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よんじゅう ぷらす に。

 





神様が愛した女性が眠ると言われているお城に向かう航海の前に、食糧など必要物資のために船は近くの島を目指すことになりました。


しかしその島は一年の内の大半は天候不順なご様子で、空には既に暗雲が立ち込めており、風はビュウビュウと音を立てて船を擦り抜けて行きます。


レイナーさんのお話では――後で知りましたが彼は航海士さんなのです――島に着く頃には雨が降るだろうとのことなのです。


海が荒れた状態で港に船を着けるのはあまりしたくないとヴェルノさんがぼやいておりました。波で船体が船着場に当たると傷付くのでいつもは天気が回復するのを待つのですが、天候不順が当たり前のこの島では諦めるしかないそうなのです。


やや不機嫌なままヴェルノさんは船長室で海図と航路を照らし合わせて今後の航行を検討していらっしゃるようでした。


どこの島にどれくらいの期間停泊するのか。必要物資がどの程度になるのか。


ある程度はアイヴィーさんや幹部の方々が決めているそうですが、最終的には船長であるヴェルノさんが決定を下さねばならないのだそうです。


何やら色々と書き込まれた洋紙を受け取った時のヴェルノさんの面倒臭そうな表情と、小さく呟かれた「これくらいで一々聞いてくるな。」という言葉に書類を持ってきた船員の方は少々怯えていらっしゃいました。


悪天候と面倒なお仕事のせいでヴェルノさんのご機嫌は急降下中なのです。


私は机の隅に座ってたまにグリグリと頭を撫でられつつも、ヴェルノさんが目を通した洋紙を綺麗に纏めて積み上げる作業をやらせていただいています。


ちなみにこの洋紙の大半は必要がなくなると燃やしてしまうのだそうです。


……ヴェルノさんの気持ちがなんとなく分かるのですよ。


せっかく頑張ったのに全部燃えてしまうのなら、最初から話し合って決めればいいのです。


しかしきちんと紙に書いておかないと忘れてしまったり、後で口論になったりした時に面倒なので、やっぱり書いて残しておく方が良いようなのです。


グラグラと地震のように揺れる船のせいでヴェルノさんはたまにインクの瓶を手で押さえて波をやり過ごします。


そのせいか右手は黒く汚れてしまい、手を洗わないのですかと聞いてみましても汚れる度に洗うのは面倒だと後回し。…洋紙に指紋がついてしまっていますが完全に無視していらっしゃいます。


オマケにその汚れてしまった手で顔に触るので所々にインクの擦れた汚れが付いてしまうのです。


それなのに私に触る時には汚れていない方の手を伸ばすのですから困るのです。


どうしたものかと考えておりましたら船長室の扉がノックされました。




「船長、島が見えたっス。」




セシル君の言葉にヴェルノさんは洋紙から顔を上げて「今行く。」と告げます。


そうしてすぐに扉を閉めて戻ったセシルさんを見送り、洋紙にサラサラと書き込みを入れ終えてから軽く体を解すために伸びをされました。ボキバキという音がそこかしこから聞こえるのです。


浴室に行ってインクが綺麗に洗い流された手がひょいと私を持ち上げます。


船長室から出ながらも首に手を回して凝りを解しつつ歩くヴェルノさんが向かうのは舵があるお部屋なのです。雨の中に出なくても、そこからなら外の様子が見られるらしいのですよ。


ノックもしないでヴェルノさんが扉を開ければ既にアイヴィーさんが先に来ておりました。




「お疲れ様ぁ~。」




ヒラヒラと手を振り、湯気が立つカップに口をつけます。


ヴェルノさんが椅子に座ると傍にあったポットからアイヴィーさんがカップに飲み物を注ぎます。


私にもくださったのですが熱くて飲めないので冷めるまで待たなければいけませんね。




「どれくらいで着く?」


「そうねぇ、二~三時間ってところかしら。…船底が港にぶつからないと良いけど。」


「こんな気候じゃ今回は擦っても仕方ねェよ。」


「それはそうだけど…やっぱり嫌ねぇ。」




アイヴィーさんが深く深く溜め息を吐き出します。


船は皆さんの家でもあり、大切な移動手段でもあり、傷が付いてしまうと修理にはかなりのお金がかかるので上陸にはあまり乗り気ではないようなのでした。


はめ込み式の丸い窓から見える海は酷い荒波が広がっておりまして、確かにこんなに荒れていては波に押されて船が港にぶつかってしまうかもしれません。木製の船にとってはよろしくないことでしょう。


ああでもない、こうでもと話をしている二人をヴェルノさんのお膝の上から見上げつつ、少し冷めたカップに口をつけます。


………に、苦い…っ。


いただいたカップの中身はコーヒーで、砂糖もミルクも入っていないものなのです。


あまりの苦さに思わずカップをテーブルに戻してしまいました。苦味の残る舌を口の外に出して少しでも苦味を消そうとしましたが、広がってしまった味はなかなか消えません。


すると、それに気付いたヴェルノさんが私を見下ろします。




「どうした?」


「…とっても苦かったのです。」


「あら、やっぱりブラックは飲めないのねぇ。」


「何やってんだ。ったく…、」




ごめんなさいね、と笑いながら謝るアイヴィーさんからは全然反省している様子がありません。


でも私も気付かず飲んでしまったので文句を言うに言えません。


ヴェルノさんが呆れた表情をしながらもポットの傍にあった小さな小瓶から角砂糖を三つ、私のカップに入れてくださいました。そうしてスプーンでグルグルとかき混ぜてカップを私へくださいます。


もらったカップから少しだけコーヒーを飲んでみますと僅かな苦味と、それ以上の甘みが口の中に広がりました。


これくらいなら問題なく飲めるのです。


カップの中身を飲み干した私を見てヴェルノさんは「よくそんな甘いモン飲めるな。」と苦笑しつつ頭を撫でてくださったのです。






 

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