挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

ブックマークする場合はログインしてください。

短編

ライバル

作者:速水 流
「任務ご苦労、戦果は上々だな」
 屋内で隊列を組む隊員達の前で、部隊長である見た目40代の男が笑みを浮かべる。後ろでは副隊長である見た目は20代の男が溜め息を吐いていた。
「で、だ、今回の任務の功労者に賛辞を与えたいものだが……」
 隊員達は僅かにどよめく。
「ジュード・ルーベンス、前へ」
「はっ」
 列の中央から指示通り前に出たのは好青年という印象を抱かせる長身の若者。魔力が付与された黒いマントを優雅に靡かせ、上官の前に立つ。
「ジュード、今回もよくやった、誇りに思うぞ。明日からの国軍との合同演習も安心して任せられるな」
「いえ、私なんぞ戦術魔導師としてはまだまだ、これからもご期待に応えられるよう精進致します」
 点数をつけるなら百点満点の笑顔、それを向けられれば隊長の機嫌は更によくなる。
 だが対照的に、隊員達のどよめきは大きくなる。
「始まったよ純血贔屓……」
「今回は間違いなく彼女だろ……」
「見ろよ副隊長の顔……呆れ果ててら……」
「同じ純血として恥ずかしいんだろ……」
 隠されない不満、しかし隊長の態度は至って変わらない。
 そんな隊長と握手をするジュードもまた同じ。
「ジュードも大変だよな……見え透いた媚びを相手にしてさ……」
「良家の坊っちゃん羨ましいって最初は思ったもんだが……」
「どっちにしたってやってらんねーなー……彼女が可哀想だよ……」
 止まらない不満の中に、彼等が“彼女”というその人物は鋭い眼で純血達を見ていた。

《ライバル》

 大きな港を有する魔法都市エルゼ・クインカ、規模世界一の魔法学校が中心となっているこの都市の自警団も魔法を要に構成されている。その中でも花形なのは科学対魔法の大戦後世界に現れ始めた機械仕掛けの怪物“古代兵”と魔力仕掛けの怪物“魔物”という強大な敵を相手に最前線で力を奮う戦術魔導師部隊。
 当然優秀な魔導師でなければ配属されない、その部隊に所属するというのは優秀な魔導師であるという証明。
 しかし、そんな証明も“血”には勝てない。
「大型を仕留められなかったのは事実……だけど……戦線を開いたのは私……なのに……」
 自警団本部の食堂で任務を振り替える帽子を目深に被り眼鏡を掛けた“彼女”ーーヤナは夕食のウインナーにフォークを突き刺し歯を喰いしばる。
 近くには誰も座っておらず、皆遠巻きに様子を見ていた。
「……火力不足なのは分かってる……だから……っ」
「一人で反省会か?」
 背後から声、それも一番聞きたくない声に振り向くと夕食が乗ったトレーを持った彼が立っていた。
「聞き耳ですかァ?」
 鋭い目と低い声で威嚇するが彼ーージュード・ルーベンスは構わずトレーをテーブルに置くと、真正面に腰を下ろす。
「聞き耳じゃなくて勝手に入ってきたんだよ」
「へーそーですかーそりゃすみませんねー」
 たっぷりの嫌味を籠めて謝罪の言葉をぶつけるがジュードはそれを笑って流してしまう。
「ったく、何時まで気にしてんだよ、あんなの形だけだろ? ま、前の任務は俺の勝ちで間違いなかったがな」
「フン……その形が世の中どれだけ大事か分かってないのかねこの血統書付きの坊っちゃんは」
「いい加減血統書は止めてくんねーかな」
「坊っちゃんはいいわけか」
「坊っちゃんは事実だし」
「血統書も事実じゃん」
 彼女からの指摘に彼は口ごもり、視線を逸らし、反論した。
「好きで、純血に生まれたわけじゃないけどな」
「私も好きで純血に生まれなかったわけじゃないけど?」
 流れる重い空気、交わらない視線。遠巻きに見ていた皆は互いに顔を見合わせている。
 空気を生み出す二人は黙々と食事を続けていたが、ジュードが突然一気に水を飲み干し叫んだ。
「あーもうっ、あんな媚び媚びの後にこんな空気耐えられるか! もっと浮わついた話とかしようぜ!?」
「浮わついた話?」
「ああ、例えば……」
 グラスの氷が小さな音を立てる。
「お前、好きな男とか居ないわけ?」
 フォークが静かに置かれる。
「居るよ」
 彼女は間を置かずに答え、彼もまた更に問う。
「誰だよ、それ」
 今度は数秒の間が空いた。
「……副隊長」
 視線をフォークに落としたその言葉に一瞬目を見開いた後、冷静に追及する。
「何で?」
「しっかりしてて、仕事が出来て、責任感があって、差別しない……いいと思うよ、私は」
「それ、は……確かに、そうかも、な」
 帽子と眼鏡のせいで彼女の表情は分からない。
 彼は笑みを、作った。
「しかしまあ、副隊長ねェ、脈あるといいけどなァ?」
「無いよ」
 速い否定と共に僅かに彼女の顔が上がるが、顔が見えない。
「あるわけない」
「……いや、でも」
 何時もなら出来るフォローが出来ない、その理由は彼自身にも分からなかった。
「迷惑だよ、私みたいのが好きになったら」
 今度は顔が見え、笑顔を確認出来た。だが笑顔ではない、それは笑顔という名の仮面。
 気付いた彼が口を開く前に彼女は立ち上がった。
「そっちこそ、婚約者に捨てられないように気をつけなよ」
「な、んで、知って……」
「有名人の噂は速いんだよ」
 空の食器が乗ったトレーを持ち、ふと思い出したように言葉を残した。
「次も負けないから」
 そう言って笑って、去って行った。
「……次“も”、か」
 周りがざわつく中、彼は一人膝の上で拳を作る。

§§§

 戦術魔導師には個室が与えられている。
 自分の部屋のドアを開けた彼女は帽子も眼鏡も外さぬまま床に膝をつきベッドに顔を埋めた。
「……う、っ……ひぐ……っ」
 堪えても溢れる涙、理由なんて考える必要は無い。
 無理なのだ、願いが叶う事は無い、“彼”を好きになってはいけない。
 なのに心は分かってくれない。
「……バカみたい……っ」
 最初から、出会う前から、分かっていた事なのに。

