第八話
二人は目を見合わせたまましばらく黙っていた。
そして、声を合わせてつぶやいた。
「わからない・・・」
そばには竜也のおばあさんがやさしく微笑んでいる。
「はあ?!」
応接間で、竜也の声が響いた。
「え?え?どういうことですか?」
「だからね、」
とおばあさんはやさしく繰り返した。
「私の娘は霊だったのよ」
「・・・母さんが?それじゃあ何で俺が此処に居るんだよ」
しばらくの沈黙の後、龍也が言葉を発した。
「死んだ人がまた生き返るなんて聞いたこと無い」
「龍也、よく聞いて」
珍しく舞は冷静だった。
「私の娘は、一度交通事故で死んでしまってね。
私は霊の見える家系、だからその子が見えたけれど、結局成仏させられなくてね。
一人娘だったから・・・わがままなのは分かっていたけれど、
永遠に会うことができなくなることも分かっていたから・・・」
何の物音も聞こえなかった。おばあさんの声以外は――
「ある日、娘とある男の人が出会った。それが龍也の父親。
霊感が強いタイプでね、そういう人、時々居るでしょう?」
そういっておばあさんは舞を見て、舞はゆっくりうなずいた。
「二人がそれぞれお互いに恋に落ちたことはわかってた。
見たら、すぐにね。
でも、所詮死んだ子なのよ、あきらめて、と私は龍也の父親に言ったわ。
そしたら・・・どれだけ好きかをとうとうと語られてしまったわ」
ふふ、と笑って、おばあさんは目をこすった。
「それを娘が聞いていたのよ。そしてあわてて出てきて、
もちろん、私もよ、と言った瞬間、人間に戻ったの。嬉しかった。
とっても驚いたけれどね。」
「そして、龍也が生まれたの」
とたんに龍也が顔を赤くする。
「照れなくていいのにー」
「俺今までそんなこと知らなかった・・・」
「母親が霊だったなんていやがるかと思ってね」
おばあさんは笑っていたけれど、悲しそうだった。
「この家系は、代々霊が見えるのよ、だけど霊に触れる子なんて存在しなかった。
龍也、触れるでしょう?生きている人間と同じように・・・?」
「まあ・・・」
「霊から生まれた子なんて、いままでにはきっと居ないはずだ、って
娘も龍也の父親もはしゃいでたけれど・・・」
と、おばあさんは黙り込んだ。
涙が止まらないのだ。
顔に当てる手が間に合わなくて、手と頬の間から涙がこぼれ出る。
「この子の父親が病気でね、死んでしまったの。人の魂によって死んだ魂は
霊になってこの世界にとどまるけれど、そうでない魂は違う。
娘もすごく落ち込んで、立ち直れなくて、とうとう娘も病気になった」
「そんな話、聞いたことない。事故だって聞いた」
「そう、龍也には言わなかったけれど、いえ
私が悪かったの。言うだけの強さがなかったの。」
舞は、一緒に涙を流しながら聞いている。
竜也も聞こうとはしていたが、さっきから舞の目からこぼれ落ちる液体のほうに見入っていた。
「あなた、幸せになってね。きっと龍也がそうするわ。
龍也、あなたを本当に大切に思ってるわ」
「!?」
舞と竜也は顔を見合わせた。
みるみる龍也の顔が赤くなっていく。
おばあさんはほらね、という風に首をかしげた。
「本当は、私にはよくわからないのよ。
でも娘がよく、私がいれば龍也は死なないと、言っていたの。
確かに・・・龍也は小さい頃からけがをしてもすぐに治ってたわ。
だから私は信じてたの。あの子が龍也を助けること。」
おばあさんは目に涙をためていたが、もう流してはいなかった。
舞をきちんと見据えていた。
「舞ちゃん、だったわね。竜也をよろしくね」
「・・・・?!はい。」
舞はまた学校に通い始めた。
クラスメイト、先生・・・みんな舞のことを覚えていなかった。
もっとも、舞の両親に出会ったときはびっくりしたけれど、
向こうは覚えていなかった。
舞は新しい転校生なのだ。
戸籍に登録したり、舞に仮住まいをつくったりと、手続きは大変だったけれど。
これも全て終わって、舞はまた普通の中学生として生活する。
そう、世界中が、新しい舞の人生を歓迎していた――――。
まだ桜は咲かないのに、そのつぼみの下で、並んでいる人影が二つある。
「せっかく花を見にきたのに、まだつぼみだな」
「つぼみでもいいじゃない。思い出の場所っていうのが大切だし」
二人は顔を見合わせる。タイミングがぴったり合って、なかなかいいカップルだ。
一人が空を見上げると、もう一人が小声でささやいた。
「竜也・・・?覚えてる?」
「もちろん覚えてる。忘れるわけないだろ」
「あそこで、私が告白したんだよね」
「俺も、な」
「そっか、二人とも、だよね」
「あれはこわかったよな。まさか、落ちるとはおもわないもんな」
「うん。でも、良かった。竜也が死ななくて。竜也が成仏なんてしちゃってたら大変」
二人は楽しそうに笑った。
「舞が居る限り、俺が成仏できないってこと、知ってるだろ?」
二人は何も言わずに手をとりあった。
明日は二人の結婚式。
竜也の家だけで行われる、ささやかな結婚式だ。
もしかしたら、そこには見えない出席者が訪れるかもしれない。
|