挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ジェノヴァの瞳 ランシィと女神の剣 作者:河東ちか

第一章 神官グレイスの章

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

19/74

第四話 2-2

 絵に合わせて巧みに声色を変え、表情を変えて語るパルディナの語り口に、子供達はいつしか引き込まれ、真剣な表情で耳を傾けている。
「美しかったが、愚かな女だったよ。うまいこと言って近づいてくる男にころころ騙されちゃ捨てられて、父親が誰かも判らない子供を産み落として、あげく散々迷惑かけた一座にその子供を残して、新しい男と消えちまった。その後は知らない。相手の男には人買いの噂もあったから、あの女ももう生きてないんじゃないかな」
 なんでもなさそうに言って、ユーシフは少し湯気のおさまったカップに口をつけた。
「俺は、パルディナにはことあるごとに言ってきたわけ。男に頼って泣かされてるようなつまらない女にはなるな。顔と若さは一時の武器でしかない、自分の足で一生立てるくらいの実力を身につけろ。時には馬鹿な男を手玉にとって泣かせてやるような、賢くて力のある女になれ」
「……はぁ」
「その結果がああなったのは少し反省している」
 しみじみとユーシフが付け足したので、グレイスは思わず吹き出した。
 ユーシフは頭をかくと、いくぶん表情を和らげた。
「だからパルディナには、ランシィの話が他人事には思えなかったみたいだ。俺にも、ランシィに賢くなれ強くなれって言って聞かせてた爺さんの気持ちはよく判る。後はランシィが、その『強さ』や『賢さ』の意味をどう解釈するかだな」
 自分を護れるくらい強くなれ。ランシィの祖父はその言葉に、抵抗する術もないまま赤ん坊を守るために死んでいったランシィの両親の姿を重ねていたのだろうか。
 ランシィの左目は、彼らの無力さの象徴ともいえる。失われた左目の代わりに、ランシィはこれから何を得るのだろう。
 不意に、たくさんの小さな手のひらが打ち鳴らされる音がして、グレイスは考え事から現実に引き戻された。物語が終わり、子供達の精いっぱいの拍手と笑顔が歌姫に向けられている。
 その音に驚いたのか、近くで母親に抱かれていた赤ん坊が目を覚まし、弱々しい泣き声を上げた。
 周りの子供達が物珍しそうに周りに集まって、あやされる赤ん坊を眺めている。赤ん坊は、やっと首が据わったくらいだ。人間はあんなに小さく産まれてくるものなのかと、グレイスでも改めて驚くほどだった。
 赤ん坊など見るのは、ランシィは初めてなのだろう。ほかの子供達の陰からおそるおそる、赤ん坊が一生懸命声を上げるのを眺めている。
「……この子はどんな子になるかしら」
 不意に、柔らかく通る声で、歌姫が優しい歌声を上げた。


 この子はどんな子になるかしら
 その手はなにを掴むのかしら
 野に咲く水仙の花かしら
 それを大事な人にあげるのかしら

 その目はなにを見るのかしら
 夜空に流れる星の河かしら
 それを大事な人と指さすのかしら

 強さは優しさを忘れないこころ
 賢さは道を違えぬ正しい瞳
 忘れないでね 私の大事な子
 いつかあなたが私の手を離れても
 私はあなたを愛しているわ

 だから安心して
 おやすみなさい おやすみなさい



 即興なのか、元からそういう歌があるのかは判らない。パルディナの美しい子守歌に、子供達だけではなく、周りの大人もうっとりと耳を傾けている。
 同じように聞き惚れていたグレイスは、何気なくランシィに目を向けてはっとなった。静かに耳を傾ける子供達のなかで、ただ一人、ランシィだけが唇をかみしめて、なにかを堪えているようだった。
 今の歌でランシィの脳裏に、今まで自分に教えられて来た両親の最期と、それを語る祖父の言葉が蘇ってきたのだろうと、グレイスにもすぐ推察できた。それでもランシィは、誰にも顔を見られないようにうつむいて、肩を振るわせて拳を握りしめ、声を上げようとはしない。
 グレイスは思わず立ち上がった。
 あのまま我慢させてはいけないと思ったのだ。表情の乏しい瞳の下に隠されてきた正直な感情を、外に出す方法を知らないままに大きくなってはいけない。
 驚いたようなユーシフの表情も、大人達の怪訝な顔つきも、どうでもよかった。グレイスは、誰にも気がつかれないように少しづつ子供達の輪から離れようとしているランシィに駆け寄ると、膝をついて有無を言わせずに小さな体を抱きしめた。抱きしめる直前、潤んだランシィの右目が、驚いたように見開かれたのが見えた。
「自分の本当の心から逃げないのも、強さなんだよ」
 苦しくないように力を調整しながら、グレイスはランシィの背中を包むように囁いた。
「大事な人を思って泣くのは恥ずかしい事なんかじゃない。哀しいときと嬉しいときは、我慢しなくていいんだよ」
 それまで息を殺すように震えていた喉が、大きく息を吸い込んだのが判った。グレイスの体にぎゅっと抱きついたランシィの嗚咽がグレイスの胸を打ち、熱く温かいものが法衣を湿らせる。
 歌い終わったパルディナは、グレイスの背を見て静かに微笑んだ。グレイスの動きにきょとんとしているほかの子供達を手招きし、今度は四角い色紙を与え始める。
 色鮮やかな異国の紙が、パルディナの手の中で、人形や風船に形を変えていく。それを見て、ほかの大人達もそちらに関心を移したようだ。
 短い間かも知れないけれど、自分に託されたこの宝物のような子供を精いっぱい守ってあげよう。強さと賢さを得る為の助けになってあげよう。
 人に大事にされた記憶は、大きくなってもきっと支えになるはずだ。グレイスはランシィの髪に頬を寄せ、黙って背中を撫でていた。自分の腕の中の小さなぬくもりは、逆にグレイスに力を与えてくれるようだった。
次回より二章です。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