§§§

 ルーベンス家は代々高名な魔導師を輩出している名門であり、現当主の息子であるジュード・ルーベンスもその名に恥じぬ才能を持って産まれた。周りに天才と言わしめ、入学した魔法学校では常に首位に立っていた。
 しかしある日、その常識は簡単に崩された。
「おい見たか今回の試験結果!」
「誰だヤナって!」
「あれだよ、今年編入してきた……ほら、噂をすれば」
 ロビーで騒ぐ生徒達の前に現れた帽子と眼鏡の編入生ーーヤナ。周りの視線にも言葉にも一切関心を見せず歩を進める彼女の前に現れたのは成績上位の学生達。
 内の一人である女子生徒が眼前に立ち隠さぬ苛立ちと共に口を開こうとしたが、彼女はそれを遮った。
「公然で集団リンチですかァ?」
「なっ……!?」
 低い声色の指摘に場の全員が驚けば彼女は声だけで笑う。
「まあ冗談だけどさ、こんな漫画のテンプレみたいな事する暇あったら勉強したら? ーーっていうのもテンプレかな? 嫉妬妬みお疲れさんでーす」
 首位とはいえ集団相手に怯む事無く吐き捨てる編入生に状況を見ていた外野は慌てている者が居れば、楽しんでいる者も居る。
 不敵な笑みを浮かべる編入生の態度が気に食わないのか女子生徒は再び口を開こうとするがまたもや遮られた、今度は男に。
「なにみっともない事をしてる、漫画のテンプレかよ」
 外野が割れ、開いた道から不敗神話の幕を降ろされたジュード・ルーベンスが現れた。
 彼は溜め息を吐きながら顔色変えた集団に近付く。
「妬む暇があるなら勉強してろ」
「テンプレ含めそれもう言ったけど、二番煎じとか笑える」
「大事な事は二回言わないと駄目だろ、こういう奴等には」
 小馬鹿にしたヤナの態度を鼻で笑うと、女子生徒が反論する。
「ルーベンス様っ、この生徒は純血ですらない余所者です! なのにルーベンス様の上に立つなんて、きっと何か卑怯な手をーー」
「卑怯なのはどっちだ?」
「えっ」
 元・首位の冷たい言葉に女子生徒だけではなく外野さえも押し黙った。
「新参者一人相手に何人で喧嘩売ってんだよ、恥ずかしいと思わないのか? 俺は恥ずかしいね、お前等みたいなのが同級生なんて」
「う……ぁ、でも……」
「でも……なんだ?」
 短い言葉で集団を黙らせるその姿は人の上に立つ者の風格。ヤナも流石に息を飲み、状況を静観する。
 しかしこの厳格な雰囲気は長く続かなかった。
「ちょっとちょっと、何やってんのさー」
 場に合わない気の抜けた声は外野の向こうから聞こえ、皆が注目すると人だかりを掻き分け一人の男性教師が表れた。
「勘弁してよー、学年主任のボクが迷惑被るんだから。こういうのはさ、バレないよう体育館の裏に呼び出すのが王道じゃない?」
「ツッコミ居る?」
「ジュードのツッコミ厳しいから遠慮しとく。とまあ僕が言いたいのはさ、アレだよね、キミ達さ」
 男性教師は笑顔で問う。
「ボク達教師が卑怯者を見逃したり手を貸したりすると思ってるのかな?」
「それはっ、……そんな事、は」
「分かるよー、分かるけどさ、もう少し冷静になろ、ね? ほらほら寮に戻ってさ、頭冷やそ、今回の事は内申に響かないようにするから、……次は知らないけど」
 のんびりとしながら警告すれば、顔色を悪くした集団は早足で去っていった。すると外野も解散するーーわけもなく、当然話題の二人に注目が集まる。
 そんな中で疲れた様子の教師はヤナに忠告した。
「てかね、キミも悪目立ちは止めてね、この学校編入生珍しいんだから」
「絡んできたのは向こうですけど」
「そーだけどね、ボクの仕事が増えるの、問題が起きると、責任背負いたくないの、ボク」
「なんで教師やってるんだ……」
 最もなヤナのツッコミにジュードも外野も全面的に同意する。
「ところでさ、キミ達は喧嘩なんてしないよね? ね?」
「する必要が無いですね」
 答えたのは不敵な笑みのヤナ。
「既に私が勝っているので」
「んー? いや、そうなんだけど……」
 何か引っ掛かったらしい教師が言葉を濁すと、案の定それは起きた。
「一回勝ったくらいで調子に乗ってるようじゃ程度が知れるな」
 目に火が点いたジュードに教師が自分の顔を手で覆う。
「おーおー負け犬が吠えてますなァ」
「飛び出た杭はしっかり打ち込まないとなァ?」
「火力馬鹿にそんな器用な事出来んの?」
「一発で地中に沈めてやるよ」
「言ってな。次は戦闘実技かな?」
「俺の得意分野じゃないか、結果は見えてるな」
 間に立ってしまった教師は不自然な笑顔を見せた。
「切磋琢磨って良いよね!」
 外野は彼をとても不憫に思う。
「次も負けないから」
「言い訳考えときな」
 こうして学校を巻き込む程のライバル関係が成立した。

