163 遺跡「いえ、現役です」
「ど、どうしたのよ!」
レーナの問いに、マイルはこめかみに汗を浮かべながら言った。
「……な、何かいました…………」
「何か、って、何よ!」
「何か、です……」
埓があかないので、今度はレーナがそっと扉を少し開けて、覗いてみた。
そして、閉められる扉。
「何かいたわ……」
「「だから、何か、って、何?」」
メーヴィスとポーリンの声が揃った。
そして、更に2回、同じことが繰り返された。
「「何かいた……」」
そう、扉の向こうは通路らしきものであり、そこに、何かがいた。
6本足でしゃかしゃかと歩く、大型犬くらいの大きさの、何かが……。
虫っぽいが、虫ではない。6本足で、硬そうな黒光りする外殻を持ってはいるが、それが虫らしくない最大の特徴。そう、それは、足が生えた虫のような胴体とは別に、そこから垂直に立った人間の上半身のような胴体と頭、そしてその胴体から生えた4本の腕を持っていたのである。
異形。
そう形容するしかない、他の生物とは一線を画した異様な形状をしていた。
それが、通路を歩いていた。
「スカベンジャー……」
しばらく経って、レーナがぽつりと呟いた。
「スカベンジャー?」
それを聞いて、怪訝な顔をするメーヴィス。
「養成学校じゃ習わなかったけど、ごく少数の目撃例があるだけの、よく生態が分かっていない生物よ。『赤き稲妻』のみんなから聞いたことがあるわ。
全滅したパーティとかの遺体に集り、身に付けている武器や防具、装身具やお金等、金属製のものを取っていくらしいの。遺体そのものには手を付けないから、何を食べるのか、どうして金属を集めるのか、全く分からない、謎の生物よ。
後をつけようとしても、凄い速さで狭いところを駆け抜けるものだから、巣を見つけることもできないらしいの。生きている人間には近寄らないし、害もないから、話題にも上がらないし、目撃例の少なさと相まって、知っている人はあまりいないらしいわ。
私も確証はないけれど、話で聞いた形が、どうもあんな感じだったと思うのよ……」
虫のような生物が、地下の洞窟に住み着いた。
よくある話である。誰も疑問に思わない。
……マイル以外は。
(き、金属っぽい! 金属っぽいよ! そして、長い間ここで働いているっぽい……。
勤続37年。いや、違う、そうじゃない!)
「そうか、こういう遺跡の地下深くに住み着いているなら、巣が見つからないのも納得できるな」
「ちょっと、気持ちの悪い見た目ですね……。でも、人間に害がないなら、安心ですね」
マイルは、メーヴィスとポーリンの言葉も耳に入っていなかった。
(遺跡。虫型ロボット。人間には危害を加えない。金属を回収。それって……)
マイルの頭の中で、ひとつの答えが導き出された。
(メンテナンスか、製造担当のオートマタ……)
もしそうだとすれば、言えることはただひとつである。
「この遺跡、現役だ……」
「今、何て言ったの?」
レーナが、マイルの言葉を聞き咎めた。
「……この遺跡、どうも、現役っぽいです」
「「「え?」」」
「で、あの、スカベンジャー、っていうのは、遺跡のメンテナンス、つまり維持整備を担っているのではないかと……」
「そうか! だから金属が必要なわけか!」
さすがメーヴィス、そういう方面では頭が回る。
一般知識のレーナ、商売と金銭関連のポーリン、軍事・戦闘・兵站のメーヴィス、そして常識外知識のマイル。完璧の布陣であった。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! それじゃ、何? あの虫みたいな魔物が知性を持っていて、この遺跡の支配者ってわけ?」
レーナが驚愕に眼を見開いてそう叫ぶが、そういうわけではない。
「いえ、別に『支配者』というわけでは……。ただ単に、命令されたことをやっているだけだと思います。とっくの昔に滅びた御主人様に命令されたとおりに……」
「ちょ、ちょっと待って下さい、マイルちゃん。それじゃあ、あの生物はそんな大昔から生き続けているってことですか?」
ポーリンが、至極当然の疑問を呈した。
「いえ、アレは、普通の意味での『生物』じゃないと思います。そうですね、言わばゴーレムみたいなものかと。それで、壊れたら他の仲間が修理してくれたり、あるいは自分達で自分達の複製を作ったり……。
