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人類に炎を取り戻してくれたペンギンのお話

作者:深海いわし
 昔々あるところに、ゲオルグという名の男が住んでいました。見た目が渋いおじさまで何かとお人よしのゲオルグは、みんなに大変好かれていました。
 ある日、人間たちの神殿に大変なことがおこりました。神殿が守っていた炎が消えてしまったのです。神殿の炎はすべての人類の炎の源。神殿の炎が消えてしまっては、もう誰も火打ち石で火をおこすことも、かまどの埋み火を燃え上がらせることもできません。
 神殿の巫女姫は三日三晩悩んだ末に、お人よしのゲオルグを呼び出して言いました。
「ゲオルグよ、どうか人類のために原初の炎を探し出してください。そこから炎を持ち帰り、神殿に炎を取り戻してください」と。

 ゲオルグは旅立つ前に古老や文書館を訪ね、原初の炎がどこにあるのかを調べに調べました。けれどわかったのは、東の果ての「海」というところから来た鳥が、炎を人類にもたらしてくれたらしいということだけです。
 ぐずぐずしていても仕方ありません。ゲオルグはとにかく東へ向けて旅立つことに決めました。
 神殿から少し東へ行くと、そこはもう人類の住むところではなくなってしまいます。最低限の食料だけを持って、ゲオルグは未開の大地を進んでいきました。うっそうと茂ったジャングルを抜け、岩だらけの砂漠を過ぎ、険しい岩山を越え、真っ白な塩におおわれた大地を歩き……途中で出会った鳥や動物に何度も「海を知らないか」「原初の炎を知らないか」と尋ねながら、ゲオルグは旅を続けました。
 旅立ってから天空のお月様は三度細くなり、三度満ちました。けれどもそんなに歩き続けても、原初の炎に関する手がかりは一つも見つかりません。黙々と足を進めながら、ゲオルグもさすがにうんざりしてきました。
 真っ白に広がる塩の大地に異変が見えたのは、それから何日かたったある日のことでした。地平線の辺りに何か黒い点が見えたのです。それはえらくのんびりとした調子で、ゲオルグの前を歩いていました。数刻もたたずに追いついたゲオルグは、その奇妙な生き物にどう声をかけたらいいのか迷いました。
 ゲオルグの膝を越えるくらいの高さの、ずんぐりとしただ円形の体は、背中と頭が黒でおなかは白という見事なツートンカラー。ひれみたいな両腕を広げて、とても必死な様子でよちよちと歩いています。ゲオルグの気配に気付いたその生き物は、立ち止まってじっとゲオルグを見上げました。
「……何だお前」
 あまりにもけったいなその姿に、思わずゲオルグはそうつぶやいてしまいました。
「鳥でヤンス!」
 奇妙な生き物は甲高い声でそう言いました。
「うそつけ!」
 ゲオルグは思わずツッコミました。
 丸々とした紡すい形の体は空を飛ぶには重そうですし、腕の位置についているのは翼ではなく魚のひれみたいな形をした何かです。これが空を飛ぶ鳥の姿でしょうか? いいえ、とてもそうは思えません。
「アッシの名はウィリー。ペンギン族の勇者でヤンス!」
 ウィリーは片手……のような何かをすちゃっと上げて勢いよくそう言いました。もちろん、ゲオルグにその言葉の意味がわかるはずがありません。それから一人と一羽(?)は延々と、鳥とは何か議論をすることになったのでした。

