第14話 砂漠の民
レイバンは西城門町のお屋敷を取り仕切る執事だ。
魔族であることは体から発せられる光で分かるが、俺を魔道師などと言う。
それも、しれっと言いやがる。
「魔道師は1000年も前の話だろうが」
「さようでございます」
「では、俺では無い」
「そうでございましょうか?」
なんだと?
執事が貴族の言葉を間違いだと指摘する、それがどういう事か分からないわけではあるまいに。
長年一緒にいるレイダーならともかく、今日会ったばかりの奴にとやかく言われる筋合いはない。
しかし、怒って突っぱねては話が聞けないし、魔族についての情報は欲しいところだ。
「どういう意味だ?」
「1000年の時を経て生まれ変わられたので御座いましょう」
「そんな話聞いた事がないぞ」
「私も、初めて申し上げました」
「……俺を馬鹿にしているのか?」
「滅相もございません」
まったく、何なんだこいつは、いいかげん限界だぞ。
「そもそも、お前らは何者なんだ? 砂漠に住んでいるんじゃなかったか? 何を企んでやがる?」
「魔族とは魔力を持つ人の総称、今では我等が砂漠の民のみにございます」
「で?」
「テネス侯爵様からの独立を企んでおります」
「はあ?」
ったく、企むなんて、自分で言うか普通?
おまけに侯爵からの独立だと。
とぼけたふりをしながら、とんでもない事をいいやがる。
「1000年の昔に大陸が統一されたおり、王都の南に広がる砂漠地帯が我ら砂漠の民の特別区として認められました」
「初代国王の時代か?」
「さようにございます。 ところが、この砂漠地帯が南部に広がっていったのでございます」
「テネスは最南端の都、砂漠化が進めば領土が侵食されると思ったんだろう」
「しかしながら、それは自然の理。 それなのに、それを我らの仕業だと決めつけ、特別区を取り消してテネス領としたのでございます」
「いったい、いつの話だ?」
「200年前、スースキ王国が3国に分裂した時にございます」
話はもっともだが、そんなに昔か。
砂漠地帯にうまみはない、欲しかったのは王都までの街道だろう。
200年もたてば宿場町なども大きくなっているだろうし、これを返せというのは無理がある。
「砂漠の魔物から取れる炎の魔石は、我々にとっては貴重な収入源ですが、それを税として治めるよう言ってきたのでございます」
「砂漠はお前達の独壇場のはずだ、断っても問題はないだろうが」
「その結果、販売が禁止となりました」
「そこまでやるか」
「はい、今では砂漠の衣装を脱ぎ、一般の商人に成りすましての販売です」
「それにしてはずいぶん多いではないか、げんにお前も執事だろう」
「安心できる販売先の確保が目的です」
「なるほど、ドーマの爺さんは買い取ってくれるわけだ」
「はい、それも、我らの事情を説明したうえでのことです」
「そのあたりは王宮の駆け引きがあるんだろうよ」
「はい、ドーマ侯爵様とテネス侯爵様は、犬猿の仲にございます」
「そこに付け込んだか?」
「申し訳ございません」
「いや、敵の敵は味方、むしろ、よくやったと褒めてやる」
「ありがとうございます」
うん?
なんだか妙な具合になって来たぞ。
下手をすると、こいつらの争いに巻き込まれてしまう。
いや、敵はテネスか、ならば逆に巻き込んでやるか。
「しかし、それだけでは自治は勝ち取れまい。 他に何を隠している」
「恐れ入りました。 実は、姫様を救出したいと考えております」
「姫を救出って、第1王女か?」
「はい、ルテシイア・オターナ・アール・スースキ王女様です」
「姫をさらって砂漠にかくまうか、それこそ逆賊だぞ」
「しかしながら、今のままではお命があぶのうございます」
「分かってねえなあ、それはスースキ王国と敵対するって事だ。 そして、俺や爺さんを巻き込む事でもある」
「誓って、ご迷惑はおかけいたしません」
「却下だ」
「しかし」
「しかしも案山子もあるか。 俺の意思に従うんじゃなかったのか?」
「申し訳ございません」
まったく、姫がさらわれたらブルーノの責任が問われるし、関係がなくともテネスが黙っているはずがない。
そうなれば、アイスラーだけじゃない、爺さんだって窮地に立たされちまう。
「だいたい、姫をさらったところでどうなる? 何も変わらんだろうが」
「姫様も、大きな魔力をお持ちです」
「俺と同じか?」
「いえ、魔道師様を燦然と輝く太陽にたとえますと、お姫様は美しき月光、我々は星々といったところでしょうか」
やはり日本人決定でいいだろうが、そういう問題じゃない。