§§§

「まさかね、未だにライバルやってるなんて思わないよね、切磋琢磨し過ぎ」
「私は副隊長が副隊長やってる事の方に驚きですけど」
 自警団寮のバルコニーでコーヒーと共に思い出話に花を咲かせる副隊長とヤナ。
 コーヒーに砂糖を足しながらヤナは訊いた。
「責任背負いたくないんじゃないんですか?」
「そうなんだけどねー、なんでだろねー、責任がどんどん重たくなってくのはなんで?」
「知らんがな」
 元教え子の辛辣な返しに落ち込む副隊長だがすぐに笑顔で持ち直す。
「で、それはいいんだ、考えたら病むから。なんでボクが好きって言ったの? ボクが教え子に手を出したって噂流れたらどーするの」
「その場しのぎの冗談ですよ、誰も信じちゃないでしょ」
「そーだけどね、うん、それはそれでなんかショックだな。ジュードも含めみーんな何事も無かった様にしてるし」
「誉めた内容は事実ですけど、恋愛対象にはちょっとねェ……無いわ」
 言葉という名の刃は的確に副隊長の心を抉っていた。
「おっかしいなー、なんでボク巻き込まれただけなのに、こんな傷ついてるんだろ」
「私室に堂々と二次元女子のポスター貼ってるからじゃないですかね。引く女は少なくないでしょ、私は大丈夫ですけど」
「えー、じゃあ、なんで無いの?」
「研修と称してフィギュア買いに行くからじゃないですか?」
 返答に対し分かりやすく動揺する副隊長は無理矢理話を変える。
「ごっ、合同演習無事終わって良かったよねっ、やっぱり国軍の統率力は凄いねー」
「本命は此方の内部調査でしょ、結局は私設兵団なわけだし」
「まーねー、今もあちこちウロウロしてるしねー、やだねー」
「早く帰ってくんねーかなー、新作のにゃ〜ごろさんストラップ買いに行きたいのに」
「好きだねー、にゃ〜ごろさん」
「可愛いもん」
 女の子らしい一面に微笑んでいると副隊長は気づく。
「あれ、もしかして国軍にボクの変な噂はいかない? 教え子に手を出したとか」
「有り得ますねー。でも後悔はしてません、反省はしてますけど」
「えー、ホントー?」
 副隊長はコーヒーカップを揺らし困った顔をする。
「本当に、後悔してないの?」
「……してないですよ」
 ヤナは甘くした筈のコーヒーの味がイマイチよく分からなかった。
 それ以上は何も訊かなかった副隊長に緊急通信が入り、ヤナにも聞こえるように通信を開いた瞬間オペレーターが叫んだ。
『大変です副隊長! ジュードが!』
「あー、呪われてんかな、ボク」
 テーブルに突っ伏す彼の前で、カップを持つ彼女の手は震えていた。

§§§

 緊急事態の結論は、ジュード・ルーベンスの一週間自宅謹慎だった。当然面会謝絶。
 突然話していた国軍兵に殴り掛かり軽傷を負わせ、その反撃に彼も軽傷を受けた。殴り掛かった理由は国軍兵が自警団の“悪口”
を言った事らしく、国軍兵の方もそれを認めている。
「隊長激おこだったよー、絶対責任押し付けられる、お前の教え子だろって、もうお祓いでもしてこようかな、絶対憑かれてる、疲れてはいるけど」
 疲れきった副隊長を隊員達は慰めていたが、そこにヤナの姿は無い。
 彼女はバルコニーで一人、高く上った月を見ていた。
「自警団の悪口ねェ……」
 国軍が力を持った私設兵団を良く思う筈が無く、そんな国軍をジュードが良く思う筈が無い。その背景があった上での出来事なら、有り得ない事ではないだろう。
「……バっカじゃないの」
 加害者がそう言い、被害者もそれを認めて、処分が下されたのなら、話はそれで終わり。周りは何時も通り働くだけ、後始末は上がする。
「今更じゃん……子供じゃないんだから……」
 自警団と国軍の間にある溝は昔からある。確かに有り得ない事ではないが、意外と視野の広い彼の性格を考えるとやや考え難い出来事でもある。
 本当に、悪口を言われただけだろうか。
「火力馬鹿……任務に支障が出るよ……」
 懸念は三日後に現実となった。