 結局、ウィリーが鳥なのかそうでないのか、二人の議論が決着を見ることはありませんでした。言い争っているうちに日が暮れてしまいましたので、ゲオルグはウィリーと一緒に夕食をとることにしました。
「で、そのペンギン族の勇者様がなんでこんなところにいるんだ?」
 近くに村でもあるのでしょうか。もしもそうなら、水と食料を分けてもらいたいところです。
「野蛮でヤンスねえ」
 ウィリーはゲオルグの問いかけをきれいに無視して言いました。
「火打ち石の一つや二つ持ち運んでないんでヤンスか?」
 どうやらウィリーは、ゲオルグが口にしようとしている生肉が気に入らないようです。
「火打ち石があったって火はつけられないんだよ」
 生肉を食べるのはもちろん不本意ですから、ゲオルグは不機嫌に言い返しました。
「なんででヤンスか?」
 ウィリーはどこからか取り出した焼き魚を丸のみにしながら不思議そうに尋ねます。
「神殿の火が消えたからだ」
 ペンギン族が火を使う一族なら、きっと彼らの神殿でも炎が燃えているのでしょう。ならばきっと、神殿の火が消えることの意味もわかるはず。
「ほー、消えちまったんでヤンスか。大問題じゃないでヤンスか?」
 思った通り、ウィリーはその説明で納得してくれたようです。
「……そうだよ」
 だからゲオルグがこんな辺境まで派遣されることになったのです。
「それにしても人類ってペンギン族よりよっぽど火に依存した生活を送っていると聞いてるでヤンスが、神殿の火が消えちまったらどうするんでヤンスか?」
「原初の炎を取りに行く」
「原初の炎ってアレでヤンスよね。海底にあるやつ」
「知ってるのか!?」
 ゲオルグは思わずウィリーにつかみかかりました。
「ゲフー! 首を絞めるのやめてほしいでヤンス!」
「お前の首はどこだ。どこがお前の首だ!」
「ひどいでヤンスー! あんまりでヤンスー! アンタさんが今絞めてるとこでヤンスよ! 苦しい苦しい!」
 ゲオルグにきゅうきゅう締め上げられながら、ウィリーはじたばた暴れました。二人が落ち着きを取り戻すまでに、それからもうしばらく時間がかかりました。

「それにしても奇遇でヤンスねえ。アッシもちょうど海に行くところなんでヤンスよ」
 ようやく落ち着きを取り戻したゲオルグに、ウィリーはそんなことを言い出しました。
「何のために?」
「泳ぎ方を覚えるためでヤンス!」
 お前鳥じゃないのかよ、とゲオルグは思いました。
「アッシはこう見えても空を泳ぐ才能がなくて」
「こう見えてもって……見たままだろ」
 どこからどう見てもこの紡すい形が空を飛べるとは思えません。
「何をおっしゃる! このすてきな紡すい形が目に入らないでヤンスか!」
「普通トリはそんなずんぐりしてない」
「わかってないでヤンスねえ~。この! 形が! 最高なんでヤンスよ!」
 ウィリーは一文節ごとにいちいちポーズを決めながら訴えました。
「まあいいでヤンス。流線型と縁のない人間にはわからない美学でヤンスからね」
 ウィリーは必殺のドヤ顔をしてみせました。ちょっと馬鹿にされた気分です。
「まあともかく、アッシは成年を迎えるまでに海に行って、そこで泳ぎ方の練習をしてコツをつかんで、最終的には空を泳げるようにならなければいけないんでヤンス。そうしないと愛するウェンディーちゃんと結婚できないんでヤンスよ」
 そこではっと思いついたように、ウィリーの表情が輝きました。
「だからアッシを運んでいくでヤンス! アッシの短い足では何年たっても海にたどりつけないでヤンスからね! その代わりアッシはアンタさんを海に案内するでヤンス! 海のありかはペンギン族の本能が知ってるでヤンスから!」
 ゲオルグは考え込みました。確かに原初の炎があるところに案内してもらえるならば願ったりかなったりです。しかし。
「……構わんが、お前、重そうだな」
「そんなことないでヤンス! だいたいリンゴ十七個分しかないでヤンス!」
「いやそれ重いぞ、結構」
 胸を張るウィリーに、ゲオルグは思わずツッコミました。

