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ジェノヴァの瞳 ランシィと女神の剣 作者:河東ちか

第一章 神官グレイスの章

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第四話 2-1

 夜中に一旦やんだ雪と風は、明け方にまた勢いを増したようだ。夜が明けても外は薄暗く、窓から見える景色は灰色に染まっている。地元の者でもよほど慣れていなければ、この吹雪の中を村から出ることは難しそうだった。
 昼にはやむだろうという話だったが、雪がやんだとしても、積もった直後の新雪をかき分けて先に進むのは難しい。
 宿の泊まり客も半数が、朝の吹雪で村を出るのをあきらめたようだった。歌姫も何日か逗留する予定であるというし、最初からそれを目当てに来ている者達も多いようだ。
 今の泊まり客の数に対応するには圧倒的に人手が足りないらしく、朝になって宿の女主人が、もう一日二日、手伝ってもらえないかとグレイスに打診してきた。そのかわり、部屋にあきが出たから納戸からそちらに移ってもよいという。
 どうせこの吹雪の中、小さな子供を連れて出立はできない。ただ、ランシィはまだパルディナに預けたきりだったので、一応相談したいと話を答えたら、ランシィは既に歌姫と一緒に食堂に来ているという。
 食堂には、外に出られず退屈している泊まり客が何組か、朝食をすませた後も残ってくつろいでいる姿があった。パルディナとユーシフは、夜の舞台の準備のついでに、物珍しそうに小道具をのぞきに来る子供達の相手をしていた。ランシィも、ユーシフが見せる異国の楽器の説明を、楽しそうに聞いている。
 そういえばランシィは、自分と同年代の子供達とまともに触れあったことがあるのだろうか。普通なら、学校とまではいかなくても、村や教会の集まりで自然と遊び相手ができる年頃だ。パルディナとユーシフが気にかけてくれるなら、しばらくここに置いておいてもよさそうだった。
 神官学校の寄宿舎での経験があるから、掃除や寝具の入れ替えなどもグレイスにはそれほど苦ではない。急に頼まれて手伝いに来た様子のほかの者たちよりも、手際がいいくらいだ。
 頼まれた仕事を一通り終えて、休息がてらの遅い昼食をとりに食堂に戻ると、パルディナが子供達を相手に、鮮やかな色で描かれた何枚かの絵を使って、物語を聞かせている最中だった。
 朝見た時よりも、子供の数が増えている。吹雪がおさまってきて、泊まり客ではない村の住人達も、子供を連れて遊びに来ているらしい。手作りの菓子や飲み物を持ってくる者も多く、ちょっとした宴席のようになっている。
 パルディナはこうして見ると、子供達の相手を心から楽しんでいるようだ。そういえば、昨夜の舞台でも、子供にも判る歌を用意していたし、手みやげまで持たせていた。歌姫なんて華やかな職業なのに、驕ったところがないのはグレイスにも好感が持てた。
「……で、あんたはこれから、あの子を連れてどうするつもりでいるんだい?」
 昼食を頂いて胃袋が満たされたせいもあるのか、なんだか穏やかな気持ちで食堂の光景を眺めているグレイスに、温かい茶の入ったカップを持ったユーシフが近づいてきた。ランシィは、パルディナの語る物語を聞く子供達の中で、遠慮がちに隅に寄って耳を傾けている。
「あまり雪が深くならないうちに、王都に行って、教会に相談してみようと思っています。大きな町では、レマイナ教会が孤児院を運営しているものですし。カーシャム教会の道場に頼めば、孤児院の子相手にでも、剣の指導をしてくれると思うんです」
「それまで、一人であの子の面倒を見ていくつもりなんだ? 王都は北の方角だから、ここから先はもっと雪も深くなるぞ。子供連れでは思うように進めなくなることが多くなると思うが、路銀は大丈夫なのか?」
「それは……」
 オルネストが剣と一緒に残した銀貨の袋があるから、最悪この冬の時期に宿も取れないということは避けられる。でもこれは、可能な限り手つかずでランシィの未来のために残しておきたかった。そのために、少しでも出費をおさえて、自分の手持ちだけでなんとかなるように、こうして頭と体を使っているのだ。
「あの後、パルディナと話したんだが」
 どう自分の考えを説明しようか、頭の中で言葉をまとめているグレイスを少し眺め、ユーシフは続けた。
「俺達が西からこの道に抜けてきたのは、南に向かってサルツニアに続く道があるって聞いてきたからなんだよ。でも、この辺りまで来て地元の人に確認したら、どうも夏場でも厳しいような山道らしいじゃないか」
「ああ……」
 ここから南にといったら、自分がサルツニアからランシィの村へとたどってきた、山地から続く道しかない。自分だって、道を知っていた騎士がいる部隊と途中まで同行できたから通れただけで、普通の旅人が使うには険しすぎるだろう。
「かといって、東に行くにはまた一山越えなきゃならんらしい。ここまで雪が降ってくると、難しい道なんだそうだ。それなら、ゆっくりでも移動が可能な王都方面に行くのがよさそうなんだよ。俺達は田舎の村にあんまり長居すると、逆に儲けが少なくなるから、ある程度移動できないと商売あがったりなんだ」
「はぁ」
「それなら、いっそあんた達と一緒でいいんじゃないかって、パルディナが言うのさ」
 間の抜けた声で返事をしたグレイスに、ユーシフはにやりと笑った。
「慣れない雪道だ、お互い同行者は多い方が安心だろう。宿だって、俺達と一緒なら宿代もかからない。カーシャムの神官殿なら用心棒としても申し分ないし、どうだろう?」
「それは……」
 正直、自分以外の大人がいてくれた方が、なにかと心強くはある。ランシィも、パルディナを警戒している様子はない。歌姫としての知名度もあるし、素性の判らない旅人と一緒よりは安心かもしれないが……
「……パルディナの母親は、俺が長いこと世話になってた旅芸人の一座にいた女だったんだが」
 ユーシフは、子供達に囲まれて物語を語るパルディナに視線を移した。
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