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ジェノヴァの瞳 ランシィと女神の剣 作者:河東ちか

第三章 風来人アルジェスの章

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第三話 2-2

「サルツニアで内乱が起きてるかも知れないって言うのも聞いたわ。現王の兄派が動いているって、妙に内容が具体的なのよね。タリニオール卿と直接話が出来れば確認できそうだけど、王女の失踪の噂と連動してるし、事実と思ってもよさそうね。……それと、ルトネアの進軍。アルジェスの言うとおり、本気で戦争する気なら、まだ国境付近でうろうろしてるのは、確かに変よね。ぐずぐずしてたら、アルテヤ側が迎撃の体勢を整えてしまう」
 やはり、ルトネアは本気で戦争を起こす気はないのかも知れない。
「それと、高級住宅街を占拠している賊。意図的にアルジェスが『ルトネアの間者』って噂を流してることに意味があると考えると……」
 パルディナは少し考えると、テーブルの上を少し片付け、作り付けの棚に飾られていた将棋の駒と盤を持ってきた。観賞用なので、白の駒も黒の駒もつややかに美しく塗られている。
 パルディナはまず黒のポーンをひとつ、盤の右下に置いた。その横に白の兵を添え、その近くに白の王を置く。これがサルツニアで起きている反乱のことだ。
「で、こっちではルトネアの間者がラウザの住宅街を高級住宅街を占拠してる」
 言いながら、今度は盤の左上近くに別の黒の兵を置き、白のビショップ騎士ナイトを置く。白の駒が二つなのは、サルツニアの支援軍とアルテヤの正規軍を表しているのだろう。これがサルツニアで起きている賊の騒ぎ。
 更にその左上の隅の方に置かれた黒の兵は、国境付近のルトネアの軍だ。
 少し離れたところに、白の女王を置いたのは、今現在王女の位置が明確ではないから、という意味だろう。パルディナは左上で、白の駒に囲まれた黒の兵をつついた。
「ランシィ、この黒の駒がなかったら、白のビショップ……サルツニアの部隊はどうしてたと思う?」
「それはもちろん、すぐに本国の正規軍に合流して、反乱軍を……」
 言ってから、ランシィははっとしてパルディナを見た。
「じゃあ、『時間を稼ぐ』っていうのは」
「そう、本国に支援部隊を戻さない為ね。たぶん反乱軍と正規軍の力関係は、ひいき目に見てやっと五分ってくらいなんじゃないかしら。……ルトネア軍が国境付近で思わせぶりに姿をちらつかせてるのも、時間稼ぎのため。アルジェスが言った通り、アルテヤ側が本気で高級住宅街に踏み込んだら、賊に勝ち目はないでしょ。踏み込まれて人質を取り戻したあと、それでもサルツニアの部隊がルトネア軍に釣られてくれてるならまだよし」
 賊を表す兵を盤からどかす。
「もし、『ルトネア進軍に関してはアルテヤの問題、本国で非常事態の故サルツニアの支援軍は即時撤収し本国の正規軍と合流する』という話になった場合……」
 言いながら、パルディナは白の女王を、ルトネア軍を表すポーンの横に置いた。
「その時に、王女の存在が切り札になるのね」
 ランシィは驚きで声が出ない。確かに王女を見せられたら、サルツニアの部隊は本国に帰ることなどできなくなる。もちろんほかにも利用目的はあるのだろうが、足止め役としては現状で最大の効果を発揮するだろう。
「仮に王女がいなかったとしても、ここにルトネア軍がいれば、アルテヤ軍がサルツニアに援軍を出すことも出来ないでしょ。このルトネア軍は、アルテヤ軍をひきつけておく目的もあるのね」
 盤が大きすぎてランシィに全体が見えなかったが、事はとても単純なことだったのだ。
「じゃあ、アルジェスに仕事を依頼した『バルテロメ』って人は、サルツニアの王兄派の一人ってこと?」
「そうでしょうね。ランシィの話だと、アルジェスってとても明るくて、自由気ままな人みたいよね。そういう人って、国同士が絡む争いごとに関わるのって、あまり好まないと思うのよ。今回はやむなく協力してるのだとしたら、出来るだけ犠牲者が出ないようにって気を配ってるのも判る気がするわ」
『相談役の家族』が見つからなかったという話を聞いたときの、アルジェスの残念そうな声をランシィは思い出した。「悪いことしちまったな」というあれは、アルジェスの本心だったのだろう。
「ただねぇ……普通の国なら、反乱軍が正規軍を制圧しました、勝てば官軍、こっちが正規軍だってことにもなるんだろうけど、サルツニアだとちょっと話が違ってくるのよね」
 パルディナは白のルークを盤の下側に置き、その上に水差しから取った薔薇の花びらを乗せた。
「サルツニアの王位継承に大きく関わって来るのが、ジェノヴァ神殿にある神剣ジェノヴィアだっていうのは知ってるわよね? あの剣は、サルツニアの王と、正当な継承者にしか扱えないの」
 ランシィは頷いた。タリニオールが騎士叙任の時に触れた神剣ジェノヴィアの不思議な話。タリニオールには持ち上げることも、鞘から抜くことも出来なかったという。
「王兄が王になれなかったのも、そのせいなのよ。若い頃は素行がよくない人だったっていうのは聞いたことがあるし、裁きの女神の剣を持つにはふさわしくないと判断されたのかも……バルテロメ? 待って、なんだか覚えがあるわ……」
 パルディナはもどかしそうに自分のこめかみを指で押さえた。
「……オルフェシア姫の一五歳の成人の儀の宴席で、姫を簒奪者呼ばわりして謹慎処分になった若い貴族がいたわよねぇ……。臣下の忠誠心の篤いサルツニアでは珍しい事件だって、けっこう話題になってたのよ」
「簒奪者、ってなに?」
「『正当な権利はないのに奪い取った』って意味合いかしらね。サルツニアの王族の成人の儀はジェノヴァ神殿で行われて、神剣ジェノヴィアを鞘から抜けるかがまず試されるのよ。そこで継承権が確定するの。オルフェシア姫は無事に剣を抜いて後継者の資格を得たんだけど……。ああそうだ、王兄の息子のバルテロメだわ」
 やっとすっきりした様子で、パルディナは頷いた。
「王子にはなれなかったけど、バルテロメだって王族の一人だから、同じ成人の儀を受けてるのよ。そこで剣が扱えれば、筆頭ではないけど継承権が得られたはずなの。でも彼は鞘から剣を抜くことも持ち上げることも出来なかった。それで継承権を認められなかったの。その悔しさもあっての『簒奪者』呼ばわりだったんでしょうね。」
 長い間安定した王権を保ってきたのは、女神ジェノヴァの保護が、臣下にも目に見える形で存在していたというのもあるかもしれない。
「ただ、現王と王兄の関係自体は、そんなに悪くないはずなの。王兄は自分が剣を抜けなかった事で納得して、弟が王として即位した後はそれなりに王をたててきた人だったのね。それもあってバルテロメは、『若気の至り、父や国を思う熱心さが暴走したんだろう』って温情から、謹慎処分で済んだの。普通なら不敬罪で投獄か、よくても辺境の領地に島流しものよ」
「じゃあ、このままだと自分が将来王様になれる見込みはないから、内乱を仕組んだり王女様をさらったりしたの?」
「そういうことでしょうね。もちろん、ああいう手合いは愚痴ばっかりで実行力がないのが大半だから、利害が絡む協力者がいるんでしょうけど。確かにバルテロメなら、王兄派の象徴に祭り上げるには好都合だわ」
 言いながら、パルディナは盤の真ん中に黒のビショップを置いた。
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