魔王様と魔石 ■ 25
覚めてしまえば呆気なくも思える夢路後って訳じゃないけれど、未だ部屋は暗くて朝になっていない事が分かる。
隣を見れば本日の添い寝当番であるイシュが、立てた片肘で緩く起こした頭を支えて私を見下ろしていた。
目を細め、口端だけを僅かに上げた笑みを浮かべているイシュに、自然と眉間に皺が寄ってくる。
「分かってたんだ?」
「夢は淫魔が最も力を発揮できる場所の一つでございますので」
「イシュが何かしたの?」
「いえ。昨日まではしておりましたが、本日は何も」
うん? と思い、少しイシュの方へ体を横向ける。
「竜王が『夢渡り』を行おうと干渉しておりましたので、昨日までは邪魔をしておりましたが、今夜は魔王様が竜界を気にされておりました事から、控えた次第でございます。竜界に対する警戒心から強固な結界を張られましたが、現在の魔王様はお気持ちにもゆとりを感じられます。現に、本日は竜界を気にされておりました。このまま警戒心が薄らげば結界も不意に緩むかもしれませんので、一度この辺りで竜王と対面された方が宜しいかと思い僭越ではありましたが控えておりました。ご気分はいかがでございますか?」
気分が良いかと聞かれれば、色々と先手打たれたのが癪だったりするから勿論良いはずもなく、返事の変わりにイシュの脛を軽く蹴飛ばしてやった。
「起こしてくれたのイシュでしょ? もっと早く起こしてよ」
「申し訳ございません」
笑いながら謝られたって、余計腹が立つだけだからと軽く睨んでやる。
「……子供達の魔力が足りなくて死にそうだって言ってた」
気付けば手には夢の中で貰った花があった。
見るともなしにぼんやりと見ながら、イシュに告げると微かに頷いて返す。
「そのようでございますね」
「見てたの?」
「はい」
「そっか……断っちゃったけど、大丈夫かな」
勢い余って大見得切っちゃったけど、時間が経てば経つほどその選択に間違いは無かったのかと不安になってくる。
結界だっていつまで持つか分からないって言うし。
言うなら寝る前に言ってよとか、八つ当たりな事を思う。
だって、私は戦争を知らない世代ですし!
自分の一言で戦争とか、滅茶苦茶怖いじゃないの。
不安一杯にもなるってものでしょ!
「先も申しましたが、我等魔族は魔王様の決定に従いますので、魔王様のお心のままに」
「んー……子供たちに罪は無いから、今にも死にそうとか言われると、どうしても気になっちゃうんだよねぇ」
「ワタクシは気になりませんが」
子供を見殺しとか、やっぱり夢見悪いしなぁとぼやけば、イシュらしい合いの手が入る。
「そうだよねぇ……そう言うと思った。誠意とか見せてくれれば、同情の余地も絆されようもあったんだけどなぁ」
「魔王様」
「うん?」
「誠意とは何でございましょう?」
「…………えー? 誠意って言ったら……えー?! そっから?!」
揶揄で聞いてるのかとイシュを見れば、真顔で見下ろしている辺り本当に知らないで聞いているみたいでこっちが焦る。
「誠意って言ったら……えっと、見返りとか一切求めないような事かな?」
「それのどこに旨みがあるのでしょうか」
「いやいや、旨みを求めるのがまず間違いだからね?」
思わず慌ててイシュへと向き直り、訂正を入れてみたのだけれど、何だかどんどん違う方へと流れていく。
「左様でございますか。そういたしますと、竜王が誠意を持ってくるという事でございますね。では……竜王に何を貢がせましょう。目録を用意させましょうか」
「いやいやいやいや、誠意は持ってくる物じゃないし、それ既に誠意じゃないからね? 貢がせるつもりは無いよ? てか、それ単に賄賂じゃないのよ。貰うだけ貰って知らん振りって居心地悪いじゃない」
「ワタクシは大変気分良く感じますが。……それとも魔王様は貢がせるだけ貢がせて尚、竜界から搾り取ろとする算段でしょうか」
「違うつってんでしょうがっ」
話聞きなさいよ! とさっきよりも強く脛を爪先でゴツゴツと小突くが、ちっとも堪えた様子のないイシュにむかついてくる。
というか、何勝手に人の腿撫で回してんのよ!
寝相が、じゃないわよ!
