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  月が泣く 作者:橘。
第三話 みどり -親子-
 
 翌日の朝、マリさんが医者を連れてきた。
 俺はみどりを診せるのかと思ったが、そうではない。患者はホークさんだった。彼女に話を聞くと鳴月に頼まれたらしい。
 そういえば、みどりが回復しているのに対し、ホークさんはあまりそれが見られない。
 顔色もずっと悪いままだ。


 小一時間ほどで医者はマリさんの店を出た。
 みどりの部屋で医者に見つからないよう隠れていた俺は、部屋から出る。マリさんの元へ行くと、鳴月と話をしていた。
 先ほどの医者の事だろう。すると、鳴月が俺にも話をしてくれた。

 ホークさんはもう長くはないとの事だった。





「みどりにはなんて?」
「ありのままを言うだけだ。」

 俺は空き部屋で鳴月と二人で話をしていた。
 父親の事を知ってしまった以上、これから二人をどうするのかはっきりさせたかったからだ。

「・・・それを聞いたら父親からは離れないんじゃないのか?」
「あいつが自分で此処に残る事を選ぶならそれで構わない。」
「ここに残ればあの町の人達から一生隠れて生きていかなきゃならなくなる。それが分かっていて置いて行く事など俺には出来ない!」

 俺は思わず座っていたベッドから立ち上がる。だが、鳴月はあくまで冷静に俺を見上げた。

「ならばどうする?父親と死に別れる覚悟の無いまま連れて行くつもりか?」
「・・それは。」
「どちらを選ぶにしろ真実を知る必要がある。」
「・・・・そうか。そうだな。」

 これで話は終わりだと鳴月はドアノブに手をかけた。

「鳴月。」
「何だ。」
「・・俺は、恵まれていたんだな。」

 この髪ゆえに、他人に拒絶され苦しんでいる人達がいる。
 どんな形であっても親に守られていた俺はとても幸運だったのだと思い知らされた。

「・・・。帰りたくなったのか?」
「いや、それは無いよ。」

 国を出たことを後悔していないのは本当だった。あのまま屋敷に残っていたのではいつまでも真実を知らずに一生を終える事になる。それは何より、みどりの様に苦しみ助けを必要としている人達への裏切りにも思えた。
 鳴月と共に旅に出ていなければ自分が恵まれていた事にも気づく事は出来なかっただろう。

「お前はすごいな。」

 目の前のこの男は何度このような決断を迫られて来たのだろう。
 どんな時でも彼の意志は揺るがない。傲慢ではなく彼の言葉は相手に対する現実の厳しさを示している。避ける事の出来ない現実で進むべき道を示しているのだ。

「気づくのが遅いな。」

 ふてぶてしくそう言う鳴月があまりに彼らしくて、なんだか笑えた。

「そうかもな。」

 俺達は共に部屋を出た。


 此処に残るか、それとも外の世界へ踏み出すか。
 正直、みどりがどちらを選ぶのか俺には分からなかった。





 ギシッ

 木のベッドが軋む音でうたた寝から目が覚めた。顔を上げるとみどりが上半身を起こしていた。傷が痛むんだろう。表情が強張っている。
 壁際の小さなソファに座っていた私は、目をこすりながら声をかけた。

「大丈夫?」
「・・。」
「水貰ってくるね。」
「・・・あんたはあの男の仲間?」

 ポツリ、とみどりが言った。これまで私達とは口をきいてくれなかったから、すこし驚いた。

「あの男?」
「髪の長い。」
「あぁ。そうだよ。」

 みどりが私の顔を見る。私は今髪を隠していなかった。

「その髪・・」
「うん。みどりと一緒。」
「・・・・。」
「何?」

 すると、みどりがすこし口角を上げた。

「月と太陽みたいだ。」
「?」
「あんたと銀色のでっかい人が並んでいると。」

 なんだろう。お腹辺りがムズムズして、顔が緩みそうになる。
 自分の髪について言及されて、こんな気持ちになるのは初めてだった。多分、今のは誉め言葉なんだろう。

「あ、ありがとう。」

 みどりは子供らしく顔全体でにっこり笑った。年は私より二・三下の筈だが、みどりは実年齢よりも幼く見える。彼自身の性格もあるんだろうけど、育ち盛りの時期に充分な栄養を採る事が出来なかったせいか、同世代の少年と比べて体が小さい事もその要因なんだと思う。

