第二十二話 転生クエストから始まる異世界成長譚
夏休みの終わりが近づいていた。
チトセはあれから妻となる女性の両親と顔合わせを行ったりと忙しい日々を過ごしている。
そして今、アスガルドの遥か北方の港町に来ていた。吹き付ける潮風はどこかしょっぱい。
しかしチトセは周囲ではなく、ステータスウィンドウをまじまじと眺める。
水明郷千歳 Lv100
固有ジョブ
【転生者Lv46】
メインジョブ
【剣士Lv68】
【戦士Lv55】
【侍Lv32】
【弓使いLv54】
【槍使いLv36】
【盗賊Lv48】
【魔法使いLv78】
【僧侶Lv62】
【獣使いLv45】
とうとう、本体のレベルが最高値に到達した。それにより、モンスターを狩ることによる経験値が得られる感覚はなくなっている。
そして当初に抱いた疑念、レベルが100になったとき、本当に彼女たちに匹敵する人物になれるのかということ。
結論から言えば、達成することができなかった。
これまでの上昇具合からして、それは既に予見できたことだった。それゆえに、落胆することもなく、ただ事実を受け入れる。
もちろん、もはやこの世界でチトセに比肩するような相手はほとんどいないと言っていい。だが、リディアたちと比較すれば、まだ足りないのだ。
求めるのは生半可な強さではない。彼女たちと、共に肩を並べることができる強さなのだ。守られるだけでは、意味がない。
それはこの世界にきたばかりのときに抱いた思いとは、少々異なる。どちらもこの世界で成り上がるのが目的であるが、今は自分ばかりのためではない。
何の地位も無い平民である自分が貴族である彼女たちと付き合うということに、チトセは当初から抵抗を持っていた。それは嫌だということではなく、どちらかと言えば申し訳なさに近いものだろう。
だからこそ、この世界での名声を求めて来た。
彼女たちの名に匹敵するものを。
チトセはウィンドウを閉じ、顔を上げる。その隣には、見慣れた少女たち。
「行こうか」
彼女たちとともに、接岸してある船に乗り込んだ。
そしてエンジンをかけ、近くに見える小島へと向かって船を走らせる。
向かうこと数十分。彼女たちは、誰一人口を開かなかった。
そして島に辿り着くと、チトセはそこに懐かしさを覚えた。付近の住民たちが来ることはないというこの島。そこは、ずっと変わらない場所だった。
険しい道なき道をずんずんと進んでいく。
そこは草木が伸びに伸びており、人の手が全く入っていないことが窺える。
崖をよじ登ったところで、探知にモンスターが引っかかった。それは青き肉体を持つミノタウロス。モンスター同士が争う蠱毒のような小島を住処とする奴らは、そこらのモンスターとは一線を画する強さを持つだろう。
だが、それは障害にすらならない。
チトセはスキル【エンハンス】を使用。
強化された力で思い切り地を踏み、一瞬にして接近。
懐に潜り込むなり、スキル【サンダー】を放つ。雷撃はミノタウロスの全身に回り、びくりと体を硬直させた。
すぐさま、インベントリから剣を取り出す。そして、その時にはすでに敵目がけて飛び掛かっていた。
剣が瞬くと、血が噴き出す。
巨大な牛男の首が、ごろりと落ちた。
チトセはインベントリに剣を収納、そしてまた歩き出す。アリシアが、すぐに駆けよってくる。チトセは柔和な笑みを浮かべた。
そうして暫く進んだところで、モンスターとは違う存在に気が付く。
「……そろそろ来ると思っておったよ」
そこにいたのは、一人の老人。見間違えようもない赤紫色のローブを纏った、白髪の男性だ。
「久しぶり、いや、初めましてでいいのか?」
「どちらでも構わんさ」
そして一瞬の沈黙。
この先に待ち受けるのは、彼女たちにとって少々残酷な話かもしれない。ただのお遊びに過ぎない世界の住人だと、通告される可能性もあるのだから。
「聞きたいことがある」
「なぜこの世界に、か?」
「ああ。いや、それ自体は恨んでいないどころか、感謝している。だが、理由が知りたい」
それを知らなければ、前に進むことはできない。
「お主がかつて見た世界は、向こうからこちらを捉えたに過ぎない。この世界は、常にこうしてあり続けてきた」
老人は、滔々と告げる。
それはもともと、ゲームというのが一つの世界の捉え方に過ぎなかった、ということだろうか。
「だがそこは大きな問題ではない。この世界にお主を呼び出す必要があった、それ故にお主は招かれた。それだけのこと」
「だが、俺は何もしていない」
「それもそのはず。お主は転生を何度も経て、最後にこの時間に辿り着いたのだから」
「つまり、過去の俺が何かを成し遂げ、今の俺はおまけだった、ということでいいのか?」
「身も蓋も無く言えば、な」
そういって、老人は笑う。
チトセはそれを不快だとも思わなかったし、おかしいとも思わなかった。何一つ、自分とはかかわりのないことのように思われた。
「では問う。転生クエストはまだ可能か?」
「もはや形骸化しておるがな」