だから、全ての個体が同時に破壊されない限り、互いに修理したり生産したりで、延々と存在し続けるのではないかと」
いくら何でも『永遠に』というわけではないだろうと、『延々と』という言葉を使うマイルであった。
「「「…………」」」
「こうしていても仕方ありません。先に進みましょう」
「さ、先に、って言っても……」
マイルの言葉に、レーナは躊躇った。
通路に出れば、スカベンジャーに見つかるかも知れない。
いくら人間には危害を加えないと言っても、それは外での話だ。自分達の住処に侵入してきた者に対してもその博愛精神が発揮されるとは限らない。御主人様が『ここを守り、侵入者をやっつけろ』と命令していない保証はない。
そしてレーナは、過去、人間がスカベンジャーと戦ったという話は聞いたことがなかった。それは、戦いそのものが生起したことがないからなのか、それとも、スカベンジャーと戦った者やその目撃者は誰ひとり生き残っておらず、ただ単に、伝える者がいなかっただけなのか……。
どのような戦い方をするのか。毒を持っているのか。集団で連携の取れた攻撃をしてくるのか。一切の情報がない初見の敵との戦いは、非常にリスクが高かった。
「大丈夫です、見つからないように、不可視フィールドと遮音結界を張りますから」
「フカシふぃーるど?」
レーナが、何それ、という顔で、頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた。
「相手から見えないようにすることですよ。遮音結界の、音じゃなくて光版です」
「ふ~ん……」
マイルは簡単に言い、レーナも軽く受け取っているが、それはかなり面倒なことであった。
遮音結界ならば、自分達と相手の間に空気振動を遮断するスクリーンを張れば済む。しかし光でそれをやると、向こうからはこちらが見えなくても、こちらからも外部が見えなくなる。そして光が来ないということは、真っ暗、ということであり、自分は周りが見えなくて動けず、相手からはドーム状の真っ黒な空間があるように見えて、隠蔽どころか大目立ちである。
そして更に、外部が見えるようにと、自分からの光は外に出ないようにして外部からの光や電磁波のみを通過させるようにするとどうなるかというと、……内部の温度が上昇し続ける。温室効果である。
その熱を排熱しようとすると、可視範囲が広くて赤外線が見える相手とか、蛇のように赤外線を感知するピット器官のようなものを持つ相手に見つかってしまう。
おまけに、自分達からの光を遮断すれば良いという話でもない。
自分達の後方の景色、そこからの光を、自分達がいないものとして透過させなければならないのである。これら全てをクリアすることなど、可視光だけでなく赤外線、熱、光の特性等を知らないこの世界の者にどうこうできるような問題ではない。
レーナがマイルの説明を簡単に聞き流したのは、それらのことを知らないがためにその困難さに気付かず、遮音と同じ程度に考えて気にしなかったか、それとも、いつものやつ、つまり『マイルだから仕方ない』で済ませたかの、どちらかであろう。
そういうわけで、普通の者が魔法で完全な不可視フィールドを形成するのは、非常に難しい。
それら全ての事象を、碌な科学知識も無しで、正確にイメージして思念放射、しかも無意識で、など、常人に可能な技ではない。
しかし、マイルの場合、『不可視フィールドで見えなくなぁれ! それに付随する色々な処理も、お願いね!』と考えるだけで、後は全てナノマシンがやってくれる。マイルはそれを『自分の思念による、通常の魔法行使』だと思っているが、勿論そんなことはなかった。
ナノマシン使用権限レベル5。
思念波により具体的な現象のイメージを放射しなくても、言葉や最終結果のイメージだけで、それに必要な細々としたことは全てナノマシンが自分で判断してやってくれる。
そう、それはまるで、税金の青色申告の手続きを全て自分でやるのと、お金だけ払って税理士さんに丸投げすることくらいの違いがあった。
「では、行きますよ」
そう言って、マイルは遮音結界と不可視フィールドを展開し、扉に手を掛けた。