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〜シックス〜
作:悠栖



大谷の意地


「あ? 何を言ってんだ、高井さん」

 それが先輩に対する物の言い方か。
 高井のこめかみの血管は見事に浮きあがり小刻に動いていた。その表情で彼の怒りがどの程度か窺えるようだ。

「だから! 何でお前が十五年前の事件をまた洗いなおしてんだよ」
「何をどう考えても今回の事件は妊婦殺害と関連してるでしょうが。資料が足りないんですよ」

 相手は自分自身の意見を断固譲らない。高井も負けじと食い下がる。

「それは原田さんから頼まれた仕事か」
「今回最初に竹内の自白を聞いたのは俺じゃねえですか。特例捜査員として当然の事をしてるんで」
「……あーそうかよ、流石だな特例の大谷捜査員は!」
「そんなに褒めてもらっちゃあ照れますねえ」

 呆れ果てた。こいつは皮肉が通じない。
 高井は完全に言いくるめられたのだ。


 先程山崎から十五年前の事件に関する資料を受け取った大谷という青年。

 彼は若干二十五歳にして特例捜査員という異例の刑事であった。

 もちろん才能を見込まれてのことだが、高井の配下で原田の直属の部下であるのに対し、その両衛への態度はとても部下らしいものではない。空よりも大きいのではないだろうか。

 高井もこの大谷にはほとほと困り果てていた。

 確かにいつもなら、こいつは外で暴れる突入部隊の先陣も斬れる。だが、今回はそうはいかなかったんだ。しょうがないだろ──。

 高井の目に一瞬、戸惑いの色が浮かぶ。

 大谷はそれを見逃さなかった。

「……いま俺のこと、いつもならこんな後処理なんかしないで突入してたのに、って思ったでしょう」

 自分の考えを言い当てられ、動揺する。そんな彼を細くした目で見つめてやった。

「俺だって行きたかったですよ。だけど原田さんにあんなこと言われちゃあ、駄々をこねるわけにいかないでしょ」
「……悪い」
「そのうち話してくれるんでしょう?」
「ああ。約束する」
「ならこれは見ません」

 大谷は山崎に用意させた資料を高井に渡した。

 事件当時、竹内が白石の家から掛けた電話。
 その電話に出た人物こそ、特例捜査員の大谷であった。

「やることなくなっちまったなあ」

 大量の仕事を抱えた後輩を尻目に、大谷は席を立ちふらふらと捜査部屋から出ていった。

 それを見送る高井も、真一と別れた山崎も。
 三人はそれぞれ事件の始まりを思い返していた。



 内線のベルが鳴り響く。捜査一課にわざわざお呼びらしい。

「おい、逆探知だ」

 一課の部屋に大谷の声が響き、一同は静まり返った。

 十五年前だかなんだか知らねえけど、自ら出てくるたあ良い根性じゃねえか。
 大谷は受話器に当てている耳を更に強く押し付ける。

「どうした大谷っ」

 唇に人指し指を当て、遅れて入ってきた原田に静かにするよう訴えた。

 成り行きを見守る刑事達。

 やがて大谷は内線を切った。

「……殺人予告して切りました。十五年前の産婦人科の妊婦がどうって……」

 原田の表情がみるみるうちに変わっていく。すぐに指示が落とされた。

「山崎! 高井呼んできてくれ! 車も用意だ」
「はい!」

 次々と動いていく仲間。しかし、自分の名前がない。

「原田さん、俺は……」
「悪い、大谷。この事件は高井にサポートを頼む。お前は十五年前の事件の犯人の資料を集めてくれ。おい、応援頼むぞ!」
「そんなっ……」

 大谷は一人立ち尽くした。

 いつも一緒に現場に向かうメンバーが、自分を置いて立ち去る姿を見送るしかできない。

 だがこうしてはいられない。署に残っても仕事はあるのだから。

「こいつが竹内か……。すまねえがこいつの顔をパソコンに取り込んでくれ。画像を高井に転送する」
「わかりました」

 写真の横にある文の羅列を見た。そこには凄まじい内容の事件が記されていた。大谷は驚愕する。

 なんて酷い事件なんだ──。

 さっきの電話の住所を見る。車で飛ばせば三十分程度だった。

 まさかこんな近くで二度目の犯行が起きるとは。しかも前の事件は時効を待つだけなのに。
 よっぽどの目的でもあるのか……それとも心変わりか。


 事件現場は緊迫していた。

「山崎はドアの裏、高井はドアが開いた死角にいろ。俺は正面から……」
「待てよ原田さん。それは俺の役目だぜ」

 高井が原田に名乗り出る。相手はあの凶悪犯だというのに。

「高井さん、何を……」

 山崎には自分の先輩が血迷ったとしか思えなかった。
 しかし原田は何やら考えた後に、高井の顔を見て頷いた。

「……そうだな。高井いってくれ」
「よしきた。あんたの指示に従うぜ。盾にして殺してくれてもいい」

 原田は高井の笑みに答えるように微笑む。

「よし! 突入!」

 勢いよく入った一行。

 だが、屋内の様子を見てすぐさま足を止めた。

「銃を下げろ! 嬢ちゃん、犯人は逃げたのか? それともこいつか?」

 弥央は震えながらうつむいて倒れている竹内を見て頷いた。
 そして、高井の携帯電話にコールがかかる。

「大谷から写真がきた!」
「なあに、顔はあがってたんだ、よく覚えてる。間違いないよ。山崎は処理班呼んできてくれ」
「はいっ」

 原田はすっかり血の気を失った男を見つめ、手首を掴んで溜め息をついた。

「生きて会いたかったな」

 大谷から届いた画像を見た高井も、原田の横にしゃがみこむ。

「原田さん、間違いないみたいだな」
「また免許証なんかが出てくるかもしれねえ。嬢ちゃん、大丈夫か?」

 原田が優しく声を掛けると、警察が来たことに安心したのか、泳がせている瞳をなんとか向けてくれた。

「辛えなあ。結末がこれか……」


 一同は弥央と真一を引き連れて署に戻ってきた。大谷も彼らを出迎えた。

 原田に次の指示を仰ぎに行く。何か自分に出来ることはないのか。

「え? 事後報告? マスコミの相手? そんなもん他の奴らに……」
「悪い。行き場のない奴ら二人連れてきちまった。関わった俺らが最後まで面倒見なきゃなんねえんだ」
「……わかりました」
「すまねえな大谷」

 原田はその場を後にした。

「……報告書の書き方なんざ忘れちまったよ……」

 大谷は悔しかった。
 しかしどんなに悔しくても、今自分がすべきことは普段の華やかさとはかけ離れている。言われた通りに仕事をしなくては──。


 そして、事件は今に繋がるのだ。


「……つまんねえこと思い出しちまったい」

 今回の事件には、大谷のプライドもかかっていた。












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