「あのな、魔法が使えるからといって、何でもできると思ったら大間違いだぞ。 そりゃ、魔法でドカンとは出来るだろうが、その後だ。 1つ間違えれば内紛だぞ」
「そのあたりは交渉で何とか」
そんな事はさらってから考えるという事か、むちゃくちゃだ。
「ふざけるなよ。 いいか、姫は俺が救い出す、ただし正規の方法でだ。 敵はテネスだ、つぶしゃあいいだろうが」
「それはそうでございますが……」
「頭を使え、お前達は多くの者が貴族社会に入り込んでいる。 1人1人がほんの少し行動するだけで、大きな力になる」
「しかし、それだけでは」
「大丈夫だ、俺が表から攻撃してやる。 元々そのつもりだったしな。 表と裏、両面攻撃だ」
「……分かりました。 魔道師様の意に従います」
「とにかく、逆らう事は許さん。 皆にも伝えよ。 いいな」
「その心配はご無用にございます」
「何故だ?」
「ブーログから、魔道師様が我らの味方をしてくださると知らされた時は、お祭りが3日続いたほどですので」
あー、あの時か。
しかし、味方だと言ったっけか。
まあいいや、それなら安心しておこう。
「そうだ、テネスがアイスラーに何をしているのか詳しい事は分かるか?」
「はい、さほど詳しくは分かりかねますが、アイスラーの文官はお城から締め出されております」
「そういやあ、爺さんも手紙でそんな事を書いていたが、それがそんなに問題なのか?」
「はい、まず、書類が上に上がりません。 嘆願書や報告書、納税書が上がらなければ国王からの叱責も免れません」
「そんな露骨な事をしているのか?」
「そこまでは無いと思われますが、近い事はあるでしょうし、問題はそれが出来るという事です」
なるほど、それでおとなしくしておけと書いてあったのか。
「ちょっと待て。 テネスは軍部、民事はルーブルだろう。 ルーブルも敵なのか?」
「ルーブル侯爵様は中立にございます。 ございますが、中立というのは、自分に利が無い時は動かないという意味にございます」
「アイスラーを追い出してどんな利益が、ああ、役職か?」
「はい、お2人で分け合ったと聞いております」
「なるほど、そのあたりが王宮たるゆえんか……。 しかし、逆に考えれば、利があれば、こちらの提案には乗るわけだな」
「名案がおありですか?」
「まあな」
当初の予定通りというやつだ、なんとかなるだろう。
「あのー、教官の件でございますが……」
「もう知っているのか?」
「情報はちゃんと。 それより、このままでは済まないと思われますが?」
「ああ、それでいいんだ。 何をやられるのか分からないより、こっちから仕掛けた方が分かりやすいからな」
「そんなものでございますか?」
「もっとも、相手は誰でも良かったんだけどな。 それがたまたま教官だったって話だ」
「はあ」
「まあ見てろ、これがシナリオのスタートだ」
「シナリオ?」
「絵図、計画だ」
「分かりました。 では我々も行動を開始し、テネス侯爵様をてんてこ舞いさせてやりましょう」
「その意気だ。 そうだ、チェリーと連絡は付くか?」
「この街に来ております」
「さすがだな。 明朝、海の民の所だ」
「かしこまりました。 そろそろお食事などいかがでしょう?」
「もらおう」
ふーっ、全く、とんでもないやつらだ。
でもまあ、敵じゃなかっただけましか。
食堂はアイスラーより小さいが、レイバンが後ろに控えているだけで誰もいない。
いや、入ってきた扉を開けたのはメイドだし、奥の扉にも2人ほどいる。
だが、そんな事はどうでもいい、あるある塩鮭。
いいねえ、この塩味がたまらん。
これでご飯がありゃ3杯はいけるな。
おっ、貝もある。
さすがに海産物は多いが、どれどれ1ついただいて。
うーん、いい匂いだ、これは酒蒸しか?
間違いない、ワイン蒸しってやつだな。
まてよ、大きさがシジミとハマグリの間って……。
おい、お前はもしかして、アサリちゃんなのか?
そうなのか? うん? そうなのか?
頂いちゃうぞ、パクッとな。
うおーっ、間違いない。
アサリちゃんだー。
感激だ、アサリちゃん。
アサリちゃん、ほれアサリちゃん、ほれ。
「ごほん、ごほん」
い、いかん、嬉しすぎてつい踊ってしまった。
子供の頃、味噌汁には畑で採れた大根と菜っ葉だけ、ジャガイモがあれば御の字、里芋がごちそうだった。
そんな中あさりの味噌汁の美味しかったこと、牡丹餅とどっちが好きか真剣に悩んだよな。
大人になって、あさりの酒蒸しに出会った時は、この世にこんな旨いもんだあるのかと感激したもんだ。
ワイン蒸しとはいえ、まさかここで再び出会えるとは思わなかったぞ。
さてさて、こっちは何だ?
