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  月が泣く 作者:橘。
第五話 鳴月 -旅-
 
 空は青く、冷たく澄んだ空気が島を満たしている。吐く息は白く、南に位置するムナの島にも少し遅い冬が訪れていた。

 朝から島民の漁を手伝っていた銀は、分けてもらった釣果の入ったバケツを手に家に戻る。そこは他の民家同様、煉瓦作りの家だった。

 ムナに来て早二ヶ月。鳴月の家には置けないと言われ、銀達は自分達で集落に家を建て、そこで四人の暮らしを始めていた。
 髪を隠さなくていい、誰にも排斥されず否定されず、普通の人間としての暮らしができる日々。集落の人達とも打ち解け、少しずつムナでの生活にも慣れていった。

「ただいま。」
「おかえりー。」
「お帰りなさい。」
「あ、銀だ!」
「おかえり~。」

 家の中に入ると、思ったよりも多い人数から声をかけられる。リビングでは暖炉の前に白と島の子供達が居た。

「お帰りー。お、魚じゃん!。」

 キッチンにいたみどりは、銀に気が付くと玄関まで迎えにきた。銀が持っていたバケツを受け取ると、それを持ってキッチンに戻る。

「コロナー!魚ー!」

 その声に、キッチンで鍋を見ていたコロナが振り向いた。

「あ、お帰りなさい。」
「ただいま。」

 銀は微笑み、みどりと共にキッチンへ行く。コロナは遅い朝食を作っている所だった。

「寒くなかったですか?」
「うん。ずっと船の上だったけど、故郷の冬に比べればここは随分と暖かいからね。」

 隣で笑い合う二人を横目に、みどりはバケツを置くとすぐに子供達の所へ移動する。
 すると、白の隣でソファに座っていたスミが足をブラブラさせながらみどりに声をかけた。

「なーなー、みどりは船動かせんの?」
「え?あぁ。銀が一緒ならできるぜ。」
「マジで!今度海に連れってよ!」
「あ~、どうだろ?勝手に使っていい船あるのか?」
「う~ん。」

 すると、それを聴いていたノブが腕を組みながら頭をひねる。

「鳴月の船は?」
「あぁ、あれはダメだろ?すぐ使うみたいだし。」

 だが、スミの言葉を聞いたキッチンの二人は顔を見合わせた。銀は振り返って子供達に話しかける。

「使うって?」
「あぁ、最近鳴月が食料買って船に運んでたよ。また海に出るんじゃないの?」

(海に出る?鳴月が?)

「・・・。」

 みどりも銀を見る。銀はすぐに玄関へ足を向けた。

「ちょっと出てくる。」
「うん。行ってらっしゃい。」

 どこへ行くのかは皆分かっているのだろう。他の三人は何も言わずにそれを見送った。





 浜辺の前に建つ小さな小屋。最近はあまり訪れていなかった鳴月の家だ。
 走った為に切れた息もそのままに、ノックもせずに扉を開けると中には誰も居なかった。

 窓は閉まっていて、部屋は片づいている。周りを見渡すが、以前来た時とあまり変わっていない。だが、キッチンに食料はない。本棚を見ると、置いてあった地図の一部が無くなっていた。

(まさか、・・もう出たのか?)

 けれど、ドアには鍵がかかっていなかった。鳴月がそんなミスを侵すとは思えない。
 しかし、鳴月がこの島を出るのは確かなようだ。その出発も時間の問題だろう。

 島を出るにしても、何も言わない所は鳴月らしい。

「・・・・。」

 銀は静かにドアを閉めると再び走り出した。




  *  *  *

 目の前の海は風も波も穏やかだ。まさに船出にふさわしい日だった。
 必要な物は全て船に運び入れてある。後は錨を上げて船を出すだけだ。

 鳴月はいつも船出を島の人達には知らせなかった。いつ戻ってくるか分からない自分の帰りを待っていてもらうことはしたくない。フラリと帰って来た時に「お帰り」と言ってくれるだけで十分だった。

