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ジェノヴァの瞳 ランシィと女神の剣 作者:河東ちか

第一章 神官グレイスの章

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第四話 1-2

 とはいえ、子供は子供なのだ。夜も更けていたこともあり、体が温まったらランシィはすっかり眠くなってしまったらしい。
 パルディナはランシィを自分の寝台に潜らせ、寝息を立てるランシィの髪を撫でてやりながら、グレイスの話を聞いていた。柔らかな寝具の中で、ランシィの寝顔はなんだか安心しているように見える。
 あいた鏡台の椅子に、ちょっとおさまり悪く腰をかけ、グレイスは話を続けた。
 自分が北の山地を越えてサルツニアから来た経緯。ランシィの祖父から聞かされた話と、その祖父の死。サルツニアの騎士オルネストが、一〇年前のランシィの為に残していった剣。女神ジェノヴァの絵から、その剣にある紋章の意味をグレイスが悟った直後に現れた、灰色の服の男。
 見せてよいものか迷ったが、ここまで話せば同じ事だろう。グレイスはランシィの家から持ち出してきた、オルネストの剣を二人に見せた。さすがにサルツニアの騎士剣を見るのは初めてだったのだろう、二人とも神妙な面持ちで、美しい装飾の施された剣をのぞき込んでいる。
「確かに、できすぎてるくらいよね……」
 話が一段落すると、パルディナは考え込むように頬杖をついて頷いた。
「話の流れから考えると、絵をこの宿に持ち込んだのは、さっきあなたたちが会ったっていう灰色の服の人と同じってことよね」
「そう考えると、ジェノヴァのことを口にしてたのも判らないではないんですが」
 宿の女主人は、絵を持ってきた男の服は、グレイスが着ているものに似た形だったと言っていた。さっきは距離があったから細部まではっきり判別できなかったが、確かにあの男の服は、神官の法衣と形が似ている気がする。
 しかし、灰色の法衣など自分は聞いたことがない。
「ジェノヴァ神殿の、神官なんじゃないのかしら?」
「そうだとしても、灰色がジェノヴァの何を象徴した色なのか判りません」
 カーシャムは死と眠りの神だから、夜や目を閉じたときの闇を連想させる黒い法衣なのだと一般には言われる。だとすれば、半身のジェノヴァに仕える神官は、何色の服を与えられるのだろう。灰色なら、それが意味するのはなんなのだろうか。
 だがそもそもジェノヴァ神殿はほかの教会との関係から外れているので、その原則が通用するのかもグレイスには判らない。
 あの男がジェノヴァ神殿に関係のある者で、神託めいたものを授けに来た。そう考えると確かに話はぐっと判りやすくなるのだが、なにぶん裏付けるものがなにもない。そのあたりは性急に結論づけできない。
「それはそれとしても、『時の選びし者』っていうのは、どういうことかしら」
「……資格がある、という意味じゃないか」
 空になったグレイスのカップに、今度はぬるめの白湯を入れて差し出しながら、ユーシフが言った。
「その灰色の服の男は、ランシィを『時の選びし者』だと言いはしたが、剣をくれると確約はしなかったんだろう?」
「そうね……」
 頷いて、パルディナは思い起こすように瞳を伏せた。
「その左目、取り戻したくはないか。……ならば強くなるがいい。ふさわしい強さと、ふさわしい心を持つがいい、時の選びし者よ。ふさわしい力を持つ者に、ジェノヴァは剣を託すだろう……」
 即興らしい、柔らかな旋律に乗って、パルディナの唇から男の残した言葉が流れた。歌にすることで、よりはっきりと記憶の中に言葉を刻み込むかのようだ。大きくはないが美しいその声に、グレイスは状況を一瞬忘れてため息をついた。
「……つまり、ランシィにはジェノヴァの剣をもらい受ける資格があるのかも知れない、ということよね。ただ、権利は確約されていないから、剣をもらい受けるための条件を備えなさい、ということじゃないかしら」
「剣を託されるのに、ふさわしい強さと、ふさわしい心……」
 これは、使命を帯びて剣を預かる者全てが言われることではないか。授かる者にも授ける者にも大きな意味と責任が伴う剣が、この世の中にはあるのだ。カーシャム神官の剣然り、騎士の剣然り。
「もし条件を満たし、ランシィがジェノヴァの剣を託されることになれば、その結果、失われた左目を手に入れることができるかも知れない。そう言いにきたんじゃないのか」
「でも、神剣ジェノヴィアはサルツニアの宝剣なんですよ」
 ユーシフの推測に思わず納得しそうになりながらも、グレイスは声を上げた。
「仮にランシィが剣を扱えるほどの技量を得たとしても、神剣ジェノヴィアがランシィの手にどうやったら託されるのか想像もつかないです。そもそも、ランシィは王族でも貴族でもなんでもない、田舎の村の農家の子供なんですよ」
「あら、それをいうなら、サルツニアの始祖シャール大帝も、出は名もない山村の猟師の子だったのよ」
