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車内

作者:のみのみの
 電気の点いていない車内には、僕を含めて6人の人がいる。車内の真ん中で丸くなり、先ほど自己紹介を済ませた所だった。
 僕の右から順番に、星満環ほしみつ たまきという大学生、松井俊輔まつい しゅんすけというサラリーマン、五十崎利子いかざき としこという主婦、田中麻穂たなか まほ鴛蕪衣おしどり むいという中学生の友達同士、そして戻って僕こと涼風美稔すずかぜ みのるは高校生だ。
 さっきまでもう一人いたのだが、その人は既に物と化していた。名前は知らない。吐き気がするので僕は見ないようにしている。田中麻穂は既に一度吐いていたが、今は落ち着いているように見える。胃液の嫌な臭いが未だ残っているが、窓を誰も開けたくないだろう。
 現在時刻は腕時計を見る限り午後の5:36だ。もうそろそろ外の風景が分からなくなる頃か。
「誰か、明りになるようなものを持っていますか?」
 星満環が小さく言った。彼はどこかの理系大学に通っているようで、彼の側には電源の入っていないノートパソコンが置いてある。
「あ、私懐中電灯持ってます」
 そう言ったのは主婦の五十崎利子だった。気を紛らわせる為かやけに一つ一つの行動を大きくして、鞄の中から小さな懐中電灯を取り出した。
 点灯させようとすると、星満環はすかさず止めた。
「まだ、点けない方が良いと思います。最悪の状況を考えないといけませんので」
 最悪の状況、と彼が言った時、中学生の二人はビクリと肩を揺らし、互いに顔を見合わせた。
 そして長い髪を持つ田中麻穂が星満環に恐る恐るといった感じで問いかけた。
「最悪の、状況?」
 サッと五十崎利子から田中麻穂に視線を移した星満環は、人懐こい笑みを浮かべた。だが、今の状況ではそれは逆効果だったようで、中学生の二人の腰は引けている。
 薄気味悪くも見える笑みを浮かべたまま、星満環は言った。
「誰もここから出られない、という事だ。先ほどの彼を見たでしょう。多分、だが、我々が外に出ようとしても彼と同じように――」
「やめてください!」
 鴛蕪衣が立ち上がりざま叫んだ。
 その叫びは異様なほど静かな車内に響き、何度もエコーとして聞こえてきた。
「すまない」
 星満環は苦い声で中学生の二人に謝った。
 鴛蕪衣は目を彼方此方に彷徨わせると、急に縮こまった。小さく何か囁いているのが聞こえてくる。
「怖い怖い怖い……」
 多分その声は、僕と反対側にいる田中麻穂にしか聞こえていないだろう。それほど小さかった。そっと田中麻穂がその肩を抱いたのが見えた。
 外で風が吹いたのか、窓がカタカタと鳴る。そして隙間風独特の高音が聞こえてくる。
「何で、こんなことに」
 松井俊輔の発した疑問は、ここにいる誰もが思っていたことだろう。僕も例外ではない。
 僕はそもそも学校からの帰りだった。いつもだったら友達と帰るのだが、今日は図書委員会の仕事があったために中途半端な時間に一人で帰ることになってしまった。そしていつもより空いている車両に乗り込んで、そしていつの間にかこうなっていた。
 発端は車両が急に停止して、電気が消えた事だ。その事に気付いた時には僕たち7人になっており、しばらく前にその内の一人が我慢しきれずに犠牲になった。
「運転手さんは」
「いなかったよ」
 鴛蕪衣の肩を抱いたまま、田中は望みを繋げようとしたが、それはあっさりと星満環によって潰された。
「今、この中には、我々6人しかいない事は間違いない」
 そう、それは間違いようのない事だった。