態とやってんのよ!
大体寝てないでしょうが!
手を出せば安々と流されるし、足を出してもちっとも堪えないし、横になったまま拳法の練習でもしてるんですかって感じで腹立たしいったらありゃしない。
お前はネオか! スミスか! ジャッキーか!!
寧ろ、私だけが息切れして疲れてるとかって何なのよ!
無駄に疲れたじゃない!
むかつくので、涼しい笑顔を浮かべているイシュを睨み付けながら、手に持ってた花を耳に掛けて飾ってやる事にする。
「良いって言うまで腐っても付けてて。勝手に取ったら添い寝当番から一生外してやる」
荒々しい鼻息で憤りを宥めつつイシュから距離を取り、もう一度寝ようと背を向けたというのに、ちょっかい掛けてくるもんだから伸びてくる手をバチバチ叩いて拳法の練習再びですよ。
腹立たしさでムキになってたら、疲れた余りに体力が切れていつの間にか眠ってましたよ。
起きたらスプーン状態で更にムカついたので、ベッドから蹴落としておいた。
萎れた小さな花を耳に掛けているイシュを、薄笑いな表情でガルマがガン見しているが気にしない。
「何の呪いかぇ?」
「魔王様からの賜り物だ」
誇らしげに胸を張ってイシュが答えると、ガルマが私に目を向ける。
「……欲しいとか言わないでよね」
「生憎、妾はかような趣味は持ち合わせてはございませぬぇ?」
先手を打って言ってみれば、背筋が寒くなるような眼差しで微笑まれた。
内心平謝りしながら慌てて話題を変えてみる私。
「ね、ね。竜界の様子ってどこまで分かるの?」
「左様でございますのぅ……極々限られた範囲のみでございますなぁ。魔王様が望まれるのでしたら、もう少し増やしましょうかぇ?」
「うぅん……ほら、子供が今にも死にそうだって話は聞いたでしょ? 実際、どこまで危険な状態かを確認したかったんだけど、時間掛かる?」
「そういう事でございますかぇ。そうなりますと、眼の移動に少々お時間が必要となりますゆえに、今すぐにという訳には参りませぬなぁ」
「そうなんだ……所で、その『眼』って実際は何なの?」
「眼は眼でございますが……見たものを鏡や水晶に映せる蟲を竜界に置いてございましてのぅ。増やそうと思えば増やせますが、安全な場所に卵を産んで孵るまでの時間を要しますゆえに、少々不便な代物でございますなぁ」
「蟲ねぇ……」
ガルマの口から蟲とか聞くと、アニメにでも出てくるようなちょっとグロ系な変な蟲を想像してしまいそうになるので、それ以上は深く考えない事にしたのね。
そうなると、竜界の現状をはっきり知る手段が無いんだよねぇ。
流石に、頭を下げれない竜族が敬礼程度とはいえ頑張って下げてたんだから嘘だとは思わないけれどね。
「……ねぇ、ガルマはどう思う?」
「どう、とは何でございましょうかぇ?」
「その……竜族といざやりあうかもしれないって事について」
悪い事はしてないけれど、何となく先走っちゃった感は否めなくて、歯切れ悪く聞いてみる。
「竜族が仕掛けて来るというのであれば我等は喜んで迎え撃ちましょうぞ? お望みとあらば竜王が首を討ち取りにも参りましょうよのぅ。魔王様へ犯した竜族の愚行は我等にとっては赦しがたき事ではございまするが、懇意とされるも疎遠とされるも魔王様のお望みのままに我等は従いますゆえに。我等は魔王様が傍に居て下さる事だけを望んでおりますでのぅ、極端に申し上げればそれ以外の事については関心はございませぬなぁ。竜族と遣り合うかなど、魔王様が気に病まれる必要はございませぬぇ?」
「…………人間族と懇意になるのも気にならないの?」
ガルマの答えにちょっとした好奇心が疼いて聞いてみる。
「我等の傍に居て下さる限りは、ですかのぅ」
妙な含み笑いをするガルマに、程ほどにしておきますと肝に銘じつつ、それでも頼りがいのある言葉でちょっと安堵していた私でしたが、ガルマがそれは華やかな笑みを浮かべて問い掛けてきた。
「して、竜族からどこまで搾り取られるおつもりですかぇ?」
だから、しないっちゅーの。
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