 みどりはゆっくりまたベッドに横になると、天井を見たまま表情を堅くした。

「なぁ。」
「何?」
「・・オレ達、どうなるの?」
「・・・・・。」

 それは私には答える事の出来ない問いだった。
 鳴月や銀様なら明確な答えを持っていなくても、きっとみどりに何か言葉をかける事が出来るんだろう。
 今までも自分と彼等との間に壁を感じるのはこんな時だった。
 並び立つ二人の背中を追いかける事しか出来なくて、己の力の無さを再認識させられ、悔しくなる。

 自分に足りないものは何だろう。答えが出ないのは何故だろう。
 女だから?子供だから?
 認めたくないが、漠然とその答えは後者である気がした。
 じゃあどうすればあの二人と並ぶ事が出来るのだろう。

「・・ごめん。分かんない。」

 声が暗くなってしまったからだろうか。寝たままみどりは首を横にしてこちらを向いた。

「でも、ここにずっと居る事は出来ないと思う。」
「・・・・うん。」
「みどりはどうしたいの?」
「オレは、父さんと一緒にここを離れてどこか遠くで一緒に暮らしたい。」
「うん。」
「でも、きっと同じ事の繰り返しになる。」
「・・・・。」
「だから、多分オレは父さんと離れなきゃいけないんだ。」

 私は目元がじわりと熱くなるのを感じた。何か言わなきゃと思うのに、口からは何の言葉も出てこない。
 自分が泣いたらいけないのに。絶対に駄目なのに。

「どうしたんだ?」
「ごめ・・」

 謝ったら我慢した分大粒の涙がボロボロ零れ落ちた。

 自分にはみどりの言葉を否定する事が出来ない。こんな風に泣く事しか出来ないなんて、小さな子供と同じだ。
 情けなかった。
 そんな自分に少し腹が立った。





 俺は父親の寝ている部屋へ入った。
 彼は天井を見ていた目をこちらに向けた。どうやら眠ってはいなかったようだ。
 俺はベッド横の木の椅子に腰を下ろして、医者の話を父親にした。だが、彼は笑うでもなく悲しむわけでもなく、淡々と俺の話を聞いていた。
 話し終えた後、俺は疑問に思っていたことをそのまま口にした。銀ならば遠慮するか言葉を選ぶのであろうが、俺にはそんな芸当はできない。するつもりもない。

「後悔していないのか?」

 不躾な俺の質問に父親は穏やかに微笑みながら口を開いた。

「・・彼女を妻にしたことも、みどりが生まれた事も後悔はしていません。二人はかけがえのないものですし、私の人生になくてはならない存在でした。」
「そうか。」

 本人がどうであれ、異端者は周りの人間に忌み嫌われるのが常だ。それは親とて例外じゃない。生まれた子が異端者だと知った途端、虐待する親もいれば、絶望の余り道連れに自殺を図る親とて少なくはない。
 俺は素直に思ったことを口にした。

「あんたがいてくれて良かった。」
「・・・・。」
「あんたが今まで二人を守ってくれたお陰で、俺はみどりに会う事が出来た。礼を言うよ。」

 父親が痩せた顔に皺を寄せて笑う。

「鳴月さん。」
「ん?」
「私を置いて行ってくれませんか?」
「・・・良いのか?俺と銀がいればあんたを担いで旅を続ける事も出来るんだぞ?」

 父親は首を横に振る。頬が痩け、目の下が落ち窪み、どう見ても病人の顔をしているが、俺を見る目は強い意志を湛えていた。

「これがあの子を守る為に私が出来る最善策です。」
「・・・・。みどりは必ず俺が守る。」
「ありがとうございます。」

 父親がまた顔に皺を寄せる。
 今度は笑っているのか泣いているのか俺には分からなかった。





「みどり。ちょと来い。」
「うん。」

 鳴月がみどりを父親が寝ている部屋へ連れて行った。
 彼らがドアをくぐる時に鳴月と目が合う。彼は顎で俺達にもついて来るよう促した。

「コロナ。行くよ。」
「え?いいんですか?」

 コロナは戸惑いつつも俺の後に続いて父親のホークさんが寝ている部屋へ移動した。

 部屋に入るとホークさんはベッドの上で上半身を起こして俺達を出迎えた。最初の頃より幾分か顔色が良くなったように見えるが、相変わらず痩せていた。それに比べて若さもあってかベッド脇に立つみどりは肌艶も良くなり、体重も増えてきている。これならもう体調の心配は要らなそうだ。

 鳴月はみどりの後ろ、部屋の壁にもたれて立っていた。腕を組み、何も言わずにじっと二人の親子を見ている。まるで二人の邪魔にならぬように呼吸させ止めてしまったかのように見えた。
 最後にマリさんが部屋に入りドアを閉めると、ホークさんはみどりを見て話を始めた。

