挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ジェノヴァの瞳 ランシィと女神の剣 作者:河東ちか

第四章 剣士ランシィの章

72/74

第二話 2

 宿の敷地にも、新しく厩が造られている。厩と飼い葉の用意が必要なほど、馬を連れた客が多く利用するようになったのだろうか。
「最近になって、国が馬の生産に力を入れ始めたんだよ。馬の放牧に条件の良い所に補助金を出して、育成と改良に力を入れるって言うんだ。アルテヤは山地が多くて雪が深いけど、そのぶん餌になる草は豊富だし、夏も涼しくて運動させやすい。馬を育てるには条件がいいそうなんだ」
「へぇ……」
「もちろん、始めてまだ何年もたってないから、仔馬がたくさんってわけでもないけど、あちこちの国から専門家と、丈夫そうな馬を集めて、うまく育てて増やすための環境作りをしてるんだ。おかげで、馬に乗ったお客さんも多くなってね」
 馬は軍事と経済になくてはならない存在だ。山地に囲まれて農業に向いた土地が少なく、牧畜と林業以外これといった特産もないアルテヤが、最終的に良馬を多く産出するようになれば、各国との取引の機会も増えるだろう。一度軌道に乗れば、今後の重要な産業として見込めるだろうということだった。
 タリニオールがランシィに助けられた一件で、市民の中での馬の需要について王に提言した事が着目のきっかけになったのだが、もちろんランシィがそれを知る由はなかった。
「そちらのお連れさんはどういう知り合いなんだい? 馬まで使って、大事な用事でもあるのかい?」
 ランシィの後ろで、馬をつれたギリェルとオルフェシアを不思議そうに見やり、おかみさんは首を傾げる。ランシィは大きく頷いた。
「必要があって、替え馬を使ってでも大急ぎで私の生まれた村に行かなくちゃいけないの。おかみさん、必要な食料と、寒さをしのげるような服を買えるお店を紹介してもらえないですか」
「まぁ、村へ……?」
 ランシィの生まれたツハトの村は、南へ向かう街道の、一番先だ。もちろん、ランシィ達の本当の目的はそこから更に山を越えることなのだが、今の状況でそこまで説明することは難しい。
 スカーフで銀色の髪を覆ったオルフェシアと、寡黙で近寄りがたい雰囲気のギリェルは、そこそこの家の娘とその護衛、と見えなくもない。おかみさんは二人を品定めするように見比べ、こころもち声をひそめた。
「なにか事情がありそうだけど、それは、あの歌姫や神官さんに、きちんと話せることなのかい? 脅かされて嫌々やっていたり、悪いことを手伝わされていたりはしないよね?」
 おかみさんと最後に会ったのは、まだ王都に着く前、自分が十歳になる前だ。背も伸びて話しぶりもしっかりしたとはいえ、あの頃の頼りない印象がどうしても拭えないのだろう。
 ランシィは大きく頷いた。おかみさんは、少しの間真面目な表情でランシィを見つめていたが、すぐに笑顔を浮かべ、
「服なら、うちの納戸にあるのをみつくろってあげるよ。季節の変わり目に来たお客さんに処分を頼まれて、安く買い取ったものがあるからね。ほかにも必要なものがあるなら、雑貨屋のボロワさんに口をきいてあげよう」
 不思議というか、たぶんそういう人たちを選んでいるのだろうが、パルディナが選ぶ宿の経営者はだいたいが察しがよく、機転も利き、なにより誠実で信用できる者が多い。歌姫とその付き人として渡り歩いてきたパルディナとユーシフには、人を見る目が養われていたのだろう。
 納戸から使えそうなものを出してもらっている間、三人は食堂で簡単に朝食をごちそうになっていた。その間、馬にも飼い葉と水を与えてくれるという。

 先を急ぎたいのは山々だが、人は多少の無理が利いても、馬にも休息を与えなければいけない。ここは甘えることになった。
 といっても、ギリェルは最低限のものを手早く食べると、あとは壁にもたれ、座った形のまま目を閉じていた。
 考えてみれば、少し休む時間のあったランシィとオルフェシアはともかく、ギリェルは高級住宅地から抜け出してきてあの騒ぎに出会い、すぐに町を飛び出してきた。昼夜が逆転した生活を送っているから、普段ならそろそろ二階で休み始めている頃合いなのに、今までまったく疲れた様子を見せていない。
「……彼は、短い間に効果的に休息をとる方法を心得ているのですね」
 先に食べ終えたオルフェシアは、こころもち声をひそめ、となりのランシィに囁いた。
「彼は、あの建物にいたモイセとユーゴとは、まったく違う経歴を持っているようです。戦うことを生業にしていたのかも知れません」
 確かに、金串アットレーを投げた際の動きは、曲芸とはまた違う鋭さがあった。そもそも、普通の市民はあんなものを隠し持ってなどいない。アルジェスもそうだが、ギリェルも経歴が推測しづらい。
 アルジェスといえば、彼らは大丈夫だったろうか。
 あの場に刺客が差し向けられたこと、タリニオールがすぐ駆けつけてこられなかったことを考えれば、アルテヤ軍だけでなく、サルツニアの支援部隊のなかにも情報を外部に漏らすような者がいたということだ。自分たちが送り出された後、事態が悪化していたら……
「……『竜斧の戦乙女』の話は、私も聞いたことがあります」
 ランシィの不安な様子を読み取ったかのように、オルフェシアは微笑んだ。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