それから、この世界から飛ばされることはなく、時間にも影響はないから心配はいらないと付け足す。
「それを聞いて安心した」
「では、行くがよい」
チトセはクエストウィンドウを開いた。これを開くのは半年ぶりだろうか。いいや、もしかすると数百年ぶりなのかもしれない。
一次転生クエスト
ベビードラゴンの討伐[0/1]
世界を滅ぼすドラゴンが生まれてしまった。
このまま成長すると、止めることはできなくなってしまう。
すぐに転生の祠にいるベビードラゴンを倒そう。
その場所は、既に知っている。
チトセは老人のいたところからさらに奥を目指す。そして、辿り着いた先には小さな祠があった。
その奥には、小さな火竜が眠っている。ずんぐりむっくりした体に、短い手足。背には到底使い物になりそうもない翼。腹は白く、背側は赤く染まっていた。
チトセは杖を取り出してからリディアに合図を送り、同時にスキルを発動させる。【クイックスペル】により半減されたキャスティングは10秒。
ベビードラゴンは、目覚めない。
それは、予測通りの行動だった。これがゲームだったとき、奴は祠から出て来ることはなかった。そして、祠の外から仕掛けることもできなかったからだ。
だが、今はもはやそれとは異なる。ここは異世界。今、まさに生きている世界なのだ。
そしてキャスティングタイムが終了する。
【ダブルスペル】により二つのスキルが同時に発動する。
二人分、合計四つのスキルが、敵に襲い掛かる。
使用したスキルは【アイスコフィン】。
冷酷なる死をもたらす氷の棺。
魔方陣が浮かび上がると同時、祠の中の温度が急速に低下し、周囲を丸ごと氷の棺と化す。
ベビードラゴンは目を覚ました瞬間、既に氷の中にあった。
だが、それで終わることはなく、竜は咆哮と共に炎を吐き出した。灼熱の業火は氷を溶かし、その身を解放へと導いていく。
チトセはすぐさまアオイとカナミにジョブをレンタル。
次の瞬間、矢が竜の脳天を貫き、剣が首をかすめ取る。
一瞬の出来事だった。
チトセは感慨も何もなく、クエストウィンドウを開いた。
一次転生クエスト
ベビードラゴンの討伐[1/1]
ドラゴンの討伐に成功した。
急いで報告に戻ろう。
それを確認すると、ウィンドウを閉じる。
この勝利は、当たり前の勝利なのだ。負けることなど、ありえない。
誰よりも強く気高い、彼女たちと共にあるのだから。
それから老人のところに戻ると、チトセはすげなく告げる。
「終わらせてきた」
そう告げると、老人は一つ咳払いをして、改まって返す。
「さて、お主はこれより再び人生を始めることになる。しかし転生により神々の加護を受け、さらなる成長を遂げることになるだろう。一度これを行ってしまうともう戻ることはできないが、本当によいか?」
チトセは笑顔を浮かべた。そしてもう一度、ここで言う。
「ああ、問題ない」
浮かび上がる魔方陣に、チトセは入る。今度は一人ではない。
カナミ、アオイ、ナタリ、アリシア、メイベル、リディア、ヨウコ、サツキ、エリカ。彼女たちと手を繋ぎ、輪になる。
そして老人が呪文を唱えると、辺りは光に包まれた。
気が付くと、鬱蒼と茂る森の中だった。
チトセはすぐに振り返った。何よりも大切な彼女たちの姿を求めた。
そこには、九つの笑顔がある。チトセはほっと胸を撫で下ろす。これさえあれば、何度でも、何だろうと、やってのけるのだと。
ステータスウィンドウを開く。
水明郷千歳 Lv1+10
固有ジョブ
【転生者Lv46】
メインジョブ
【剣士Lv68】
【戦士Lv55】
【侍Lv32】
【弓使いLv54】
【槍使いLv36】
【盗賊Lv48】
【魔法使いLv78】
【僧侶Lv62】
【獣使いLv45】
今度はしっかり引き継がれている。すっかり衰えたような感覚が残っているが、じきに慣れ、その頃にはまた転生クエストを行うことができるレベルに達しているだろう。
チトセは剣を掲げた。
初めてアオイに貰った、何よりも大切な剣を。彼女との思い出の詰まった宝物を。
それは木漏れ日を浴びて星屑のように煌めいた。
「もう一度ここから、やり直す。今度は初めから君たちと、そして最後までずっと」
そしてチトセは少女たちの姿をぐるりと見回す。彼女たちの笑顔は、何よりも眩しい。
彼女たちとこれからもともに、この世界で生きていく。それはきっと希望に満ちたものだろう。
チトセは一つ息を飲み、高らかに宣言する。
「歴史よ刻め、転生クエストから始まる成長譚を!」
転生クエストから始まる異世界成長譚 <了>
これにて完結です。
レベルカンストしていく話が多い中、何度もやり直す話があってもいいんじゃないかと書き始めました。
ゲームは終盤よりも序盤の少しずつレベルが上がっていくのが好きです。RPGなんかだと、新しいスキルや装備によるダメージアップで倒すのに必要な攻撃回数が減った瞬間が一番興奮を覚えます。
どこまでリアルにするか、あるいはしないのか。そんなことを考えながら、できるだけ軽い内容を心がける三か月でした。
楽しんでいただけたなら幸いです。