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106 強敵

 昨夜は早めに休んだため、朝の目覚めは早かった。

 まだ薄暗いうちに起きだし、保存食を齧るだけの朝食や、朝のあれこれを済ませると、テントを中の毛布ごと収納し、いよいよ発掘現場へと接近する、『赤き誓い』とクーレレイア博士。

「あそこの、少し小高くなっているところから、発掘現場全体を見下ろすことが……」

「あ」

 マイルの言葉に被せて、メーヴィスが小さな声をたてた。

「どうかしました?」

 マイルの問いに、メーヴィスは顔を引き攣らせながら答えた。

「な、何か、足に引っ掛かったものを切った……」

 それを聞いたマイルは、だっ、と駆けだして、小高くなっているところに駆け寄ると、すぐに姿勢を低くして発掘現場を見下ろした。

 すると、急に小屋から獣人達が飛び出して、何やら騒ぎ始めていた。

「……どうやら、向こうも鳴子に似たものを張っていたみたいですね……」

「す、すまない! 私のせいで……」

 メーヴィスが申し訳なさそうな顔をして謝ったが、たまたま引っ掛かったのがメーヴィスだっただけであり、そういう仕掛けのことを考えていなかった以上、いずれ誰かが引っ掛かったであろう。

 マイルがそう説明して、気にしないようにと言ったが、生真面目なメーヴィスは、落ち込みから回復した様子はなかった。


(しかし、前に見た時、あんな穴、あったかなぁ……)

 マイルは、発掘場所の中央付近にある直径7~8メートルくらいの穴が少し気になったが、前回見たのは夕方であり、少し暗くなりかけていたこともあり、ただ単に見落としたのだろうと思い、あまり深くは考えなかった。そもそも、今はそんなことを考えている場合ではなかった。

「移動しましょう! 獣人相手に、見通しの悪い場所や木が多い場所は不利です!」

 マイルが言う通り、敏捷で近接戦闘が得意な獣人相手に、木々の間で戦うのは不利であった。しかも、威力の高い火魔法が使いづらい。


 なるべく相手をあまり傷付けたくはないため、できれば火魔法は使わずに済まそうとは思っているが、劣勢になればそうも言っていられない。死なせさえしなければ、治癒魔法で何とかなるであろう。治癒までの苦痛は、我慢して貰うしかない。

 ただ、下手をすると、今回はこちらが「採取活動中の獣人達を襲撃した」という立場になってしまう。前回のことを引き合いに出して、「盗賊達に奪われた装備を取り返しに来たら、また襲われたため、正当防衛で応戦した」という説明で通すため、もし戦うことになった場合には、必ず向こうから先に攻撃させてから反撃、ということは、移動の途中で何度も念を押してある。

 マイルのしつこい念押しに、レーナは呆れていたが、クーレレイア博士は感心していた。


「移動するって言ったって、どこに移動するのよ!」

 レーナの言う通り、森を突っ切ってきたのであるから、後方は全部森林である。まだ、少し小高くなっている現在位置の方が、木々は若干少ない。

 しかし、そうは言っても木々はあるし、小高くなっているため、周囲を包囲されやすい。後方に全力で逃げ出したとしても、マイルはともかく、他の者が、森の中で獣人より速く移動できるはずがなかった。疲弊して油断したところを襲われるだけであり、それならば、あまり不利にならない場所で早めに戦って、相手を潰してから逃げた方がずっとマシであった。

 それに、そもそも、このまま逃げ出せば「依頼失敗」である。


「このまま、この坂を駆け下りて、あそこへ向かいます。威力偵察です」

 そう言って発掘現場を指差すマイルに、クーレレイア博士が口を挟んだ。

「あのね、マイルちゃん。威力偵察、っていうのは、敵の存在が判っている場所に、更なる詳細情報を求めて、少しだけ無理をして偵察するとか、相手の出方を見るために、無視できないくらいの戦力で挑発するような形の偵察を行う、とかいうことなんだからね? 少なくとも、敵の本陣に突っ込んで、敵を倒してから情報収集する、っていうような意味じゃないからね? 威力妨害とは違うからね?」

