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第二十九話 静寂の言葉
 二人の間に、言葉は無かった。
 図書館の定位置に座る。
 正面には、いつも君がいた。
 昔から――、そして今も。


 並んで席を立った時、閉館間際の館内に、夕陽が射していた。
 あの街の小さな図書館で、二人で見た風景とは違う、でも、朱に染められた世界は、普段と表情を変えていた。
「ねえ、愛」
 図書館の自動ドアを潜った時に、俺は愛を呼び止めた。
 愛が立ち止った瞬間、沈みかけの太陽の煌きの逆光が、愛を隠した。
 その一瞬の黄昏の中で、不意に過去が交錯しているような錯覚に襲われた。
 あの日の俺たちが、まるで隣にいるような。
 一瞬の煌きは、すぐに紫の夜の空へと変わっていく。
 でも、胸の奥の熱は、そのままここにある。
「愛と一緒にいたいって思う」
 愛が振り向くのを待ってから、俺はそう告げた。
 今、一番の偽りのない気持だった。
 愛は、驚かなかった。
 最初から知っていたような微笑で、まっすぐに俺を見つめていた。
「自分でもうまく整理できている感情の方が少ないから、今はそれしか言えないけど。それでも、その気持ちだけは確かだから」
「二人でいることが、それだけであんなにも幸せなんだって、あの時は知っていたのにね」
「一足飛びにはいかないよ」
「わかってる、隆は真面目だもんね」
 人差し指が、楽しそうに僕の目の前で揺れていた。
「茶化すなよ」
 その指をつかんで、俺は愛の方に身を乗り出した。
 十センチくらいの距離に、愛の顔がある。
「今なら思うでしょ? もう大丈夫だって」
 愛は、一片の作為もない表情で、俺にそう言った。
 気持ちは晴れやかだった。
 目指す場所は、はっきりとしていた。
 だから、かもしれない、迷いも不安もなくて、歩きだす意志に満ちているのは。
「そうだな」
 少し笑って俺は答えた。

 ただ、まっすぐに愛を見つめていた。
 ただ、まっすぐに愛を想っている。

 言い表せない想いを、気持ちを、心を、静寂に乗せて。
 変わらない静寂の言葉が、あの日と変わらずに二人をつないでいた。
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