 痩せた右腕を上げて息子の頬に触れる。

「大分、良くなったようだな。」
「うん。父さんは?大丈夫?」

 父親は手を離した。

「その事で話さなきゃいけない事があるんだ。」
「・・・。」

 父親の言葉に不安を感じたのだろう。みどりは一瞬泣きそうな顔をして、それを父親に見られまいと顔を下に向けた。
 俯いてしまった息子に父親も苦しみの表情になる。だが、口を閉じる事は無かった。

「私はこの先お前と共には行けない。」

 バッとみどりが顔を上げる。その目には涙が一杯に浮かんでいる。だが耐えていた。
 コロナが横で俺の腕を弱々しく握る。彼女も泣きそうな顔をしていた。

「どうして?」

 縋るように言う息子の頭に、父親は大きな手のひらを乗せて頭を撫でる。

「病気でね。もう長くない。その時が来るまでここでお世話になることにしたんだ。」
「ならオレもここにいる!」
「お前は鳴月さん達と行くんだ。いつまでも此処に居ては皆さんに迷惑がかかる。お前の身だって危ないんだぞ。」

 今度はみどりが首を横に振る番だった。
 まるで父親の横から一歩も動かないと主張するかのようにしゃがみこんで背中を丸め、ベッドの布団を握り締めて顔をうずめている。

「オレはどうなったっていい。父さんと居たい。」

 父親の眉間に皺が寄る。まっすぐにぶつけられる息子の感情に耐えるように両拳を握った。

「あまり私を落胆させないでくれないか。」

 突然堅くなった父親の声に茫然とした顔でみどりが顔を上げた。

「みどり。お前はもう小さな子供じゃない。私とかなの息子なんだ。しっかり一人で立ちなさい。」

 ぎゅっと皺になりそうな程、みどりは布団を握り締めた。
 父親の期待に応えたい気持ちと離れたくない感情の間で葛藤しているのだろう。

「お前はまだ外の世界を知らない。これから先、今を逃せば外に出る機会がないかもしれない。せっかくあの暗い森から出られたんじゃないか。私は十分に自分の人生を生きたよ。若い頃には随分好き勝手な事もしたし、役人になって働いて、そしてかなに会った。お前が生まれて親子三人での生活は苦しくとも幸せな毎日だった。お前とかなのお陰だ。」

 みどりの両目から涙が零れた。
 止まらない涙を拭いもせず、声をあげたいのを堪えて唯々父親の顔を見ている。

「ありがとう。」

 みどりはまた首を横に振る。

「いつまでもお前を引き留めていたら、かなに怒られてしまうよ。私の為じゃない 、お前の為に自分の人生を生きなさい。」
「うっ・・」

 みどりの口から小さな嗚咽が漏れる。それは段々と大きくなり、声をあげてみどりは泣いた。父親の手を握り締め、赤ん坊の様な泣き方だった。

「みどり・・」

 父親は膝元で泣く息子の頭を抱え込むように抱きしめる。
 ずっと堪えていたのだろう。彼の目からも涙が零れ落ちた。





 親子二人だけの部屋。
 久しぶりの感覚に私は森の中での生活を思い出していた。

 かなに出会い、両親の居る家を捨て、湖の畔で二人だけの結婚式を挙げた。あの時、私達は雲一つない空に浮かぶ満月に変わらぬ愛を誓いあった。

 二人で小さな小屋を建て、やがてみどりが生まれた。
 出産の事など何も分からない男しかいない状況で、かなは想像し難い痛みに耐えながらみどりを産んでくれた。情けない事に私は彼女の手を握る事しか出来ず、それでも頼りがいのない夫に「ありがとう。」と言ってくれた。
 礼を言うのは私の方なのに、彼女は何度も私に、そして生まれてきたばかりの息子にありがとう、と言った。

 赤ん坊を産湯に入れ体を洗うと、頭に僅かに生えた髪は深い緑色をしていた。
 布に包み横に寝かせてやると、彼女はそれを見て「私に似てしまったのね。」と目に涙を滲ませた。

「この髪は私とかなの息子である証だ。君に似て、きっと優しい子になるよ。」

 赤ん坊を抱き上げそう言うと、かなは涙を流してまたありがとう、と言った。


 産後の体調も回復すると、休む間もなく私達は幼い息子に振り回される事となった。
 二人きりだった家の中があっという間に賑やかになり、息子の寝顔を見て微笑み合う毎日。