§§§

『小型古代兵反応12! ヤナ、まだいけますか!?』
「いけないって言ったら帰っていいの?」
『駄目ですね!』
「ブラック回答あざーっす」
 天気の良い昼過ぎ、都市から東に十数キロ離れた森の中でヤナは突如現れた古代兵の掃討を行っていた。しかし今回は都市を囲む様にして古代兵が現れた為、戦力の分散を余儀なくされている。
「はー……めんど」
「彼が居ないから張り合い無いのかな?」
 同行している別部隊の支援型魔導師男性の言葉を鼻で笑いヤナは言った。
「公私混同はせんよ、隊長がうるさいから」
「そりゃ英断だ」
 反応地点へ急ぐ二人に再び通信が入る。
『反応が接近! 迎撃をお願いします!』
「はいはい、働きゃいーんでしょ」
 木陰から飛び出してきた大人と同サイズのサソリ型古代をヤナが右手に掴んだ風の刃で難なく真っ二つにし、そこで二人は足を止める。
「ヤナ、始めるぞ」
「はいよ」
 男性が足下に一メートル程の魔法陣を展開すると先程と同じ古代兵が11体、一斉に彼を狙い四方から飛び掛かった。ヤナは自分の周囲に古代兵と同じ数の氷柱を創り出すと、着地点がハッキリしている敵へと放つ。
 氷柱の軌道は直線的、しかし一発も外す事無く命中し内部で炸裂すると機械の身体は男性に触れる事叶わず地面へと沈んだ。
「お見事、流石の命中率だ」
「あざーす、デコイさんも相変わらずいい標的っぷり」
「堅いのが取り柄だからなァ、お前と一緒だとそれを発揮する機会は無いが」
「もっと褒めてもいいのよ、てか褒めろ、崇めろ、讃えろ」
 調子の良い事を言いながらも辺りの警戒を怠らない彼女に通信が入る。
『反応のロスト確認しました。周囲を警戒しつつ処理班の到着をお待ちください』
「暇だからコレ微塵にしてていい?」
『駄目に決まってるでしょう、大事な資源なんですから』
「じゃあさ」
 空を見上げたヤナの身体を風が包む。
「上からのお客さん相手していい?」
『えっ』
「何!?」
 男性も顔を上げた。
 青い空と白い雲、それだけの筈の空間に一点の黒い何かが見える。
「全空戦魔導師に通達! 敵影確認、種別ドラゴンゾンビ!!」
 通達と同時に彼女は風と共に青空へと身を投げた。あっという間に森が離れていき、眼前には青と白が広がる。
 通信からはオペレーターの焦りが聞こえた。
『くっ、レーダーには何も……!』
「ステルス系の術式でも蓄えてるんじゃない? しかし厄介だよ、私の火力じゃ落とせない」
『隊長が向かいます、足止めを!』
「なら私達要らないんじゃないかな」
 そうは言いながら都市へ向かう20メートルを越える朽ちかけた竜の巨体と数メートルまで距離を詰め、逆さまの体勢で敵に向かいに魔法陣を展開する。近くには他の空戦魔導師が居り、彼等も魔法陣を展開していた。
「あーでも、街まで行かれたら隊長の方が不利ってか、副隊長の胃がネジ切れるか」
『そういう事です』
 皆の魔法陣から魔力体の鎖が射出され、ドラゴンゾンビの身体を拘束する。複数人での拘束だが相手は腐ってもドラゴン、そのまま大人しくしているはずもなく身を大きく捩り振りほどこうとした。
『ほらほらじっとしててねー』
 横入りの通信から聞こえたのは間の抜けた声。皆拘束を強めると地上から巨大な魔力弾が放たれ、ドラゴンゾンビは黒い炎弾を吐きそれを防いだ。
 魔力弾と黒炎弾の相殺で危うく拘束が弛みそうになり、射手に苦情が飛ぶ。
『なにしてくれてんですか!』
『俺達を吹っ飛ばす気かよ!』
『いやー、新しい装備の試し撃ちをしたくてねー』
『ふざけんな!!』
 怒号と反省の無い反省が飛び交う通信の中に、不意に重い声が混じった。
『邪魔だ』
 空戦魔導師達は鎖を切りその場から離れる。自由になったドラゴンゾンビは当然都市へ向かうが、既に頭上を隊長と呼ばれる一人の魔導師が取っていた。
「腐りかけの分際で私の手を煩わせるな」
 空気に走る魔力の揺らぎ、それを皆が感じた直後に巨体は落ちた。抵抗を許されず、星の重力以上の力で地面へと沈み、見えない力で更に地面へと押し付けられ耳障りな悲鳴を上げている。
 冷めた目でドラゴンゾンビを見下ろす彼は近くに居た魔導師に言い放つ。
「この程度も出来んのか貴様等は」
「無茶言わんでください、魔力が空になります」
「軟弱者共が、これだから混じり物は」
 混じり物、そんな差別の言葉を吐きながら部隊を率いる事が出来るのはそれに相応しい力を持っているからに他ならない。彼が隊長になってからは死者は勿論、重傷者すら出ていないのだ、評価せざるを得ないだろう。
「……まあ誰しも何かしら欠点はあるよねェ」
 プライベートの付き合いはともかく任務の間は信頼出来る人物、それだけで充分だとヤナは考える。
 その下方では最後の断末魔を上げドラゴンゾンビの身体が熟し過ぎたトマトの様に潰れた。
「うわぁ……またやった……」
「処理班が怒るぞコレは……」
 止められない自分達にも非はあると思いつつも魔導師達は無惨な姿のドラゴンゾンビと、それを処理回収しなければならない者達に同情する。
『あーあーあーあーまたやったー! 上からあれほど言われたのにー!』
 副隊長の非難の声が聞こえるが隊長は応答どころか反応さえしない。
 彼は遠くの空を見ており、ヤナも同じ場所を見ていた。
「副隊長、同じのがいっぱい来る」
『ええー!? これ以上土地ボッコボコにされたら困るんだけどー!?』
「ジュードが居たらまだワンチャンあった」
『僕は今、彼を憎む』
 地上で嘆いているであろう副隊長は特に同情する事は無く、軽く準備運動をしながら自然と最前線に立つ隊長の背中を見つめる。
「……流石に勝ち目ないなァ」
 遠い空に黒い飛行体の集団が見えた。
 隊長は後ろを振り向かず命じる。
「ついてこれない者は引っ込んでいろ、巻き込まれても知らんぞ」
 ジュードが居ればもっと近くに立てた、そう思うと悔しさと寂しさ、そしてハッキリと言い表せない不安が生まれた。だがヤナはすぐにそれを振り払い、動き出した隊長の後を追う。
 捨てるべきだと決めた想いも振り払って、任務へ身を投じた。

§§§

 任務は大きな問題は起きずーー処理班の苦労を度外視すればーー終わりを迎えた。隊長から賛辞を受けたのはやはり純血の魔導師、何時も通りに。
 それから緊急の任務等も起きずヤナを含め各々何時も通りの生活を送り、気付けばジュードの謹慎解除前日となっていた。
「丸猫にゃ〜ごろさんは食べるのが好きー」
 まだ昼だというのに帽子を被ったまま自室のベッドに寝転がり、先日の大規模任務の後に買った巷で密かにブームのブサカワ丸猫にゃ〜ごろさんのストラップを揺らしながらヤナは暇をもて余していた。どうにも訓練をする気にもなれず、かといって街に出る気にもならず、ただただのんびりしている。
「……にゃ〜ごろさんは何処に居るのかなァ」
 揺れるにゃ〜ごろさんの表情はこれでもかと幸せそう。対してヤナの心はその真逆にあった。
 既に解決している筈なのに、引っ掛かって仕方がない、どうしても納得が出来ない。確かに彼はやや口は悪いが考え無しに誰かを殴る様な事はしない。
 だが、自分は彼の何を知っているというのだろうか。
「……ただの競争相手ってだけでいいんだけどな」
 そう納得出来るならとっくにしている。
 心の霧を振り払おうと勢いをつけて寝返りをうつと、身体が床に叩き付けられた。
「…………副隊長でも弄り倒してこようかな」
 暇潰しに上司を使うという普通ならばとんでもない発想に至り腰を上げた途端通信が入る。
『ヤナ、お客様です。お届け物らしいんですけど、どうします?』
「……陰謀を感じる」
『え?』
「いんや、ロビーで待っててもらって」
 ストラップをしまい服装を整えたヤナは少し重い足取りでロビーへと向かう。途中、明日の事を考えてしまいそれを忘れようとわざとらしく大股で歩く等をして。
 そうして雰囲気の良い広いロビーに到着し、疎らに居る人の中から自警団ではない人を捜す。
「あー……あ」
 すぐに見つかった見覚えの無い背中と雰囲気に近付くと、その人はヤナに気付き立ち上がった。印象を述べるとすれば美人の一言に尽きるその女性は笑みを浮かべている。
「ヤナさん、ですね?」
「あ……はい……」
 思わず見惚れてしまったヤナは軽い咳払いで気を取り直し美人に訊いた。
「えっと、届け物って聞いたんですけど……」
「はい、外でお渡ししたいのですが、よろしいですか?」
「まあ、はい」
 彼女が此所に居るという事は不審な人物ではないという事。しかし用心に越した事は無いと密かに通信を開いておく。
 女性の案内でやって来てのは近所の静かなカフェ。他の客も居り、大それた事は出来ないだろう。此処までの道中も不審な動きは無かった様に見えた。
「隅の席で良いですか?」
「ええ」
 周りに人の居ない隅の席に着き、二人共コーヒーを頼む。
 砂糖は幾つ使おうかと考えつつ相手の動きに注意を払っていると、女性は静かに言った。
「私、ジュード・ルーベンスの婚約者です」
「…………え?」
 思考が止まり、次いで警戒も忘れてしまう。コーヒーが運ばれてきたが、砂糖の事なんて考える余裕も無い。
「届け物というか、貴女に伝えたい事があって」
 通信が繋がっている事も忘れた。

