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ジェノヴァの瞳 ランシィと女神の剣 作者:河東ちか

第三章 風来人アルジェスの章

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第三話 ランシィ、歌姫と再会する 1-2

 彼女が歩くだけで、そこに彼女のための見えない絨毯でもひかれているかのように、周りはごく自然に道をあける。金色の髪が、陽光に照らされてまるで後光のように輝き、すれ違った男達は自分が見たものの意味を確かめようと思わず振り返る。
 その歌声は月光のように透き通り、夜の闇を貫いて遠くの人の心まで照らす。男も女も子どもも老人も、一度聞けばその美しい声を忘れることがない。
 通り過ぎる男達の視線をそつなくかわし、嫉妬を含んだ女達の視線には邪気のない笑顔で答え、パルディナが買い物から戻ったのは、太陽が天頂から降り始めてまだ間もない頃だった。買った服は直接届けるようにと店に言いつけてあるので、パルディナ自身は特に荷物もなく、足取りは軽やかだ。
 当座の公演の契約をした酒場は、その飲食店街ではそこそこ有名な老舗だった。同じ建物の裏手には、乞われて歌や楽器を演奏する者達のための宿泊施設が用意してある。
 昨日は裏から店の様子を見るだけだったが、貴族向けの気取った店ではなく、少し年配の者も落ちついて酒を楽しめるように心がけているようだ。店に鍵琴ピアノが用意してあるくらいなので、経営者も音楽や芸術に関心が深いのは見て取れた。
 外出から戻る際に、一応振り返って怪しい者につけられたりしていないかを確認するのは、無意識の癖になっている。旅慣れて多少のことには動じないが、自分を見た目だけで判断した頭の足りない男に絡まれて、相手を怪我させるような事になっても、逆に仕事に差し障る。
 つけてきていた者はなかったが、裏手の通用口に回ろうと角を曲がったところで、横から腕を引っ張られた。人の気配がなかったように思えたから、多少油断していたかも知れない。大声を上げたり、抵抗して投げ飛ばす前に、一応相手の意図を確認しようと顔を向けたところで、パルディナは目を丸くした。
「ランシィ?! どうしてここに……」
 笑顔で声を上げかけて、ランシィが人差し指を自分の唇の前に立てているのに気付き、パルディナは察しよく口を閉ざした。さっと辺りを見回して、他に人がいないのを見て取り、通りからは死角になる建物の陰にランシィと一緒に身を寄せる。正面から向き直ると、パルディナはランシィの二の腕に軽く手を置いて、久しぶりに会う子どもの姿を確認するように少し上から見下ろした。
「ちょっと見ない間に、ずいぶん背が伸びたのね。あと二年もしたら追い抜かれちゃうかも」
 もともと小柄のパルディナに、ランシィの背丈はもう頭半分ほどにまで迫っている。伸びる背に体の肉付きが追いつかず、ランシィはまだ少年に間違われてもおかしくない細さだ。パルディナは嬉しそうにランシィの体を抱きしめた。懐かしい柔らかな感触に、ランシィは思わず涙ぐみそうになった。
 パルディナはランシィの髪に頬を寄せると、やっと腕を緩め、今度は心配そうにランシィの顔をのぞき込んだ。
「孤児院に挨拶に行ったら、養女に行った先で大変なことが起きて行方が掴めないようだって言われて、心配してたのよ。自由に動けるみたいなのに、名乗り出ていないっていうことは、なにか事情があるのね?」
 さすが、パルディナは飲み込みが早い。ランシィが頷くと、パルディナは自分の肩にかけて結んでいたスカーフを簡単にたたんで、軽く左目を覆うようにランシィの頭に巻いた。改めて周りを見回し、建物の中に招き入れる。
 裏口を入った所は、小さめのホールになっていた。カウンターの奥で書類を整理していた品のよい老女が、パルディナに軽く微笑んだ後、ランシィを見て首を傾げた。
「前に来たときに知り合った子なの。働きながら役者の勉強をしてるんですって。ほらラム、ここの管理人のサラさんよ。ご挨拶は」
「ら、ラムです。パルディナさんのご指導を受けに来ました」
 努めて可愛らしい声を出し、ランシィはぺこりと頭を下げた。
「あらそう、役者の卵さん。それで男の子みたいな格好してるのね。可愛い海賊さんの役かしら」
 ふふ、と笑って老女はカウンターの引き出しから取り上げた鍵をパルディナに差し出した。商売柄、芸人や旅役者なども見慣れているのだろう。
「水差しと焼き菓子のご用意はしてありますけど、別にお飲み物が必要になったらベルで呼んでくださいね」
「ありがとうサラさん」
 パルディナも微笑むと、堂々と階段を上っていく。ランシィが遠慮がちに後に続くのをサラは微笑ましく見送り、また自分の作業に戻っていった。
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