空から白いゴミが落ちてきた。それは冷たく手のひらに落ちると水滴となり、指の間から流れ落ちていく。
「……雪か」
ははっ、今の俺にはお似合いか。ドラマだと雨が多いのに俺の場合は雪か。
辺りに人気は無い、それも当たり前だ。なにせもう夜遅いし、こんな寒空の下で公園にたたずむのは俺一人だ。
『ごめんね』
思い出したくないのに、つい先程の光景がフラッシュバックする。
くそっ。
俺はジャングルジムの鉄柱に蹴りを入れる。だからと言って何かが変わるワケではなく、只単に足が痛いだけで、取りたい痛みは取れない。
何なんだよ、俺がいったい何をしたって言うんだよ。
そんなことをいくら自分に問いかけても答えなど出るはずが無い。答えを持っているのは俺ではないく彼女だから。
……だったら、せめて。
俺は天を仰ぎ、降り続ける雪を見つめる。雪は雲の中にある水蒸気が凍った物だと聞いたことがある。
俺の痛みも凍らせてくれないだろうか、降り続ける雪の中に立っている俺の痛みを降り積もる雪のように埋めてはくれないだろうか。
だがそんな願いもむなしく。雪はただ俺の体温を下げて、辺りにうっすらと積もり始めるだけだ。
だからだろうか、俺は先程の光景を思い出してしまった。
それはこんな寒い雪空の下ではなく、暖房が効いた喫茶店の中だった。
「悪い、待ったか?」
俺は彼女を見つけると向かい合うように座り、注文をとりに来た店員にコーヒーを注文した。
「いきなり話があるっていうから、何事かと思ったよ」
「うん、ごめんね。こんな時間に」
「別にかまわねえよ」
俺が怒ってないことを確認したのか彼女は笑顔を見せる。
だが俺はそのときに気付くべきだった。彼女の笑顔が少しの寂しさが混じっていることに。
二年も付き合ってるというのに、そのことを気付けない自分が今更ながらも悔やまれる。いや、二年も付き合っていたから…いつの間にか彼女のことをちゃんと見れなくなっていたのかもしれない。
だから、これは当たり前なのか?
降り続ける雪は何も答えない。だが俺にはそれが正解のように、雪は俺を痛めつけていく。
「別れよう」
突然の彼女が言い放った一言に俺は飲みかけのコーヒーを零しそうになった。
「えっ、いや、ちょっと待て、今何て言った?」
「別れようって言ったの」
「何で!」
突然のことで気が動転していた俺は声を荒げながら、テーブルを叩き立ち上がる。一斉に店内の視線は俺に集中して、そのことに気付いて俺は何事も無かったかのように座り直した。
「別れようなんて、突然どうしたんだよ?」
「自分の胸に手を当てて考えてみたら」
「別に俺はやましいことは無い」
そのことだけは断言できる。俺は浮気なんてしていないし、今では合コンの誘いですら断ってる。だからこそ、彼女の言っている事なんて何一つ理解できなかった。
彼女は俺から目線をはずすと、どこか別の場所を見ているかのように遠い目をした。
「確かにやましいことはしてないと私も分かってるけど…」
「だろ」
「けど、それだけだよね?」
「はぁ?」
「私達、付き合ってたんだよね?」
「当たり前だろ」
俺達が恋人同士とうことは確かだ。普通にデートもしているし、それに他の恋人同士がやっていることもしている。傍から見ても付き合っていることは間違いない。
「じゃあ…」
彼女の視線が再び俺へと戻る。だが俺は彼女のとまともに目を合わせることが出来なかった。それほど彼女は真剣な目をしていたからだ。
俺は怖気付いていた。
彼女は溜息を付くと再び遠くへと目を向ける。
「いつからだろうね。こうなったの?」
「いったい何のことだよ」
「……まだ、分かんないんだね。けど当たり前かな」
俺は彼女の言っている意味がまったく分からなかった。いや、分かってやるべきだったんだ、あの時は。
あの時、彼女の気持ちを察しさえしていれば、今頃どうなってたんだろ。
取り返しが付かないと分かっていても、俺は今更後悔する。
「もういいよ。じゃあ、もう連絡してこないでね」
「おい、ちょっと待てよ。そんなんで納得できるわけ無いだろう」
俺の言葉を無視して彼女は伝票を持って席を立つ。
「おい」
呼び止める俺の言葉に彼女は振り向くことなく、その場に立ち止まる。
そして囁くように声にする最後の言葉。
「私のこと、ちゃんと見てくれていた?」
その言葉で俺はようやく彼女の言いたいことが分かった。
いつだ。いつから俺は彼女の事をちゃんと見なくなっていた。いつから俺は彼女の上辺しか見ないようになった。
俺はここまで鈍感だったのか? 彼女が何を思い、何を考え、何をしたかったのか。その一つさえ気付いてやれないほど俺はバカだったのか?
自分の愚かさを悔やむように俺はジャングルジムを殴りつけた。
……痛い。ははっ、当たり前か。
痛みが俺を正気に戻してくれた。一気に寒さを感じるようになり、自分にも雪がうっすらと積もっていることにやっと気付いた。
どうやらかなりの間この場所に立っていたらしい。俺は自分に積もった雪を振り払うと再び上を向いた。
空は黒い雲で覆われているように見えた。
これは積もるかな? 明日は大変そうだ。
そんなことを思いながら俺は帰宅することにした。
まだ痛みは取れていない、たぶん立ち直るには時間がかかるだろう。けど…。
うっすらと積もり始める雪を見て改めて俺は思う。
俺も降り積もる雪のようにいろいろなことを積もらせていくのだろうと。
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