§§§

 ジュードが寮に戻ったのは西の空がオレンジに染まっている頃。
 ソファーに鞄を投げ置き、外套は軽く畳み背凭れに掛けた。
「目で人を殺せるな隊長は……」
 純血として目を掛けられていながらの今回の騒動、隊長からの評判は間違いなく落ちているだろう。先程会った時の鋭過ぎる視線はその証明と言ってもいい。
「ま、媚び売られるよりはいいか。……寧ろ感謝しないとな……」
 今日はさっさと寝てしまおうと着替えを始めようとした時、ノックも無くドアが開けられた。
 脱ぎ掛けた服を直し突然の訪問者を確認するとそれはヤナ、彼が今一番会いたくない人。
「な、なんだ、急にどうした?」
 初めての事に驚きを隠せないでいると彼女は乱暴にドアを閉め、ジュードに大股で近付き、彼の服を掴み、そして鋭い目で睨み付けた。
「どういうつもり?」
「えっ?」
 威嚇等の声色ではない、これは今までに無い程にもっと低くて重い。
 動揺しっぱなしの彼にヤナはこの状態に至った理由をぶつける。
「私の悪口言ったから殴ったってさ、どういうつもりかな」
「なん、で、それ……っ、まさかあの女……!」
「話の出所なんてどうでもいいから、此方の質問に答えなよ」
 怒る、とはまた違う、何かしらの強い感情がその目にある。
 しかしジュードは答えず、彼女から目を逸らした。
「……っ、君さァ……!」
 服から手を離し、感情のままに彼女は訴える。
「どういうつもりか知らないけどさっ、迷惑だよ!」
 目を合わせぬ彼に訴える。
「なに本人の知らない所でさ、余計な事してるの? 今回は軽い処分だったから良かったけれど、そうじゃなかったら……!? それくらい、君にも分かるよねェ!?」
 明確な怒りをぶつけても彼は変わらない。
 変わらないそれに、彼女の声は弱くなる。
「私、悪口とか気にしないからさ……だから止めて、こんな事……主力の君が居なくなったら、皆困るんだからさ……」
 本当の言葉を隠して、訴えた。
 すると彼は、漸く口を開く。
「好きな女の悪口を言われて黙ってられるかよ……」
 小さい声だったが、他には誰も居ないこの空間では確かに届いた。だから彼女は耳を疑い、彼を見る。
 今度は苦々しく彼が訴えた。
「あの野郎、俺の目の前でお前が……お前が、身体を使って今の地位を得たんだろうと……その上、何を勘違いしたのか俺に同意を求めてきやがった……!」
 彼女は未だ耳を疑っている。
「許せなかった、許せるわけがなかった、お前がどれだけ努力して此所に居るのか俺は知ってるからな! それを奴は否定どころか、お前という存在を侮辱した!」
 そして彼の声もまた弱くなる。
「お前の為じゃない、俺は俺の為に奴を殴ったんだ……馬鹿な事なのは重々分かってる……ホントの理由を隠してくれた上に処分を軽くしてくれた隊長達にも感謝してる……でもまさか、アイツがお前にバラすとは……」
 自嘲気味に笑う彼に、彼女は俯き吐き捨てた。
「ホント、馬鹿じゃないかなァ? 自己満足にも程があるよ?」
 その両手は帽子を握り、口は叫ぶ。
「何で私なんか好きになっちゃうかなァ!? 君は何処までも馬鹿だ!」
「……ヤナ?」
 私“なんか”、彼女は今そう言った。普段の勝ち気で負けず嫌いで自身に満ち溢れている彼女からは到底出ないであろう言葉。
 彼女から何かが落ちる。それが涙だと気付くまでそう時間は掛からなかった。
「私、君と競い会えて楽しいんだ。楽しくてね、君と一緒に居ると嬉しいんだ。私に背中を預けてくれて、幸せなんだ」
 涙が混じる声が打ち明ける。
「でもね、私、心の何処かで信用してないんだ。君だけじゃない、此処の皆の事も」
 上げた顔は笑っている、泣きながら。
「だって信用してたらさ、こんなの要らない筈なんだよね」
 帽子を外した。現れたのは髪と、髪とは違う先が楕円になっている垂れ下がった二本の何か。
「……お前」
 彼は知っている。
「妖精族、だったのか」
 それは妖精の触角。滅多に人前には姿を見せない妖精族が持つ身体的特徴。
 しかし彼女は、涙を流しながら触角と共に首を横に振る。
「厳密に言えば、妖精族の先祖返り。何処かの世代で混じった妖精族の血が、強く出たんだ」
 理屈は分かる、先祖返りが存在する事も知っている。
 先祖返りが魔導師や研究者にとって如何に興味深い存在なのかも、彼は知っている。
「ごめんね、黙ってて。ホントはね、学校卒業したら言おうと思ってた。でもね、でも、ね、知ってるんだ、先祖返りはね、高く売れるんだって。はは、そんな事、君がする筈無いのにね、私、わたし、ね、ごめ、ジュ、ド、じぶんか、て、なの、わたし、で、ジュド、いつも、たすけ、くれ、た、のに」
 必死に想いを伝えようとする初めての姿の彼女を、彼は自分の胸に収めた。荒い呼吸で、子供の様に泣きじゃくる彼女を強く抱き締めた
「俺も同じだよ、お前と競い会えて凄く楽しい。だから、この関係が壊れたらと考えると、怖くてお前にちゃんと伝えられなかった。ホント、意気地無しだよ俺は」
 彼女は何かを伝えようと顔を上げるが、声が詰まり言葉が出ない。だから代わりに背中に腕を回した。
「好きだよヤナ、お前が何であろうと、俺はお前が好きだ」
 やっと伝えた想い、彼女からの返事は無いーーと思いきや、突然寒さを感じ身震いする。
「えっ、ちょっと待てどっちだコレ! 寒い! 寒いから!」
「あーーもーーばかぁーー!」
「何でこうなる!」

