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ジェノヴァの瞳 ランシィと女神の剣 作者:河東ちか

第四章 剣士ランシィの章

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第二話 南へ 1

 夜の間に冷えきった空気を切り裂いて、二騎の馬が駆けていく。
 もうすぐ太陽が山並みから顔をのぞかせるというこの時分、南に伸びる山間の街道は、荷馬車や行商人の姿もまだまばらだ。数少ない通行人は、砂埃をあげて迫ってくる二騎の馬を遠目に見つけ、慌てて道の端に避ける。
 すれ違ってから、乗っていたのが伝令を携えた兵士ではないような気がして、彼らは一様に首を傾げた。


 三人に幸いしたのは、季節がまだ夏と秋の狭間であったことだ。ほとんど着の身着のまま、かろうじて厩の番人から薄手の外套と水筒を借り受けて町を飛び出して来たから、これがもっと寒い時期だったら乗っている人間の体力がもたなかっただろう。
 ひとは三人。だが馬は二騎。オルフェシアとギリェルにはそれなりに騎馬の心得があったが、習い始めて一年ほどのランシィにはまだ、慣れない馬を長時間走らせられるほどの技量はない。ギリェルの後ろで、振り落とされないようにしがみついている。

「もしあの賊達の誰かが逃げ延びて、俺達が先に町を出たと仲間に伝えたとしても、普通は、西の街道を使ってサルツニアを目指すと考えるはずだ」
 厩の番人に鞍の用意を急がせ、二人に外套を羽織らせながら、ギリェルは言った。アルテヤの王都からサルツニアへ向かうには、それが、世間に知られる中でもっとも早く、安全な経路なのだ。
「今はこの馬で南へ走れるだけ走って、途中の町で休憩するときに水も食料も手に入れる。必要なら馬も替える。国境を越え、山地にいるアルジェスの知り合いと合流すれば、人も集めてもらえるし、知らせの馬も飛ばしてもらえるだろう。あんたからの書状を持たせて、正規軍の拠点の何カ所かに走らせればいい」
「どこの村で替え馬や食料を手に入れられるものか、判っているのですか?」
「サルツニアから来るときに使った道だからな、それくらいはちゃんと確認してきている。いざというときの逃げ道はいくつも想定しておくのが、俺達の商売には大事なんだ」
 オルフェシアの問いに、ギリェルは淡々と答えた。
 一体彼らはなにを生業にしているのだろう。ここまで関わっておきながら、ランシィには未だに彼らをなんと呼べばいいのかよく判らない。
 なんにしろ、アルジェスが頭脳なら、ギリェルは手足のような存在なのだろう。アルジェスが目的さえ指示していれば、ギリェルはそれに沿った最も効率的な行動計画を立てることが出来るようだ。

 青白い黎明の空に、白い光を伴った太陽が少しづつ姿を見せ始めていた。夜明け前の人気の少ない時間に、かなり距離を稼ぐことが出来たはずだ。
 王都は既に背後の山並みの陰になっている。アルテヤの国土は大半が山地なので、山間を縫うように伸びる南の街道は起伏が多い。
 ランシィが、グレイス達に連れられてこの街道を通ったのは冬から春先にかけてだった。
 行程のほとんどは雪で覆われ、正確な道幅も、建物の色形すらよく判らないほどだ。泊まった宿の部屋や、パルディナのが舞台として使った斜度の食堂の内装などは記憶があるが、村や町の印象は冬と夏では一変する。村から出たばかりでなにも知らなかったこともあり、どの村でどんな産業や牧畜が盛んだったのか、役立てられそうな記憶がランシィにはあまりなかった。
 ランシィの記憶にある中で一番印象に残っているのは、王都に入る直前に訪れた町だ。ランシィを預けるのにどの施設が一番安心か、情報を集めようというパルディナの考えもあって、旅の中で一番長く滞在した町だ。辿り着いたのが冬の終わりだったから、雪はだいぶ消えて、素朴な町並みも記憶にある。
 しかし、今目にするその町の様子は、当時よりなんだか広く開けて見えた。あの頃は背後に山林が広がっていたと思うのだが、その林も今は切り開かれ、覚えのない放牧地が広がっていた。柵の中では所々に群れを作った馬たちが、思い思いに草を食んでいる。
 食料と、長距離の旅に向く装備を調達できないか、交渉してくると言うギリェルの言葉に、ランシィは滞在中世話になった宿の経営者夫婦を思い出した。
 村で一番大きな宿だったから、顔も広いだろう。なによりパルディナの連れである自分たちに、とてもよくしてくれた人たちだった。
 記憶を頼りに宿へ向かったが、その途中の様子もなんだか前と違う。馬を連れた者が多いような気がするのだ。ただの旅人や近隣の住人らしい者もいるが、馬を連れた者の大半は、商人風の羽振りの良さそうな者だった。
 あちこちの建物の前には、利用客が使うための馬繋場や水飲み場が設けられていて、建物の隣には厩まで作られている店もあった。
「まぁ、ランシィじゃないの! こんなに大きくなって!」
 宿屋の前で、飼い葉を運ぶ使用人にあれこれ指示をしていたおかみさんは、ランシィを見ると嬉しそうに目を細めた。
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