「そ、それくらい知ってますよ! 『コンバット』は、ビデオで観ましたから!」

「『びでお』? 『こんばっと』?」

 ムキになって言い返したマイルであるが、『ビデオ』も『コンバット』も地球の言葉のまま喋ったため、クーレレイア博士に通じるはずもなかった。

 (もっと)も、もしこちらの言葉に翻訳していたとしても、『映像信号記録』や『戦闘』では、意味が通じたとは思えないが。


 とにかく、もう時間がない。いつ、回り込んだ獣人達に包囲されるか分からないため、悠長に考えている暇はなかった。

「仕方ないわね。あまりいい策とは思えないけど、他にもっとマシな案がないなら、消去法で、マイルの案しか残らないわね。

 非戦闘員の獣人達が、手出しせずに逃げてくれればいいんだけど……」

 レーナの言葉で、マイル案の決行が決定された。

「じゃ、行くわよ!」

「「「おお!」」」

「……おぉ!」

 相変わらず、ワンテンポ遅れるクーレレイア博士であった。


 駆け下りる、と言っても、別に、(とき)の声を上げて(とっ)(かん)するわけではない。

 発見されるまでは、物陰に隠れながら、静かに進行。そして、切り開かれた場所の少し手前で潜んだ。どうせ臭いを辿ってすぐに発見されるであろうが、何も、わざわざ事態の進行を早める必要はない。

 どの場所の『鳴子のようなもの』に引っ掛かったかは、当然、獣人側には分かっているはずである。そのため、背後に回り、逃げ道を塞いでから接近するはず。まさか少人数で自分達の本拠地に向かうとは思ってもいないであろうから、予想していた場所にマイル達がいないとなれば、慌てて、そのままこちらへと追い上げてくるだろう。

 そして、マイル達は、「襲ってきた獣人達に追われて、敵の本拠地に追い込まれる」のである。決して、「自らの意思で侵入した」というわけではなく。

 なので、ここで騒ぎになったり、負傷者が出たり、器物や発掘品が壊れたりしても、それは全て、「襲い掛かってきて、マイル達をここに追い込んだ、獣人達のせい」であり、マイル達にはカケラ程の責任もない。

 そして、どさくさに紛れて情報収集を行うか、一時的に獣人達を追い払うか制圧して、調査を行う。もしかすると、その時に、発掘物が壊れたり、無くなったりするかも知れないが、それはマイル達の与り知らぬことである。多分、戦闘中に失われたのであろう、ということになる予定である。

「普段は抜けてるくせに、どうしてそういうところだけは頭が回るのよ!」

 マイルから今後の計画を聞かされたレーナは、呆れたような声を出した。


 そして数分後。

 予想通り、推定位置で侵入者の姿を発見できず、引き返して逃げた様子もないことから、後方の包囲に回った獣人達が発掘現場側へと進んできた。臭跡を辿っているであろうから、見つかるのも時間の問題であった。

 そして、遂に……。

「いたぞ! 侵入者だ、包囲して捕らえろ!」

 獣人の叫び声を聞き、マイルがみんなに指示を出した。

「はい、賊に包囲され、捕らえる、と宣言されました! やむなく逃げて、ひらけた場所に追い込まれます!」

 マイル達は、すっくと立ち上がり、発掘現場の中心部目指して駆けていった。

「ああっ、盗賊に襲われて逃げていたら、おかしなところに追い込まれてしまった!

 もしかすると、ここは盗賊達の本拠地なのでは!」

 わざとらしく、大声で叫ぶマイル。

 そして、その前方を塞ぐ、残っていた獣人達、十数名。

 立ち塞がったのは、成人男性ばかりのようである。女性や未成年者は、小屋の中へと退避している模様。マイル達にとっては、好都合であった。


「侵入者のくせして、人聞きの悪いことを言うんじゃねぇ!」

「盗賊のくせに、偉そうにしてるんじゃないわよ!」

「な……」


 事情が分からない現時点では、彼らはあくまでも『盗賊』である。後でそうではないと分かっても、彼らが正体を明かさず盗賊と同じ行為を行っているのであるから、盗賊として扱う。もし、後で国際問題になったとしても、そう主張すれば文句は言えないはずである。


「何? 違うって言うの? それなら、こんなところで何をしているのか、そして、なぜハンター達を捕らえて装備を奪うという『盗賊行為』をやっているのか、キッチリ説明して貰おうじゃない!」

「う……」

 レーナの突っ込みに答えられず、返答に詰まる獣人。どうやら、この獣人が、この場の纏め役らしかった。


「ええい、うるさい! おい、お前達、こいつらを捕らえろ!