 パルディナはくすりと笑った。若いのに頭が固い男だとでも思われているのかも知れない。
「それに、ジェノヴァが与える剣が、必ずしも神剣ジェノヴィアだとは限らないんじゃない? あなたの剣だって、広い意味では、ジェノヴァから託されているものといえるでしょ」
「まぁ……そうなんですけど」
「なんだか、これってすっごい話じゃない?」
 どうもあれこれ考えてしまうグレイスとは逆に、パルディナは目を輝かせて自分の胸の前で両手を握りしめた。
「その預言が成就しちゃったら、あたし達って新しい伝説の始まりの部分に居合わせてるって事にならない? 女神ジェノヴァの預言を託された隻眼の少女ランシィが左目を取り戻す、その始まりの物語の歌を、あたしが世に送り出すってことよね? すごーい!」
「ちょ、ちょっと」
 勝手に盛り上がり始めたパルディナに、グレイスは戸惑って声を上げた。
「始まりの物語って、これが本当にジェノヴァの預言かどうかすらわからないのに」
「でも、筋道立てて考えたら、そう受け取るのが自然じゃない?」
「いやそれは……」
「まぁ、パルディナの言ってることはちょっと横に置いておいて」
 さすがに苦笑いしながら、ユーシフが間に入った。
「ランシィのお爺さんは『自分で自分の身をまもれるように、賢く強くなれ』とも、言っていたのだろう?」
「はぁ……」
「女神ジェノヴァから剣を託されてもおかしくないほどの賢さと強さを得ることは、そのお爺さんの願いとも、そうなりたいというランシィの望みとも、重なりやしないかい」
 ――頑張れば、おじさんみたいに強くなれる?
 グレイスは、盗賊もどきを追い返した後のランシィの言葉を思い返した。
「確かに、片目が見えないとはいえあの聴力ですから、きちんと学べばそれなりに剣を扱えるようになるのもありえないことではないです。僕も、剣術を学び始めたのはあのくらいの年ですし……」
「それならさ、たとえ大きくなって、やっぱり片目を取り戻すなんて話が夢物語だったと気付いたとしても、強く賢くあるという目的に向かって進むこと自体は、ランシィにとって悪いことではないんじゃないかな」
 ユーシフの冷静な指摘は説得力がある。確かに、ジェノヴァがどうとかいう話が出て来る前から、自分はランシィのためにあの村に導かれてきたのではないかと思ってすらいたのだ。ランシィが剣を学びたいと望むなら、自分にもなにかしら力になれることがあるかも知れない。
「なによ、夢物語って」
 自分の時とは違って、グレイスがユーシフの言葉に反論すらしようとしないのが気に入らないらしい。パルディナはまた不満そうに頬をふくらませた。
「それなら、灰色の服の人は、なにしに出てきたのよ? ランシィをからかうために一〇年も前から準備してたって言うの? そっちのほうがおかしいじゃない」
「いや、それもそうなんですけど」
 さっきのいざこざのせいか、パルディナが不機嫌になると、自分が悪いわけでもないのになぜか怯んでしまう。グレイスがおたおたしているのを、ユーシフは困ったような笑みで眺め、小さく息をついた。
「まぁ、あんまりいっぺんにいろいろなことに結論を出そうとしたって仕方ないさ。肝心のランシィは夢の中なんだし、おまえさんたちが頭の上で言い合ってても仕方がない」
「だってぇ」
「それにその子は、たった一人の身内を亡くしたばかりなんだろう?」
 ユーシフの静かな物言いに、グレイスもパルディナもはっとして目を見あわせた。
「先の心配も悪くないが、せかすだけじゃなくて、少し立ち止まる時間をあげてもいいんじゃないかな。どうせこの雪じゃ、明日もこの村に足止めだろう」
 雪が本格的に積もる前にと、先へ先へと急ぎすぎて、確かにランシィからゆっくり考える時間を奪っていたかも知れない。少し振り返って今までのことを考えるのも、先に進むためには大事なことではないか。
「そうね、もう寝ないとお肌に悪いし、明日また改めてお話ししましょ」
「あ、それじゃ……」
「いいわよ、この子はこのままで。起こすのは可哀相じゃない」
 眠り込んだままのランシィをどうしようか、グレイスの内心を見透かしたようにパルディナは言うと、ふと思い出したように意地悪く目を細めた。
「なんなら、あなたもご一緒にいかが?」
「え、遠慮しておきます……」
 一気に冷や汗をかいたグレイスを、わざとらしく睨み付け、パルディナは一転してくすくすと笑い始めた。
 こんなだから余計にからかわれるのかも知れないが、自分の頭をどうひねっても、気の利いたかわし方は思いつきそうになかった。ユーシフは歌姫のいたずらなど慣れっこらしく、グレイスを見る目には、気の毒そうな様子すら伺える。
 さっき押し入ってきた男も、自分のようにこうやってからかわれて、のぼせ上がってしまった者の一人なのではないか。鏡台の片隅に、小さな贈り物の箱が置かれているのに気付いて、グレイスは止めに入ったのがなんだか申し訳ないような気分にすらなってしまった。
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