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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

マスカダイン・クロニクルズ 

癒しの神霊ミュナの落とし子〜聖乙女ポリアンナ〜

作者: 青瓢箪

バナーからマスカダインクロニクルズのホームページにどうぞ。

アンソロジーの一つ、「破戒問答」と合わせて読まれることを推奨します。

 マスカダイン島、神明暦601年のことでありィますゥ。(ベンベン)


 ここは、ロウレンティアとダフォディルの境界、ゾンル砂漠の入り口なりィ。(ベンベン)

 広野にて吹き荒ぶ風は、何もかもを飲み込む黄砂を孕むゥ。

 その中で、砂の上に揺れるはァ、二つの影法師。

 それは一体何者かァ。(ベンベン)


 正体はァ、二人のワノトギ。

 一人は言わずと知れた伝説の、予言力を持つ神霊ネママイアのワノトギであるゥ。

 あどけない少女の姿であるも侮り難し、最強ワノトギに贈られる名「ゴウテツヤマクマゴロウ」を襲名した豪傑でありまするゥ。

 片割れは、彼女を師匠と崇める、神霊シャンケル、草木を操る能力を持つゥ、新米ワノトギのギョクロでござったァ。


「師匠、風が騒いでおります。悪霊を滅したというのに如何なこと」

「畜生、ギョクロ。こいつァ、参ったぜ。あの女が来やがる前兆だ」


 この二人、砂漠の片隅にて生まれた悪霊を神霊から預かりし欠片で滅したところでござったァ。

 悪霊とは、このマスカダイン島の民が死したのち、一部で生まれ出づる哀れな死霊が、変化したものなりィ。人々に取り憑き、害を為す悪霊を退治するのが、特殊な能力を持つ稀人、ワノトギの生業であったァ。


 ワノトギとは、このマスカダイン島におわす九つの神霊、その加護を受けた者でありィますゥ。

 西に悪霊が出たと聞けばいざ西へェ、東に悪霊が出たと聞けばやれ東へェ、日夜粉骨砕身駆け回るこの島の民の守り人であったのだァ。(ハアー、ベンベン)


 いやしかし、如何なる豪傑といえども、毎回無傷で済むわけもなし。今回の退治にて、かのゴウテツヤマクマゴロウの華奢な肩には痛々しい打ち傷が残されていたのであったァ。


 クソ、と忌々しげに舌打ちするゴウテツヤマクマゴロウ。

 そのとき、睨め付ける頭上の空に、黒い影が現るゥ。

 ゆっくりと天からふわふわ舞い降りる綿毛頭の飛行花。

 その柄に捕まる若者と、若者に抱かれた女が二人、彼らの前に降り立ったのでありましたァ。


「お久しぶりですわね。『ロウレンティアの異端児、災禍の勝利者、戦傷のゴウテツヤマクマゴロウ』」


 その声は、なんとも言えぬほどたおやかで心地良く、みずみずしい声でありましたァ。


「おお、お前も変わってねぇな。『ヒヤシンス、デュモンド湖の泡沫から生まれし聖乙女、斜め四十五度のポリアンナ』」


 ゴウテツヤマクマゴロウ、現れた美しき乙女にィ、苦々しげに吐き出すゥ。


「そして隣はお前か。『サンセベリアの傾奇者(かぶきもの)、華麗なる飛行花曲芸師ラスカル』」


 続けて声をかけた隣の若者は寡黙にて、表情も変えずにただ頷くゥ。


 え、なんなの。ワノトギになったら、長いあざなを持たなきゃ駄目なの。


 狼狽える新米ギョクロを差し置いてェ、他の三人は、やれ、ここに対峙したのでありましたァ。(ベンベン)


 空から落ちた女の方は、癒し蘇生の力を持つ神霊ミュナのワノトギなりィ。見目麗しく、流るる長き薄紅色の髪は地までつき、その可憐さには、野を咲く花も恥じて俯くゥ。

 対して若者の方はギョクロと同じく、この島の緑、草木を司る神霊シャンケルの加護を受けた、ワノトギなりィ。昔はいざ知らず、今では質実剛健、朴訥さを絵に描いたようなこの若者、ポリアンナの手となり足となる従者でござったァ。