これはいらんな。
これも、これもいらん。
美味い事は美味いんだが、アイスラーでも食べられる物ばかりだ。
やはり、アサリちゃん命か。
パンに付けるスープはどうだ?
塩辛いのと甘いのは昼間と同じだな。
こっちは何だ?
おいおいおい、こりゃ鯉こく様じゃねえか?
パンなんか食ってる場合じゃねえぞ、皿を持って飲むのが礼儀ってもんだ。
うん、うん、うん、間違いない。
こりゃ、鯉こく様だ。
なんまいだ、なんまいだ、なんまいだ。
「ごほん、ごほん」
い、いかん、つい拝んでしまった。
鎮守様のお祭の奉納鯉、鯉こく様にして村中の者で頂いた。
あれ? 南無阿弥陀仏はお寺か、まあいい。
まったく、同じ味だもんな。
懐かしいなあ、グスッ、涙が出そうだぜ。
それにしても、こりゃすごいの一言だ。
これは何としてもアイスラーに持ち込みたい。
いや、持ち込むべきだ。
待てよ、待て待て、ナセルを使えば鮮度を保ったまま運べるぞ。
軍艦なんかどうでもいい、小型船に積もう。
ドーマ川をナセルの小型船で一杯にするんだ。
そうとも、インフラの整備は大事だ、うん。
あっ、魔石が足りないか。
魔石はアイスラーから持ってくればいいんだが、周りを覆う金箔が高いんだよな。
仏壇に使うやつと違って、こっちのは薄い金の板だからな。
しかたない、発案者の特権で1艘もらうか、名前はアサリちゃん号で決定だな。
さてさて、改めていただきますか。
「ルーラァ様」
「あん?」
「侯爵様がお呼びとのことですが」
「ばかを言うな、アサリちゃんをほおっておけというのか?」
「はい?」
「い、いや、なんでもない」
「まだ、起き上がれないとのことですが、お会いしたいそうにございます」
「分かった」
くそー、分かってたまるか、そんなもん。
クソジジイめ、つまらない話だったらただじゃおかねえ、くいもんの恨みを思い知らせてやるからな。
食堂を出て、長い廊下の突き当たり。
立っていたメイドが扉を開け、レイバンと2人で中に入った。
「おお、来たか」
「来たかじゃねよ、飯の途中で呼ぶなよな」
「ははは、そりゃ悪かった」
「ま、まあ、いいけどさ」
ちっ、侯爵が謝んなよ、調子狂うな。
「海の民の奴らと一悶着あったそうだな」
「ああ、それがどうした?」
「あいつらも、ふびんな奴らでな」
「分かってるよ。 嫌いじゃねえよ、ああいうの」
「そうか……」
おいおい、ここで沈黙かよ。
「なんだよ、それだけなら行くぜ」
「まあ、待て」
ったく、こっちはお預けくってんだぞ。
エサを前にして待たされるポチの気持ちがよく分かるぜ。
「若いころに嵐に会ってな」
「そん時に助けてくれたのがあいつ等か?」
「よく分かるな」
「分からいでか。 ついでにあいつらが助けてくれと言ってきたんで助けた、違うか?」
「そのとおりじゃ」
「心配すんな。 明日にゃ、あいつらを従えて船を造ってるよ」
「そうか、ならもう1ついいか?」
「なんだ?」
「わしに万が一の事があったら、あいつらをアイスラーに連れて行ってほしいんじゃ」
「断る」
「何でじゃ?」
「憎まれっ子世にはばかるって言ってな、爺さんは長生きする、これが1つ」
「むちゃくちゃ言いおるの」
「もう1つは、あいつらは海の民だぞ、山に連れて行ってどうするよ。 あいつらが本当にやりたいのは漁だ。 今作ろうとしている船なら遠洋で漁が出来る。 これならだれにも迷惑がかからん、違うか?」
「違わん」
「最終的には南の国に返す。 ここまでやって初めて恩返しだ、違うか?」
「違わん」
「なら、黙って見てろよ」
「ルーラァ」
「なんだ?」
「礼を言う」
「まだ早い。 まだ 何も始まっちゃいねんだ」
「そうじゃったな」
まったく、調子狂うな。
ちょいと動けなくなるとすぐに弱気になっちまう。
まあ、分からんでもないんだがな。
「2日もしたら城に帰るからな、それまでに動けるようになっとけよ」
「そうか」
「そうかって、あのな、揺れない馬車は時間がかかるだろうが、ナセルの船はすぐにも出来る。 揺れないまま城に届けてやるから心配すんな」
「揺れない馬車だと?」
「ああ、キヨモリとか言ったっけ、あいつに任せるよ」
「そうか」
「ナセルは河を遡れる、そう言ったろ」
「そうじゃったな」
くそったれが、年寄りが気弱になったらしまいだぞ。
「そうだ、城に戻ったらテネスを潰しにかかるから、後始末を頼むぜ」
「何じゃと?」
ふーっ、この話なら元気が出るってか。
「売られた喧嘩らしいからな、きっちり落とし前をつけてやろうと思ってな」
「内乱でもおこす気か?」
「それはねえが、ちょいと暴れてやる」
「ふざけるな。 今はそんな事をしている場合でない」
「ふん、知った事か」
「言う事を聞かんか、ばかもんが」
「心配ならシャキッとしな。 そうだ、小遣いをくれ」
「な、な、な」
「小遣い、大人は子供に小遣いを渡す義務がある」
「まったく」
侯爵がレイバンを見やると、壁の隠し戸棚から小さな巾着袋を出してきた。
俺がいるのに、隠し戸棚を見せてどうするって話なんだが。
「持って行け」
「金貨なら1枚でいいよ」
巾着袋を開けると金貨、ざっと10枚はありそうだ。
「いいから持って行け」
「これで女遊びをするって言ったらどうするよ?」
「街中の女を集めるぐらいの事をしろ」
「はは、1枚でも出来そうだが了解。 じゃ行くぜ」
「ああ」
まったく、世話の焼ける爺さんだ。
さてと、アサリちゃんが待ってるよー。
と、誰だ?
