★一息、そしてみんなのメンテナンス
【作者よりのお詫び】
連載を三日も休んでしまい、大変ご心配をおかけいたしましたが、
PCも新しくなり執筆再開です!
ご安心を。エタりませんよ?(震え声
応援いただいた皆々様、再度読みに来ていただいた読者様には、
大変感謝しております。
◇
「王都の方も、混乱しているみたいだな」
城にいる婿王子エルゴノートが慌てて教えてくれた話では、軟禁状態にしたオートマリア・ノルアード公爵が自身の解放と、記者会見を要求しているらしい。
すでに公爵の部下たちが動いたらしい。どういう伝手を使ったのかは不明だが、一部の広報業者を王宮前の広場に集めているという。
「賢者ググレカス、急ぎ、お城にお戻りになりませんと!」
妖精メティウスが慌てた様子で目の前を飛ぶ。
服装はいつもの可愛らしいドレス姿に戻っていた。どうやら、仕事用のスーツ風衣装などにチェンジすると疲れるらしい。
メティウスにとっては定番とも言える、ピンク色のショートドレス姿が楽なようだ。
「慌てるなメティ。俺に非があると良心的な広報業者相手に訴えるつもりだろうが、そう思惑通りにはいかないさ」
王都メタノシュタットで発生した魔法使いキュベレリアによる突然の魔法テロ事件――。犯人の頭部はいまだ逃走中。王都では生首が飛んだと少し騒ぎになっているらしい。
問題は、キュベレリアは繰り返し「賢者ググレカスを待つ」と叫びながら暴れていた事だ。つまり、俺に対して強い恨みを持つ者が、再戦を要求しながら暴れた……という構図であり、誰の目にもそれは明らかだった。
ノルアード公爵は「自分は急進派の起こした事件とは無関係」であり、軟禁は不当と訴える腹づもりろうが、既に謎の組織と通じている関係者である事は自明の理だ。
エルゴノートが心配する通り、俺を狙った犯行と世間に喧伝する事で『賢者危険論』を煽り立てるつもりかもしれないが……。この一連の事件を仕掛けた「急進派」とやらの目的が、俺に悪評を付ける事ならば、思惑通りに事が進むとも思えない。
「何故ですの? このままでは全世界に、水晶球通信を通じて賢者ググレカスが危険を呼び寄せている、なんて吹聴されかねませんわ!」
ぷりっと頬を膨らませて、腰に腕を当てて怒りを露わにする。
妖精メティウスは相当頭にきているようだ。オートマテリア・ノルアード公爵の「使い魔」との因縁もあり、気が気でない様子らしい。
「心配はわかるが、ここが何処かを忘れていないかい?」
「ここ……。メタノシュタット王国?」
むーん、と顎を人差し指の背で支え、考えるメティ。
「そう。俺達のホームグラウンドだろう」
「それもそうですわね」
「敵国の王都にいるのならいざ知らず、ノルアード公爵にとってここは敵地さ。報道業者達も、王政府の意に反して、批判的な報道をするはずもない」
「つまり、とりあえず慌てなくてもよろしいと?」
「あぁ。まず優先度を決めよう。まず、館の無事を確認と安全確保。次に、リオラを迎えに行きながら、ティンギル店長に礼を言いたい。城の騒ぎのほうは、エルゴノートが頑張ってくれるそうだし、相手の思惑に誘われてノコノコ慌てて行く事もあるまい」
「わかりましたわ、賢者ググレカス!」
それについ数分前、スライム軍団やヘムペローザ達が倒した襲撃犯は、フィノボッチ村の衛兵が縛り上げ、馬車へと投げ込んで村の中心部へと連行していった。
衛兵たちは既に、水晶球通信で王都の防衛軍本隊から指示が来ていたようで、簡単な事情聴取と襲撃の事実を確認しただけだった。
村には二個小隊およそ八名ほどしかいないというが、応援部隊が全力で向かっているようで、十分ほどで到着するらしかった。村内の警戒レベルを上げた状態で、国境付近まで警備の範囲を広げるという。
「同時に対処する事は出来ないが、優先すべきは館の守りを固める事だ」
マニュフェルノとプラムが狙われていたのだから、館への対応が最優先だ。
「はい、賢者ググレカス」
「まずは結界を修復だ」
戦術情報表示を眼前に励起。結界の損傷を調べる。見えない壁のような働きをする魔法の防御壁だが、かなりひどく傷んでいる。これではもう使いものにならない。
「再構成する……!」
再構成というよりは再構築だ。
魔法力を励起して魔力糸を四方八方に展開。もし上空から眺めれば、綺麗な魔法円が描かれていることだろう。
「防御結界、修復……一層から再構築……、二層、三層……一六層、完了!」
これには数分も掛からなかった。元通りになった事で、外敵の侵入を防ぐことができる。
だが、王都から全力で飛行し、賢者の館を包み込むほどの巨大な結界を再構築したことで、俺の魔法力は六割程度にまで減少していた。
だが、今は出し惜しみなどしている場合ではない。
次に、戦闘で疲弊した量産型『樽』に喝を入れる。
破壊された樽は後で直す事にして、動ける残存戦力の六樽に魔法力を充填することで、もう一度元気に働いてもらうことにする。
――魔力……注入!
