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ジェノヴァの瞳 ランシィと女神の剣 作者:河東ちか

第三章 風来人アルジェスの章

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第八話 <中>

 話に気をとられていた二人は、ランシィの行動の意味が理解できない様子でとっさに動けない。
 その間、ランシィは二人の背後まで飛び出すと、誰もいない通り側に向けて剣を一閃させた。
 それまでなにもなかったはずのランシィの眼前で固い音が響き、少し遅れて、路面に何か固いものが落ちた。二つ、いや、二本。
「これは……」
 アルジェスが驚愕の声を上げる。彼らのすぐ目の前で地に落ちたのは、真ん中から切断されかかった状態で折れ曲がった二本の矢だった。
 ランシィは真剣な表情で剣を構え直し、月明かりの中の黒く浮かび上がる町並みの、ただ一点を凝視している。
 その視線を追いかけ、すぐに動いたのはギリェルだった。自分の腰に右手で触れ、それを胸の前に振りかぶった時、彼の人差し指と中指の間には、銀色の金串アットレーが二本きらめいていた。ギリェルはその金串を、ランシィの視線の先に投げつけた。
 直後、通りの向かい側にある建物の屋根から、ひとのうめき声と、木の棒が転げ落ちるような音が聞こえた。少し遅れて、鈍い悲鳴と一緒にどさりと重いものが地面に落ちたのが判った。
 ランシィが音だけで矢が弓弦から放たれるのを聞き分け、二人を守ったのだと、アルジェスが理解するまでさほどかからなかったようだった。
 ギリェルが放った金串が賊を返り討ちにしたと判った今も、ランシィは隙なく剣を構えたままだ。物陰からこちらを伺っている敵が、まだ残っているのを、耳で把握しているのだ。
「ランシィ、お前……」
 子供がまねごとで剣を扱うのとは明らかに違う、並外れた技量だった。ランシィに剣術の心得があると知っているはずのオルフェシアですら、信じられないという様子でランシィの細い背中を凝視している。
「なるほど、住宅街に踏み込まれると判った時点で、俺達は用済みだってことか。予想しちゃいたが、バルテロメの奴、あからさまにもほどがある」
 気がつくと、幾分調子を取り戻した様子で、アルジェスはにやりと笑った。いつでも抜けるように、腰に挿した短剣の柄に手をかけたアルジェスと、銀色の小刀ナイフを手にしたギリェルが、ランシィと並んで周囲を睨みながら身構える。それを待っていたかのように、周囲の建物の陰に身を潜めていた者たちが、それぞれの獲物を振り上げながらこちらに向かって飛び出してきた。
 状況を判断したランシィが踏み出そうとする、それよりも一瞬早く、彼らの間に、四本足の大きな生き物がうなり声を上げながら賊に向かって飛び出した。
 それは、敵陣の先頭を切って棍棒を振り上げ、こちらに向かってくる人影に向かって飛びかかり、その利き腕に噛みつきながら押し倒した。
 噛みつかれた男が悲鳴を上げ、空いている左手で必死にその生き物をおしのけようともがいている。後に続こうとしていた賊達は、仲間を助けるか、ランシィ達に襲いかかるのを優先するか、とっさに判断ができないでいる。
「やっと出番が来たようだねぇ」
 四本足の生き物が現れた方向から、聞き覚えのある声が響いた。大きなものが振り回され、風を斬る音も。
 柄の長い戦斧を掲げ、革の鎧を身につけた大柄な影が、賊達に立ちはだかる。立派な戦斧の先端には、銀色の龍頭の飾りが輝いていた。
「き、キアラ……?」
「酒屋のおばちゃん?!」
 この界隈の人間の顔はあらかた飲み込んでいるらしく、アルジェスが間の抜けた声を上げる。キアラはぎろりとアルジェスをひとにらみすると、ランシィに向けて漢気にあふれた笑みを見せた。ジャンが噛みついておさえつけている男のみぞおちを、戦斧の柄で力強く突く。空気が抜けたような悲鳴をあげ、男が白目を剥いた。
「言い忘れてたけど、一三年前の戦争で、城下を開放しようとするアルテヤ軍に連動して市壁の門を開いたのは、あたしの仲間たちだったんだよ。あたしは市民の抵抗部隊に混じって、カルーアス公の部隊と正面からぶつかり合ったのさ」
「一三年前って……その斧、まさかあんた、『竜斧の戦乙女』なのか?! 酒屋のおばちゃんが?!」
「うるさいよ色男! あたしにだって可憐な乙女だった頃があったんだよ!」
「まじかよ! 無垢な若者の夢をどうしてくれるんだよ!」
「どの口で無垢だなんて言ってるんだい! うだうだ騒ぐと、こいつらと一緒に片付けちまうよ!」
 軽口を叩きながら、キアラは気絶した男の手から細剣をとりあげ、アルジェスに向かって投げ渡した。ジャンがキアラの横で誇らしげに吠え、次の獲物を探すように辺りを睨みつけている。
 物陰に隠れている者が多いので正確には判らないが、賊の人数はこちらの倍以上はいるようだ。それでも、戦斧を振りかざしたキアラが立ちはだかったことで、賊達は勢いがそがれたらし。武器を構えながら踏み込む機会タイミングを計っているようだ。
 しかし、タリニオールはこの建物をそれとなく見張らせているといっていたのに、ほかに助けが駆けつけてくる様子がない。高級住宅街に踏み込む計画も漏れていたようだし、容易に動けないよう妨害されているのかも知れない。
「なんだい、動かないならこっちからいくよ!」
 戦斧をうならせ、キアラが威勢よく踏み出した。それにあわせてジャンと、小刀ナイフを逆手に構えたギリェルが一番近い敵に走り寄る。
 ぎょっとした様子で賊達が身を引きかけ、気力を振り絞るように声を上げながらこちらに殺到してきた。
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