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耳の遠い神様にお願いすれば。
作:きよこ


 拍手かしわでをうち、神社の裏へ。神社の裏手の壁をどんどん叩く。耳の遠い神様を呼び出す方法。
 テレビでやっていた、このどうしようもない方法をあたしは実践しようとしている。
 バカみたい。
 けれど、女の執念を甘く見ないでほしい。だってあたしには叶えたい願いがあるのだ。

 
 母方の祖父母の家は古い農家だ。築何年だかは知らないけれど、黒ずんだ平屋の家屋は、時代劇に出てきそうな古い佇まい。大黒柱だって縁側だってある。
 その家の裏手には林がある。
 林の手前には田んぼに水を引くための小川が流れ、それにそって歩いていくと十段ほどの石でできた階段。そこを登ると小さな神社が祭ってある。
 おそらくは農民が豊穣を願うために作られた神社だ。
 畳二畳分くらいしかない小さなやしろの扉はいつも鍵で閉まっていて、隙間から覗こうとしても何も見えやしない。闇があるだけ。
 小さい頃はこの神社の境内でのんびりとアイスを食べたり、蝉を捕まえて遊んだりしたものだ。

 夏休みの某日。あたしは両親と、祖父母の家に遊びに来た。そのついでに――これが一番の目的ではあるのだが――あたしはこの神社へとやって来た。
 何もかもが揺らいで見える太陽光線。苔むした石の下には、きっと涼むために入り込んだ虫がうようよいることだろう。
 あたしが小さい頃、この神社によく来ていた理由はひとつ。涼しいからだ。周りは林。木のおかげで出来た日陰は、日向とは段違いに涼しい。風が吹けばかさかさと葉がこすれあい、涼しい音を奏でる。
 一歩一歩神社に歩み寄る。踏みしめる土はどこか湿り気を帯びていて、朝の雨のあとが残っているようだった。
 ここの神様はきっと豊穣の神。
 けど、きっとこれだけ小さな神社じゃ、訪れる人なんて近所に住む農家の方々のみだろう。だったらあたしの願いが聞こえるかもしれない。
 
 今年のお正月。近所にある神社に初詣に行って、お願いをした。
『あたしの誕生日までに彼氏が出来ますように』
 あたしの誕生日、七月十日。何事も無く過ぎていってしまった。
 あたしは十八歳。高校三年生。未だに彼氏が出来たことがない。周りはカップルばかり。焦っている。高校にいる間にどうにか彼氏がほしい!
 けど、神様にお願いしたところで聞いてくれやしない。
 いや待て。きっと神様だって忙しいのだ。だったら暇そうな神様にお願いしよう。
 というわけで、あたしは暇そうな神様に目星をつけた。
 そう、それが、ここ。

 拍手かしわでをうち、神社の裏へ。神社の裏手の壁をどんどん叩く。耳の遠い神様を呼び出す方法。
 この神社の神様が耳が遠いかどうかは知らないけど、願いを聞いてもらうためにとりあえずやってみる。
「どうか、高校卒業までに彼氏を作ってください!」
 一応、もう一度だけ、神社の壁を叩いてみた。
「どうか、高校卒業までに彼氏を!」
 よし。これでオーケー。
「オーケーなわけあるかっ! ボケがっ!」
 バタンとか、ドスンとかすごい音と、女の人の怒声。
 一体何が起きたの?
 どうやら神社の扉が開いたらしい。けれどあたしは裏手にいるから、何が起こっているのか見えない。
「人が気持ちよく寝てんのに、パンパンドンドンうるさいんじゃっ! どこのクソガキじゃっ! 隠れてねえで出て来い!」
 ……ええと、やくざが住んでいたみたいです。ええと、うん。逃げよう。
「逃げてんじゃねえ! 小童が!」
 首根っこをつかまれた。ぐいぐいとすごい勢いで引っ張られてる。
 どういうことですか? この神社にはやくざが祭られてるんですか? ああ、かよわいあたしは殺されてしまうですね。アーメン。って死ねません。死ねませんって。
「痛い! 痛いって! ごめんなさい! 謝るから! 引っ張らないで!」
「謝って許されると思ったら大間違いじゃ! 警察は何のためにあるか知ってるか?!」
 なんかむかついてきた。謝ってんだから、とりあえず引っ張るな。
「暴行罪であなたがつかまるためじゃないですか」
「暴行しとらんじゃろが!」
「引っ張ってんじゃん! 暴行です! 暴行! 誰か助けて!」
「ああ、もう! 大声出すな!」
 手がやっと離れた。めちゃくちゃむかつく。思いっきりガンつけながら振り返る。
「……うそ」
 そこにいたのはやくざじゃない。女子高生でした。



