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天使の笛
作:りき


 社会人になって三ヶ月。
 私はうまく周りの人と交わることが、まだできない。
 仕事で関わることはなんてことないのに、プライベートになると、途端に萎縮してしまう。
 ランチを一緒に食べに行こうと言ってくれた同期もいたが、お弁当を持ってきてしまっていたので断ってしまった。
 今考えれば、お弁当なんて家に持って帰ってでも、一緒に行ってれば、もっと打ち解けられていたんじゃないか、って思う。
 思うは思うけど、もう誘われることが無くなってしまった今は、どうしようもない。
 それ以来、無愛想だと思われたのか、敬遠されているのが自分でもわかる。
 良く言えば不器用、悪く言えば要領悪い。

「はあ……」
 溜め息だって出る。
 今日も一人でお昼。
 一人だと、美味しいも何も感じない。ただ、おなかに物を入れるだけの作業のようで、楽しくもなんとも無い。
 ふとガラス窓のむこうの景色を見る。
 いい天気だ。気持ちが良さそう。
 
 急にひらめいた。
──屋上に行こう。
 そう決めた。

 屋上があることは知っていたが、イメージしていたものとはだいぶ違った。
 雨風にさらされ続けて風化を始めているようなコンクリート。むき出しになって、暑苦しい風を送り出している空調の排気口。さび付いたグレーの柵。
 せめてベンチの一つでもあればいいものだが、それすらもない。
──やっぱり戻ろうかな。
 そう思ったときだった。
 どこかから聞こえる、笛の音色。
 柔らかく、高音で、どこか遠くの国の音楽みたいな、澄んだ音。
──何? どっから?
 あたりを見回してみる。
──ここじゃない。
 この辺りには、同じような企業の中型ビルがいくつかある。きっとそのどれかの屋上だろう。
──どこ?
 私はどうしても気になった。
 聞いたことのないようなこの音色。
──どんな人が?
 
 それから私は、毎日の昼休み、心当たりのビルの屋上に登って、その音の主を探し始めた。
 近場から行ってみてはみたが、なかなか見つけられない。
 しかし、その音色は、毎日聞こえてきていた。
 
 そして、とうとう最後の一つまで探し続けた。
 近所では一番高いビル。ここでないなら、もう探す術はないと思っていた。
 今日はまだ笛の音は聞こえてきていない。時間からすれば、そろそろだろう。
 覚悟を決めて、そのビルの屋上へと足を進めた。

 なかなか立派な綺麗なビルだったのだが、やはり多くと同じく、屋上には手入れをしていないようだった。
 くたびれた感じの人工芝には、ゴミや吸殻があり、所々がめくれ上がっている。
 極めつけには、その隅で胡坐をかいて、弁当をかっくらっている中年太りのおじさんがいたりする。
 イメージとは違うその風景に、一気に夢がしぼんでいく。
 毎日その事ばかりを考えて探しているうちに、その綺麗な音色に合わせた風景と人物を自分で作り上げてしまっていたのだ。
──きっと、綺麗な花壇のある小さな屋上で、何かのわけがあって、毎日その場所で笛の練習をする少年。まるで天使のような風貌で、その音を聞く人々全てを幸せにしていくような、不思議な力を持っているんだわ。
 しかし、もう探しに行く場所もないし、手がかりだってない。噂で有名だっとしても、その話を聞けるような友人は、元々居ない。
──もう見つけることは出来ないのかな。一言、素敵な笛の音ですね、といいたかったのだけど。
 
 肩を落とし、その場から立ち去ろうとしたとき、いつもの音色が耳を掠める。 
 ここはこの辺りで一番高いビル。ここから見下ろせば、見つけられるかも。
 戻りかけた足を、また屋上へと向けたその時。
「嘘……」
 そこには、小さな笛のようなものを口元へあてた、さっきの中年のおじさんの姿があった。
 まさに、目の前で奏でられているその音色は、おじさんから発せられていた。
 歳は四十代。今流行りのメタボリックな体型に、ずいぶん広いおでこ。電車で隣同士になったら、ちょっと離れたくなるようなタイプのおじさん。
──どこが天使のような少年よ。
 勝手な妄想との相違に腹を立て、私は改めてそこから出て行こうとする。
「うるさかったですか?」
 見つかってしまった。
 そのまま無視してしまおうかと思ったが、しぶしぶ振り返る。
「いえ……そんなことは」
 そのおじさんは、後頭部に手を当て、そうですか、と照れてみせる。
 私がそそくさと建物へ入るドアに手をかけたとき、おじさんは言った。
「あの……良かったら、聴いていってくれませんか」
 え、とまた振り返る。
「一人より、二人の方が楽しいじゃないですか」
 いつもなら、ここで適当な理由をつけて断るはずだ。
 なのに、私はまた後悔するんじゃないかって思った。
 もういつもと同じような後悔はしたくないって。
 自分でもわからないが、その時はそう思ったのだ。
「お昼休み、終わるまでなら……」
 おじさんはとても優しい笑顔で喜んだ。

 それ以上、私もおじさんも話しはしなかった。
 なんでここで笛を吹いているのかも、その笛はなんという楽器なのかも、おじさんは誰なのかも。
 ただ、おじさんの奏でる笛の音を、風にふんわりと撫でられながら静かに聴いていた。
 おじさんに誘われて、ここまで来て良かった。ここで一緒に聴けて、良かった。
 とても、優しい昼休み。自然に目を瞑ってその時間に耽っていった。


 それ日以来、笛の音は聞こえなくなった。
 それでも、昼休みになると私はよく思い出す。
 あの時間。あの気持ち。
 あのおじさんのお陰で、私は少しだけ自分を好きになった。
 自分から飛込む勇気、自分から掴む幸せ。
 そんな大袈裟なことではないのかもしれないけれど、そのお陰で、あんなに素敵な時間に出会えたのだから。

「ねえ、今からみんなでランチに行くんだけど、四人組でいくと、そこのお店デザートサービスなの。今三人なんだけど、ねえ、今日お弁当? 一緒にいかなーい?」
 私はちらっと、自分のカバンのふくらみを意識する。
 でも、私は知っている。
 もう、方法を知っている。
 私はあのおじさんの真似をして、笑って見せた。
「ううん。今日はたまたまお弁当わすれちゃったの。一緒していい?」


 一人より二人がいいね、おじさん。二人よりみんながいいね、おじさん。
 おじさんは、私にとっては、幸せを教えてくれた天使かもね。

















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