158 怪獣大進撃
「余が、炎の化身である!」
がきぃ!
「ファイヤー・ボール!」
がしぃ!
「余が、炎の化身である!」
ぎぃん!
「ファイヤー・ボール!」
がきん!
「余が、炎の化身である!」
がしぃ!
「ファイヤー・ボール!」
きぃん!
飛び交う炎弾、火花を散らす剣戟。
最早、人間の戦いではなかった。それは、まさに『怪獣大進撃』という名こそがふさわしい。
初めは交互に放たれていたそれも、次第に順番がバラバラとなり、魔法と気功砲が同時に放たれたりもし始めた。
このままずっと続けば、体力と魔力に秀でるであろうレルトバードが有利なのでは、と思われたが……。
「メーヴィスが、押しているわ……」
そう、レーナが言うとおり、メーヴィスが優勢であった。
その理由は。
「ファイヤー・ボール!」
「余が、ファイヤー!」
そう、メーヴィスの魔法名詠唱の方が、短かったからである。
「『殺虫パンチ』ですかぁっ!」
そして、マイルの叫びの意味を理解できる者など、勿論ひとりもいなかった。
決着は、呆気なく着いた。
持久力に不安があるメーヴィスが勝負に出て、気功砲(ということになっている、炎魔法)の連続発射という手段に出たからである。
やむなくファイヤーボールで対抗したレルトバードは発射速度で撃ち負け、一発喰らったところを踏み込まれて、その首に剣を当てられた。
「そ、そこまでだ!」
そして、魔族のリーダーから試合終了の宣言が叫ばれた。
あまりの完敗に声も無いレルトバードは、剣を自分の首に押し当てるため至近距離にあるメーヴィスの顔を見詰めた。そして会心の笑みを浮かべたその顔は、キラキラと光り輝き、まるで女神の微笑みのように見えたのであった。
「…………」
少し挙動不審となり、慌てて顔を背けるレルトバード。
……勿論、メーヴィスの顔がキラキラと光り輝いていたのは、ナノマシンが顔面の防護のために張ってくれていた、反射コーティングによるものであった。
「「「「…………」」」」
黙りこくる魔族達。
「「「「…………」」」」
分かってるんだろうな、さっさと案内しろよ、と無言で威圧する『赤き誓い』。
いつまで経っても埓があかないので、とうとうマイルが口に出して催促した。
「約束通り、さっさと案内して下さい!」
しかし、魔族のリーダーは首を横に振った。
「いや、まだだ!」
「……約束を破るおつもりですか?」
マイルの声が急に低くなり、ぷんぷん、というような怒り顔から急速に表情が抜け、無表情になった。
(((あああ、怒ってるぅ!)))
そう、レーナ達が心配する通り、マイルは怒っていた。
メーヴィスが、みんなのために、文字通り人間の限界を超える程の力を振り絞り、心を、魂を、そして胃袋の中を燃やして勝ち取った勝利。それを無にするというならば、マイルにも考えがある。
「……そうですか。…………そうですか」
「ま、待て! 違う、そうじゃない、早まるな!」
マイルの剣呑な雰囲気に、リーダーは慌てたように手を振った。
「約束は守る、ちゃんと守るから! 俺達も、これ以上の恥の上塗りはできないし、ここで全面戦闘が始まったとしても、勝てるとも思えん……。
そもそも、俺達は別に悪い事をしているわけではないからな。仲間のところへ連れて行ったからといって、別にどうということもない」
「じゃあ、何?」
感情の抜けたようなマイルの問いに、リーダーの男が答えた。
「団体戦としての勝負は決まったが、俺はまだ戦っていない。これでリーダーとして敗北の責任を取るのは、まぁ、リーダーとはそういうものなのだから仕方ないのは分かっているが、個人的に、どうしても忸怩たるものがある。
そこで、だ。俺とお前の戦いも、きっちりとやって貰いたい。
俺が勝てば、俺の自己満足と、全敗ではなく一矢報いた、という魔族としての最後のプライドが守られる。もし負ければ……」
ひと呼吸置いて、リーダーは言葉を続けた。
「リーダーとしてではなく、俺個人としてだが、ひとつだけ、何でもお前の言うことを聞く」
そして開始された、第4戦。
マイルは、魔族のリーダーの言い分がそうおかしなものではなかったので、怒りを静め、既に通常の状態に戻っていた。そして、魔族のリーダーの方はと言うと。
(……すまんな。報告の時、『私は当然勝ったのですが……。まさか、他の者達が人間の少女に負けるなど、思ってもおらず……』と言えば、リーダーとしての責任は免れないが、少なくとも、俺の個人的な名誉は幾分守られる。
いや、すまん。本っ当に、すまん!)
