174 オーラ家 6
「え……。あ、ど、どうぞ、構いませんよ!」
一瞬驚いたものの、リートリアはすぐに了承してくれた。
「ま、マイル、あんた! いくら意地汚いといっても、限度というものがあるでしょうが!
病人の食事をつまみ食いって、いったい何を考えてるのよっ!」
「ち、ちちち、違いますよおぉっ!」
レーナのとんでもない非難に、顔を赤くして怒鳴り返すマイル。
「食事を確認する必要があるんですよ、病気の調査には! ごく初歩的なことです!」
「え、そ、そうなの?」
マイルの怒り方から、どうやら本当らしいと判断し、トーンダウンするレーナ。
「まったく、もう……。じゃ、ちょっと味見させて下さいね」
そう言って席を立ち、リートリアのベッドに歩み寄るマイル。
「えぇと、これは、牛肉ですね。焼いたのではなく、煮て、汁は捨てて肉だけ、と……。
こっちは卵で、それとマッシュルーム。野菜も、煮込んでありますよね……。
えと、食事に合わせた飲み物は、水で薄めたワインと、食後のミルク、ですか。う~ん……」
少しずつ味見しながら、考え込むマイル。
「リートリアさん、好き嫌いはありますか?」
マイルの問いに、後ろから男爵が答えた。
「好き嫌いというか、リートリアは、いつも大体このメニューだな。食が細いからパンとかを食べると他の物が食べられなくなるから、肉と卵、野菜、キノコにミルクと満遍なく食べさせるためには、主食となる穀類は外して、他の物を食べさせた方が良いかと思ってな。
そしてこのあたりは水の質があまり良くないので、ワインを水で薄めて飲ませておる。ワインを飲むと血行が良くなるしな。勿論、それだけでなく、ミルクも飲ませておる。
どうだ、何か問題があるか?」
「う~ん……」
マイルは、しばらく考え込んだ後、ポツリと言った。
「毒がはいっていないということだけは、判りました」
「「「「「当たり前だっっ!」」」」」
男爵夫妻、そしてリートリアの兄と姉達から怒鳴られたマイルであった。
使用人や邸の管理態勢を疑われ、少し機嫌を損ねた、オーラ家一同。
「だから、無礼講でお願いします、って言ったのに……」
マイルは少しぶつぶつ言っていたが、とりあえずの確認は終わり、元の任務に復帰した。
そう、リートリアのゆっくりとした食事が終わるまで、ハンターとして経験した面白い話を盛りまくって、リートリアを楽しませるという任務である。別に頼まれたわけではないが、家族以外の話し相手がいないことの寂しさをマイル以上によく知っている者も、そう多くはないだろう。
そして、娯楽に飢えていたリートリアに自分の話がウケることに調子に乗ったマイルが『日本フカシ話』を披露し、リートリアが口に入れていた食事を派手に噴き出して大変なことになってしまったのは、仕方のないことであった。
そして、リートリアの食事が終わり、皆が部屋から出るべく立ち上がりかけた時。
「ちょっと、リートリアさんに確認したいことがありますので、私は残ります。
そうですね、御心配でしょうから、奥様かお姉様に立ち会って戴ければ……」
毒を喰らわば皿まで、という日本の言い回しに似た言葉が、この国にもあった。
「……任せよう。ウィロミア、頼む!」
リートリアの姉、15~16歳くらいの少女ウィロミアが、こくりと頷いて、立ち上がりかけていた腰を再び下ろした。
そして、『赤き誓い』もマイル以外は退出し、部屋の中はマイル、ウィロミア、そしてリートリアの3人だけとなった。
「では、脱いで下さい」
「「えええええ~っっ!」」
突然のマイルの言葉に、思わず叫び声をあげるウィロミアとリートリア。
「何事だッ!」
そして、乱暴にドアを開けて突入してきた男爵。
「何でもありません! そして、診察のために寝衣をはだけるところだったんですよ、いくら娘さんとはいえ、ノックも無しに飛び込むのは失礼でしょう!」
「あ、す、すまん……」
マイルに本気で怒られて、男爵は慌てて謝罪し、部屋から出て行った。
「そういうわけですので! 私、別に、おかしな趣味はありませんから!」
「「すみません……」」
おかしなことを考えて声を上げてしまったことを、素直に謝る姉妹であった。
「では、続けます。身体の腫れや変色の有無とかを確認するためですから、おかしなことは考えないで下さいね……」
そう言って、リートリアに寝衣をはだけさせ、じっくりと確認するマイル。
勿論、マイルに医学的な専門知識があるわけではない。ごく普通の高校生の常識程度、いや、読書好きのため、それよりはかなり知識があるが、所詮は素人である。
しかし、日本人としての知識がある自分に、何か分かることがあるかも知れない。駄目で元々、損する者はいない。そう考えて、診察の真似事をしながら色々と質問するマイル。
「あの、健康だった時と較べて、どのような症状が出ていますか?」
「は、はい、そうですね……」
マイルの質問に、神妙な顔で答えるリートリア。
「元々私は食は細い方だったのですけど、食欲不振で、あまり食べられなくなりました。そして、身体がだるくて、動悸や息切れがして、足の痺れとか、何だか手足に力がはいらなくて……」
しかし、食欲不振、身体がだるい、疲れやすい、力が入らない等は、どんな病気でも大抵は出る症状である。それだけでは、マイルには何も分からない。
「じゃあ、ベッドに腰掛けたまま、足をこちらに降ろして下さい」
そう言って、リートリアにベッドから足を垂らさせて、下半身を見るマイル。
「……あれ? ちょっとむくんでいません?」
「あ、はい、そうですね……」
もっとよく見ようと、マイルがリートリアの下半身に顔を寄せた時。
ごん!
「きゃっ!」
マイルが腰に佩いている剣の柄が、リートリアの膝に当たった。いい音を立てて。
「い、痛い……」
「ああっ、ご、ごめんなさいっ!」
慌てて身体を引き、謝るマイルであったが。
「え……」
何か、違和感を感じた。
「あれ? 何か……」
そう、何か、あるべきものが足りない。そんな気がして……。
「あ!」
ひと声叫ぶと、マイルは腰から剣を外した。勿論、鞘ごとである。
そして鞘の部分を握り、再び柄の部分をリートリアの膝に打ち付けた。
こんっ!
「あうっ!」
可愛らしい声をあげるリートリア。
「何、遊んでるんですか!」
姉のウィロミアが怒るが、マイルはそれどころではない。
こんっ!
「ううっ!」
こんっ!
「ひいぃ!」
「やめなさい!」
遂に、ウィロミアに肩を掴まれたマイル。
「あ、すみません、つい……」
「「やっぱり、遊んでいたのですかっっ!」」
……姉妹に同時に怒られた。
「い、いえ、見つけましたよ! 多分、病気の名前と、そしてその原因を!」
「「えええええっっ!!」」
そう、幸いにもそれは、その患者を実際に目にすることはほとんどないにも拘わらず、普通の女子高生でも知っている程の有名な病気であった。その簡単な判別法を含めて。
昔、日本でも多くの死者を出した、国民病とまで言われた病気。
そして、なぜか裕福な者が罹りやすかった病気。
……そう、『脚気』である。