途端に『樽』たちの動きが活発になり、ギュルル……! と回転力が復活する。そしてすぐに館を守護する任務をこなすべく、門柱から外に向かって元気よく飛び出していった。
今は『フルフル』だけで周囲を警戒しているが、そちらも休ませる事ができそうだ。
「これで……よし、当座は問題無いだろう」
「お疲れ様ですわ、賢者ググレカス」
「あぁ、まだまだこれからだ」
次は、リオラとイオラを迎えに行く前に、一言ティンギル・ハイドへの礼を言わねばなるまい。
まさかキュベレリアが、リオラが身につけていた魔法のアイテムを嗅ぎつけて襲って来るとは思わなかった。だが、リオラを守る為に奮闘してくれたティンギル・ハイドには大きな借りができた。
俺は、リオラとイオラのペンダントへ魔法の通信を接続した。音声通信のみを行える『慈愛の雫』と『勇気の印』から声が聞こえているはずだ。
「リオラ、イオラ、聞こえるか? 無事か?」
『あ! ぐぅ兄ぃさん! 平気です』
『無事だよ! 今、ティンギル店長さんと一緒』
元気そうな兄妹の声にホッとする
「……そうか、もう暫くしたら迎えに行く。ティンギル・ハイドとは話せるか?」
店の中か店先かは分からないが、何やら周囲が騒がしい。バタバタと走り回っているようだ。
『あ、今すごく忙しくて……ちょっと無理かもしれません』
「え!? 店を営業しているのか!?」
てっきりあの事件の後で、休業するのかと思っていたが……商魂は逞しいようだ。
『店先がすごい人で……あ、はーい! ただいま! 今行きます!』
『注文がすごくて忙しいんだ! ぐっさん、でも心配いらないよ、ルゥさんもさっき来てくれて店の外で座ってます。てかルゥさん、凄い人気で……客寄せになってるんだよ!』
「そ、そうか……!」
ルゥローニィも、道場から騒ぎを聞きつけて駆けつけて来てくれたようだ。イオラのように広報業者による街角中継の映像中継を見たか、あるいは王城の関係者が知らせてくれたのだろう。
それにしても客寄せになるとは、ルゥは招き猫か。
「ルゥがそこに居るのなら安心だが、イオとリオは店を手伝っているのかい?」
『はい、そうなんです! 周囲のお店の方々や、ティンギル店長さんが怪我をしたって聞いて駆けつけてくれた常連さんみたいです。普通のお客さんも大勢詰めかけたので、注文もあって沢山なんです。だから臨時で……バイトしちゃってます。構いませんか?』
『オレも……せめて手伝わないと!』
「はは、もちろんいいとも! 俺の代わりに恩返しを頼んだよ」
『『はいっ』』
小気味の良い二人の返事に勇気づけられる。とりあえず、イオラとリオラの方は慌てて行かずとも大丈夫らしい。
◇
王都に今すぐ向かいたいところだが、『フルフル』と『ブルブル』に魔力補給と休息を与えねばならない。
妖精メティウスも朝からずっと頑張ってくれていたので、かなり体力と魔力を消耗している。今は本の隙間に入り込んで休息中だが、明日の朝までは目を覚まさないだろう。
期せずして小休止となってしまったようだ。この間に、館の皆が不安がらないように声をかけておきたい。
俺は館に入ると、リビングダイニングのドアを開けた。
「仕事。がんばってねググレくん。城でみんな待ってるんでしょう?」
「マニュフェルノ……!」
途端にマニュフェルノが微笑みながらお茶を俺に差し出してくれた。
受け取ってみると、すぐに飲める熱くない温度になっている。
「飲茶。どうぞ」
「あ、ありがとう、マニュ!」
ミント風味のハーブティは爽やかで、元気が出てくる。ゴクゴクとい一気に飲み干して「ぷはっ」と、カップをマニュフェルノに返す。
「微笑。元気そうね」
「マニュ、聞いてくれ。さっきの襲撃は、お前やプラムを狙う連中だったんだ! 誘拐しようと襲ってきた。これからは当面、外出を控えてくれ。もちろん村の中は安全なように警備は強化されるが……」
少なくとも連中が諦めるか、あるいは全滅させてしまうか。それまでの辛抱だ。
「平気。こんなの、いつものことでしょう?」
「え……、そうか?」