 何で、こんな事に。
 フウフウ、こと鴛蕪衣ちゃんを抱き締めながら思う。
 学校の吹奏楽部がいつもより早く終わってウキウキ気分だったのに、家に帰るのを楽しみにしていたのに、こんな事に。
 何でよ。何で、今日なの。
 窓が揺れ、フウフウの体が震える。
 私も、怖いけど、頑張らないといけない。どんな事があっても、フウフウには無事に家に帰ってほしい。
 私の視界に入らない所で倒れているはずの男の人は、さっき扉を開けようとして――。
 止めておこう。
 また吐き気をもよおしてしまう。これ以上他の人には迷惑をかけられない。
「あの」
「何だ?」
 フウフウの右隣にいる高校生さんが手を挙げた。そっちに大学生さんが視線を移す。
「超常現象って、信じます?」
 フウフウの肩が強張る。
 大学生さんは溜め息を一つ吐いた。主婦さんはそわそわしっぱなしで、スーツさんはメガネを掛け直した。
「あるわけがないだろ、そんなもの」
 大学生さんがそういうと、高校生さんは一笑した。
「僕の高校がどこだか、君達なら分かるよね」
 高校生さんがこっちを向いた。
 高校生さんの高校?
 じっとその制服を見る。紺色のブレザーに灰色のスラックス、胸には星型のエンブレムがあり、ボタンにはデフォルメされた星が二つ描かれている。つまり、高校生さんの通う高校は――
「☆☆高校?」
 高校生さんは頷いた。大学生さんは舌打ちをする。
 でも、それが何を表すのだろう。超常現象なんて、あるわけがないのに。そんなものがあったら、世界なんてガラッと変わってしまうはずなのに。
「今はそんなことより、どうやってここから出るかじゃないのかね」
 スーツさんは落ち着いた声でそう言うと、中指でメガネを押し上げた。
「だ、だめよ。出ようとしたら今度は私達まで巻き込まれるわ。や、止めてよ。このまま待ちましょうよ」
 目線をあちこちに彷徨わせて落ち着きがない主婦さん。今は座っているが、立とうかどうか迷っているように感じる。
 主婦さんとか、フウフウとかの反応が正しいのかもしれない。大学生さんと高校生さんは兎も角、スーツさんが落ち着いているのが不思議だと思う。人間は、根拠のない出来事には、恐怖か好奇心を感じるはずなのに。
「聞こうか。君の考えを」
 好奇心に負けたのか、大学生さんが高校生さんに聞いた。
 何なのだろうか。この二人もどこか変な感じがする。
「分かった」
 高校生さんがすぐに答えた。
 私はフウフウを抱いていることも忘れて、高校生さんを見た。高校生さんが私を見返して微笑む。
 私はそれにドキリとした。


 S県立☆☆高校、か。
 そこの新聞部は色々と有名だが、彼は違うようだ。今年の新聞部には三年生にしか男子はいないはずだが、彼は二年生と言っていた。
「まず、端的に言ってしまうと、この車両は、異次元に来てしまったのではないか、と考えます」
 異次元? そんなものに移動できるはずがない。シュレディンガーの猫といった例でその存在は確かに考えられてはいるが、あったとしても移動できる可能性はないだろう。それに、窓から見える景色はよく知る風景だ。
 口には出さないで彼の話を聞くことに集中する。
「平行世界交叉現象、だったかな。まあ、もっともらしい名前が付いていますけど、要はこの車両だけが別世界に来てしまった、ということです。彼が亡くなったのも、人が僕達しかいなくなったのも。そう考えればある程度は説明できます」
「ある程度?」
 つい、口を衝いて出た言葉だった。癖、とでもいうのだろうか。人の揚げ足を取ってしまう。
「例えば、外の風景が変わらなかったり、彼が亡くなってしまったりしたことは説明できますが、僕達七人だけがなぜ取り残された、あるいは巻き込まれたのかは説明できません」
「偶然、ということか?」
「そうとしか、言えませんね」
「そうか」
 いくら超常現象を信じないとは言っても、悪魔の証明といったことと同じで反対派が何を言っても不毛な議論にしかならない。こうやって賛成派の意見を聞くことが大事だ。
 中学生の二人は、特に抱かれている鴛蕪衣の方が良く分かっていないようだった。もう一人の田中麻穂は高校生の涼風美稔を凝視している。
「皆さんは、どうしてこの車両に乗ったのですか? 私達は、部活からの帰りなのですが」
 田中麻穂が、視線を他に移して落ち着いた声で言った。この子は、大丈夫か。
「僕は、高校からの帰り。図書委員会で仕事をしていたんだ」
 頷いた彼に続いて、言う。
「大学からの帰りなんだが、寝過ごした」
 サラリーマンの松井俊輔が鼻で笑った。
「ふん、どうしてそんな事を言う必要がある。状況が好転するのか?」
 この人は現状を正確に理解していないようだ。一番危険かもしれない。刺激しないようにしなくては。
「わわ、私は、お買い物に」
 そう言った主婦の五十崎利子に、ふわりと涼風美稔が微笑んだ。
 五十崎利子と鴛蕪衣の二人は彼に任せた方がいいか。
「私はここから出る。外なんてすぐそこではないか。簡単だよ、そんなことは」
 涼風を見ると、首を横に振っている。
 彼は、もう駄目か。
 そう思ったときだった。
「止めてください!」
 悲痛な叫びが車内にこだました。


