月が優しく照らす夜道を、高校生の俊介は恋人の彩と歩いていた。1年ほど前から交際を続けていて、二人の想いは確かなものだ。今日は一緒に映画を見た帰り。俊介は彩に話かけた。
「今日、楽しかったな」
「うん、またいつでも誘ってね」
彩は微笑みながら返す。長い黒髪が心地よい夜風に靡いている。俊介は、大きな手でそっと彩の細い右手を包んだ。
彩は一瞬たじろぎ、照れくさそうにした後小さな握力で握り返した。
そうやって暫く無言で歩いてると、遠くからフードを目深に被った大柄の男がこちらに向かって来た。少し構える俊介だったが、男は何をするでもなく、ただすれ違うだけだった。すれ違うはずだった。
『グサッ』
命の消える音がした。悲しい、悲しい音が。
俊介と繋いでいた彩の右手が解かれ、胸部から大量に血を流してその場に倒れた。
一瞬の出来事に俊介は激しく混乱した。何があった? 何故彩は血を流している? 誰がやった?
気付けば俊介は行動していた。血塗れた刃物を握った男に掴みかかる。
「何なんだテメェは!?」
男は口元にいやらしい笑みを浮かべ、応えない。代わりに右手の刃物で俊介の胸を突き刺した。
「グッ……」
倒れる俊介の胸部からは大量の出血。朦朧とする意識の中、男が逃げていくのが見える。
「待ちやがれ……」
手を伸ばす俊介だが、彼が手にしたのはさっき掴みかかった時の衝撃で男がその場に落としていったらしいボタンだけだった。
目が覚めた俊介。視界に広がるのは白い天井。周囲を見渡すと点滴台があった。管の先端は、自分に繋がれていた。
病室のベッドで横たわっていた。身体には包帯が何重にも巻かれている。倒れていた自分を誰かが発見、病院に運ばれて今に至るようだ。
そこで俊介はハッとする。彩は!? 彩は大丈夫なのか? すると渡りに船といったところか、病室の扉が開き白衣を身に纏った妙齢の医者がこちらに来た。
医者は何か言いたげだが、俊介が口火を切る。
「あの、彩は助かったんですか?」
医者は顔をしかめた。嫌な予感が俊介の脳裏をよぎる。
「一緒に倒れてた娘のことか。残念だが、心臓をやられていてね。即死だったみたいだ」
嫌な予感が的中した。俊介は大粒の涙を零す。医者も、その様子に心苦しい思いをした。助けてやれなくてすまない、といった表情で。
俊介は泣くことしか出来なかった。
俊介の眼前に、彩は現れた。だが、体中が血に塗れていた。彼女は語りかけるように言った。
「絶対に、私を殺した人を同じ目に遭わせて……じゃないと私、成仏できないの」
「あぁ、絶対だ。絶対探し出して殺してやる。だから、お前は早く成仏してくれ」
「絶対……だよ」
俊介は目が覚めた。
「俺が絶対仇とってやる」
暗い病室で、誰に言うでもなく俊介は呟いた。精神的な痛みと肉体的な痛みで胸が痛んだ。
俊介は驚異の回復力を見せ、一ヶ月の月日を経て無事退院した。それが恋人の仇を討つという義務感からなのかは自分でも分からない。ただ、犯人を見つけ出して彩と同じ目に遭わせたい。だが、彼の持つ手がかりは犯人のボタンが一つだけ。
この事件は既にマスコミにも取り上げられ、テレビや新聞でも通り魔事件として大きく報道されているが、犯人が捕まる様子は無かった。無理も無い。あの時歩いていたのは民家も人通りもあまりない夜道。目撃者なんているはずなかった。
ある日、途方に暮れている俊介に一人の友人が話し掛けた。
「お前、黒魔術の藤堂先生って聞いた事あるか?」
友人の話題に俊介は怒りすら混じったため息をつき、こう言った。
「俺がどういう状況かわかってるのか? 黒魔術とかいうガキの遊びなんか興味無いんだよ」
「それがマジらしいんだ。黒魔術ってのは呪術の一種でな、その気になれば対象を呪殺することも可能らしいんだ」
そして俊介は友人に背中を押され、言われるがままに先生の元へと訪れた。一握りの期待を込めて。
雑居ビルの3階に先生の構える事務所があった。扉の張り紙には大きく『黒魔術』の文字がある。
扉を叩くと、若い女性の声で「どうぞ」と迎えられた。ベールに顔を隠した女性。床には怪しげな魔法陣が張られている。独特の臭気が部屋に立ち込めていた。
「恋人を殺されてその仇討ちをしたいんですね」
初対面の自分のことを指摘され俊介は一瞬驚くが、それは既に報道されている事実だ。彼女も知っていたのだろう。彼女は冷たい口調で続けた。
「犯人の私物か何か、持っていますか」
そんなものあるはず無い。が、俊介はボタンの事を思い出した。ポケットに入っていたそれを差し出して言う。
「こんなものしか無いんですが」
「十分です。これを使いになってもよろしいですね?」
「はい」
「これに含まれる犯人の気だけを人形に封じ込めます。その人形を壊すことで犯人の命も終わるのです。ここからはお見せすることが出来ないので了承下さい」
俊介からボタンを受け取ると、女性は奥の部屋へと入っていった。中からは呪文のような叫び声が聞こえてくるが厚いカーテンに遮られているために中は見えない。好奇心もあったが、なんだか恐ろしい事が行われていそうな雰囲気に俊介は中を覗くことを躊躇った。
「終わりです」
10分程して奥のカーテンから女性の声がした。すると女性は掌大の藁人形とナイフを持って、魔方陣の中心に人形を置き、ナイフを俊介に手渡した。
「そのナイフで人形を思い切り突き刺して下さい」
俊介は魔方陣に足を踏み入れた。電流のような感覚が全身に迸る。
俊介は多少怖気づいている様子だった。右手のナイフが震えている。
「躊躇ってるのなら、私が代行しましょうか?」
「いえ、自らの手で犯人を殺すんです!」
俊介は狂気じみた声を上げ、人形にナイフを突き立てた。
『グサッ』
あの時と同じ音がした。命の消える、悲しい音。
よく出来た人形だ。ナイフを通して俊介の右手に快感が伝わった。人を殺す時に生じる恐怖心、冷酷な感情、達成感。それらが一挙に俊介の身体中に快感へと変換されて流れる。
これが人を殺す時の快感。犯人はこの快感を求めていたのかもしれない。だったらしょうがない、彩の死はこの快感を与える為の名誉ある死だったのだ。
彩への気持ちを忘れると同時に、俊介はまたこの感覚が欲しいと思った。
「どうですか? 犯人を殺せて満足しましたか?」
「あぁ。けどもっと殺したい。そうだ、君が丁度いいな」
右手に持つナイフを握り直し、それを女性に向けた。 |