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 冥福への祈りと、波間の花


 ◇


 闇霧(ダークフォーガ)の魔法使い、ジ・ア・エンドロストは海の藻屑と消えた。


 レントミアの超強力な火炎魔法の爆炎に焼き尽くされ、他のガイコツ戦士達と一緒に文字通り灰となった。

 静けさを取り戻した海の上には、幽霊船の残骸や、幾つかの漂流物が漂っている。動くものは見当たらず、脅威となるような魔物の影や魔力波動も検知できない。


「やったでござるか……!」

「あぁ、完全撃破だな」

「手応えも十分だし、魔力波動も消滅したみたいだね。あースッキリした」

 レントミアはうーんと伸びをして、マントの襟首の留め具を外した。

 俺とレントミアの索敵結界(サーティクル)は、それぞれ魔力の波長が異なるので、「敵影なし」という同じ結果ならば安心していいだろう。


 ルゥは小さく息を吐き、刀を鞘に収めた。だが、まだ安心できないのか、警戒を解いていない。鋭い視線を暗い海の波間へ向ける。


「……拙者、念のため館の周りを見てくるでござる。ガイコツ戦士が裏庭に流れ着いているかもしれないでござるし……。夜中に窓の外にガイコツが立っていたらと思うと……安心できないでござるし」

「そ、そうだな、頼んだぞ、ルゥ」

「任せるでござる」


 首をふるふると振り、へなっと倒れた猫耳を奮い立たせる。どうもルゥローニィは幽霊とかガイコツとか、死霊じみた怪物は苦手のようだ。


 館の庭先の縁に沿って、慎重に歩き始めるルゥローニィ。その後ろを、ゴロゴロと量産型『(バール)』たちが行列を作り、ついて行く。


 館の窓からは、戦いの成り行きを見守っていたスピアルノと子ども達がルゥに手を振っていた。

 リオラは、戦いの揺れで落ちて割れた皿が何枚かあったと、窓から俺に見せて肩をすくめた。

 チュウタとラーナも、玄関から庭先に出てきて、様子を見ている。


 ともあれ、一段落はついたようだ。


 海中に向けた索敵結界(サーティクル)には幾つか反応があるが、殆どが船の破片だ。

 そして、今度こそ本当に動かなくなった「海魔(・・)」の(むくろ)が、徐々に海の底深く沈んでゆくのを捉えていた。


「……よし、海域を離れよう」

「了解ですわ、賢者ググレカス」


 賢者の館、『海亀号(マリノタートル)』を回頭させ、再び進路を西へ向け、ゆっくりと霧の中を進み始めた。


 周囲は濃い霧が立ち込めてはいたが、徐々に変化が現れ始めていた。


「夜空。星が……見えてきたわ」


 マニュフェルノが、空を見上げ静かにつぶやく。


「ホントだ、風も戻ってきたね……!」


 暖かな南の海風が、霧を薄め始めていた。同じ闇夜でも、霧に視界を覆われた暗闇と、星が輝く澄んだ夜とではまるで違う。


「星空だ……!」

「まぁ! 南の天の川が……!」


 霧はすっかり消え、静かな暗い海と、濃い群青色の夜空が広がった。全方位すべて見渡す限りに、色とりどりの宝石のような星々が輝いている。


「綺麗ですねー!」

「そうだな」

「でも、これでもう大丈夫かにょー?」

「もう心配はない。しかし今回はよく頑張ったなヘムペローザ、それとプラムも!」


 俺の言葉に二人は安堵した様子で微笑むと、互いに手をパチンと打ち鳴らした。


「今夜は成長した気がするにょー」


「新しい戦い方も覚えた気がするのですしー」

「プラムは庭先の『三角ベース』で鍛えた打法が役に立ったな」

「はいですー」


 ふぉん! とホウキをきれいなフォームで振るプラム。しっかりとした足腰としなやかな上半身のひねりに合わせて、赤毛のポニーテールが元気に踊る。

 この調子で上達すれば、敵の攻撃とか魔法とか、カキンと打ち返すんじゃないかとさえ思えてくる。

 この際、世界樹(・・・)の枝から、プラム専用の打撃バットでも作っても面白いかもしれない。


 蔓草(シュラブ)の杖を、じーっと見つめるヘムペローザ。


「……えいっ」


 気合とともに、杖の先にポポムと、白い花が無数に咲いた。


 魔法使いの弟子は小さく微笑むと、花束のようになった杖を胸に抱く。黒髪が風に揺れ、頬にかかる。


「ヘムペロちゃん、それ、どうするのですー?」


「この杖は使い捨てじゃからにょー。どうせなら……哀れなガイコツたちにやろうと思ってにょ」


「……手向け、というわけか」


「まぁ……! 良い考えですわね」

「にょほ、まぁ……にょ」


 その優しさと思いやりに、大切なことを忘れていたことを思い出した。


 幽霊船の上で蠢いていたあのガイコツ戦士や船員は、元々は罪もない人間たちの亡骸だったのだ。


 今から百年ほど前に死んだ魔法使いには、微塵の同情もない。永遠だの不死だの呪われた魔法にも興味はない。

 だが、その狂った魔術探求と永遠の命を求める欲望の果てに、大勢の人間を巻き込んだ事は許しがたい。何の罪もない大勢の人間を海に引きずり込んで、闇の王国……黄泉の国の住人に仕立て上げたのだから。


 今は、犠牲となった大勢の船乗りや罪のない人達の冥福を祈りたい。そんな気持ちになっていた。


「慰めにはならんかもしれんがにょー」


 ヘムペローザは杖を海へと投げ入れた。


 白い花びらが散り、花束のような杖は静かに波間へと吸い込まれていった。幾つかの白い花弁が、まるで天に昇る魂のように風に乗り、遠く星空へと舞い上がってゆく。


「冥福。安らかに……」


 マニュフェルノが祈りを捧げ、俺たちも自然と冥福を祈り黙祷をしていた。


 ――不死や永遠なんて……そんなに欲しいものだろうか。


 永遠の命に無限の時間。それは確かに甘美な響きを持つ、魔法の誘惑だ。

 だが、それを求めた魔法使いの末路は、破滅ばかりだ。


 俺はそうならないといい切れるだろうか?


 少なくとも情報を無限に集められる魔法を手に入れ、魔法でプラムを錬成した時点で、その破滅へ片足を突っ込んでいる……のかもしれないが。


 ――いやいや、冗談じゃない。


「ありがとうマニュフェルノ。ヘムペロもプラムも……とりあえず抱きしめていいか?」


「にょほほ? なんじゃ急に……逃げるにょプラム!」

「捕まえられたらいいですよー」

 二人はきゃきゃっと笑うと、あっという間に館の中へと逃げてしまった。


「あっ! くそ……!」


 俺は家族や仲間たちとこうして暮らし、小さなことで泣いたり笑ったりするような……そんな普通の小市民でいたいのだ。


 たとえそれが、永久(とわ)に続くもので無かったとしても。


 ◇


<つづく>


次回、楽園島へ。そして章完結へ・・・!

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