。
……尤も、それに反対する者など、オーラ家にはひとりもいなかったのであるが。
そして、貴族のパーティーのことなど何も知らない平民達が戸惑わないよう、平民に合わせたものにしようかと考えた男爵の提案は、執事のバンダインによって否定された。見たことのない貴族のパーティーを期待してやってくるのだから、貴族のパーティーを見せてやらなくてどうするのか、と言って。
言われてみれば、尤もである。納得した男爵は、普通の貴族式のパーティーを開催することにしたのであった。
「「「「「おおおおお!」」」」」
招かれた中小商店の店主達は、初めて目にする貴族邸のパーティー会場と、並べられた豪華な料理に、感嘆の声を上げた。
貴族としては最下級である男爵家(一代貴族等は除く)であり、そして実は普通のパーティーより少し料理を安く上げたのであるが、それでも「平民達の宴会」とは一線を画した豪華さは、充分に皆を驚かせた。
しかし、本当は、「大勢の着飾った貴族達が談笑したり、ダンスを踊っている」というのが、貴族のパーティーなのであり、貴族がいないパーティー会場は、ただの「豪華な料理が並び、飾り付けられた広い部屋」に過ぎない。
かといって、他の貴族達を招いたパーティーに、平民を呼ぶわけにもいかない。そんなことをすれば、他の貴族達に何を言われるか分かったものではない。なので……。
「皆様、この度は、娘、リートリアのためにお力をお貸し戴き、まことにありがとうございました……」
そう言って、ドレスの裾をつまみカーテシーで挨拶をする男爵夫人と、それに続く長女、次女、そして三女であるリートリア。長男も、貴族の礼をしている。さすがに男爵自身はそれには加わらず、少し離れたところで微笑んでいるだけであったが……。
平民が、貴族の夫人や子息、令嬢にこのような挨拶をされることなど、あり得ない。もう、文字通り、一生に一度、最初で最後のことであろう。あまりのことに、感激に打ち震える招待客達。
「……上手くいってるようですね」
「うむ、奥方様達、頑張っておられるようだな」
「これで店主さん達はオーラ男爵家のことを『平民との約束をきちんと守り、平民にも誠意を示してくれる、良い貴族』と認識されました。そして、今日のことをあちこちで、何度も話されるでしょう。こんなことはまず例がないから、話はどんどん広まります。
つまり、オーラ家が平民の味方であるという噂が、あっという間に王都中に……」
そう、マイルが言う通り、オーラ男爵家が庶民を大事にする貴族家であるという評判が広まることは、いつか男爵家の役に立つだろう。そう考えたマイルが、メーヴィスやポーリンにも相談した後、男爵夫妻やリートリアの姉や兄達に説明したのである。
元々、オーラ家は平民を大事にする家ではあった。そして、本当に今回の件で手助けしてくれた人々に感謝もしていた。そして、更にそれに打算を加えて、平民達への特別サービスに努めたのであった。
「皆様、ありがとうございます。おかげさまで、元気になりました!」
明るく微笑んで、招待客ひとりひとりの手を握る、リートリア。
内心ではそれを非常に不本意に思いながらも、顔には笑顔を貼り付けて愛想笑いをしている男爵。まぁ、愛する娘が他の男達の手を握るのを見て嬉しがる父親というのもあまりいないだろうから、それは仕方なかった。
「……しかし、やってくれたわね、あなた達……」
「え? 私達、何も嘘を吐いたりしていませんよね? 『女神のしもべ』の皆さんにとって、良いお話でしたよね、リートリアさんのことは」
「うぐぐ……」
その後、料理を取り皿に大盛りにして、ぱくつきながらそんな会話をしている『赤き誓い』と『女神のしもべ』の面々。『女神のしもべ』のみんなは、既に事前に男爵一家とは顔合わせを済ませている。男爵達が、娘を預ける相手のことをじっくり確認せずにいられるわけがなかった。そして、どうやら彼女達は、無事、男爵家一同のお眼鏡に適ったようであった。
勿論、彼女達の詳細についてはバンダインが報告していたし、ギルドを通じて身辺調査も済ませていた模様であった。まるで、娘の交際相手を興信所に調査させる父親である。
ハンター組は、リートリアとはいつでも、嫌という程話ができる。なので、今日は他の招待客に譲って、自分達は仲間内で話しながら、料理を食べまくる。リートリアにも、事前にその旨を伝え、今日は他の人達の接待に努めるよう言い含めてある。でないと、きっとハンター組に張り付いて離れないだろうと思ったからである。
リートリアも馬鹿ではないし、これから先、ずっと一緒にいられると分かっているため、素直にマイル達の指示に従ったのであった。
そして、『女神のしもべ』が自分達だけで何やら話している時に、『赤き誓い』もまた、自分達だけ集まって小声で相談をしていた。
「……これで、この街でのフラグは大体回収しましたよね……」
勿論、レーナ達はマイルが言う『フラグ』という言葉の意味は理解している。フカシ話にしょっちゅう出てくる概念であるので。
「ああ、そうだね。そろそろ潮時かな」
マイルの言葉に、そう答えるメーヴィス。
そう、『赤き誓い』は、あくまでも、修行の旅の途中なのである。
あまり先を急ぐ旅ではないが、それは、どんどん進んでは各地に関する知識を得ることができず、ただの物見遊山の観光旅行になってしまうからである。なので、ある程度は滞在して、その国のことを理解し、その地域らしい仕事も受け、そして自分達の名前を売る。一般の人達にではなく、ギルド職員や地元のハンター達に対して、であるが。
しかし、永住するわけではないので、程々にその地域に慣れれば、次の国へと出発するのが「若手ハンターの、修行の旅」というものであった。
そしてマイルとメーヴィスは、そろそろその時期ではないか、と言っているわけである。
「あら、意外ね。マイルは、『猫耳が! もっとここにいましょう、いや、永住しましょう!』とか言い出すものだと思っていたわよ」
「私も、そう思っていました……」
にしし、と笑いながらそう言うレーナと、それに同調するポーリン。
「なっ……。レーナさんこそ、『お姉様と離れたくない』とか言い出すんじゃないかと思ってましたよ!」
「な、ななな……」
思わぬマイルの反撃に、顔を赤くして言葉に詰まるレーナ。
「……何ですか!」
「何よ!」
「「ぐぬぬぬぬ……」」
「まぁまぁまぁまぁ!」
慌てて仲裁にはいる、メーヴィス。
さすがに、貴族家のパーティーで言い争いを始められては堪らない。特に、貴族家令嬢であり、そのあたりの常識を弁えたメーヴィスにとっては。
メーヴィスに常識がないのは、庶民にとっての常識と、騎士や魔術師の能力に関する過大な認識(物語や、兄達の誇張した自慢話の影響による)等の部分であり、普通の貴族家令嬢としての範囲であれば、立派に常識人を名乗れるのであった。
そして、一般の招待客とオーラ家の人々、『赤き誓い』、『女神のしもべ』と、3つのグループに分かれたまま、皆が満足する形で、快気祝いのパーティーは無事に進むのであった。
そう、招待客達は、貴族の御令嬢と話ができれば。そして後の2つのグループは、豪華な料理が腹一杯食べられれば、それで良かったのである。