 ……どうした?」

 上下関係は絶対のはずの獣人が、上位者からの命令に従わないなど、普通、あることではない。命令されたのに動こうとしない獣人達を怪訝に思ったマイルが、指示を受けた者達を見ると……、

「あ、この前、私達を襲った人達です!」

 マイルの叫び声に、びくぅ、と身体を(すく)ませる、8人の獣人達。

「何? こいつらが、この前、お前達が追い返したという女のハンターか? だが、あれは確か4人と……、って、そこにいるの、逃げた奴じゃねぇか! まだ遠くに逃げずに、この近くに潜んでいたのか? それなら、まだここのことは人間達に知られずに……、って、他の17人はどこにいる!」

 そう聞かれても、わざわざ教えてやる義理はない。

 たとえもう安全圏に逃げ延びているとはいえ、情報がなければ、色々と考えたり、念の為の対策を取ったりと、獣人達の行動を制約することができるのであるから。


「くそ、だんまりか! しかし、お前達、なぜそんなに怯えている?」

 動こうとしない部下達を不思議そうに見ていたリーダーの心に、ふと、あり得ない考えが浮かんだ。

 あの日、若い女の4人パーティを追い払った、という報告を受けた時。

 治癒魔法の依頼許可を求められ、なぜそんなに怪我が多いのかと訊ねたら、相手に怪我をさせずに追い払おうとしたため、魔術師の攻撃を喰らいまして、とか言っていたが……。まさか……。

 心に猜疑心が湧き上がるが、敵を前にして、そんなことを問い詰められるわけがない。

 しかし、念の為、手を打っておいて良かった。もう、そろそろ……、ぐあっ!


 ぷぅ~~ん……


「うぇ!」

「ぐあっ!」

「くはぁ!」

 辺りに漂う、異様な臭い。

 マイル達も、獣人達に少し遅れて、顔を引き攣らせた。

「こ、これは……」

「ふはは、この俺が、ただ単にお前達の話に付き合ってやっていただけだとでも思っていたか!

 呼び戻すための伝令を走らせた、少し離れた場所に配置していた別働隊が、ようやく戻ってきたようだな。これで、圧倒的な戦力差により、お前達の……、うげえぇぇ!」

 ……どうやら、獣人達の戦力が、大幅に低下したようであった。


 前方に、吐いたり(うずくま)ったりしている者を含む、14人。

 後方に、げっそりとした様子の、少しふらついている者を含む、20人。悪臭付き。

 ……明らかに、万全の状態の獣人が14人、という、先程までの状態の方が、戦力が高かったのではないかと思われた。


「ま、マイル、何なのよ、これは……」

「マイルちゃんの仕業なの?」

「か、勘弁してくれ……」

 獣人達程には鼻が利かないとは言え、レーナ、ポーリン、メーヴィスの3人も、かなり参っているようであった。そして、人間よりも鼻が利く、マイル本人も。

 クーレレイア博士は、しゃがみ込んで、吐いていた。


 そして、マイルの絶叫が響き渡った。

「うあああああぁ! 臭い、消してえぇ! ここのも、あの森のも、臭いの元を分解してええぇ!!」



皆さんのおかげで、いよいよ今月の15日に第2巻が発刊されることとなりました。

お盆のど真ん中なので、多分、かなり早くから店頭に並ぶかと……。(^^ゞ


そしてそれに先駆けて、昨日、5日から、コミカライズ(漫画化)の連載開始!

web誌の『コミック アース・スター』だから、無料で読めます。(^^)/

書籍、コミック連載、そして「なろう」連載版と、引き続き、よろしくお願い致します。


……あ、コミケットでのグッズも……。

売れないと、以後のグッズ展開の野望ががが!(^^ゞ

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― 新着の感想 ―
自分が仕掛けた罠で敵どころか味方や自分まで巻き込んで大自爆、この少し抜けてる点がマイルの魅力ですねwww
[一言] とっつぁん………もちろんセリフは棒読みですよねw
[一言] コンバットでモダンコンバット思い出したね
感想一覧
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