リアルSNS論争(社会風刺系)
岡崎遼太、32歳。
ネットの海で女叩きを繰り返し、“典型的ミソジニスト”として炎上を量産してきた男だ。
「女は楽して生きてる」「男が稼がなきゃ女は何もできない」──そんな安直な書き込みを、注目されている証拠だと勘違いしていた。
そして今夜。
彼はついに、匿名の仮面を外されることになった。
舞台は歓楽街の裏路地にそびえる「論破リング」。
鉄パイプで組まれた四角いステージの周囲には、手作り感満載の看板が光り、
《言葉で叩き潰せ》のスローガンが赤文字で踊っている。
まるでプロレス会場とネット炎上の融合だ。
観客はスマホを構えた野次馬たち。
酒を片手に「おー!ミソジ来たぞ!」「今日の餌はコイツか!」と囃し立て、
リングを取り囲む空気は既に祭りのようなカオスだった。
岡崎は照明に照らされながら、リングに足を踏み入れる。
得意げな薄笑いを浮かべ、マイクを握りしめるその姿は、炎上を“勲章”と信じてきた男そのものだ。
対角に立つのは水野亜希、29歳。
SNSで男女平等を訴え続け、アンチと支持者を同時に引き寄せてきたフェミニスト。
岡崎の名前を聞いた瞬間に即答で参戦を表明し、観客の前に姿を現した。
──そして、会場をさらに熱くする存在がいた。
リング脇の実況席に腰掛ける二人、実況の速瀬と解説の村上だ。
速瀬はマイクを掴み、声を張り上げる。
「さぁ始まりました! 今夜の論破リング! 本日のカードは炎上製造機、岡崎遼太 vs 男女平等の闘士、水野亜希!」
村上は腕を組み、冷静に言葉を継ぐ。
「SNSで散々ぶつかってきた二人です。今日は匿名の壁がありません。感情の剥き出しがどう転ぶか──見ものですね」
観客が一斉にどよめく。
リング上では、ネットの罵倒が現実の肉声へと変わり、火蓋が切られようとしていた。
ゴング代わりのブザーが鳴り響いた。
岡崎はマイクを握りしめ、薄笑いを浮かべる。
「女なんて楽してるだけだろ!家事?育児?そんなの大したことねぇんだよ!」
会場にブーイングと爆笑が入り交じる。
「ほら出た!寄生虫理論!」
「時代遅れー!」
水野が鋭い視線を向け、前へ踏み出す。
「はぁ? あんたみたいな甲斐性なしの男こそ、社会に寄生してんじゃないの!」
観客は一気にヒートアップ。
「もっと言え!」
「ブーメラン刺さってるぞ!」
「匿名じゃ逃げらんねぇぞ!」
速瀬(実況)が興奮気味に叫ぶ。
「さぁ両者、論理を完全に放棄しての感情バトル! これぞ論破リングの真骨頂!」
村上(解説)は肩をすくめる。
「議論はもう死にましたね。ただの怒鳴り合いです」
岡崎が突如、手元のペットボトルを水野に投げつけた。
「口ばっかの女はこれでも飲んどけ!」
直撃こそしなかったが、水野は机にあったチラシの束を掴み、投げ返す。
「男尊女卑のカスは紙くずで十分よ!」
紙吹雪が舞い、観客は歓声を上げてスマホを掲げる。
「いいぞもっとやれ!」
「#論破リング トレンド入り確定!」
「椅子投げろ!椅子!」
速瀬が声を張る。
「おっとこれは論破ではなく完全に投擲戦! まさに“言葉の戦場”から“物理バトル”へとシフト!」
村上は冷静に補足した。
「SNSのリプ欄でもよくありますね。議論が行き詰まると罵倒とスタンプ連打で終わる──今、それを肉体で再現してるわけです」
観客席からさらにカオスな声が飛ぶ。
「おい!お前らどっちも終わってんぞ!」
「昔のフェミはもっと強かった!」
「てか岡崎、顔で負けてんじゃんw」
速瀬が叫ぶ。
「会場も混乱してきた! もう誰が敵で誰が味方か分からない状況!」
村上が一言、冷ややかに。
「……つまり、SNSそのものです」
岡崎と水野が掴み合った瞬間──観客席から怒号が飛んだ。
「オイ!俺の方が面白い論点あるぞ!」
リングに飛び乗ったのは、ネクタイをだらしなく締めた中年男。
「地震は全部人工地震なんだよ!政府の電波操作だ!」
速瀬が絶叫する。
「おっとー!ここで陰謀論者が乱入だ!論破リング、まさかの方向転換!」
村上は冷ややかに分析する。
「……はい、もう“論破”ではなく“錯乱”の領域ですね」
するとドレス姿で水晶を抱いた女が乱入。
「真実は宇宙の光!波動で全て解決するのよ!」
観客が爆笑と歓声で沸く。
「出た!スピリチュアル!」
「水晶で椅子受け止めろよw」
マスク姿の男がスマホを掲げる。
