132 無双錬金!
「こ、これが、『純粋トウガラシ』ですか!」
まるで純粋水爆を目の前にした原子核物理学の科学者のような眼でカプサイシンの粉末結晶を見詰めるポーリン。
「はい、まぁ、トウガラシの辛味成分だけを抽出したもの、ですね」
マイルの返答を聞いたポーリンは、恍惚の表情を浮かべた。
「これが、私の魔法で生み出された、純粋香辛料……。
高価な香辛料が、魔力が続く限り、いくらでも……。金を生み出すに等しい、まさに神の所業!
これは、錬金術です、無双です! 無双錬金!!」
胡椒のように、同じ重さの金に匹敵する、という程の価格ではないが、食材関連では、重量あたりの値段としては高額商品である、トウガラシ。しかも、その辛味成分の純粋結晶である。ポーリンが舞い上がるのも無理はない。
(ありゃ、これはちょっとまずいかな……)
ポーリンの様子に、マイルは焦った。
あの調子だと、トウガラシ、というか、カプサイシンの大量生産でひと財産、とか言い出しかねない。……いや、既に言っている。
(いかん。このままでは、ポーリンさんが暗黒面に堕ちてしまう!)
「ポーリンさん、駄目です! これを主力商品にして大儲け、とか企んだら、香辛料業界が大変なことになってしまいますよ! 関連商人だけでなく、国家間の取引とか、もう色々と……。
そして、どこかから購入した形跡も、輸送した形跡も、持ち込んだ形跡も、そして税を払った形跡もないことが、すぐに露見してしまいます。そうなったら、入手先の情報と利権と税収を求めて、国中の貴族と役人と商人と犯罪者が……」
「う……」
ポーリンも、商家の娘である。マイルが言ったことは理解できる。
魔法による生成であることを喋らないと、拉致や拷問、もしくは抜け荷や脱税で捕縛。
喋ったら、口封じに殺されるか、あっという間に情報が広まって、価格が大暴落。トウガラシの産地や業者に致命的な打撃を与え、自分達が大儲けをすることもできなくなる。
そして更に問題なのが、『ウルトラホット』系列の魔法が広まることであった。
『ウルトラホット』の魔法は、現在、『赤き誓い』限定である。見た(喰らった)者は数十名いるが、その大半は魔法が使えない者だし、一部の魔術師も、一度見ただけで原理が簡単に分かるものではない。
それに、魔術師でありながら犯罪に手を染める者は、元々大した才能を持っているわけではない。才能があれば、犯罪に手を染めなくても充分やっていけるからである。
また、『赤き誓い』と戦った者の大半は捕縛されて犯罪奴隷、ということもある。
そのあたりの犯罪魔術師が、もしみんな『ウルトラホット系魔法』を使い始めたら。
……近接戦闘職の者とのパワーバランスが崩れ、犯罪魔術師の無双が始まってしまう。
それらの事が一瞬の内に脳裏をよぎり、蒼白になるポーリン。
「じゃ、じゃあ、今回のこれも、まずいんじゃないのかい?」
「うっ!」
メーヴィスの指摘に、口籠もるマイル。
「……えっと、その、それは、アレです!」
「「アレ?」」
怪訝そうな顔のメーヴィスとレーナに、マイルが宣言した。
「『これはこれ、それはそれ!』、『心に棚を作れ!』ですよ!」
「「「…………」」」
そして結局、人造香辛料の大量生産が始まった。
ポーリンがウルトラホット魔法を使い、マイルが精製魔法を使って、容器に入れてアイテムボックスへ。延々とそれを繰り返す。
どうせ、そんなに早く街へ戻るわけには行かない。あまりにも不自然なので。
だから、今後の分も含めて、大量に生産しておくことにしたのである。アイテムボックスに入れておけば劣化もしないし、武器にもなる。なので、マイルのアイテムボックスにあった容器に片っ端から入れていくのと併行して、レーナとメーヴィスが竹筒に入れたり草の葉で包んだりして、振って拡散させたり手投げ弾として使用したりする、様々なタイプの武器を作っていったのである。
相手に怪我をさせることなく戦闘力を奪う。実に人道的な武器であった。
しかし、黙々と手投げ弾を作るレーナは、なぜか邪悪な笑みを浮かべていた。
多分、アレである。
あんな目に遭うのが自分だけ、というのは納得できない。仲間が欲しい、というやつである。
マイルは、精製しながら横目でレーナの笑みを見て、あれを突然投げつけられた場合の対処法を必死で考えていた。
そして夕方。
『赤き誓い』一行は、街へと戻り、宿に泊まった。
本当ならば3日くらい森で野営して、狩りや薬草採取等で時間を潰し、それらしい所要時間を演出したいところであったが、そうすると、あの店がその間、開店できない。
それに、どうせ規格外のものを出すのだから、1日だろうが3日だろうが大差はない。
みんな、もう、あまり気にしなかった。
もしかすると、香辛料の微粒子を吸い過ぎて、おかしくなっていたのかも知れない。あの、カレースパイスの吸い過ぎで中毒になった、カレー将軍、ブラックカレーの鼻田香作のように。
しかし、少しでも時間がかかったように見せるためと、もう今日はさっさと休みたかったため、高級食堂『カラミティ』には行かず、宿に戻ってゆっくり休んだのであった。
明日でも間に合う。スペイン語でも言うではないか、アスタマニャーナ、明日でも間に合うニャ!
