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第7話 「学ぶ」ということ
「まあ、確かに、悪かったよ、ごめん」
 強引だったり、いい加減だったりとする文目だが、会議室を出て玄関に向かう途中、日向に謝ってきた。
 大人なんだし謝るくらいなら最初から……とは日向も思わないでもないが、自分がそんな大人にならなければいいだけだ、と思えばよいだけのこと、それに義務教育も終わり、大人に片足を突っ込んでいる自覚はあるので、同情的に気を遣う部分もあった。
 文目が思うほど気にはしていない日向は、それ以上彼女を責めることもなくこう結論づけた。
「……とりあえず、ありのままに報告書作りますからね。よくわかんねえけど、予算足りないからって年度途中の再徴収はよくないと思うし、どっかで上手いことやりくりして、それでダメなら考えた方がいいんじゃないっすか。誤魔化すよりも正直な方が、後々面倒なことにならないと思いますよ。少なくとも、俺はそうじゃねえと責任とれねえし」
 子供、ないし未成年に法的な責任は存在しない。しかしどんな小さなことでも一度何かを約束したり引き受けたならば、子供でも「裏切ってはならない信頼」は存在する。
 日向は公民館運営の手法も、市役所の台所事情も、会計管理と言うシステムも全く分からなかったが、レシートの通りに帳簿をつけることくらいは、家計を預かっているので出来る。一旦引き受けたからには、家族や自分に恥ずかしくないよう、周りの迷惑にならないよう出来る限り協力するつもりである。
 正直であることが迷惑だと言われればそれまでだが、嘘をついてそれが発覚した時に、後からとんでもない目に遭うというのは、幼い頃、優しかった母親に叱られた時や、学校生活でも失敗して経験きたことだ。
 社会に出れば時に嘘も必要になるだろう。高校生ともなれば複雑な人間関係の中、「建前」も生じているので、日向もその限界は分かっている。

 しかし先ほどの研修内容からしても、公民館で実施することは誰にでも平等でないといけないのではないか。だからこそ嘘をついたり、場合や人によって対応を変えるのは後から首を絞めるような予感がするのであった。そういう直感は意外と当たるものだ。
 最大公約数と同じで、個々の考え方を包括出来なくとも、一番誰にでも通用する単純な方法で筋を通すのが、風当たりは強くても結果的には誰のことも犠牲にしなくて済むだろう。
 日向のこの考えを恐そうな他の年寄り役員が何と言うかは分からないが、少なくともまだ三十路の館長である文目には伝わったようだった。
「……うん。そだねー。日向くんは、やっぱすごいや、頭いい。わかった、おっちゃん、がんばるよ」
 あんた男だったのか、と髪の短い女性館長を横目に突っ込みたくなるが、彼女が自分の考えを否定せず受け入れてくれたことにはほっとする。
「すんませんけど、よろしく」
 どちらの年上か分からないほどだが、日向は軽く頭を下げた。一応代表者の苦労、と言うものは分かっているつもりだ。これも中学の時の部活で、主将を務めた友人が涙を流すほど苦労しており、相談を受けていたからだ。たとえ立候補や回り順で代表を決めたとしても、一度それを承認した周囲が追い詰めてしまうのも考え物である。
 そんな日向に、彼女はありがとう、と笑顔を見せた。

 三十路の、しかも風変わりな女性と仲良くなっても嬉しくもないものだが、中央公民館の玄関を出て駐輪場と駐車場に分かれる地点で、文目は更に日向に尋ねてきた。
「でもちったあ、公民館つうものの仕組みは分かった?」
「ああ。はい、まあ」
 何処かいけ好かない市役所の担当職員――花房地区出身の中央公民館の主事「ハヤブサ」の説明は、意外に分かりやすかった。下手をすれば、高校の教師よりも話は上手かった。
 とりあえず事務の説明以外で、今夜日向が知ったのは以下のことだ。
 まずはあの古びた酒臭い場所が地域の教育施設で、「この地域に住む皆の生活を豊かにしよう」というモットーで建てられているということ。
 今の日向たちの世代がそのことにありがたみを感じていないのは、現代では公民館へ行かなくとも、金銭を出せば好きなところで――自宅でもインターネットがあれば学ぶこと、人と交流することが出来るからだ。
 先ほどの資料によれば、本格的な公民館活動が全国に普及したのは戦後の、人々の心も生活も疲弊しきっていた頃。その頃は大げさではなく生活するためにこうした地域のコミュニティが必要で、何事も人と力を合わせなければ出来なかった。そしてそんな状況だからこそ学びたいという意欲に溢れ、生活が裕福になるにも従って、公民館では自主的な文化活動を行うようになってきた。
 しかし平成の世となり、二十一世紀を迎え、人々のニーズも変わってきた。今の時代でも活発に活動している地域はあり、その事例も書いてはあったが、少なくとも日向はあの場所に寄り付こうと思わなかったわけだし、ありがたみもあまり感じていない。
 それは大人でも便利な現代に生きている以上同じようで、だから花房では人集めのためにあのような酒の会が中心になってしまうのだろう――日向は名前しか知らなかった「花房公民館」というものを、そのように認識し始めた。

 そして「学ぶ」ということは、学校の受験対策の勉強や、スポーツなどの技能習得のみを差すと思っていたが、今度行われる公民館対抗のスポーツ大会や、子ども会での行事、観光にしか見えない大人の研修旅行や趣味の講座なども「学び」と呼んでよいことも知った。そういったことも学習活動とされ、市などの公共機関――即ち税金から助成金が下りるのだ。
 実際、非日常的な体験から学べることもあり、生活意欲の向上という目的にも沿っているかららしい。子供だましの行事で、楽しそうに笑っていた陽太やもっと幼かった頃の夕真を思い出せば、不思議な気持ちになってくる。
 まだ全ては理解出来ていない日向であったが、少しはこれまで知らなかったことを彼もまた学べたようであった。……今後生きていくうえで使える知識なのかは分からない、少なくとも高校生活には必要なさそうなものであったが。
 だが彼が素直に頷いたことに、文目は再び微笑を見せた。そして今度は、冗談染みた明るい口調に変わり肩を竦める。
「でも、今夜は私しか居なくて、ちょっとがっかりしたでしょー」
「?」
 何のことか分からない日向は、鞄を肩に掛け直しながら怪訝そうに文目を見るが、
「千景ちゃんは千景ちゃんで、別の日に子ども会の役員研修受けるからさー、今夜は呼べなかったんだよー」
その言葉に、傍に止めてあった自転車をドミノ倒ししてしまいそうなほど動揺した。

「だから今日は千景ちゃん誘えなくて、ごめんねー。……ってどしたの?」
 ふるふると誰のものか分からない錆付いた自転車に両手を乗せて震えている日向の肩に、文目が心配そうに手を掛ける。

 ――気付いてたのかよ、この館長ー!!!

 日向はポーカーフェイスをなんとか保つが、頬の赤さは隠せない。のほほんとした文目の意外な鋭さに驚くと共に、寧ろ自分はそんなに分かりやすいのかと愕然とする。確かに小学生の夕真にも勘付かれているほどなのだ。
 他の大人にも、日向が千景目的で役員を受けていると思われていないだろうか……と心の中で冷や汗が流れ出す。
 

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