§§§

 泣き止まないヤナをソファーに座らせ、どんどん下がる室温に耐えながら甘いコーヒーを淹れ飲ませた。機嫌が悪い時の彼女には甘い物を与えればいい、今までの付き合いで学んだ事は今回も活かされた。
「……落ち着いたか?」
「……我ながら不覚」
「大丈夫みたいだな」
 何時もの雰囲気に戻り一安心して所でジュードは漸く腰を下ろした、ヤナの隣に。
「まさか告白して凍死しかけるとは、勢いだったとはいえ予想外過ぎる」
「だって、君から好きなんて言われるとは、思わなかったもん」
 軽く鼻をすすり、ゆっくり息を吐いてヤナは続けた。
「自分に可愛いげが無いのは知ってるし、特に女らしくもないし、てかまな板だし、すぐ張り合おうとするし、まな板だし」
「まな板って……そこまで言う程ではないだろ」
 ジュードの言う通り見た目はまな板とーーそれも二回もーー自虐する程でもない。
 首を傾げる彼にヤナは神妙な面持ちで現実を突きつけた。
「入れてんのよ、寄せる物が無いから」
「……マジで?」
「母さんは揺れる程あるんだけどねェ……妖精かな? 妖精の遺伝子かな?」
 遠い目から察しなくても相当のコンプレックスだと分かる。
 失礼だと思いながらそれを見て、ジュードは気付いた。
「それをバラすって事は、そういう事でいいんだよな?」
「え?」
 何の事か分からなかった様なのは一瞬だけ。意味に気付いた彼女は耳まで真っ赤にしクッションで顔を隠そうとしたが、その前に奪い取られ逃げ場を無くした。
「あ……あの……えっと……」
「でもハッキリ言ってもらわないと、不公平じゃないかなー? 勢いとはいえ俺は言ったんだからさ」
「へ……? それ、は……その、あの、好きな、人って訊いた時のアレの、副隊長の部分、君の名前に、直していただければ……」
 少し意地悪な笑みに苦し紛れに返すと彼は素直にそれを実行し、そして自分の口を片手で覆い隠す。
「お前な……酷い時間差攻撃……」
「ご、ごめん」
「副隊長も巻き込みやがって……でもなっ」
 素早く立ち直ると、笑顔でそっと肩に手を置いた。
「それで俺が満足すると思ったら大間違いだ、それはお前もよく分かってると思うが」
「この野郎……調子に乗りおってからに……」
 本当に意地悪をしているわけではないのは彼女自身がよく分かっている。彼は嬉しいのだ、だから子供の様に“もっと”と言ってしまうのだろう。
 しかしヤナとてただ応える筈もなく、姿勢を正すと真っ直ぐジュードを見つめ返事をした。
「私は君が好きだ。しっかりしてて、仕事が出来て、責任感があって、差別しない、そんな君が好きだ。私が作った料理を凄く美味しそうに食べてくれて、くだらない話にも付き合ってくれて、自分でも気付かなかった体調不良に気付いてくれて、研究で悩んでいたらアドバイスをくれて、誕生日に大好きな物をくれて、私の為に怒ってくれて、先祖返りだと知っても好きと言ってくれて、あとはーー」
「まままままま待て! 誰がそこまで言えと!?」
 慌てて止めるが彼女は止まらない。
「まだまだ、ぶっ通しで小一時間いってみよう」
「勘弁してくれ! 俺が悪かったよ!」
 とんでもない反撃に項垂れていると、肩に手を置かれた。ジュードは怖くて顔を上げる事が出来ない。
「分かってるな、お兄さん」
「……な、何の、事でしょうか」
「公平といこうや」
 一度腹を括ると彼女は強い、拒否出来るわけがないし、する理由も特に思い浮かばない。
 さてどうしようかと、楽しそうな姿を見ながら考える。
「そうだな……料理が上手いのは周知の事実だし……やっぱり努力家で、あと……子供に優しいとことか」
「ふーん? 君も子供に優しいよね」
「いやいや、お前は宥めるのがすごく上手い。わんわん泣いててもすぐけろっとしてる」
「んー、まあ故郷に居た頃に培ったスキルが役に立ってるわけだね、わいやわいやしてたから」
 何処か得意気なその姿がとても可愛らしく、それは彼女の別の顔を思い出させた。
「そうそうあとな、にゃ〜ごろさん、だっけ? それの話してる顔がスッゴい可愛い」
「可愛いのは私じゃなくてにゃ〜ごろさんだよ、分かってないなァ」
 今度は不満そうに顔を背けるヤナだが、口は嬉しそうに弧を描いている。それが可愛いのだとジュードは心の中で反論した。
「うーん、生憎だが俺にはアレの可愛さが未だよく分からん」
「いいよいいよ、にわかになってもらっても困るしね」
「ん、そういえぱお前は子供の頃から好きなんだっけ?」
「あー……うん、うーん……子供の頃から好きってのは、ちょっとだけ違うかも」
 楽しい雰囲気が一変しこれは余計な事を言ったかと内心焦るジュードに、その理由はゆっくりと静かに語られる。
「母一人子一人なのは知ってるでしょ? 父さん産まれる前に出先で死んじゃってさ」
「あ、ああ」
「私が先祖返りだから人里離れて暮らしてたんだけど、噂って本人の知らない所で流れてたみたいで、昔私を養子にしたいって知らない魔導師が現れたんだ」
「養子……」
 孤児ではない面識も無い子供を養子に、それも魔導師が、わざわざ人里離れて繰らず先祖返りを。当事者である母親も同じ事を思っただろう。
「当たり前だけど母さん断ったんだ、結構な額出されたけどね。そしたら少し後、誘拐されそうになったんだ私」
「……お前、よく此所に来たな」
 間違いなく犯人は前述の魔導師本人か、間違いなくの息が掛かった者がだろう。魔導師の悪意に巻き込まれた彼女が何故、魔導師が集まるこの場所に来たのだろうか。
 その理由を話す表情は柔らかかった。
「その時助けてくれたのも魔導師だったからね。あっという間に犯人達をのしてさ、泣きじゃくってる私ににゃ〜ごろさんのキーホルダーくれたの」
「その魔導師が?」
「その魔導師が」
「……誰なんだ、それ」
 人里離れた所に済む先祖返りの前に現れた魔導師達。片方には間違いなく悪意があるが、もう片方はどうだろうか。善意だとしても些か裏があるように思えてしまう。
 考えるジュードに困った様にヤナは言った。