 そんなふうにして二人の旅は始まりました。塩の大地を過ぎ、氷砂糖の平原を抜け、天空のお月様が三度細くなり、三度満ちた頃、ようやく二人は世界の果ての砂浜へとたどりつきました。見渡す限りどこまでも続く白い砂浜の向こうには、広大な海が広がっています。月明かりの下で、海は真っ黒にないで見えました。
 ゲオルグの小脇に抱えられたウィリーが、ごくりとのどを鳴らします。
「ついに……来てしまった……」
「もしかしてびびってるのか?」
「そそそそんなわけないでヤンス!」
 ウィリーはじたばたと暴れました。
「でも震えてるぞ」
「武者震いでヤンス!」
 ウィリーはもぞもぞとゲオルグの腕から抜け出し、半回転ひねりをして砂浜に着地しました。
「さあ! まずは泳げるようになるでヤンス! そうしたら原初の炎だって海底に取りに行けるでヤンスからね! 大船に乗った気分で待つでヤンス!」
 ウィリーはひれのような両腕を広げ、よちよちと波打ち際に走っていきます。泥船じゃないといいなあ、というゲオルグの希望は、ウィリーが海に入った瞬間に打ち砕かれました。

 結局それから三日三晩、ゲオルグはウィリーの泳ぎの練習に付き合うことになりました。最初はじたばたとおぼれているだけだったウィリーは、ゲオルグの手を借りてバタ足ができるようになり、それから一羽でゆっくり浅瀬を泳げるようになり、さらには勇気を出して深いところまで泳いでいけるほどになりました。まだ空を泳げるようにはなっていませんが、そこまでくるともうゲオルグに手伝えることはありません。
 そんなわけで、沖合ですいすいと泳いでいるウィリーを、ゲオルグは静かに見守っておりました。あとは何かきっかけがあれば空だって泳げるでしょう。
 そんなことを考えていたとき、異変はおこりました。それまで楽しそうに泳いでいたウィリーが、突然必死の形相でスピードを上げ始めたのです。
「ウィリー! どうした!」
 ゲオルグは大声で呼びかけましたが、ウィリーはとても答えるどころではないようです。カッ! と目とくちばしを開いたまま、今まで見たこともないスピードでこちらへ泳いできます。近付くにつれて、ウィリーのすぐ後ろに三角形の黒い背びれがぴたりとついているのが見えてきました。ひれの大きさからすると、相当大きな魚のようです。ウィリーは泳いできた勢いのまま、大きく水面からジャンプしました。それを追いかけるように姿を現した巨大な魚が、大きく口を開いてウィリーを飲み込もうとします。巨大な魚は、背中が黒でおなかが白で丸々とした紡すい形の体をしていて見た目はウィリーの親戚みたいですが、どうやら仲良くできる相手ではなさそうです。ジャンプしたウィリーはそのまま大きく羽ばたきました。ぎりぎりで魚の歯をすり抜け、空中を滑るように真っすぐこちらへ泳いでくるウィリーに、ゲオルグは思わず両手を伸ばしました。
「ゲオルグー、ゲオルグー! なんか今すごい歯が! 迫ってきたでヤンスよ!?」
 腕の中に飛び込んできたウィリーは涙目で訴えます。
「それよりお前、飛べたじゃないか!」
 けれどゲオルグには、一回かみつくのに失敗しただけですぐに海の中へ消えてしまった巨大魚より、そっちの方が余程大事に思えました。ウィリーははっと我に返ったように海を振り返り、その遠さに目をまん丸に見開きました。
「ほんとだ!?」
 ウィリーの瞳がきらきらと輝き始めます。もう恐ろしい魚に追いかけられたことは頭の中からすっぽ抜けてしまっているようです。
「ゲオルグ! 見ていてほしいでヤンス! アッシは、アッシは飛んでみせるでヤンス!」
 きらきらとした瞳でそう宣言したウィリーは、ほとんど転がるように走り出して勢いをつけ、思い切りジャンプしました。ばたばたと必死に羽ばたくフリッパー、必死にバタ足する足。飛び上がった勢いはそのままなくなり……そして……
 ……べちゃり。
 ウィリーは無様に砂浜に墜落しました。
「……大丈夫か」
 ウィリーは答えませんでした。フリッパーで両目をおおってしくしく泣くのに忙しかったからです。
「ウィリー」
 静かな呼びかけにウィリーの体がびくりと震えました。
「いいか、思い込め!」
 がばっと顔を上げたウィリーに、ゲオルグは力強く握りこぶしを振り上げて言います。
「お前は飛べる!」
「アッシは飛べる!」
 ウィリーの瞳に光が戻ってきたことを確かめて、ゲオルグはあさっての方向を指差しました。
「ほら、空の向こうでウェンディーちゃんが待ってるぞ!」
「ウェンディーちゃんが待ってるでヤンスー!」
 ウィリーは叫びながらがばりと起き上がると、助走して大きく羽ばたきました。ふわりと飛び上がった体は、スイスイと空中を泳いでいきます。いやはや、思い込みの力って偉大ですね。

