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ジェノヴァの瞳 ランシィと女神の剣 作者:河東ちか

第二章 騎士タリニオールの章

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第一話 2-2

 一二年前、当時のアルテヤ王の引き起こした戦争が終わりを告げたその時、一五歳のタリニオールはアルテヤの領地の南の外れにあるツハトの村にいた。騎士見習いとして、自分の師である騎士オルネストに付き従っていたのだ。
 オルネストは山地を越える傭兵部隊を率いていた。短期間でアルテヤの王都ラウザへ到着するために、あまり条件のよくない山地の道を越えアルテヤ領内に入ったのだ。
 傭兵部隊だったので、正規の兵士の数は全体の一〇分の一ほどでしかなかった。それでも、あらかじめ略奪は禁じていたし、山を越えたときもそれは言い含めてあった。誓約を違えた者には重い処罰があることも、契約の際に傭兵達個々から合意を得ていた。
 村に入ったところで戦争が終わった知らせが入り、このまま撤収するか一旦王都ラウザまで出て正規軍に合流するか、指示を待つ必要が出てきた。村の側に駐留する代わり、人手が足りずに収穫に困っている村に手を貸す、そんな平和的な合議までオルネストが村側とつけていたのに、祝勝に振る舞われた酒でたがが外れた傭兵がふたり、女も出せと村の民家のひとつに押し入ったのだ。
 タリニオールがオルネストを追ってその建物に駆け付けると、中は文字通りの血の海だった。中にいた村の男女を襲った傭兵二人を、オルネストはその場で斬り捨てたのだ。
 レマイナの神官が、火がついたように泣き叫ぶ赤ん坊を抱え、白い法衣を血に染めながら叫ぶように祈りの言葉を唱えていた。その神官は、通常の医療術のほかに、癒しの法術が使えるという触れ込みで衛生兵として同行していたのだ。
 通常、神官達は特定の国家に与するような行動はとらないが、サルツニアの介入は人道的支援の面が大きかったため、どの教会も戦闘に直接関わらない形での協力は容認していた。アルテヤ国内にいる双方の傷ついた者達の役に立ちたいというのが、その神官が志願した動機だった。
 二人の傭兵がなにをしたのか、タリニオールが聞かされたのは一晩あけて、赤ん坊の様子が落ち着いてからだった。オルネストと一緒に、赤ん坊の祖父の家に赴くと、赤ん坊は何事もなかったように小さなかごの中に寝かされていた。えぐられたはずの左目のまわりは、一見傷跡もなくきれいだった。だが、まぶたが開いて普通に動く右目とは違い、左目はもう開かれることがなかった。
 オルネストは、自分の監督が行き届かなかったことをひどく悔やんでいた。ランシィの祖父さえ構わなければ、二人でサルツニアに来てもらって、自分の領地で不自由なく暮らすことすら提案した。
 しかしランシィの祖父は、村を離れることをよしとしなかった。いずれ必要ができれば、必ずランシィのために手を尽くすという証のために、オルネストは王から賜った自分の剣のひとつを、ランシィの祖父に託したのだ。
 騎士にとって、主君から賜った剣は特別なものだ。ランシィの祖父はそれを理解していたから、オルネストの約束が口先だけのものではないとも納得したのだろう。