「俺は表垢では好青年!でも裏アカじゃ全員叩いてるんだよ!晒すぞ!」
観客から悲鳴が上がる。
「やめろ!俺の裏アカ掘るな!」
さらに椅子を担いだ男が乱入。
「ワクチンは毒だ!打ったやつは磁石になるんだぞ!」
「磁石論法きたーー!」
そして、リングロープを叩きながら絶叫する女。
「全部政府が悪いんだよ!税金ドロボー!」
村上が苦笑する。
「……定番の“政治が悪い”カード。もうBGMのような存在ですね」
だがカオスはまだ終わらない。
「昔のアニメの方がよかった!今のは駄作!」と懐古厨が叫べば、
「は?作画崩壊でも神アニメだろ!」とオタク勢がマウントを取る。
「覇権アニメは円盤売上で決まるんだよ!」
「違う!配信数こそ正義!」
「原作知らん奴は黙れ!」
──リングの一角がオタク論争に早変わり。
別の場所では、冷笑系が腕を組み鼻で笑う。
「いやいやw お前ら必死すぎw 俺は全部俯瞰で見てるからw」
その隣で無敵の人が椅子を振り回す。
「全部ぶっ壊せぇぇ!」
大喜利勢も参戦。
「椅子投げたら“イース”ってことか?ww」
「波動とパイプ椅子が激突!これぞ真の異種格闘技w」
観客は大爆笑しつつもさらに混乱。
速瀬は叫び続ける。
「陰謀論 vs スピリチュアル! 反ワク vs 知識マウント! そして今度はオタクのマウント合戦だぁ! もうリングのキャパ超えてます!」
村上はため息をつきながら淡々と。
「……これは議論ではありません。タイムラインの縮図です」
そんな修羅場の片隅──。
リング端で体育座りする女がいた。涙目でスマホを構え、震える声を上げる。
「死にたい……でも写真は撮る……#病み垢さんと繋がりたい……」
観客の一部がざわつく。
「うわ、病み垢だ!」
「ポエム書けよ!」
その瞬間、投げられたペットボトルが彼女の肩に直撃。
「痛っ……」と呟いた声すら、乱戦の怒号にかき消される。
だが次の瞬間、彼女はスマホを高々と掲げた。
「今のも全部、載せるから……!」
速瀬が食いつく。
「ここで構ってちゃん参戦! 被害すらコンテンツ化する生き様!」
村上は冷ややかに言い放つ。
「……ある意味、最もSNSらしい存在ですね」
そして──会場のざわめきとは対照的に。
カフェの2階の窓辺では、数人がコーヒーを飲みながらその惨状を見下ろしていた。
「ほんとバカだなぁ、下で殴り合ってる奴ら」
「でもさ、こういう地獄を眺めるのが一番楽しいんだよ」
涼しい顔でスマホをいじりながら、下界の炎上を肴にしていた。
リング上も観客席も、誰も彼もが喚き、煽り、マウントを取り、晒し、笑い、怒鳴り、踊る。
もはや論破リングは──SNSそのものが三次元化した地獄絵図となっていた。
乱闘はようやく落ち着きを見せた。
椅子は折れ、床には水晶の欠片と紙くずが散乱し、観客も疲れたように息をついていた。
「ふぅ……これで終わりか」
誰かがそう呟き、観客の一部も席を立ち始める。
リングの中央では、岡崎と水野がボロボロになりながらも互いに睨みつけ、
「二度と顔出すな!」
「お前が消えろ!」
と捨て台詞を吐き、退場していった。
──静寂。
速瀬がマイクに向かって叫ぶ。
「大乱闘、ここでようやく終幕かぁー!? いやぁ、地獄でした!」
村上は淡々とまとめる。
「SNSの縮図ですね。論点は消え、怒声と破片だけが残りました」
観客のざわめきも薄れ、リングの熱気は冷めかけていた。
……だが、その瞬間。
「──ところでさ、やっぱ結婚してるやつの方が勝ち組だよな?」
ぽつりと投げられた一言が、火種となった。
「はぁ!? 独身の自由さ知らんの? 結婚なんて人生の墓場だろ!」
「老後どうすんだ! 孤独死一直線だぞ!」
「いやいや、子育て経験してないやつは人生語る資格ないだろ!」
「推し活最強! 結婚とかオワコン!」
再び怒号が飛び交い、リングに残った観客たちが立ち上がる。
「#既婚最強」「#独身無双」と勝手にハッシュタグを叫びながら、第二ラウンドの乱闘が始まった。
速瀬は大興奮で叫ぶ。
「ここで新カード! 既婚vs独身! まさかのテーマチェンジで論破リング、延長戦突入だぁぁ!」
村上は深々とため息をつき、冷たく言った。
「……ええ、終わりなどありませんよ。SNSですから」
──論破リング。
炎上は収まらない。
次のテーマが尽きない限り、この地獄は永遠に続くのだ。