208 リートリア 3
「騙しましたね!」
『赤き誓い』が依頼の物色のためにギルドに顔を出すと、顔を真っ赤にした少女が駆け寄ってきて、そう叫んだ。
「あ、リートリアさん……」
そう、それはオーラ男爵家の娘、リートリアであった。
「お友達になる、って言っておきながら、どうして全然訪ねて来て下さらないのですか!
それに、聞きましたよ! 私なら最初からDランクで登録できるって!」
「「「「ヤバい、バレたあああぁ!!」」」」
「そういうわけで、ハンター登録を行いました。Dランク魔法金砕棒使い、『粉砕のリートリア』です、お見知りおきを!」
「「「「何じゃ、そりゃああああぁ!!」」」」
金砕棒。それは、イチイなどの堅い木を削り、六角形か八角形の太い棒にしたもののことであったが、後に鉄板を貼り付けたり、全金属製のものが作られたりするようになった。
全金属製のものは非常に重く、余程の膂力の持ち主であっても自由自在に使いこなすことは難しく、その長さや太さには大きな制限があった。しかし、リートリアが手にしているそれは、少女が持つには似つかわしくない長さと太さを持った全金属製であり、そして凶悪そうなイボイボというか、突起が無数に付いていた。
そして、マイルは無意識に呟いていた。
「ぴぴるぴるぴる……」
リートリアの後ろには、顔を引き攣らせた執事のバンダインと、全く似合っていない革の防具を着けた、どう見てもただの素人にしか見えないメイド服の少女が、泣きそうな顔で立っていた。
いや、訂正しよう。「泣きそうな」ではなく、既に泣いていた。
オーラ家のメイド服のままで、頭に着けたホワイトブリムもそのままに、取って付けたような革の防具に、手にした杖。おそらく、不幸にも魔法の才があったために男爵様が同行させたのであろう。リートリアの身の回りの世話と、いざという時には身をもって盾となるために。
「「「「酷ええええぇ!!」」」」
マイル達の声が揃った。
もし男爵からの命令であれば、明らかな違法行為である。しかし、あの男爵様がそんなことをするとは思えないので、多分、志願なのであろう。本当に自分の意志で志願したのか、それとも、「志願するしかなかった」のかは定かではないが。
いくら貴族としてはいい人であっても、男爵も、やはり平民である使用人より、自分の娘の方が大事なのである。それは仕方ない。
「だったら、そもそも、娘を止めなさいよおおおおおぉっ!!」
レーナの叫びに、ギルドにいた全員が、こくこくと頷いていた。執事のバンダインも、泣いているメイドの少女も含めて。
「リートリア、ひとつ、聞きたいことがあるのだが、いいかい?」
メーヴィスが、真剣な表情でリートリアにそう尋ねた。
「は、はい、何でしょうか?」
静まり返ったギルドに、メーヴィスの声がやけに大きく響いた。
「ハンター登録してすぐに二つ名を貰うにはどうしたら良いのか、教えてくれ!」
「「「「何じゃ、そりゃあああああ!!」」」」
そして数分後。
ギルドの飲食コーナーで席に着いた、リートリア、バンダイン、メイドの少女、そして『赤き誓い』の面々。その周囲の席が不自然に埋まり、皆、会話もせずに耳を澄ませている。
「とりあえず、リートリアに後味の悪い思いをさせたくなければ、そのメイドは帰しなさい」
レーナの指示にバンダインが頷いて、メイドに顎で指示をした。そしてレーナに最敬礼で頭を下げた後、脱兎の如く駆け去ったメイド。バンダインも、さすがに少し無理があると思っていた模様である。
「……で、どうするのよ……」
レーナの案は、そこまでであった。
「勿論、皆さん『赤き誓い』の一員として、一生懸命頑張ります!」
「「「「やっぱりイィぃ……」」」」