「悪いのは、あのときの王さまをだまして戦争を起こした人だって、ノムスは言ってた」
 ランシィは別の部屋から持ってきた椅子に腰掛け、寝台に座って語るタリニオールの言葉に耳を傾けていた。あらかた聞き終えると、自分を村から連れてきた若い神官が持ち出してくれていたという、オルネストの剣をタリニオールに差し出した。
「正しくものを考えなかった王さまもわるいし、それを悪いことだよって教えてあげなかった人たちも悪い。戦争がなければこんなことにならなかったんだから、サルツニアの人を恨むのはおかしいって、言ってた」
「あの時も、君のお爺さんは同じ事を言っていたよ。とても考え深い人だったんだね」
 あれから一〇年以上経つのに、剣の状態はまったく当時のままに保たれている。村にいる間はランシィの祖父が、村を出てこの町に着くまでは同行した若い神官が、町についてからはカーシャムの道場の指導を受けて、ランシィが手入れをしていたのだという。
「……オルネスト様は、ずっと君たちのことを気にかけておられて、毎年何回か使いの者に様子を見に行かせていたんだ。だんだん村から人が少なくなって、お爺さんもお体が弱ってきたようだったし、いつ君たちを迎えようか、それともサルツニアから援助が行き届きやすい大きな町にでも引っ越してもらおうかと、提案しようと考えていたらしい。その矢先に君はいなくなって、お爺さんは冬の始めに亡くなって仮の埋葬をしたという書き置きが家の中から見つかって……」
 タリニオールはその前年の秋口、サルツニアの北の山地を騒がせていた盗賊の討伐隊に参加していた。出立直前のその部隊を、山地を越えてアルテヤに向かいたいというカーシャムの若い神官が訪ねてきた。タリニオールが終戦時、山地を越えてアルテア領内に入った傭兵部隊に同行していたという話を聞いて、討伐隊に協力する代わりに道を教えて欲しいとやってきたのだ。
 背が高くて笑顔の優しげな、どこか頼りない雰囲気の青年だった記憶がある。それでも、カーシャム神官の実力には定評があるから、タリニオールは喜んで彼の頼みを引き受けた。
 ランシィの祖父の遺体には、カーシャムの神官が弔った証の煙水晶が一緒に残されていた。あの神官が、ランシィの祖父の最期の日に居合わせ、ランシィを連れて村を出たのだ。
「すぐに君たちの足取りを調べたんだけど、途中で同じ道を、西エゼラルから来た有名な歌姫が通っていって、すっかり君たちの噂が判らなくなってしまったんだ。いくらなんでも春先にはラウザについていてもおかしくないのに、カーシャムの教会や、どの孤児院を当たっても、君らしい少女が来たという話は知らない。ひょっとしてあの若い神官が、自分の旅に君をずっと同行させたのかと思って、探索の手を広げたのだけど、全然手がかりがつかめなかったんだよ。いったいいつ、君はこの町に来たんだい?」
 タリニオールの話を聞きながら、ランシィは自分の旅の足取りを頭の中で追っていたらしかった。少しの間なにかを思い出すように視線を踊らせた後、ランシィはぽんと手を打った。
「サルツニアの人たちが村に来たのって、冬が終わってすぐだった?」
「そうだね……。雪がまだ地面を覆っていて、君のお爺さんを村の墓地に改めて埋葬するのがちょっと大変だったという話は聞いたよ。その分、とても綺麗な状態で移せた、とも言っていた」
「そっか……」
 ランシィは灰色の右目を幾分ゆらめかせ、なにかを振り払うように軽く首を振った。
「わたしがこの町に来たのは、夏になる前くらいだった。わたしを、ラウザのどの施設に預けるのが一番安全か、パルディナがひとつ前の町でいろいろ調べてくれたんだ」
「パルディナ……?」
「『有名な歌姫』だよ。途中の村で同じ宿になって、そのままずっと一緒に来たんだ」
「ええ?!」
 それで、『神官と小さな子ども』の二人連れについて聞いて回っても、はっきりした話が出てこなかったのだ。春先にラウザの町を探しても見つからないのは当然だ。まだ着いていなかったのだから。
「それならそれで、ここに着いたときに知らせてくれれば、もっといろいろ君に援助できたと思うんだ。君を連れてきた神官殿は、ここにサルツニアの部隊が駐留してるのも知ってたはずなんだよ。この剣がサルツニアの騎士のものだっていうのが判っていたならなおさら、連絡を取る方法も考えついたと思うんだ」
「それは、……いろいろ相談したから」
 そのひとことに、言葉にはのせきれない様々なことがこもっていたような気がする。つい恨めしい気分になってしまっていたタリニオールは、はっとしてランシィを見返した。
「どうするのが、わたしに一番いいか、みんなが考えてくれて決めたことがいっぱいあるんだ。その……サルツニアの人たちが心配してくれていたのなら、ごめんなさい」
「いや……私こそ会ったばかりなのに、いろいろ問いただすようなことをしてすまなかった」
 タリニオールは素直に頭を下げた。
「君は、心から君のことを心配してくれる人たちに出会えて、一緒に旅をして来たんだね。寂しい思いをして、ここまでたどり着いたんじゃないんだね」
 ランシィはタリニオールの言葉に、一瞬驚いたような顔をした後、ぎこちないが精いっぱいの笑みを見せて頷いた。タリニオールは、また目頭が熱くなるのを感じて、慌てて顔をそらした。
 一二年前、村を出るときに一度だけ抱かせてもらった赤ん坊はとても小さくて温かかった。あんな小さくて頼りない命に刃を突き立てることができる者がいるのだと、やりきれなさと悲しさで、少年だったタリニオールは必死で涙をこらえて村を後にしたのだ。
「その……またいろいろ、君の話を聞きに来たいんだが、構わないだろうか」
 すぐにでも聞きたいことがたくさんあった。だが、一二年の月日を数時間で聞き出すのはどうしたって無理がある。居場所が判って、もう見失う心配もないのなら、時間をかけて今までのこと、これからのことを考えたほうがよさそうだ。頷いたランシィの手にオルネストの剣を返し、タリニオールはふと思い出した。
「そういえば、昨日君は、賊をどうやって倒してくれたんだい? 剣の音が聞こえたのは判ったけれど、実際に斬ってはいなかったよね」
「ああ」
 ランシィは小さく笑みを見せた。
「カーシャムの道場で使ってる模造剣だよ。柄も剣身も全部本物の剣と同じものでできてるけど、刃がついてないから、刺したり斬ったりはできないの」
「なるほど……」
 そういえば、自分も騎士見習いの頃、使わせてもらった記憶がある。しかし基本的に子どもには持たせないはずだから、ランシィは剣術の素質にみあった精神的なものも見込まれているのだろう。
 しかし、カーシャムの神官との関わりがあったにしろ、生まれ育った村にいた頃は剣など触れる機会もなかったはずの少女が、なぜ剣術を学ぼうと思ったのか。それを彼女が抵抗なく打ち明けてくれるように、距離を縮めて行くにはどうすればいいか。
 大事そうにオルネストの剣を布に包むランシィの姿を見ながら、タリニオールは優しく微笑んだ。
 あれだけオルネストが必死で探しても行方の掴めなかったランシィが、今になってひょっこり自分の前に現れた。自分達には計り知れないおおきな力が働いているような、そんな気さえしたのだ。
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