 だが、その幸せも短いものだった。町の人達に家が見つかり、追い立てられたのだ。
 幼いみどりを見て「殺せ」と叫んだ元同僚の姿に、私は愕然とした。
 かなと一緒になる為に何もかもを捨ててきた筈なのに、心のどこかで皆に分かって貰えるかもしれないと期待していた自分に気がついた。
 同時に期待は粉々に打ち砕かれた。


 どんどん私達は森の奥へ奥へと逃げた。

 そうして森の中を転々としている内にかなが倒れた。疲労なのか病なのか分からない。医者に見せる事も出来なかったからだ。だがいくら休んでもかなの体は一向に回復せず、病魔に蝕まれているのだと認めざるをえなかった。
 約十年間役場で働いていただけの男には病気の事など何も分からない。

 私はまた己の無能さを突き付けられた。かなの手を握り、祈る事しか出来ない毎日。
 それでもかなはいつもみどりの前で笑い、子守歌を歌った。


 やがて行き着いたのがあの穴ぐらだった。あの場所でかなは息を引き取った。その時のかなはやせ細り、お世辞にも綺麗な姿ではなかった。それでもかなは穏やかな表情をしていた。

 私は彼女の軽くなった体を抱きしめて泣いた。
 あの小屋を出てから初めての涙だった。

 辛くて苦しくて悲しかった筈なのに、それまで自分が泣かなかったのは、かなが一度も涙を見せなかったからだと後になって気がついた。
 かなの方が私なんかより遥かに辛く苦しかった筈なのに。


 かな。
 君はどうしてそれ程までに強いのだろう。どうして人に優しくできるのだろう。

 口には出さなかったが、私は町の人々に対して怨む気持ちはずっと腹の底にあった。
 一体私達が、かなが、そして幼い息子が何をしたのだと。
 ただ生活していただけだ。親子三人で普通の暮らしをしていただけだ。お前達と何が違う。何故私達の息子が命を奪われなくてはならないのだ。

 それでもかなは笑っていた。その微笑みに何度となく救われてきた。
 今私がこうしてみどりといる事が出来るのは全てかなのお陰なのだろう。


「みどり。」
「ん?」
「母さんを嫌になった事はあるか?」
「?」

 息子は私の横で首を傾げた。

「なんでオレが母さんを嫌いになるの?」
「・・・そうか。そうだな。」

 母親のせいで辛い目にあっているのだと、みどりがそう思っているのではないかとずっと心配だった。例えそう考えていたとしても、それを責める事など私には出来なかっただろう。
 だが、みどりは最初から母親を疑う事すら考えていなかったようだ。
 
「やっぱりお前は母さんによく似ているよ。」
「どんな所が?」
「お前も母さんも物事の一番大切な部分をきちんと受け止めている。とても大切な事だ。」

 誰しも自分の欲や周りの感情にかき回されて、真実を見失ってしまうものだから。
 そう話すと、息子は「よく分かんない。」と言った。

 今はそれでいい。必要な事はこれから自らの力で学んで行くだろう。
 その傍らに居てやれないのは非常に残念な事だが、いい加減子離れしなさい、とかなに笑われるかもしれない。


 かな。
 私達の息子はあの時私が言った通り優しい子に育ったよ。


「みどり。」

 再びみどりが自分を見上げる。私は彼と目を合わせて言った。

「私とかなとの間に生まれたのがお前で良かった。」

 それは かなが私とみどリに幾度となく贈った言葉。

「ありがとう。お前とかなのお陰で私は本当に幸せだった。」

 再びみどりの目に涙が浮かぶ。そして私にも。


 かな。私は父親として、そして君の夫としてちゃんと役目を果たせただろうか。
 君の優しさに私達は何度も救われてきた。

 体が言う事を聞かない私の代わりに私達の息子の旅立ちをどうか見守っていて欲しい。
 君が隣にいる間に君から貰ったのと同じ位の沢山の愛情を返す事は出来なかったけど、感謝の言葉を贈るにはまだ遅くないだろう?


