忘れていたこと、忘れなかったこと
計画を実行するにはこの上ない条件が揃っていた。校庭内に静かに滑り込ませた車から降りてきた4人は霧に煙る景色を見て胸をなで下ろした。校庭から見下ろした町は真っ白く覆われ、学校全体を目隠ししている。
ユウキが誇らしげに言った。
「これなら気づかれる心配はない」
「そうだな」
「うん」
「そうね」
ツバサ、トモヤ、ノリ子の3人も同調して素早く返事をかえす。
「早くとりかかろう」
車から剣先スコップを3本出して校舎に近づいた。
「かわらないなぁ〜」
赤茶色の瓦屋根、平屋の木造の校舎を見てユウキが懐かしそうにこぼす。
「あそこだ」
トモヤが校舎の北側を指差した。錆びた鉄棒と黄色、青、赤などに塗られたタイヤが半分埋められた『タイヤとび』といわれる粗末な遊具が設置されている場所は子供が遊びに来るのを諦めてしまったかのようにひっそりとしている。
「警備の人に見られたらどうするの?」
ノリ子が心配そうにみんなに尋ねる。
「タイムカプセルを掘ってるんだと正直に話せばわかってもらえるさ」
「でもぉ〜」
トモヤの答えにノリ子はあまり納得していない様子。
「みんなで頭を下げれば問題はこじれないよ」
ユウキの楽観的な態度はノリ子を黙らせる効果があった。
「ええ〜と、確かここから15歩校舎へ進んだところだったな」ユウキが黄色い『タイヤとび』から歩き始め、足をとめると「ここだな」とスコップを地面に突き刺す。
「いまのユウキと中学生のときのユウキを考えたら歩幅は長くなってないか?2歩くらいさがったところじゃないかな」
それまで口数が少なかったツバサが静かな声で指摘した。
「おまえはいつも冷静だな」
ユウキは苦笑いして言われたとおり2歩さがったとこへ移動する。
「さすが官僚」
トモヤが茶化し気味にツバサを持ち上げた。
「よし掘ろうぜ」
男3人が黙々と土を掘りはじめた。
「来年、校舎を取り壊してなにが建つんだ?」
トモヤが誰にでもなく尋ねる。
「大手のショッピングセンターらしいぜ」
ユウキが手を休め、汗を拭いながら答えた。
「あと4年はタイムカプセルを掘らないつもりだったのに計画が狂っちゃったね」
ノリ子はしゃがんで3人の働きぶりを監視していた。
しばらくするとカチッとスコップの先が何かに当たった。トモヤが素手で土を退けると座布団一枚分くらいでアルミ製の上蓋が姿を見せた。
「26年振りのご対面だ」
トモヤが歓喜の声を上げ、上蓋を外そうとしたが、収縮されたのか蓋の溝が本体へとガッチリ食い込んで離さない。半分くらい掘って引き上げてからスコップの剣先で蓋をこじ開けようとしたが、男3人が力を合わせ、タイムカプセルにしがみついて動かそうとしてもビクともしない。
「重いな……タイムカプセルを埋めた当日の新聞だとか、あとは野球道具などのガラクタと手紙しか入れなかったよな?」
トモヤがみんなに向かって訊く。
「30年後の自分に宛てた手紙を5人で朗読し合うようにというのが約束だった」
ユウキが補足する。
「そうそう5人で……」
と言ったあと、トモヤが絶句した。
「あと1人、誰だ?」
ユウキが動揺する。
「ミサキさんだよ。まさか、みんな忘れてたのか?」
ツバサは3人の顔を見回した。
「いまのいままで忘れていた」
ユウキの手からスコップが滑り落ちた。
「あれは事故だったんだ……」
トモヤが俯いてポツリと囁く。
「気にすることないさ。掘っているときに後ろでボッーとしていたミサキに気づかなくてスコップが頭に刺さってしまったんだから」
「そうよ」
「時効は成立しているんだから。そんなに落ち込むことないさ」
ユウキとノリ子が慰めの言葉をかける。
「おれはてっきりミサキさんの遺体をどこかに移動させると思ってやってきたんだぞ」
ツバサは冷たい視線を皆に送った。
「どうりで重いわけだ」
「あのときは掘っていた穴にちょうどミサキが落ちてそのままタイムカプセルに入れちゃえということになったんだよな」
ツバサから視線を逸らし、ユウキとトモヤは言い訳を口にした。
「でも、タイムカプセルを見るまでミサキさんのことを忘れていたなんて……おとなしくて目立たない子だったけど……私たちって薄情な人間だわ」
ノリ子が遠い目をして呟く。
「まずいぞ、誰かくる!急いで土をかぶせるんだ!」
それまで冷静だったツバサが小さな声に焦りを滲ませて指示を出し、上蓋に土をかけた。
「君たち、なにしてるんだ?」
作業服を着た初老の男が4人に向かってきた。