心配そうに自分を見守る仲間達の方にちらりと眼を向け、そんなことを考えていた。
カスであった。
そして更に。
(おそらく、この最年少の子供は、身分が高いのであろう。貴族とやらの子供、我々で言うなら、村長の孫娘、といったところか? なので、魔法も使えず、武術もろくに使えないにも拘わらず、おそらくは人間の中でもトップレベルと思われる3人の護衛を従え、あんなに恐ろしい威圧感が出せるのだ……)
そう、マイルを舐めていた。
剣士スタイルということは、魔法は得意ではないということであり、武術の才がないことは、身のこなしや筋肉の付き方、剣ダコもない細くてつるつるすべすべの手、そして小さく華奢な体格を見れば、素人にでも判る。
「では、始めよう。大丈夫だ、我々は治癒魔法も使えるから、傷痕は残らないよう治癒させるし、痛みもすぐ消える。まぁ、怪我をする前に降参して貰えれば更に良いのだが……」
念の為、少し怪我をさせただけで護衛達が斬り掛かってこないよう、言葉だけではあるが安全策を講じておく。既に団体戦の勝敗は決しているのだから、彼女達が主人を護るために介入することを躊躇う理由はないのだから。
「では、行くぞ! アイス・バインド!」
あまり危険を感じる魔法を使っては、護衛達から一斉に攻撃される恐れがある。そのため、手足を氷の枷で縛るという、殺傷の心配がない拘束魔法を使用した。拘束魔法とは言っても、戦いに使用するものであり、攻撃魔法の一種である。
少女は抵抗する素振りもなく、その両手首、両足首が氷の塊に覆われ、それらが互いにくっついて……、
ぱりん!
砕け散った。
「え……」
驚く魔族達。『赤き誓い』は、気にした様子もない。
「魔法が無効……、いや、ちゃんと発動した! ただ、打ち破られた。それだけだ……」
観戦の魔族がそう分析するが、戦っている当事者はそんな話を聞く余裕など無い。
「く、くそ、なるべく怪我をさせまいと思っていたが、そこまで甘くはなかったか!
アイス・ジャベリン!」
「アイス・シールド!」
放たれた、先端部が丸くなっており貫通力を無くした氷の投槍は、マイルの前に出現した氷の壁に阻まれた。
「……真面目にやる気、あるのですか?」
「え……」
「真面目にやる気はあるのか、って聞いているのですよ!」
皆が反射的にマイルの顔を見ると。
……無表情。
(((うわああああぁ!)))
レーナ達は、よく知っていた。それが何を意味するのかということを。
そう、マイルは怒っていた。
一対一で戦えるというので、あの、『ミスリルの咆哮』のグレンと戦った時のように、そしてメーヴィスの父親と戦った時のように、楽しいんじゃないかと期待していたのである。
その2回は剣での戦いであったが、今回は、魔法が得意だという魔族との、魔法対決である。
魔族との、魔法対決!!
手加減せずに、思い切りやれる、初めての魔法勝負。
しかも、試合型式なので、気に病むようなこともない。
そう思ってわくわくしていたら、まさかの手抜き接待魔法である。
「そっちがそういうつもりなら、こちらにも考えがあります……」
「あんた達、もっとこっちに来なさい!」
レーナが、観戦組の魔族に声を掛けた。
元々全員が一カ所に固まってはいたが、やはり敵味方、若干の間は空いていたのであるが、レーナはそれでは危ないと判断したようである。
「え……」
それを聞いて、先程の柔らかい感触と甘い匂いを思い出し、顔を赤くする魔族の少年。他の3人は、ぽかんとしている。
「いいから、さっさと来なさい! でないと、万一の時に『ばりあ』で守ってあげられないわよ!」
意味は分からなかったが、何か、自分達の命に関わるのではないかという臭いを嗅ぎ付けた4人は、慌ててレーナ達に駆け寄った。
そう、このあたりの鼻が利かない者は、その殆どが早死にするのであった。今戦っている、自分達のリーダーのように……。
そして、マイルが攻撃に転じた。
「位相光線、発射!」
ちゅん!
「え……」
自分の顔の横を、眼にも留まらぬ速さで通過した、というか、通過したような気がする、『何か』。
恐る恐る後ろを振り返ってみると、自分の後ろにあった岩に、数センチの穴が貫通していた。
ぎぎぎ、と、首の向きを前方に戻すと、その少女が、にこりと微笑んだ。全く笑っていない眼で。
「真面目にやって貰えますか?」
ぶわっ!
身体中から、汗が噴き出した。
そう、リーダーは、ようやく悟ったのであった。
自分の前に立っている少女が、ただの角ウサギではないということを。
「も、猛毒凶暴地獄角ウサギ……」
そして、自分が選んだ扉が、『赤い扉』であったということを……。
(真面目にやらないと、死ぬ!)