 この島にして唯一無二のワノトギ、癒しのポリアンナ。

 その類稀なる美貌と、淑やかな品、斜め四十五度に保たれた絶妙な横顔に、思わず見惚れるギョクロでありましたァ。


「さあ、お手を」


 そう言って、ゴウテツヤマクマゴロウに手を差し伸べる麗しき聖乙女。

 白魚のそれを睨みつけ、逡巡し。

 ゴウテツヤマクマゴロウ、ついにその手を自らとりて、跪きたるゥ。


「あら素直、ですわね。ポリアンナ、感激」

「おい分かってるな、お前、オレの背の傷には手を出すんじゃねぇ!」


 ゴウテツヤマクマゴロウが背負いたる宿命の戦傷。

 残しておけとのその言葉に。


「まあ、ウフフ。相変わらずの強情なお返事。ポリアンナ、悲しい。いつになりましたら貴女のその背を滑らかな御肌に戻させて頂けるのかしら」


 言いながら、微笑む乙女ポリアンナは銀に輝く錫杖を取り出すゥ。

 金属の蛇の巻きつきたる錫杖の先は五角の形にて、それぞれの先は鎖がつき、揺れるたびにシャラシャラと音がなるゥ。

 見たこともないその聖具に目を見開くギョクロかな。神霊ミュナのワノトギとは、かのような物を使うのかと驚くゥ。

 そして、聖乙女は愛らしきその唇を開き、歌い、シャラシャラと舞始めたのでありましたァ。


「おお豊穣の大地にて、古より選ばれた我ら民。北はロウレンティア、五つの神霊、クヴォニス、ネママイア、ミュナ、ヲン=フドワ、ユシャワティン。東はサンセベリア、シャンケル。中原はアマランス、イオヴェズ。南はヒヤシンス、フラサオ」

「いいから、さっさとやれってんだよ!」

「西はダフォディル、チム=レサの御名において。この傷つきたる愛しき民の子、神霊ネママイアのワノトギ、ゴウテツヤマクマゴロウをその慈悲の御肌へに抱き抱へ撫でさすり」

「まだかよ!」

「その懐へとかきいれて、憐れみたもうぞ、有難き。我こそは神霊ミュナの欠片を持ちたるワノトギ、ポリアンナ……」


 え。まだ続くの。


 このギョクロ、長口上を述べるワノトギなぞ生まれて初めてなのでござったァ。

 これぞ、神霊ミュナの類い稀なる癒しの力。

 発動するにはこのような唱文、舞、聖具が必要なのか。いや、知らなんだと納得し、ポリアンナの夢の如き舞の美しさにただただ見守るギョクロたりィ。


 聖乙女、桃色の唇から唱文を述べ終えて、銀の錫杖を掲げ持ち、傷つきたるゴウテツヤマクマゴロウの右肩に触れたのであったァ。


「いたいのいたいの、とんでいけ、くーるくる、くーるくる、くーるくる……」


 気のせいか。

 ギョクロが眺めるゴウテツヤマクマゴロウの横顔は、屈辱に耐えているようにも見えたりィ。

 その最中、ゴウテツヤマクマゴロウの赤く腫れた右肩はみるみるうちに色を消し、つややかな肌色へと変わったのであったァ。


「感謝いたしますわ、神霊ミュナ様。その偉大な愛情に。御力に。存在に。救われし貴女の愛し子また一人」


 最後に天を仰ぎ、目を閉じて息を吐き出すポリアンナ。

 ゴウテツヤマクマゴロウ、その彼女の錫杖を振り払い、いきおいよく立ち上がるゥ。


「世話になったな、ポリアンナ。さあ、何処へでも消えやがれ」

「師匠を治していただき、ありがとうございます。初めまして、ポリアンナさん。私はギョクロ。神霊シャンケルのワノトギです」


 憧憬の念を込めて彼女を見つめ、自らを述べたギョクロに、癒しの聖女ポリアンナは斜め四十五度の笑みでこう返すゥ。


「初めまして。話には聞いていましたわ。『サンセベリアから来た羊飼い、献身茶坊主ギョクロ』さん」


 もしかして、それ、私のあざなになっちゃうの。


 動揺するギョクロであったが、それを隠して彼女に問いたりィ。


「素敵な錫杖ですね。神霊ミュナ様から譲り受けられたのですか」

「うふふ、ありがとうギョクロさん。アマランスの鍛治職人に作ってもらったお気に入りのものでありますの」

「え、聖具なのでありましょう、それ」

「馬鹿野郎が、ギョクロ」


 ゴウテツヤマクマゴロウ、ギョクロに呆れた目で告げる。


「あの女のオモチャだよ。言葉や舞と同じで、全てがただのお飾りだ」


 なんと万事が万事、全てが無意味なおふざけであったのか。

 言葉を失うギョクロに、聖乙女は斜め四十五度の微笑みを絶やさずに言葉を紡ぐゥ。


「色、ですわ」


 ポリアンナ、銀の錫杖を抱きしめてふふふ、と笑いたりィ。


「この世は粗野で味気ない。人の世は兎角、情けない。その波を泳ぐワノトギが、色をなくしてはみっともない。……色のかけらもない世とはひどく虚しいものでありますでしょう。そうは思いませんこと? ギョクロさん」


 サンセベリアの羊飼い、茶坊主ギョクロは息をのむ。

 ギョクロは質素に生きてきたァ。

 生を彩る色などと、考えたこともなかったのであるゥ。


「……我らワノトギは人助けが生業。聞こえよくとも、それでおまんまを頂いているのなら、他の生業となんら変わりはありません。ましてや私は神霊ミュナ様のワノトギ。病や傷つきたるものからおまんまをむしり取る、病人、怪我人が居なければ成り立たぬ、これほど業の深い生業はありますまい。しかし、それでもそれこそが。私の生業でありますゆえに。どうせなら、世を、自分を色どって、せめて」