困り果てた、マイル達4人。いや、バンダインを入れて、5人。オーラ男爵家にいる者も含めれば、もっと大勢。そして、貴族の娘に簡単に死なれては困る、ギルドマスターを始めとしたギルド職員一同。
一般のハンターにとっては、余り関係がない。マイル達と違って、貴族の娘に手を出すわけには行かないからである。そんなことをすれば、首が飛んでしまう。ハンターを首になるという比喩的表現ではなく、文字通りそのまま、物理的に。
いや、貴族の娘が『赤き誓い』にはいると、自分達が『赤き誓い』の面々に粉をかけづらくなるから、どちらかというと迷惑であった。
「あの、私達は祖国を離れて流浪の修行の旅に出ているんですよ。だから、この街、いえ、この国もそのうち出て行きますから、ちょっとそれは……。さすがに、男爵様がお許しにならないでしょう?」
マイルがそう言うと、リートリアがにやりと笑った。
「お父さまは、私には逆らえません。何しろ、私には必殺技がありますからね!」
マイル達が反射的にバンダインの方を見ると、バンダインは額にシワを寄せた渋い顔で頷いていた。おそらくアレであろう。メーヴィスが上兄様との戦いで使った、最後の必殺技。ああいう類いのものに違いない。
しかし、『赤き誓い』は、少々特殊なパーティである。普通の者には付いて来られない……と思ったが、リートリアは普通ではなかったことを思い出したマイル達。
「いや、しかし、私達はティルス王国に籍を置くハンターだから、そのうち国に戻って定住するよ?
実家があるし、家族もいるんだから……」
メーヴィスがそう言うが、リートリアは動じた素振りすらなかった。
「私には兄も姉もいますから、他国に嫁いでも何の問題もありません。メーヴィスさんやマイルちゃんの伝手で貴族家に嫁げれば万々歳ですが、跡取り息子がいる男爵家の三女なんか、平民と変わりませんよ。貴族の娘、という武器で、ちょっと羽振りの良い商人か官僚、もしくは高級軍人あたりに嫁げれば重畳ですわよ」
どうやら、攻撃魔法が使える貴族の美少女、という自分の価値が、まだよく解っていないらしい。今のリートリアであれば、伯爵家、いや、侯爵家あたりからでもお声が掛かるであろう。
「「「「…………」」」」
手強かった。
そして、なかなかの覚悟を決めているようである。どうしてそこまでして『赤き誓い』と一緒に行きたがるのか……。
これが普通の少女であれば、問題外である。『赤き誓い』の行軍速度には付いて来られないだろうし、戦闘能力、秘密保持、その他様々な条件で問題だらけであるから。
しかし、リートリアはかなりの魔法が使え、複数属性の攻撃魔法を使いこなすらしい。そして、病気から回復すると、なぜか筋力や体力が大幅に上昇していたらしく、技術があまり要らない武器、つまり、打撃武器の類いであれば、かなり強力な近接戦闘員たり得る。
また、命を救われた『赤き誓い』を裏切ることもないであろうし、まだ若く純真なリートリアは、貴族としての誇りがそれを許さないであろう。
……しかし、だからといって、簡単に『赤き誓い』に迎え入れることはできなかった。
『赤き誓い』は、魂と友情で結ばれた、マイル、レーナ、メーヴィス、ポーリンの、4人のパーティなのである。ここは、何としてでも逃げ切らねば……。
必死で頭を絞る、『赤き誓い』の4人。
かららん
その時、ドアベルの音が響き、ひと組のパーティがギルドへはいってきた。
「あら、『赤き誓い』のみんなじゃない。どう、最近の景気は?」
「「「「ボチボチでんな~……」」」」
マイルの「にほんフカシ話」により、『お約束』というものを刷り込まれてしまったレーナ達であった。
「な、何よ、そのおかしな返しは……」
面食らい、少し引いた様子の『女神のしもべ』の面々。
((((これだあああああぁ~~!!))))
今、4人の心がひとつになった。
……悪だくみで。