「それが分かんないんだよね。私自身顔も声も覚えてないっていうか、それどころじゃなかったし……母さんもフードで顔分かんなくて、名乗ってくれなかったから、何処の誰だか性別すら分かんないって。その後私達引っ越して、それきりだし」
「そうか……」
 現れていないのなら警戒する必要も無かったのだろうか。その証明は彼女が此所に居る事で充分だろう。
「でねー、私大事にしてたんだキーホルダー。そしたら母さんがにゃ〜ごろさんのぬいぐるみ買ってくれてね、それからだね魅了されたのは」
「魔導師を探す手掛かりとかではなく?」
「一応それもあるけどね、やっぱり可愛いよね」
「……そうか」
 共感出来ない事にもどかしさを感じる一方で、それが魔導師に繋がる数少ない手掛かりなのは間違いない。もう少し勉強しようと誓うジュードの隣でヤナの話は続く。
「此所に来たのって、やっぱりその魔導師を捜したかったからなんだよね」
「世界中の魔導師が集まるからな」
「うん、ていうか、助けられた時その魔導師の腰に此処のメダルがあった気がするんだよね」
「メダルって、コレか?」
 ジュードが取り出したのは身分証明に使われる、エルゼ・クインカの紋章が刻まれた手の平サイズの銀メダル。都市内で何かしらの役職に就いている者にしか渡されないそれを見てヤナは大きく頷いた。
「あったと思うんだよねー、地元の学校で資料見た時運命感じたから」
「運命ねェ……それでお前は編入してきたわけか」
「無茶してるとは分かってたけどね。だけどあの魔導師にもう一度会ってお礼が言いたいし、昔から魔法の勉強したかったし、それに」
 打ち明けるその言葉はとても優しい。
「あの人みたいに誰かを助けられる魔導師になれたらなって、夢見てた」
 だが少し悲しい。
「でも先祖返りを隠してる内はそんなの無理なんだよね。自分も他人も信用してない、そんな私が誰かを助けるなんておこがましいし」
「だけど今は違うだろ?」
 ハッキリとした力強い言葉に下がっていた視線を上げると、優しい笑顔がそこにあった。
「こうやって俺に話してくれたんだ、デカい一歩だよ」
「……そうかな……フフッ、そうだといいねェ」
 まるで猫が与えるかの様にすり寄ってきた彼女の頭を撫でるジュードだったが、聞こえた溜め息で手を止める。
「でもねェ、肝心の魔導師について分かった事なーんも無いんだよねェ。誘拐事件について調べようにも、魔導師関連事件は閲覧厳しいし」
「あー……模倣防止だっけか。アレは隊長とかじゃないと無理だよな」
「隊長に頼めるわけないしねェ……ていうか頼んでも見せてくれないって。きっと、“くだらん理由で閲覧なんぞさせられるか、そんな暇があるなら訓練でもしていろ”とか言うんだよ」
「相変わらず上手いな隊長の真似」
 誉めれば得意気に胸が反らされた。物理的に偽りであるそれから敢えて目を逸らしたジュードは手掛かりの少ない現状について考える。
「んー……この手の情報に詳しい奴を知らんでもないが……」
「ホント?」
 輝くヤナの目、しかし何故かジュードの目には僅かながら迷いがあった。
「うん……お前も知ってる奴だと思う」
「え、誰?」
 此処まで言われたら知りたいのは当然、彼もそれを分かっている。だが、迷いの表情は隠せなかった。
「……俺の婚約者」
「……婚約者」
「婚約者」
「こう……お胸が豊かな美人の」
 確信した、彼女は間違いなく会っている。
 堪えられなかった溜め息を溢すと、案の定彼女も至極微妙な顔をした。
「その……どういう人なの? 昨日君が殴った理由を言ってさっさと帰っちゃったんだけど」
「ああやっぱり……」
 予想通り過ぎて驚きを通り越し安心感さえ覚えてしまう。
 ジュードは覚えた安心感の理由を項垂れながら話した。
「純血魔導師家系のアイツとは腐れ縁でねー……まあなかなかにアグレッシブな女なんだわ。ガキの頃の夢が世界征服つって俺が魔法の実験台にされてな」
「おぉう……クレイジーですな……」
「今は少しは落ち着いてきたが、両家の親が勝手に話進めてなー……ここ最近スッゴい不機嫌で」
「そうなの? 昨日会った時はスッゴい機嫌よさそうだったけど」
 それを聞いて更に項垂れる彼を心配するヤナにジュードは失笑を浮かべる。
「アイツ家を出て商人になりたいんだよ、だから俺とお前をくっつけて婚約を無かった事にしたいんだ」
「ぇえ……そんなの、親が許さないんじゃないの?」
「アイツはやる、そういう奴だ。……なら俺もそれを利用させてもらうさ」
 項垂れから解き放たれた顔は不敵な笑み。
「ウチの親は確かに頭が硬いが相対出来ないわけじゃない。言いくるめてやるさ、お前の事も含めて」
「おお、カッコイイねェ」
 軽い拍手の笑顔に影は見えない、だからジュードは問う。
「今更だけどお前、俺の恋人なんて大丈夫か? ウチは立場上敵が多いし、親も色々ネチネチ嫌味言ってくるぞ」
 本当に今更な質問をヤナは鼻で笑った。
「そんなの先祖返りの扱いに比べたらどうという事はないね。それにいざという時はハートを狙い撃つから大丈夫」
「……それは心をという意味でだよな?」
「精密射撃ならお任せあれ」
「お任せ出来るか」
 過激な発言を可愛らしい笑顔でしてしまう彼女を何の前触れも無く抱き寄せると、笑顔は柔らかいモノに変わる。
「大丈夫だよ、君が居てくれるなら私は頑張れる。今までもそうだった、これからも変わらないよ」
「そうだな、お前には負けられないな」
 競い会い、支え会い、切磋琢磨する。今までと変わらない関係性、しかし繋がり方は今日から変わる。
「ところで今思い出したんだが、お前式典とかでは帽子とってたよな?」
「前の日の引っこ抜いてるから」
「ひっこ……」
「深呼吸して、勢いよくブチッと。二日くらいで生えてくるし」
 だからなんて事はない、言ってはいないが聞こえてきそうな言葉。しかしそれは間違いなく身体の一部。
 なんて事はない顔をするヤナをジュードは強く抱き締めた。
「もうするなよ」
「……うん」
 痛みは、短い言葉で温もりに変わった。
「あ」
「どうした?」
「昨日、婚約者と会った時用心で通信開きっぱなしだったんだよね……口止めはお願いしておいたけどもさ」
「マジか……」

