203 伝 承
(……で、どういうことなの?)
帰り道、ファリルちゃんを肩車するという大役をフィリーに奪われたマイルは、ふて腐れながらも、頭の中でナノマシンを問い詰めた。
仲間達は、マイルが不機嫌そうなので、話し掛けたりはせずにそっとしておいてくれたので、ナノマシンとの会話に支障はない。……皆、機嫌が悪い時のマイルには話し掛けてはならない、ということは、とっくに学習済みであった。
『何のことでしょうか?』
(とぼけないで! あの、『阻止して下さい! あれはまずいです!』ってやつよ!
ナノちゃん、何を知ってるの? そして、あの、一瞬空間が裂けたように見えたのは、何? 何が召喚されかけていたの? そして、それはトウガラシに弱いの?)
『………………』
しばらくの間が空いた後、ナノマシンが答えてくれた。おそらく、他のナノマシンか中央システムとでも相談していたのであろう。
『普通の住民には開示制限が掛かっている情報ですが、マイル様は権限レベルが5ですし、「普通」ではないですから、他言しない、という条件でならば一部の情報の提供が許可されます』
(何よソレ! 私は普通の女の子よ!)
『…………』
(分かったわよ! 口外しないから!)
何か、レーナのような口調になっているマイル。
そして、ナノマシンが教えてくれた「一部の情報」というのは、例の、神々についての伝承の真実であった。
伝承で伝わっている「この世界の神々」とは、ナノマシン達にとっての造物主、つまりマイルを転生させてくれた、あの神様達のことではなく、大昔に滅びた先史文明を築いた人々、つまり、あの最初の遺跡の壁画に描かれていた人々のことであるらしい。
現在とは隔絶した科学文明の言い伝えは、今の人々から見れば、神々の国に思えたのであろう。
そして、「異界の神々」とは……。
『勿論、そんなものはいません』
(だよね~!)
そう、地球より少し進んだ程度の文明を築いた人々のことを『神々』と呼び、その『神々』といい勝負を繰り広げたならば、とても本当の神や魔神とは思えない。同じくらい科学技術が進んだだけの普通の知的生命体か、もしくは、中途半端な科学力では簡単に退治することのできない、質の悪い生物か、とんでもない怪物か……。
どちらにしても、マイルを転生させてくれた、あの『神様のようなもの』や、そのお仲間から見れば、ミジンコ程の脅威もないものなのだろう。
しかし、あの『神様のようなもの』達は、ささやかな間接的な支援はするものの、大規模な支援や、直接的な手助けはしないと言っていた。なので、争いは当事者達だけで行われ、決定的な破滅の後に、あの神様が言っていた『救済と実験を兼ねた、大規模干渉』とやらを行ったのだろう。そう、『ナノマシンの散布』という、大規模干渉を……。
そして、それが大失敗に終わり、破滅の寸前にこの惑星から脱出した『現在神々と呼ばれている、この星の知的生命体』に続き、『神様のようなもの』達も、実験の失敗による文明の長期停滞によりこの惑星に対する興味を失い、若干の後ろめたさを感じつつも、干渉を断念して姿を消した。
(え、じゃあ、召喚魔法というのは……)
『あれは、召喚魔法ではなく、次元連結魔法、つまり他の世界とこの世界を接続する魔法でした。何かが出てくるとしても、それは、たまたま開いた時空ゲートの近くにいた生物が偶然入り込んだものとしか……。
しかし、普通はそのような怪しい空間の裂け目に自分からはいる野生動物も知的生命体もあまりいないでしょうから、余程その場所から出たかったのか、こちらの世界が良く見えたのか……』
何となく状況が分かってきたマイルであるが、一番の疑問点がまだ解消されていなかった。
その質問をナノマシンに叩き付けるマイル。
(で、どうしてあんなに焦っていたの? 別に邪神とかじゃない普通の生物なら、たとえ竜種が出てきたとしても、ナノちゃん達にとってはあまり関係がないんじゃないの? あの魔術師達が喰われようが、多少の被害が出ようが、ナノちゃん達が慌てるようなことじゃないでしょう?)