「それは耳にタコが出来るほど聞き飽きた、ってんだよ。どうでもいいから、余計なことをしないでくれっつーんだよ! 」


 ゴウテツヤマクマゴロウはかくも悲鳴をあげたりィ。


「三年前、てめぇは、サンセベリアで発生したイナゴの大群を民が一畑捨てて燃やし倒したのを、また生き返らせやがって。神霊シャンケルのワノトギ総動員でなんとか飢饉を防いだものの、ふざけるなよクソアマがぁ!」


 え、と驚く、ギョクロかな。


「二年前はロウレンティアの外れの集落で鼠が大量発生したのを住人が駆除したら、それもお前が蘇生させただろうがよ! 危うく、ヘンな疫病が流行るところだったつーんだよ!このクソボケがぁ! 折角、予知夢で予言したオレの立つ瀬が無いだろうがよォォォォ! ボケェェェェェ!」


 ゴウテツヤマクマゴロウは聖乙女の衣にかじりつき、必死の体で懇願す。


「頼むから何でもかんでも癒して、蘇らせるなってんだよ。なあ、おい。ただでさえクソ忙しいのに、オレたち他のワノトギに余計な仕事を増やすなってんだよ、なぁ」


 涙ながらに訴えしゴウテツヤマクマゴロウ。

 しかし、かの豪傑に聖乙女ポリアンナはゆっくりと首を振り、拒否をしたのでありましたァ。


「この島の生きとし生けるものは全て愛しき子供たち。無駄な殺生は許しません」

「頼むよォォォォ」


 ゴウテツヤマクマゴロウ、次にはそばに立つ素晴らしき飛行花野郎、ラスカルにも哀願す。


「ラスカル、てめぇはそんなんじゃなかっただろうがよォォォォ! 昔はもっと尖ってイタかっただろうがよォォ! どうしちまったんだよォォ! この女をどうにかしろよォォォォ! 」


 その叫びにも、ラスカルはただ静かに首を横に振るのみ。


 かつては泣く子も黙った鬼の曲芸師、ラスカル。

 技を誤り、飛行花から落下したこのラスカルを救ったのが聖乙女ポリアンナ。

 色と芸、粋と巧。

 そんな二人が惹かれあい、二枚貝の上下の如くピッタリと、前世からのえにしのように合わさったのは、至極当然のことでありましたァ。


「この女のせいで、お前、おかしくなっちまったのかよォォォォ! バカ女のイソギンチャクに成り下がってよォォォォ!」


 それは『腰巾着』の間違いでは、師匠。


 心の中で突っ込むギョクロ、その前でラスカルは無言で聖乙女ポリアンナを抱き寄せたりィ。

 いざ飛び立たんと、腕を伸ばして飛行花の柄を掴みとるゥ。


 聖乙女、ゴウテツヤマクマゴロウの言葉に思うことあったのか。

 ラスカルの胸に愛らしき顔を預け、遠くを見るゥ。


「……ラスカルがイソギンチャクなら」


 斜め四十五度の横顔、蕾のような唇で呟きたるゥ。


「私は……アワビ」

「は?」


 思わず聞き返すギョクロに、すかさずゴウテツヤマクマゴロウが釘をさすゥ。


「この女に関してはツッコミはナシだ、ギョクロ」

「……はい、師匠」


 次の瞬間にはラスカルが、ポリアンナの腰をしっかりと抱き、二人一気に空へと舞い上がるゥ。

 見上げる二人の上空で、綿毛の飛行花は風に乗って流れていったのでありましたァ。


 今もそしてこれからも。

 神霊ミュナのワノトギはァ、歌い、舞い、癒し、治して、蘇生させるゥ。

 それが彼女の矜持なりィ。

 この島に、病み傷負う、愛し子のいる限り。



「もう一つの意味でも突っ込みはナシだぞ、ギョクロ」

「……考えてもみませんでしたが、今、貴女の言葉で想像しちゃったじゃないですか、師匠」

「いやお前、ラスカルが男だと思っていただろうけどよ。あれ、女だから。あいつら、女同士だから」

「……まぢですか、師匠」



 人生色々、ワノトギ色々、抱く信条も十人十色。

 時に認め合い、反発し、それでも世は廻り続け、人は生き続けるゥ。

 マスカダイン島の物語はこの先も永遠に紡がれるのであったァ。



 神明暦601年、ミュナ・ルア(夏のみ月)のことでありましたァ。(ベンベン、ベンベン、ベベンベン、ベン)









この話はマスカダインクロニクルズ企画第二弾参加作品です。

興味を持たれた方は、下のバナーからホームページへどうぞ。

参加者、募集中です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 思うに、ポリアンナさんって、すごい力の持ち主。誰をいやしよみがえらせるかを、考えない所が 長所かな。区別は差別につながるし、「この人は癒さないから」ってなると、不平等がおこるか。ポリねえちゃ…
[一言]  また濃い奴らを出してきたなあ(第一声)  いつの間にか誰が一番色物を出せるか選手権になりつつあるマスカダインクロニクル。  楽しませてもらいました。  まさか飛行花まで使ってもらうこ…
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