 かな。

 みどりを産んでくれてありがとう。
 私達を愛してくれてありがとう。
 言葉で言い尽くせない分は、きっと空の向こうでまた君に会えた時に言うよ。


「父さん。」
「どうした?」
「オレもずっと幸せだったよ。」
「そうか。」

 息子を抱きしめる。
 大きくなった体。もう幼い子供じゃない。

「苦しいよ。」
「母さんと二人分だからな。」
「・・・うん。」





 みどりとホークさんの二人を部屋に残して、俺達は別室へ移動した。マリさんは下の店の方へ出ていった。
 鳴月は暖炉前の椅子に座り、俺とコロナはベッドに腰を下ろした。
 コロナは今声を出さずに泣いている。ずっと我慢していたようで、俺の横に座った途端再び泣き出してしまったのだ。俺はコロナの頭を撫で、肩に手を置く。するとコロナは俺の方へ体重を預けた。
 その様子を見ていた鳴月は俺達が落ち着いたのを見て口を開いた。

「明日出発するぞ。」
「分かった。」

 みどりは?とは、訊く必要は無いのだろう。

「国境を越えてさいの国へ行く。崔へは山を越えなきゃならないからな。」
「朝一でか?」
「いや。昼の内に必要なものを揃えて夜出発する。」
「夜!?夜の山越は危険だろう?」
「ここからは山越えの道が一本しか無い。当然山賊が出る。」
「なら尚更・・」
「山賊が出ると分かっていれば当然国や街の保安官が警備する。夜なら通る者が居なくなるから保安官も居ない。」
「そうか・・。理屈は分かるが、コロナやみどりを連れて山賊が出る道を行くのはやはり危険じゃないのか?」
「いや、分かってないな。考えてみろ。保安官と山賊。ぶちのめすならどっちが楽だ?」

 この場合、『ぶちのめす』のが楽かどうかではなく、ぶちのめした後の事を言っているのだろう。
 保安官を倒せば後が面倒なのは目に見えている。

 答えは当然、

「山賊だな。」

 俺が答えると鳴月は満足そうに頷いた。





 翌日。俺達は鳴月の計画通り深夜にマリさんの店を出る事となった。
 みどりはホークさんと別れを交わした後、元気よく玄関口で待つ俺達の元へ来た。顔色もすっかり良くなり、表情も明るい。本来の彼の姿なのだろう。
 大きな目をキョロキョロと動かしながら「もういいのか?」と俺が訊くとニカッと笑って「うん!」と返事をした。

 「行くぞ。」という鳴月の一言で俺達は店を出る。マリさんは通りの出口まで見送ってくれた。俺達は礼を言ってマリさんと別れた。


 そこからは一言も発せずに俺達はアグリースの国境を越えた。国境を越えれば例の保安官やインスの町の人達に追われる心配も無い。

 俺は息を吐いて空を見上げた。
 今、月は雲に隠れてしまっているが、その隙間からわずかな星が顔を出している。国が違っていても星空は同じだ。空はもう秋の星座に変わろうとしている。

 夏の終わりの心地良い夜風が頬を撫でる。
 ホークさんにもこの風は届いているだろうか。

 俺の後ろを歩いているみどりを見る。彼はあの店を出てから一度も振り返らずに俺達の後を付いて来ていた。
 きっとこれからみどりも俺も色々な世界を見る。それは決して良いものばかりは無いだろう。
 その時もう守ってくれる父親はいない。けれど俺達が一緒にいてやる事はできる。

 鳴月も俺達を連れ出してくれた時、そんな事を思ったのだろうか。本人に訊く事は出来ないから、その答えは分からない。

 雲が途切れて時期に満月になりそうな丸い月が夜道を照らす。
 俺達の目の前には山がそびえている。崔とアグリースの土地を分ける山脈が南北に通っているのだ。山賊が出るという話だが、不思議と恐ろしくは無かった。
 それは月光を浴びて青く光る山々が美しく俺の目に映っていたからかもしれない。





  第三話 完
 鳴月(26):黒髪長髪の男。本人は認めないが我儘で自信家で自分勝手。目的不明の謎が多い旅人。

 銀太(27):銀髪短髪、長身の青年。体格が良いが、穏やかで優しい気性。面倒見が良く器用貧乏の世間知らず。真面目な性格の為か鳴月に振り回される。

 コロナ(18): トレードマークは金髪のポニーテール。好奇心旺盛な箱入り娘。銀を慕っている。

 みどり(14):深緑の髪をした少年。髪の色は母親譲り。インスの外れの森で父親と共に生活していた。 

・アンジ:イルの街で鋼製物屋を営む鳴月の友人
・白:崔の国に住む鳴月の知り合いらしい。
・リンク:シナの大学校に通う学生
・ヤン:インスの領主
・ミリアーナ:ヤンの一人娘
・ホーク:みどりの父親
・かな:みどりの母親
・マリ:ログの町で酒場を営む女主人。鳴月の古い友人の一人。
・ウィル:軽い見た目とは違い、保安官本部に所属する優秀な保安官。暴行事件の犯人を追っている。


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