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Strange・Army  作者: 翁蓮華
栗沢雲母
34/54

スケッチブックとデート


あたしは、お昼休みの保健室を覗き込んだ。

「……めぐちゃん、いますかー?」

小さな声で呟いて、ドアを細く開ける。



そこには、二人の人間が居た。


ソファーで眠る一人の男と、手にスケッチブックを抱えた少女が静かに過ごしていた。


彼女は、初めて見た人間だったけど、オレンジ色の眼鏡を掛けて、無造作に切られた黒のストレートボブが何だかとても様になっていて。

女のあたしから見ても、それなりに整った容姿をしている。

決して美人というわけでもないけれど、ブサイクというわけでもない。

むしろ、女の子の基準ってすっごい厳しいから、男の目から見たら上位にランク入りされるのかも。

その細い手首で握った鉛筆を手早く動かす。

少女の横顔は、とても穏やかに眠る羽鳥巡を見つめていて、その光景に、思わず胸が苦しくなった。

「……あの!!」

思いっきりドアを開けて、その空間に飛び込んだ。

少女が、呆気にとられてこちらを向く。

胸に広がるモヤモヤが、じわりと墨を水に垂らすように滲んで広がった。



「なに、描いてるんですか?」

意地の悪い質問だった。

どうしようもなくこの時のあたしは侵入者で、あの風景を破壊してしまった人間で、そしてやけに攻撃的になっていて。

彼女が、あの絵を隠してしまえばいいな、と思った。


「……先輩を、描いていました」

「めぐちゃんを?」

「はい、丁度被写体に都合良かったので」

ぬけぬけと彼女はそう言った。

思わず、その手からスケッチブックを取り上げる。

「見せてっ」



そうして、目に映ったものにあたしはとてつもなく後悔した。

……宝物のような絵だった。

下手ではない。むしろ、普段から様々な絵画を無理矢理見せられているあたしにも分かるくらい、それはきちんとした芸術品で。

美化されるでもない、等身大のめぐちゃんがそのまま抜き取られた感じで。

そのくせに、描いた人間の気持ちが痛いくらいに伝わって。

……なによ、なによ、なんなのよ。

あたしの方が、めぐちゃんを好きなのに。

絶対絶対好きなのに。

負けた、と思ったのだ。

この絵を見た瞬間、思わず反射的に思わされたのだ。

あたしには、こんなものは到底描けない。

こんな風に素直に自分の恋に向き合うことなんてできっこない。



「……ねえ、」

あたしは、スケッチブックを持ったまま、向き直る。

そして、思い切り睨みつけそうになるのを我慢して、彼女に聞いた。

「あなたはめぐちゃんのこと好きなの?」

少女が、微かに息を飲み込んだ。

僅かに沈黙した後、彼女は言った。

「……別に、好きじゃ、ないですよ」

……絶対嘘だ。

あたしは、彼女に告げた。

「あたしは、めぐちゃんのこと、好きだから」

そう、これは、宣戦布告。

先手必勝、ずるいなんて言い訳、言わせない。

そして、あたしは、満面の笑みで。

「だから、」

ソファーに寝ている男子の耳元で言った。

「いい加減起きて、一緒にご飯にいこうねっ、めぐちゃん!!」







「……………………ふぁい?」



寝ぼけた片思い相手に、あたしは笑顔になる。

「ねえねえ、めぐちゃん、お願いがあるのっ」

「……………………」

「今度の日曜、駅前噴水広場朝10時に待ち合わせねっ」

「………………おう」

「やったあ、ありがとうっ!!」

無理矢理約束を取り付けると、あたしは少女をちらりと見る。

一瞬目を見開いた彼女は、こちらの様子から顔を背けた。

その僅かに見せた動揺に、心の中で少しだけ勝ち誇る。

胸の中に渦巻く墨色はまだ消えてないけれど。






カーテン越しの窓から見える空の青が、気持ちいいくらいに快晴だった。





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