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ジェノヴァの瞳 ランシィと女神の剣 作者:河東ちか

第三章 風来人アルジェスの章

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第七話 ランシィ、 企てを実行する 1

「おかえり、ちっこいの。重くて大変だったか」
 昼近くになって戻ってきたランシィを見て、ユーゴは幾らかほっとしたようだった。建物から少し離れていて欲しかったとはいえ、朝食の時間にも戻ってこないランシィを、やはり心配していたのだろう。
裏手から水音が聞こえるので、モイセは井戸で洗い物でもしているのだろう。ギリェルはまだ二階で寝ているらしく、一階にいたのはユーゴだけだった。
 ランシィは慌てるでもなく頷いて、荷物袋とは別に持っていた、蔓で編まれたかごを持ち上げて示した。中は酒ではなく、葡萄汁の詰められた瓶が二本と小さな麻袋が入っている。
「通りかかった酒屋の人に、どうしても急ぐからちょっとだけ手伝ってくれって言われて、荷物を荷車からおろすのを手伝ったの。これ、お礼だって」
「子供にそう声をかけて、そのまま荷台に載せて連れて行ってしまう様な奴もいるけど、信用して大丈夫なのか?」
「この辺で何回も見た人だったよ。見かけたらまた手伝ってくれって言われたよ」
「そうか、それならよかった」
 お使いの荷物をカウンターに載せるランシィを見て、ユーゴはふっと目を細めた。
「ここで酒場をやるなら、いい酒屋も探さなきゃいけないな。今度紹介してもらおうか」
「酒場?」
「今やってる仕事が一段落したら、この建物を売ってもらえそうなんだ」
 目をしばたたかせたランシィにそこまで答え、ユーゴはちょっと気まずそうに微笑んだ。
「そういえば、朝飯も食わないままだったろう。腹が減ったんじゃないのか。ちょっと早いけど、昼にするか」
 話を変えるようにそう言いながら、ユーゴは窯に細い薪を足し火を入れる支度をはじめた。
 そういえば、もし「仕事」がある程度計画通りに終わったとして、彼らはその後どうする気でいるのだろう。
 キアラの話では、彼らは「知り合いが店を開く下準備に来た」という口実で、町にやってきたはずだった。万一、今の『仕事』が上手く終わったとして、高級住宅街に出入りしていたギリェルと、雇い主である何者かと直接やりとりしているアルジェスはともかく、ただこの建物で屋根裏の『誰か』を世話していただけのユーゴとモイセには、このままここに残って穏やかに生活していくという選択肢もあるのかも知れない。
 彼らの『仕事』が、誰にも知られないままに終わればの話だが。
 もしそうなった場合、彼らはランシィをどうするつもりでいるのだろう。
 アルジェスのことだから、『ついてきたければ来い、町に残りたければ残れ』とでもいうのだろうか。
 彼らと一緒に、ふらりとどこかの町に辿り着いて、今のように暮らすのも、ひょっとしたら楽しいかも知れない。料理上手のユーゴと掃除好きのモイセと一緒に、この店を手伝っていくことも提案されるかも知れない。
 もし自分が本当に、虐げられてどこかから逃げ出してきた行き場のない子供で、彼らがなにをしているのかを知らないままなら、そういう未来があったのだろうか。
 ランシィは少しの間、頬杖をついて厨房の中のユーゴを眺めていた。そして、モイセやギリェルが現れないのをそれとなく伺いながら、かごの中の瓶にくくられていたしおりと、そのしおりよりも更に薄い白い紙のようなものを、麻袋から取り出した本の間に挟んだ。
「あ、あとね、干し葡萄ももらったんだよ」
「へぇ?」
「そのまま食べてもいいけど、パンに入れて焼くと美味しいよって言われた。夜はパンを焼いてみんなで食べようよ」
 言いながら、ランシィは蔦のかごから小さな油紙の包みを取り出した。大きさは卵ひとつ分にもならないが、見た目の割にずっしりとした重さがある。
「へぇ……高級な店なら酒に漬けて菓子の材料にするような貴重なものだぞ。よくもらえたな」
「葡萄酒作りの農家から分けてもらったんだって。私も手伝うから、パンを作ろうよ」
「なんだ、パンを作るのがそんなに面白かったのか」
 ユーゴは目を細めた。
「そうだな、あとで買い物の用があるから小麦も買ってくるか。ランシィも手伝うんだぞ」
「うん」
 ランシィは嬉しそうに微笑んだ。ユーゴはひとつ頷いて、火をおこした窯の上に鍋を置き、水を注ぐ。同時にランシィの耳に、裏の洗い場から、水音に紛れた話し声が聞こえてきた。
「……んだよ、びっくりするだろ」
「悪い悪い、ランシィに聞かせたらさすがにまずそうだからさ」
 ユーゴは気付いていないようだが、ランシィにははっきり聞き取れる。どうやらアルジェスはわざと裏に回ったらしい。
「いまさっきまでパルディナと話してたんだけどさ、『明日は店が休みだから、今夜の公演を見に来てくれないか』って言うんだよ」
「明日が休みなのと、お前が今日の夜に店に行くのとなんの関係があるんだよ」
「そりゃあもちろん、店が終わった後朝まで二人で過ごそうって事じゃないか。察しろよ」
「それでそんなに鼻の下伸ばしてるのか、お前も本当懲りないなぁ」
「てことで、俺は夜には出かけるからあとはよろしくな」
 呆れたようなモイセの声に、アルジェスはうきうきと答えている。
 どうして自分に聞かれたらまずいのかよく判らないが、パルディナが明日の朝までこの建物からアルジェスを引き離しておくつもりでいるのは、ランシィも知っていた。どうやらその第一歩はうまくいったらしい。
あとは、夜までにランシィが上手く立ち回れるかで決まるのだ。裏から聞こえる話し声には気付かないふりのまま、ランシィは頬杖をついてユーゴの仕草を眺めていた。
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