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第一話 二人の覗く世界
 二人の間に、言葉は無かった。
 名前も、知らなかった。
 町の図書館、閑散とした館内の定位置に座る。
 正面には、いつも君がいた。

 手に持った本を置き、静かに椅子を引く。木製の年季の入った椅子に座ると、少しだけ軋んだ音が館内に響いた。前の席に座っている女の子と、視線が合う。軽くお辞儀をすると、彼女も座ったままで礼を返した。
 今日は、僕の方が後だった。
 いつものやり取り、どちらかが先に座っている事もあれば、二人一緒の場合もある。
 名前も知らない彼女。
 歳は同じくらいだと思うのだけれど、確認した事は無い。そもそも未だに会話した事が無いのだから。それでも閑散とした広い館内で、向かい合って座っている。昔から、そして今でも。気付いたのは、小学校二年の時だったから、もう三年もそうしていることになる。最も――気付いていないだけで、もっと昔から出会ってはいたのかもしれないけど。
 多分、声をかけるタイミングはあったと思う。
 でも、それは出来なかったし、無理にしようとは思わなかった。
 言葉を発してしまえば二人の時間が消えてしまいそうな気がしていた。

 そっと本を手に取りページをめくると、微かな本の香りが届く。春の風が少しだけ開いた窓から流れ込み、カーテンを揺らす。その風は、少しだけ彼女のショートカットの黒髪を乱して、通り抜けていった。視線は本に向けたまま、指で髪を梳く彼女。端正な顔立ちで、可愛いよりも綺麗が似合うその容姿は、少しだけ冷たそうな感じを与えている。
 そんな風に見詰めていてから、予想以上に気を取られている自分に苦笑いして、視線を本へと落とした。
 活字の列が意味を持ち、一つの世界を形作る。

 本の読み方は人それぞれだって言うけれど、僕は登場人物の声が、自然と聞こえるような気がする。この人はこんな声とか、想像するよりも早く台詞を読んだ瞬間に、そのキャラクターの声が音として聞こえる。
 絵が下手なせいか、情景を思い浮かべることはないけど、場面場面の音が聞こえてくる、そんな本の読み方になる。誰に教わったわけでもなく、自然とそうなっていた。
 でも、だから、映画とか映像化されると、ちょっとそれを見れないということはあったけど。
 どうしても、声とかのイメージが違って、違和感が強くて。

 一話目を読み終えて、少し顔を上げる。
 目の前のあの子は、真剣な面持ちで……その両手で開いている本のタイトルをこっそりと盗み見ながら、こんど彼女に見つからないように読んでみようと思う。なんだか、正面に座ってそれをするのは恥ずかしいから。真似して同じ本を読んでるところを見られるのは、恥ずかしいから。

 ――彼女は、どんな風に本を読んでいるんだろう?
 多分、僕とは違っているんだと思う。
 だけど――、覗いていた『世界』や、その感じ方は違ったのかもしれないけれど、この時の僕は同じ時間を彼女と共有していたんだと思う。

 好きだったのかもしれない。
 でも、良く分からない。
 やわらかくて、曖昧な気持ちはまだ、一言で言い表せられるほどはっきりとしたものじゃなかった。


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