§§§

 部屋の主の短いくしゃみに、副隊長は苦言を呈する。
「ちょっと風邪とか勘弁してよー? 仕事増やされたらボクが激おこなんだから」
「……サボり魔が何をほざく」
「それは昔の話だよ? 今はね、とっても模範的で素晴らしい上司の鑑……って、せめて聞いてるフリはしよ? ね? うん、コレも聞いてないね、さすが」
 モニターに集中している部屋の主ーー隊長に疲れが混じった溜め息を溢す副隊長。
 だがすぐに場に合わない満面の笑顔を浮かべ己の懐に手を入れた。
「ところでね? “アレ”が手に入ったんだけどーー」
「とっとと寄越せ」
「せめて顔は上げよ?」
 真っ当な指摘に対し不服だと言わんばかりの目と共に顔は上げられる。
 色々言いたい事がある副隊長だが、今は本題を進める事にし懐から“それ”を取り出した。
「じゃじゃーん、にゃ〜ごろさん新作ストラップー」
「寄越せ」
「キミさ、労るという言葉を知らないのかな?」
「お前を労ってなんの得がある」
 そこまでハッキリと言われてしまうと反論意見は瞬時に浮かばない。瞬時に切り返せない時点で勝敗は決まった。
 敗北者は隊長のデスクに突っ伏す。
「年寄りに厳しい世界なんて……」
「こういう時だけ年寄りぶるな」
「ド正論ですね」
 何事も無かった様に副隊長は顔を上げた。
「でね? ストラップ渡したいんだけど、ボクのお願い聞いてくれないかなーって」
「またくだらん事を」
「ボクにとっては死活問題ってかキミにとっても死活問題でしょ」
 漸く副隊長は本題を切り出す。
「彼女がボクを好きって言った件についてはそろそろ流してくれないかな?」
 途端に隊長の眉間に深いシワが現れた。
「くだらん」
「どういう意味でのくだらんかは分からんけど、仕事押し付けられたりとかめっちゃ八つ当たりされてるからね? キミに」
「あの子をたらし込む貴様に非がある」
「たらし込んだ覚えも予定も無いし、この件に関してはボク被害者よ? 彼女自身冗談だったって言ってるんだしさ」
 視線は副隊長を向いているので話は聞いている。しかし眉間のシワは改善されるどころか、更に深くなっていた。 
「前向きに検討してやる」
「表情に検討の意志が見られないし嘘でも“分かった”って言わないキミが好きだよ」
「気持ち悪い」
「弟子とは思えない言動だなァ」
 そうは言いながらストラップを手渡すと、隊長はじっくりそれを鑑賞する。
「キミも好きだねホント、ボクには分からないよ」
「構わん、にわかになられても困る」
「愛でてるのが可愛い女の子だったらねェ」
「…………は?」
 殺意が籠った鋭い目にたじろぐ副隊長だが、今度は負けじと言い返した。
「いやいや深読みし過ぎだから、誰も彼女とは言ってないから」
「僅かでも下心を持ってみろ、有無を謂わさず微塵にしてやる」
「ボク師匠、キミ弟子」
「だからどうした」
 とても大事な事をたった一言で片付けられてしまい副隊長は二の句を継げないどころか継ぐ気にもならず、脱力しながらソファーに座る。
「ガチ勢こわい」
「仕事しろ」
「弟子が厳しい世界なんて……」
 嘆く副隊長、無視する隊長。
 数分程の静寂の後、携帯端末を片手に副隊長がいつになく真剣な顔で話を切り出した。
「真面目な話さ、部隊内の色恋ってどう考える? ウチ若い子結構居るしさ」
「任務に支障が出なければ構わんと思うが」
「意外と寛容」
「禁止令を出してもする奴はするだろう、支障が出たら切ればいいだけの事」
 隊長の意見に満足したのか副隊長は端末を操作しながら何時もの笑顔に戻る。
「部隊内で結婚とかあったら面白いかもね」
「そうそうあってたまるか」
「結婚式は派手にいきたいよね」
「夢を見過ぎだ」
 現実的な隊長の言葉に頷きながら副隊長は笑った。
「いいじゃない、見るだけならタダなんだから」
 録音データを見て、言質は取ったと彼はほくそ笑む。
「幸せな夢なら、尚更さ」

評価や感想は作者の原動力となります。
読了後の評価にご協力をお願いします。 ⇒評価システムについて

文法・文章評価


物語(ストーリー)評価
※評価するにはログインしてください。
感想を書く場合はログインしてください。
お薦めレビューを書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