 船の縁から垂らした縄梯子を登る。甲板に上がると声がかかった。

「意外と遅かったな。」
「!?」

 そう言って、船室から出てきたのは銀だった。あり得ない光景に鳴月は自分の目を疑うが、やはり何度見ても銀が笑って立っている。

「お前・・・。ここで何してるんだ?」
「また旅に出ようかと思ってな。」
「・・・・・。」

 鳴月は唖然とした。何を言ったらいいのか分からず、いつもの悪態も出てこなかった。

「一人で行く気だったんだろ?」

 だが、その言葉で我に返る。

 こいつはこの島で生きる事を選んだ筈だ。ここで何より大切なものを育んでいくのだと決めた筈なのに、一体何をしてるんだ。

 鳴月は銀の顔を睨むように見た。

「コロナはどうするんだ?置いていく気か?」
「呼んだ?」
「!?」

 銀の後ろから続いてコロナも顔を出す。

「クソガキ。」
「あ!ひっどーい!!」

 鳴月の口から溜息が出そうになったその時、後ろから声がする。

「どいて!」
「!?」

 振り向くと、そこに居たのはみどりだ。彼は荷物を背負って、縄梯子を登ってきた所だった。

「・・・お前。」

 決して機嫌の良くない顔をしている鳴月に、みどりは甲板に足を下ろすと真っ直ぐにその顔を見た。

「父さんに会いに行きたい。」
「・・・・・。」
「いいでしょ?」

 力強いみどりの言葉。その表情。
 もうガキじゃないんだとその目は言っている。

「・・勝手にしろ。」

 嘆息と共にそう言った鳴月の言葉に、三人は顔を見合わせて笑う。

 鳴月は反対するつもりだった。四人には穏やかにこの島で暮らしていて欲しかった。今まで傷つき、苦しんだ分まで。
 けれど、この三人はそれを望まなかった。守られるのではなく、自らの足で先へ進むことを望んだから。
 そして何より、鳴月自身も嬉しかった。再び共に旅をしたいと言ってくれたこと。
 それは絶対口にはしないけれど。鳴月自身、孤独に苦しんできた一人だから。

 一族の事、戦う事、旅をする事。生きていく為の全てを教えてくれた老人が死んだ時、鳴月は世界で一人になった。以来、この島に迫害に苦しむ者達を連れてきても、鳴月はここに留まる事無く一人で旅を続けてきた。

 鳴月はひたすらに強さを求めた。生きる為に、負けない為に、救う為に。けれど、本当にそれは正しかったのだろうか。
 コロナを助けたのは銀の優しさだった。みどりを強くしたのは父の愛情だった。白を救ったのは仲間達の強い想いだった。

 前に進む為に必要なのは強さだけではない事。それを鳴月に示したのは他でもない。鳴月に会うまで外の世界に踏み出したことのなかった彼ら自身だ。

 自分には誰かとずっと一緒に居る事など出来ないのだと、それが一族の末裔としての責務なのだと、心のどこかで思っていた。
 それなのに・・

 鳴月は船の甲板を見た。そこには三人の仲間が笑っている。自分はここに居てもいいのだと、一人で戦わなくてもいいのだと、教えてくれているようだった。


 


 船出にはムナに残る白と子供達が見送りに来てくれた。
 銀は家の留守を白に任せて船に乗る。その時、白から小さな巾着袋を預かった。それはかつて楓から白へ贈ったものだ。
 手のひらに載せられたそれには微かに重みがある。気にはなったが、銀は中身を訊くことはしなかった。

 白はもしも崔へ、橅へ行くことがあれば渡して欲しいと言った。銀はそれを大切に受け取ると、「必ず。」と言葉を返した。



 帆を下ろし、船はゆっくりと海へ進む。青く果ての無い海へ。

 鳴月にとっては誰かに見送られる初めての船出。
 コロナ達は白や子供達に手を振ると、「いってきまーす!」と叫んだ。

 船が進み段々と島が小さくなっていく。その姿が見えなくなるまで、皆が浜辺で見送ってくれた。
 銀はずっとそれを見ていた。
 そうしてまた旅に出る。知らない土地へ、会いたい人の元へ。

 あれ程孤独だった大陸での日々。けれど今は会いたい人がそこに居る。そして旅を終えれば自分達には帰る場所がある。
 共に旅をする仲間も、愛しい人も隣に居てくれる。

 幸せなことだった。

 今までの自分の人生が決して他の誰かに劣っているなんて思えない。もう、思わない。自分が生まれた人生を、この髪を、不幸だなんて言わせない。

 鳴月が導いてくれた。コロナが与えてくれた。みどりが、白が共に足掻いてくれた。
 そして遠い地にいる母が守ってくれた己の命。

 まだ自分に何が出来るのか、それは分からない。仲間の為に。愛しい者の為に。けれど、その答えは絶対に見つけることが出来る。
 銀は一人ではないから。

 海はどこまでも広く、青い。そしてこの海が自分達と大切な人達を繋げている。

 空を仰ぐ。

 そこには真っ白で儚げな昼の月が浮かんでいる。
 それはまるで、この船出を見守ってくれているようだった。





  第五話 完



 『月が泣く』を最後まで読んでいただきありがとうございます。

 実はこの物語は、私が高校生の時に見た夢が元になっています。
 第一話の冒頭で鳴月と銀の母親が対峙するシーン。それを夢に見て、彼らの会話も言葉の意味も全く訳が分からなかったのですが、面白かったので忘れないうちにと急いで朝起きて寝巻きのままメモを取ったことを覚えています。

 長髪で黒髪、長身の男。そして長い白髪の老婆。外は酷い暴風の夜、二人が広い和室で対峙している。男はにやりと笑い、老婆は男を睨みつける。そして『お前は自分が何か分かっているのか?』、『なめづき・・・』、『知ってるよ。』

 これらのセリフも全て夢通りです。夢に出てきた単語なだけあって、ナメヅキという言葉には全く意味はございません。

 その夢から話を膨らませていったのがこの『月が泣く』というお話になります。
 強さの象徴として鳴月を、優しさの象徴として銀というキャラクターを中心に物語を作りました。生き抜くために必要なのは強さか、それとも優しさか。それがテーマになっています。

 お話が長くなれば成る程、携帯で小説を読んで下さっている方々には読みづらくなってしまったのではないかと反省しております。
 こんな長々とした物語に最後までお付き合いくださった皆様に再度感謝いたします。誠にありがとうございました。



 2010/3/16 橘
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