食堂に1歩入ると、長い黒髪の女が最高の礼を取っているのが見えた。
ちょうど、食事をしていた横あたりだ。
これじゃ、無視して飯を食うわけにもいかんし、体がうっすらと光っている。
アサリちゃんと女、どちらも選べずレイバンを見やった。
「娘のリサにございます」
「……」
娘って事にも驚くが、その娘がどうしてここにいるのかが問題だ。
無言で話の先を促す。
「ルテシイア王女様の替え玉に使う予定でした」
「まったく、無茶にも程ある」
「申し訳ございません」
替え玉作戦などうまく行くはずか無い。
全てが奇跡的に進んだとしても、処刑が待っているだけだ。
近寄るとドレスを着ているのが分かる。
普段から稽古をしているという事なのだろ。
「顔を上げよ」
見上げてくる黒い瞳、丸顔で、小さな鼻と口は日本人形さながらだ。
だが、ドレスの胸元が大きく開いているため、それを覗き、いや、見下す形になっている。
「く、黒目黒髪とは珍しいな」
「髪は染めております」
無理やり視線を外したものの、可愛い声に誘われ再び髪に、そして、谷間に目が行く。
「少し緑がかかっている。 髪は女の命とも言うし、それでは姫さまも気分が悪いであろう。 すぐに元に戻しておけ」
「申し訳ございません」
いや、違う、こんなきつい事を言うつもりではないのに。
えっ、涙目になっている?
「失礼いたします」
ああ、ちょっと、と言う間もなく、素早く立ち去ってしまった。
追いかけて謝るべきだとは思うが、泣いている女の子は苦手だ。
何を言っても泣くだけだし、貴族が謝るのはおかしいし、緑の髪もおかしいし、それに、だから、つまり、ごめん。
罰は下った。
あの涙が気になって、アサリちゃんも、鯉こく様もおいしいとは感じない。
ため息をつきながら食事は終わり、なんとなくレイバンの視線も避けて部屋に戻った。
スイフが戻ったらしい。
あの部屋まで行くのが面倒なので呼びつけた。
椅子に座るように言うが固辞する。
レイバンが横に控えているからかもしれないが、面倒臭いのでそのまま報告を受けた。
予想通り、ナセルが原因らしい。
部屋の中でジェットエンジンの噴射テストをするようなものだ、死者が出なかったのが奇跡だろう。
「それと、皆で探してはおりますが、風の魔石が見当たりません」
「そんなものはどうでも……何だと?」
「申し訳ありません。 金は破片がいくつか見つかったのですが、魔石のほうが……ともかく、朝までにはなんとしても見つけ出します」
「いや、いい」
「しかし」
「いいと言ったらいい」
「はあ」
前方から何かが吸い込まれ、ぶち当たって吹き飛ばされたに違いない。
台風並みのスピードだ、どんな小さな物でも致命傷になる。
更には、緊急停止の問題がある。
それだけの強風の中で、実際に魔石が取り出せるのか?
駄目だ、どう考えても無理がある。
なんてこったい。
このナセル、欠陥だらけじゃないか。
ここまできて、根本から見直しだと……。
「う~ん」
「う~ん」
「ルーラァ様?」
「ちょっと黙ってろ」
「申し訳ありません」
「う~ん」
「う~ん」
「す~」
『気が付くと、見知らぬおっぱいをつかんでいた』
「おっぱい? ぎ、ぎえーーーー」