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ジェノヴァの瞳 ランシィと女神の剣 作者:河東ちか

第四章 剣士ランシィの章

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第一話 取り残された人々

 その青年を前にして、タリニオールはどう反応するべきか、少しの間戸惑っていたようだった。
 形ばかりは後ろ手に縛られて立つアルジェスの表情は、角度によっては笑っているようにも困っているようにも見える仮面のように、どうにもとらえどころがない。
 短い沈黙の後、拳を握りしめて、タリニオールは顔を上げた。側にいたサルツニアの兵士達が、止めようか止めまいか、戸惑った様子を見せる。
 やはり一発は殴られるのかと、アルジェスは覚悟を決めた様子だった。だがタリニオールは、固めた拳を振り上げることはなかった。
「……君にはまず、礼を言わなくてはいけないな。ランシィに、……私の娘に、親切にしてくれてありがとう」
 言葉の意味に気がついて、アルジェスは目をしばたたかせた。キアラがその表情を楽しむように口元に笑みを見せる。その足元でジャンが、人間達の心理を理解しかねたのか、不可解そうにキアラを見上げている。


 すべては、未明に飛び込んできた、予想外の報告からだった。
 タリニオールは、サルツニア兵の部隊が高級住宅地への突入体勢を整えるのを見届けてから、ランシィ達のいる酒場の建物を見張っている者たちに合流するつもりでいた。
 だが明け方、部隊が完全に体制を整えるより先に、『賊が高級住宅地を放棄し逃げ出している』という情報が入ってきたのだ。
 高級住宅街を囲む外壁の一角で、逃げ出す賊らしい者たちの姿を見かけたという報告があり、タリニオールもその場所に急行した。だが、そこを守っていたはずのアルテヤ兵は、賊と一緒に既に姿を消していた。更にその付近の民家の地下から、高級住宅街の地下水道につながる隠し通路の出入り口が見つかった。
 タリニオールが慌ててランシィのいるはずの建物に向かうと、周囲の路上には賊の仲間と思われる者たちがごろごろ倒れている。その中で、無傷で立っていた二人……と一匹が、キアラとアルジェス、そしてジャンだった。
 酒場の建物では、眠り込んだ二人の男が発見されただけで、王女もランシィも居らず、更に、自分が手配していた見張りたちも姿がない。タリニオールは本気で血の気が引いた。