「ぼくたちここの中学校の卒業生でタイムカプセルを掘り起こしていたところなんです」
ユウキが頭をかきながら答えた。
「ワシはここで用務員をしている者だが、作業をはじめる前にせめて声をかけてくれないと困るな」
「すいません。昨夜、飲んでいたノリで急に掘り起こそうという話になって車を飛ばしてきたんです」
「そうか。ところでタイムカプセルは見つかったのか?」
用務員のオジさんが穴を覗き込んだ。
「見当違いのところを掘ってしまったらしくて……すいません。すぐに穴を埋めます」
それまで嘘を並べていたユウキにかわってツバサが頭を下げた。
「手伝おうか?」
「いいえ、すぐに終わりますから」
「他の場所に心当たりがあるなら掘ってもいいぞ」
そう言って用務員のオジさんは4人から離れていった。
「あぶなかった」
「でも、これからどうするの?」
「今日はやめだ」
「あのオジさんが休みの日を狙えばいい」
4人が小さな輪になって相談していると再び用務員のオジさんがやって来た。
「また来た……なんの用だろう?」
ノリ子の震える声に男3人は応えることができなかった。
「コーヒーでも飲んで休みな」
用務員のオジさんは紙コップをそれぞれに手渡すと、ポットから湯気のたったコーヒーを注いで勧めた。
4人はコーヒーを喉へ流し込んだが、全員が温かみは感じられなかった。
「ところで4人がここにいることを知っている人は他にいるのかい?」
用務員のオジさんが白い歯を見せて尋ねた。
「いいえ」
トモヤが首を横に振った。
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数時間後、校舎の管理人室で頭に白髪が目立つ男が両手をついて頭を下げた。
「ありがとうございました」
「とんでもありません」
用務員のオジさんは恐縮した。
「あなたが8年前に娘の死体を発見して最初に連絡してくれたおかげです」
白髪の男の目は心なしか潤んでいた。
「犯人がここの学校の関係者なら埋めた場所に必ず戻ってくると思っていましたから。ちょっと時間がかかってしまいましたね。タイムカプセルの手紙を見つけたときはすぐに犯人の目星がつくと思ったのにすべて愛称で書かれていたから名簿と照らし合わせてもよくわからなかった」
「あのときは取り乱してしまいました」
白髪の男はタイムカプセルの中で冷たくなっていた自分の娘に触れるどころか見ることさえできなかった。現実を受け入れず放心状態で復讐心をたぎらせ、手紙から犯人に辿り着けなかった悔しさで暴れた過去の出来事を詫びた。
「あなたも大変でしたね。大手のショッピングセンターが建つなんて噂を町中に流したり、逆にここの校舎がそのまま郷土館として使われる計画を秘密にするなんて苦労したでしょう」
用務員のオジさんは白髪の男の肩をやさしく叩いた。
「役場の助役という仕事柄たやすいことですよ。それに娘のためを思えば……」
白髪の男は言葉を詰まらせた。
「お気の毒に……」
「でも、睡眠薬入りのコーヒーを疑いもなくよく飲んでくれましたね?」
「あの4人には寒気が走っていたんじゃないですか。だから温かいコーヒーに手を伸ばしてしまったんです。この日のために用意しといてよかった」
そう言うと用務員のオジさんは安堵のため息をもらす。
「すいません。なにからなにまでお世話になってしまって」
「実は私も胸がスゥーとしてるんですよ。あの時代の生徒たちは校内暴力がひどくって私も意味もなく殴られたもんです。見てくださいよ、この傷はもう消えない」
用務員のオジさんは作業ズボンの裾を捲ると赤黒い大きな痣を見せて愛おしく擦った。
「大変だったんですね」
白髪の男は心から同情した。
「あなたにくらべたら……」
用務員のオジさんは言葉が続かなかった。
「ところで、死体が増えたら臭いませんかね?」
「大丈夫です。明日からウサギ小屋をつくろうかと思っています」
「お手伝いしますよ」
それから二人は祝杯をかわすように酒の入ったガラスコップをカチンと鳴らした。
〈了〉
他にもホラー(短編)で「水たまり」「娘、お盆に帰る」「人類、最後の言葉」「彼女の好きなモノ」など多数投稿しています。ホラー(連載)では「無期限の標的」「狂犬病予防業務日誌」を投稿しています。恋愛(短編)でも「木漏れ日から見詰めて」という作品を投稿していますが、いずれも意外な結末がウリです。ぜひ読んでくれた方は感想と評価をお願いします。