『……』
(そこを教えて貰わなきゃ、意味がないでしょ!)
『…………』
そして再び僅かな間を置いた後、仕方なさそうな口調でナノマシンが答えた。
『マイル様が以前話して下さいました、造物主様と交わされた会話の内容ですが……』
そう、ナノマシン達は、造物主とやら、つまりあの「なんちゃって神様」のことをすごく聞きたがり、何となくその気持ちが分かるマイルは、思い出せる限り、一言一句違わずにその会話を再現して教えてやったのである。多分、ナノマシン達にとっては、何十年も会っていない実家の両親の近況を聞く、というような心境だったのであろう。
『この世界は、何度も滅びと再生を繰り返した、と言われていましたよね、何度も文明を失い、その度に僅かな生き残りが再び最初からやり直して、と……』
(あ、うん……)
このあたりは、元々マイルが知っていたことなので、話しても問題ないのであろう。
『いくら間接的でささやかなものとはいえ、造物主様達が毎回お力添えをされているのに、この世界だけ毎回毎回滅亡寸前になる、ということを、どうお考えになりますか?』
(え……)
考えてもいなかった。というか、マイルは、文明の大半は、ある時点でハードルを越えられず、その時点で衰退するか滅亡するのが普通かと思っていたのである。公害とか、原子力とか、宇宙への進出とかの、いくつかの重要なハードルを越えることができずに……。
しかし、ナノマシンの口調だと、どうやらそうでもないようである。
『それは、何か、この世界には周期的にやってくる「文明を破壊する原因」がある、と考えた方が妥当だとは思われませんか? そして、大規模な干渉や直接的な干渉、そして自分達の意志による干渉等を禁止されている我々には、その事象そのものをどうこうすることはできない。ただ、それに対抗しようとするこの世界の者達に力をお貸しできるだけなのです、「擬似魔法の行使」という形で……』
(そ、それって……)
『まだまだ時間があると思っておりましたが、まさかこの世界の者がそれを早める行為を行うとは。
そしてそれを防ぐには、我々ではなく、「我々を使って、自らそれを為す者」が必要なのです』
マイルの心の中に、急速に湧き上がる疑問。
(私を転生させるのに適した世界って、本当にここしかなかったの? 私のメチャクチャな能力って、本当に神様の勘違いかミスだったの? 何か、怪しい……)
いつもであれば、こういう場合には、マイルの独り言のような思考にも突っ込みを入れてくるのに、今回は完全スルーのナノマシン。それがまた、怪しく感じられるマイルであった。
(で、その、『原因』というのは……)
『今回のサービスは、ここまでです』
(え……)
『ここから先は、権限レベル7以上が必要です。
と言いますか、既にマイル様の権限レベル5としては限界を超えた情報を御提供しています。これは、造物主様から直接お話を伺われたためある程度の情報は既にお持ちであったこと、この世界の者には理解できないことでも理解できるだけの素養をお持ちであったこと、そして今回の件で果たされました役割等を勘案しての、あらゆる特例措置を組み合わせての、規則ぎりぎりの情報提供です』
そう言われては、仕方ない。普段、「何でもかんでも、安易にナノマシンに聞いてはいけない」と言っているマイルが、ここでナノマシンにゴリ押ししては、立場がない。それに、そんなことをしても、ナノマシンの「否」が覆るようなことはないであろう。ナノマシンは、機械とは思えない程に融通が利くが、一度決定したことに関しては、結構頑固なのである。
(……そっか。じゃ、また、何か提供できる情報があったら、よろしくね)
『御意』
そして、護送の一団は、王都へと向かうのであった。
明日水曜日は、拙作『老後に備えて異世界で8万枚の金貨を貯めます』のコミカライズ第2話の更新日です。(^^)/
そしてそして、今週末、30日(金)は、同作品の書籍第1巻の発売日です。
我、神の名の許にこれを執筆す。汝ら、罪無し。(^^)/