「余裕。今度来たら私が、ニキビや水虫を大増殖させて悶絶させてあげるから」
「あ、あはは」
伊達に魔王大戦を生き延びて来てない、とこの時ばかりは感心する。
「だが、その……今回の相手はお前の……血縁者だと言っているんだ」
「親類。いないわ。ずっとひとりだったもの」
意外にも、ケロリとして言う。
ゆふるわの一つ編みにした髪を指先でこよりながら、少しだけ落ち着かない様子を見せる。
流石に平気なはずはないのだが、心配させまいと気丈に振る舞っているのだろうか。
――実験集落から逃げた、血縁の――
オートマテリア・ノルアード侯爵が投げつけた衝撃の言葉は、確かに俺の心にさざ波を立てた。
心のどこかで、いつかこういう日が来るかもしれないと考えていた。
だが、俺はマニュフェルノが辛い過去を背負っている事など疾うに知っているし、仲間たちの亀裂や動揺を誘う算段なら、的外れもいいところだ。
腐朽魔法という治癒以上に稀有な力――いや。表裏一体とも言える魔法の力は、呪文詠唱を必要としない、生まれながらに宿している魔力だ。
そのルーツを考えれば、魔力に長けた一族が居たことは自ずと明らかだ。
今更、必要になったからとマニュフェルノを寄越せと言われて、ハイそうですかと渡すほど俺は、お人好しではない。
ぎゅっと決意も新たにこぶしを握り締める。
「ググレくん……?」
たまらずマニュフェルノを抱きしめる。ぎゅっと抱き寄せて柔らかいマシュマロのような身体と体温を感じる。
「すこし、エネルギーを補充させてくれ」
「微笑。よろこんで」
と、背後から声がした。
「ここはワシらがいるからにょ、何も心配いらないにょ」
「そうですよー。ググレさまはお仕事、頑張ってきてくださいねー」
「あ……!」
静かにマニュフェルノを放し振り返る。そこには、緋色の髪を一つに結い、戦闘モードといった顔つきのプラムと、蔓草の杖を手に持ったヘムペローザがいた。
いつもならば二人は駆け寄って来るのだが、今日は何故か飛びついて来ない。少し期待していたのだが……ちょっと拍子抜けだ。
「プラムもヘムペローザも、しっかり者のお姉さんになったな」
「えへへ」
「ま、まぁにょ! 余裕じゃにょー」
だけど、俺のほうが今日ばかりは歩み寄って、二人を抱き寄せた。
ぎゅっと小さな肩を抱き、腰を曲げて頬を寄せる。
「おー?」「にょほ!?」
「心配させて済まなかった。二人ともよく頑張ってくれたな。ありがとう」
「ググレさまー……」
「なな、なんにょー、弟子だから、とと、当然にょー」
よしよし、と二人の頭を撫でて、エネルギーの補充は完了。これで王都で残った一仕事をかたずけに行けるというものだ。
「賢者さまー、帰りデース」
スピアルノの子供たちを寝かせていたラーナが、トテテと走りこんできた。今回スライム軍団を率いて館を守ってくれた英雄の一人だ。
「ラーナ! あぁ、可愛いやつめ」
「うれしいデース」
こちらは何の遠慮もなく抱き上げて、頬ずりをする。
と――。
索敵結界に反応が現れた。数キロ先の村の境目を、かなり早い速度で馬車が通過したという。これは、北の街道上空を偵察飛行していた、『樽』空中早期警戒モードからの情報転送によるものだ。
「誰か来たようだ……!」
まさか新手か? と、俄かに緊張が走る。
「来客。今度は何かしら、ググレくん?」
「何か来たのですー?」
「よ、よーし、今度は賢者にょが相手にょ!」
俺の背中を押すヘムペローザに急かされるように、庭先へと飛び出す。
更に索敵結界を、その方向に集中させると、正体が判明した。
また敵襲か!? と思ったが戦術情報表示に映し出された光点は、味方を示す「青」だった。
しかもその反応は、忘れるはずなどあるものか。
ドドド……! という地鳴りを共に巨大な四頭の水牛が牽く、戦車が北の街道の向こうから現れた。土煙を挙げて進んでくるのは、巨大な車輪にドラゴンの頭蓋骨を模した飾り、あちこちから突き出した竜のキバのような衝角。
それは、ルーデンス王国の誇る、竜撃羅刹陸戦車だった。
「ファリア……!」
<つづく>