 立ち上がろうとしたときだった。
「止めてください!」
 そう叫んだ小心者がこの中にいたらしい。
 だが、今はそんな事に構ってはいられない。
「私には養うべき家族が居るんだ。妻も帰りを待っている。早く帰ってやらないと、心配するだろ」
 当たり前のことだ。車両が止まったのだから、当然のことだ。ここから家までは歩くと大分時間がかかるが、このままここにいるよりはましだろう。
 右手を床に突いて立ち上がる。
「よっこいしょ、っと」
 全員の顔を見る。
 向かいにいる高校生と中学生の一人はこのまま成り行きを見守るつもりのようだ。だが、抱かれている中学生の鴛は違うようだった。
 彼女から視線をそらして、右側にいる主婦を見る。私を見る目は、まるでエイリアンでも発見したかのようだ。左側にいる大学生を見る。彼は私を見ていなかった。
 鴛に視線を戻す。
「止めて、下さい」
 彼女はもう一度、小さな声で言った。何を心配しているのだろう。
「大丈夫だよ。何かが起きるわけがないだろ」
 大学生がちらりとこちらを見た気もしたが、気にしないでおく。もう一人の中学生の田中はなぜか目を見開いた。何に驚いたのだろうか。
 後ろを振り返る。
 そこには窓があり、その先には普段の景色が広がっている。
 視線を戻すと、高校生が首を振っていた。
「では、私は先に失礼する」
 彼らの事は放っておこう。そのうちに出ていくだろう。
 扉に向かって歩き出す。
 一歩、また一歩と歩き、扉の前に立った。
 扉の取っ手に手を掛ける。そして開く。
「止め――」
 何も起きないじゃないか、と言おうとしたが、私の手は何かに引っ張られ、強引に外に引っ張り出された。
 扉が閉まる寸前に見えた主婦の顔が、印象的だった。


「危険因子が、消えた?」
 何で、何で疑問形なの?
 どうして?
「そのよう、だな」
「そうみたい」
 なにが、何に納得したのよ。
「共通点は、何だと思う?」
 どうして、そんなに落ち着いているのよ。人が、二人も死んじゃったのよ?
「帰り?」
「いや、ちがうだろう。涼風、そもそも平行世界交叉現象の発生条件は何だ?」
「私も気になる」
 そんな事を知って、何になるの。
 ダメよダメよ。落ち着いて。外に出なければいいのよ。この若い人たちに任せておけば。
「良くは知らないけど、二つ以上の異世界で同じ状況になった時、だったと思う」
「そうか」
 大丈夫、大丈夫。
「では、そうだったと仮定したとき、あの二人は、なぜああなった」
「一人目の人は、まだ不完全だった交叉に巻き込まれて。松井俊輔さんは、多分、無事だと思う」
「無事なの?」
 無事?
 今、無事って言った?
「あくまで多分だが。それに、もといた世界に戻れたかどうか。それに、もうそろそろまた不完」
「ちょっと!?」
 抱かれていた中学生が、突然走り出した。
 もう一人の中学生が止めようとするが、彼女は扉に触れ、そして――
「いやーーーーー!!」


 再び動き出した車内には、四人の男女がいた。
 椅子に座ってノートパソコンで作業をしている男、床にうずくまる中学校の制服を着た少女と、その少女を慰める女性、立ったまま窓の外を眺める高校の制服を着た少年。
 車内放送が、終点に到着した事を知らせる。
 男はノートパソコンを閉じて立ち上がり、少年と視線を合わせ、他の二人を見た後、何も言わずに下車した。
 少年は女性と少女に二、三声を掛けて、合掌と礼を車内に向けて一度ずつ行うと、下車した。
 女性は少女を抱きかかえ、下車した。
 何事も無かったかのように、車両は再び動き出す。

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