……どこの猫獣人かッ!
「というわけで、集めてきました」
「……何が、というわけで、なのか分からんが、とにかく見せて貰おうか」
あまりにも早い『赤き誓い』の帰還に、これは期待できそうにない、依頼成功の実績目当ての、形だけの少量納入か、と思い、半分諦めた店主であった。
事実、何も荷を手にしていない。ということは、ポケットに収まる程度の量、ということである。
「はい、どうぞ」
どん!
突然現れ、テーブルの上に置かれた木桶。
そしてその中にはいった、赤い粉末。
「な? いや、ま、まさか……」
反射的に粉末を摘まもうとした店主の右手首を、マイルが慌てて掴んだ。
「……チッ!」
仲間ができ損ねたレーナが、牙を剥いてマイルを睨み付けた。
「レーナさん、こ、怖いです、その顔……」
なんとか店主を説得して直接の試食?をやめさせて、小鍋に取り分けたスープにほんの少しだけ入れたものを試食させたところ……。
「ぶふあぁ!」
噴いた。
「み、みず……」
「はい、どうぞ!」
こんなこともあろうかと、カップに入れた冷水をアイテムボックスに用意していたマイル。レーナの時と違い、純粋な結晶をそのまま舌に乗せたわけではないので、それだけで充分であろう。
さすがに、アイテムボックスにある、前回みんなで釣りに行った時の餌の残りであるミミズを差し出す、というネタは自粛した。一応、依頼主なので。
しばらくして、ようやく立ち直った店主は、当然のこと、モノの出所を尋ねた。
「どこで手に入れた? いや、そもそも、これは一体何だ?」
「あ、はい、これはトウガラシの辛い成分を煮詰めて凝縮したものです。仕入れ先は、絶対内緒にする、という約束で売って貰ったもので……」
「…………」
店主は、怖いほど真剣な目で木桶の中身を見詰めていた。
「で、いくらで買い取って戴けますか?」
ポーリンが、一番重要なことをズバリと聞いた。
胡椒の相場が、1グラム銀貨5枚。金の価格とほぼ同じである。
唐辛子はそこまで高くはなく、1グラム当たり銀貨1枚くらいである。確かに高いが、料理1品につき1グラム使ったところで、たかが銀貨1枚、日本円にして1000円相当である。1.5倍で買い上げたとしても、料理の価格を小銀貨5枚分高くすれば済むことであり、別に問題はない。
それが、約5キログラム分。……相場で、金貨50枚、日本円で約500万円である。その相場の1.5倍となると、金貨75枚。そして、辛さはトウガラシの5000倍前後。
まぁ、だからと言って5000倍の値段がつくわけもないが、果たして、店主がいくらの値を付けるか。
みんなが見詰める中、店主は先程のスープに指先をちょいとつけて舐め、考え込んでいた。
そしてようやくその結論を口にした。
「全部で、金貨10枚だな」
((((ああ、やっぱり……))))
4人は、何となくそんな気がしていたのであった。