 それからまた三日三晩練習を重ねて、ウィリーはついに海も空も自由に泳ぎ回れるようになりました。根気強く練習を見守っていたゲオルグの前に、ウィリーがふわりと着地します。
「ゲオルグ、世話になったでヤンス。恩を返すときがやって来たでヤンスよ!」
 改まった姿勢のまま、ウィリーはきらきらとした瞳でゲオルグを見上げました。その姿はもう数日前の震えていたペンギンとは別鳥のようです。
「アッシは海底から原初の炎を取ってくるでヤンス。見ていてほしいでヤンス!」
 ウィリーはそう告げると、意気揚々と海に飛び込んでいきました。

 それからとても、とても長い時間が過ぎました。傾いていた夕日が地平線の彼方に沈み、月が煌々と真っ白な砂浜を照らし出す頃になっても、ウィリーはまだ戻ってきません。ゲオルグが心配になり始めた頃、ふいに水平線の方の海が赤く光りました。その光はみるみるうちに海全体に広がっていきます。いったい何がおこっているのでしょう? 不吉な色に嫌な予感が膨らみます。
「ゲオルグー、ゲオルグー!」
 遠くの方から、ウィリーの甲高い声が聞こえてきました。ゲオルグは赤く染まった海に駆け込んで、ウィリーの姿を探します。ウィリーの姿はすぐに見つかりました。何かに追いかけられるようにこちらへ向かってくる小さな黒い点です。その向こうには巨大魚の三角の背びれが無数に迫っています。追い立てられたウィリーはついに水面から飛び上がり、かみついたり体当たりしたりしようとする巨大魚の追撃をかわして真っすぐゲオルグの腕に飛び込んできました。
「取ってきたでヤンスー!」
 そのくちばしには、しっかりと原初の炎を閉じ込めた火打ち石がくわえられています。
「アッシは……アッシは、勇者になれたでヤンスかね……?」
 ゲオルグの手に火打ち石を渡した途端、精根尽き果てたようにぐったりしてしまった傷だらけのウィリーに、ゲオルグは慌てふためきました。
「当たり前だ……! ウィリー! 死ぬな! 故郷に戻ってウェンディーと結婚するんだろう!?」
「ゲオルグ、それ、死亡フラグ……」
 ぱたりとウィリーのフリッパーから力が抜けました。
「ウィリー! ウィリィィィイイィイイイ!!!」
 嘆き悲しむゲオルグがウィリーの安らかな寝息に気付いたのは、夜がすっかり明けてしまったあとのことでした。もちろん、ゲオルグは即座にウィリーをたたき起こしてその短い首を締め上げました。

 その後も二人は仲良く帰りの旅路をたどり、原初の炎は無事に神殿に届けられ、ゲオルグの人気はますます確かなものとなり、勇者ウィリーはウェンディーちゃんと結婚できたそうですよ。めでたしめでたし。
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