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悲しき愛の形 作者:有野 かおる

1章 あなたは大切な人にどんな形で愛を伝えますか?

4/4

全て

男女はどちらも白衣を着ていた。
一見すると研究者のようだが男の方は
腰にマカレフを提げている。
安全装置は外れていた。

一方女は、男よりも幾許か若かった。
新人、とでもいったところか。
しかし年齢に見合わない程に
美しい白髪を湛えていた。

確かに薄暗い部屋には、ナイフを握りしめた女が一人発狂していた。
白衣の彼女が見誤っているわけではない。

尋ねられた男は部屋に視線を向けたまま答えた。

「あの女性はね、こうなる前は
旦那と愛娘と幸せに暮らしてたんだ。」

答えになっていない、
そう思ったが彼女は黙っていた。
まだ先があるのだろうと判断したからだ。
案の定男は続けた。

「でも数年前ね、社会がとち狂ってしまって
色んな人が職を失った。
それはあの女性の旦那も例外じゃなかった…
別に珍しい話じゃない。」

男の声にはどこか、
昔を懐かしむような響きがあった。

その声が再び発せられる。

「ただ、それからの旦那の荒み方は
絵に描いた様だった」

絵に描いた様な荒み方
酒を飲んで、酔って、
手当たり次第に周囲に当たり散らす…

それらを想像するのは難しくなかった。
彼女は納得したように頷き、呟く。

「そのストレスで、このような自傷行為に…」

それを男が「いや、」と遮った。
彼女は怪訝そうな顔を向けた。
男は吐き捨てるように続けた。

「それもあったけど…
問題はストレスなんかじゃなかったよ」

その声は誰に聞かせているのか分からない。
自分自身に聞かせているようでもあった。

「ある日、買い物の為に外出した女性と
娘の帰りが遅くて
家で待ってた旦那は様子を見に行った。
考えが卑屈になっていた彼でも、
やっぱり家族は心配だったからね」

男の視線は部屋の方を向いたままだった。
しかし、ここではないどこかを見ているようでもあった。
男は続ける。

「でもそこで男は余計な物を見てしまった。
女性と娘が、見知らぬ青年と笑顔で
話していたんだ」

男が唇を噛んだ。
その隙間から小さな声が漏れてくる。

「旦那が職を失ってから
見せた事の無かったような…
明るい顔でそこにいたんだ…
でもね…少し考えれば、
それが社交辞令としての笑みだってことくらい
すぐに分かった、
本当に道を尋ねられてただけだったんだよ…」

呻くような声が紡ぎ出されていく。

「たったそれだけのことだったのに、
旦那は愚かにも、
女性が自分に愛想を尽かしたと思った
女性が自分を捨ててしまうんじゃないか、
目の前から消えてしまうんじゃないかって、
そう思ったんだ…
仕事をしてない負い目もあったから…」

男は語ることを止めない。
視線も、動かない。

「家に帰ってきた女性を、旦那は問い詰めた
『こんな時間まで何をしてた』、
『一緒にいた男は誰だ』
あろうことか…『この娘は誰の子だ』とまで…
そして、女性に手をあげてしまった
『俺はこんなにもお前を愛しているのに』
そう言って何度も…何度も、何度も、
何度も何度も何度も何度も何度も…」

男はそのまま壊れたように繰り返した。

どれだけの時間が過ぎただろうか。

「いくつか質問があります」

それまで黙って聞いていた彼女が
突然言葉を発した。

声が、掠れていた。

二人の間から音が無くなる。
数秒後、沈黙を了承と捉えた彼女が口を開いた。

「まず、あの女の子供はどうなったのですか」

男は硝子から目を離さずに答える。

「さあ、俺もよくは知らないけど
親戚に引き取られたって聞いてるよ。」

男に先程までの不安定さはもう無かった。
あるのは科学者としての無慈悲な目。
親戚に、か……
身寄りの無い子供の多くは
そういった道を辿るのだろうか。

「上手いこと生き延びてたら多分、君と同い年ぐらい」

そう告げた精悍そうな男の横顔からは、
何も読み取れない。
しかし彼女は、なぜかこれ以上は聞いてはいけないような気がした。


どうしてこの男はここまでの詳細を知っているのか。
──まるで見てきたように。


脳内で危険信号が発される。
不安定さの代わりに、衝動的に感じた違和感。

しかし彼女は当初の予定を変更できなかった。
本能のまま言葉を投げる。

「あなたは一体何者ですか」

初めて男の目が彼女を捉えた。
深い闇を湛えた瞳が彼女の動きを止める。
彼女は何も言えない。
男は何も言わない。

不意に男の口元が不自然に歪んだ。
今にも泣き出しそうに…否、確かに笑っていた。
その歪んだ口から言葉が漏れる。

「知らなくていいさ」

そう言った男の手が彼女の方に伸びる。
彼女は身動ぎ一つ出来ない。

次の瞬間美しい白髪の上にその手があった。
彼女は、それが何か認識するまでに
しばらくかかった。
撫でられたのだ、子供のように。

「これは、悲しき愛の形だから」




どうも有野かおるです。

あ、後書きではお話の内容には
一切触れておりませんので
どうぞ、未読の方も安心して
このまま読み進めて下さいね。

まず最初に、
ここまでお読み頂きありがとうございました。

あなたが私の作品に時間と機会を下さった、
その事実に心からの感謝を申し上げます。

この後書きを読んでいる、
ということは束の間の、幻想の続きを
見て頂けたのですね
嬉しい限りです。

少しでも、眠れない夜のお供として
そっと寄り添えたでしょうか?
退屈しのぎにはなったでしょうか?
はたまた、私の思い描いた幻想を
あなたにお届けすることができたでしょうか?

…と、まあ
実は気になることが山のようにあるのですが

眠れない夜のお供を生み出した当人が眠れない

なんてことがあっては笑い話にもなりませんから
読んで下さったあなたと
お話を書いた時の私を信じて
胸にしまいこんでおきましょう。

ただ、どうしてもあなたが
物語に違和感を抱いて、
もやもやして夜も眠れない
なんてことがあれば教えて下さい
こっそりとその違和感を取り除きましょう。

さて、この物語とはここで本当にお別れです。
次の物語でお会いできたら
また、あなたが私の思い描いた感情を
抱いてくれますように。

最後になりましたが改めて

この場を勧めてくれた友人と
この作品を読んで下さったあなたに
最大の感謝を込めまして
筆を置かせて頂きます。

2017.1.12 有野かおる

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