「ごめんなさい、ジェノヴァ神殿の宝剣がそこまで重要だとは、あたしも考えてなかったわ。ランシィにはサルツニアの国民性を説明してたのに」
 キアラに連れられて酒場の建物までやってきた歌姫は、まだ薬が抜けきらない様子ながらも、簡単な説明で全てを把握したようだった。アルジェスは歌姫の姿を目にして、一瞬だけ複雑な表情を見せが、その内心はすぐに飄々とした顔つきに覆い隠されてしまった。
 キアラとアルジェスの話から、オルフェシアとランシィがアルジェスの仲間と共に一足先に町を出たことはタリニオールも把握した。同時に、王兄の息子バルテロメの真の狙いも知ることができた。
「ということは、ランシィ達は今、南の街道を一直線に向かってるのね」
「まったく、どうしてそんな無茶を……」
「仕方なかったんだよ。あの騒ぎでもすぐに助けが現れなかったから、きっとタリニオール卿の仲間も足止めされているんだと、アタシも思ったからね」
 それを言われては、返す言葉もない。
 実際、タリニオールの指示で離れた場所から酒場の様子を伺っていた者たちは、「賊達が全て放棄して町から逃げ出した」「あの建物にいると言われていたオルフェシア姫は偽物だ、タリニオール卿のご息女も共に連れ去られている、急ぎ別部隊と合流し奪還に協力するように」という巧みな偽の報告で、持ち場を離れさせられていた。
 もしオルフェシアとランシィが出会った兵士に保護を求めたとしても、その相手が賊やカルーアス公と通じていたら、更に危険なことになっていただろう。
 ランシィ達がすぐに町を出たのは、身を守る判断としても最善ではあったのだ。
「ランシィと姫があの場を離れてくれたから、アタシ達も後ろを気にせず思いっきり暴れられたしね。あの状況で、賊の援軍が現れていたら、姫も守りきる自信はなかったよ」
「すげぇよこのおばちゃん……こんなの野放しにしておくなよ……」
「人を猛獣みたいに言うんじゃないよ色男」
 たしなめるキアラに同意するように、ジャンも軽く吠え声を上げた。
 つい数時間前までは腹を探り合う敵同士はだったはずなのに、一緒に賊を片付けたせいでか、キアラとアルジェスは妙に呼吸が合っている。
「急ぎ、姫を追いかけるために部隊を整えている。準備が整い次第私も出立するつもりでいる」
 タリニオールは、気を取り直すように軽く頭を振った。
「しかし、バルテロメに通じているものを、万が一にでも姫を追う部隊に紛れ込ませるわけにはいかない。内通者の特定と同時に、住宅街の中に捕らわれていた市民達の確認作業もあるから、兵力として確実に動かせるのは駐留部隊の半数ほどなのだ。しかも、南の街道の先にある山道を集団で越えるとなると、更に精鋭を選りすぐらなければならない。伝令の準備ができ次第、西の街道を使った早馬も出すのだが、先を走っているはずのバルテロメの手のものに追いつけるかどうかは……」
「やっぱり、王女が先に出たのは正しい判断だったのね」
「それはそうなのだが、危険な山道を護衛も伴わずにとは……。それに、山にいる君の仲間というのはひょっとして……?」
「大丈夫だ。ギリェルが一緒だし、シアには俺の短剣を持たせてある。イーノスにあれを見せれば、総動員で協力してくれるはずだ。正規軍への知らせが間に合わなくても、バルテロメがジェノヴァ神殿に差し向ける部隊とやり合えるくらいの数は揃うだろう」
 不安を隠しきれないタリニオールとは逆に、捕らえられているはずのアルジェスの方が自信ありげに言い切った。
「もちろん、味方の数は多い方がいいに決まってる。あんた達が一刻でも早くシア達の後を追えるように、俺も内通者の特定に協力するよ」
「確かに、君の協力が得られるならそれに越したことはないが、……それを私たちが易々と信じられると思うのかい? 君は雇われていたとはいえ、住宅街を占拠していた賊の指揮をとっていたのだろう?」
「バルテロメは俺達を裏切って刺客までよこした。俺達を始末しようとした奴に義理を立てる必要なんかないだろ。これが理由じゃ不十分か?」
「それはそうだろうが……」
 即答したアルジェスに、タリニオールはなんと答えていいか判らない様子で口ごもった。
 バルテロメがアルジェス達を裏切ったというのは事実だ。だが、それを言うならランシィだって、彼らの正体を知らないふりで歌姫やキアラと連絡を取り、計画を阻止しようとしたのではないか。
 タリニオールの戸惑いを察したらしく、パルディナがくすりと微笑んだ。
「タリニオール卿、アルジェスは、『ランシィは自分たちを助けてくれたから、自分もランシィの仲間を助ける』って言ってるのよ」
「そ、そこは黙って察するとこだろ! なに解説してるんだよ!」
「タリニオール卿は、いい人だけど、ちょっと鈍いみたいなのよね。ちゃんと言葉にしないと通じない人っているものよ」
 アルジェスとタリニオールは揃って言葉を失った。鈍さについては、タリニオールも心当たりが大いにある。不本意ながら。
「それにね、タリニオール卿。ランシィは、肝心なことを喋らなかっただけで、アルジェスにひとつも嘘はついていないの。アルジェスと同じにね。大事なことをなにも教えられてないのに、裏切りようもないわ」
 重要なことを言わないことと、嘘をつくことは同義ではない。アルジェスとランシィはお互い、自分の情報を最低限にしか伝えていなかった。
 アルジェスにとって幸いだったのは、ランシィが恋愛という遊戯ゲームの相手にならない子どもだったことだろう。
 アルジェスの駆け引きの対象にならないランシィを、彼らは『拾った子ども』として、損得抜きで世話をした。小さいもの、弱いものを守ろうとするその姿は、アルジェスを中心にまとまる、彼らの本質そのものだった。
 だからこそランシィは、アルジェス達がなにをしているか見抜いた上で、彼らを助けようと思ったのだ。
「アルジェスの仲間も同行しているなら、ツハトの村までは特に問題なく行けるでしょう」
 パルディナは美しい唇に指を当て、なにやら考えを巡らしているようだ。
「ただその後……山地にいるアルジェスの知り合いに協力を取り付けられたとしても、ジェノヴァ神殿でバルテロメの手勢とやりあうなら、やっぱりもう少し頭数は欲しい所ね。相手は腐っても王族の直系だもの、抱えてる兵士達の実力も侮れないでしょうし。……ひとつだけ、正規軍でも反乱軍でもないところから戦力を集められる方法があるんだけど、今からでは間に合うかどうか微妙だわ」
「この状況で、味方の戦力を増やす方法? そんな魔法みたいなことが可能だというのですか?」
「確実にとは言えないけど……。バルテロメの狙いが、正規軍の拠点や王族の城ではなく、ジェノヴァ神殿だというなら、やってみてもいいと思うの。あの子がこれに気付いてくれれば一番いいんだけど」
 まるでこの場にいながら、世の中の出来事が全てその目に見えているような聡さだった。少し考えた後、パルディナはタリニオールを真剣な目で見据えた。
「タリニオール卿、急ぎの提案があります。ディゼルト将軍も交えてお話はできないかしら? これがうまくいけば、実質的な戦力は、バルテロメがジェノヴァ神殿に差し向ける兵力を凌駕できるはず」
「……承知した。すぐ連絡を取ろう」
 事は一刻を争う。タリニオールは即答した。
 ランシィの恩人とはいえ、こうした事態にまで歌姫の話に耳を貸そうというタリニオールの態度はなんなのか。あっけにとられたアルジェスを、キアラが面白そうに眺めていた。
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