「ええと、あの」
「わしのことが知りたいんか? わしは五穀豊穣を司る神じゃ。もともとは蛇の化身だったかの」
 蛇……嫌い。そういえばこの人、目がつり上がってるし、舌長そうだし、髪の毛黒くて長いし、なんか蛇っぽい。
「なんで女子高生なんですか?」
 身長は百五十センチくらいだろうか。あたしより小さい。赤いリボンのセーラー服に、今時っぽい膝上二十センチの短いスカート。そして昔の女子高生のシンボル。ルーズソックス。
「趣味じゃ、趣味。このるーずそっくすを手に入れるの、苦労したんよ。すーぱーるーずじゃ」
 嬉しそうですが、いまやルーズソックスは死滅寸前です。言わないけど。
「あの、趣味って」
「こすぷれが趣味なんじゃ。こんなところにいると、暇で暇で仕方なくての。なーす服をお供えしてくれれば、願いを叶えてやるぞ」
 神様、あたし、なにか間違えてると思います。言わないけど。
「で、お前さんの願いはなんじゃ? 聞いてやってもいいぞ」
「つうか、さっき言ってたんですけど、聞いてなかったんですか?」
「悪いのお。わし、こう見えて歳での。耳が遠いんじゃ」
 パンパンドンドンしてたのは聞こえてたくせに、願いは聞こえてないんかい。二回も言ったつーのに。
「あたし、彼氏がほしいんです! 周りの皆は彼氏いるのに、あたしいなくって。あせってるんです」
「なぜにあせる? わしはいない暦三百年くらいじゃぞ」
 それってある意味すごいです。
「好いてる男はおるんかい?」
「いえ、特には」
「だったら、彼氏なんていらんじゃろが。おなごは好いた男と付き合うのが一番の幸せじゃぞ。あせって男を作ってどうする? 周りがどうであろうとお前の人生とは関係なかろうが」
 あたしは何も言えなくなってしまった。確かにそうだ。
 けど、あんたは三百年もいないならあせった方がいいと思う。言わないけど。
「本当に好きな男が現れたらまた来ればええ。その時は助けて進ぜよう。あせる必要なんてない。お前の人生はお前だけのものじゃ。他の者と比べる必要はない」
 神様の言うことだからなのか、素直にその言葉を受け入れようと思った。姿が女子高生なのは目をつぶっておこう。
「好きな男に出会えるまで、好いてくれる男が現れるまで、ゆっくりしておればええ。あせりは禁物。急がば回れと言うじゃろう」
 そう言って、神様はあたしに何かを差し出した。二十センチ四方くらいの木箱だ。
「おみくじじゃ。特別にタダでひかせてやろう」
 本当は金を取るんかい。まあいい。大吉とかひけそうな気がするし。
 木箱に開けられた穴に手を突っ込み、くじをひく。
 早速開こうとすると、神様の手がそれをさえぎった。
「わしはもう寝る。くじは神社を出てから開け。いいか? お前に好きな男が出来たら、協力してやる。その時は、なーす服を持って来い」
「……わかった」
「ピンクのミニでよろしく」
 あんたイメクラの店員ですか。
「それじゃあ、おやすみ」
 神社の中に入り、彼女はごろんと寝転がってしまった。パンツが丸見えだ。言ってあげた方がいいかな。
「ねえ、パンツ……」
 言いかけたその時、一陣の風が吹いた。
 強い風によって、神社の扉がものすごい勢いで閉まる。その途端、目が眩むほどに太陽の光線が強くなった。
 真っ白で何も見えない。思わず目をつぶり、さらに手で目を覆った。
 目をつぶっていても、なんとなく光が和らいできたことがわかる。ミンミンゼミの鳴き声がやけに耳に入ってきた。
 そっと目を開き、手をどかす。
 今のはなんだったのだろう。
 神社を見ると、来た時と変わらず、扉はがっちりと閉められていた。
 あの人、本当に神様だったのだろうか? 勢いに負けて信じてしまったけど。
 手に握られた一枚の紙に気付く。おみくじだ。
 幾重にも畳まれたそれをゆっくりと開いていく。

『凶』

「……まじかよ」
 いや、待て。どこかにいいことが書いてあるかも。まずは、恋愛だ。

『待てど暮らせど待ち人来たらず』
「お前さんの考えてること全部聞こえてるんじゃ! 三百年も男がいないのにあせってなくて悪かったねえ! ばーかばーか!」
 どこからともなく風が吹き荒ぶ。その風に紛れるようにあのエセ女子高生神様の声が聞こえてきた。
 
「ふざけんじゃねえええええ!」
 
 拍手をうち、神社の裏へ。神社の裏手の壁をどんどんどんどんどんどん叩く。耳の遠い神様を呼び出してやろうじゃねえか。



 
 


昨日テレビを見ていたら、「神社の裏手の壁を叩く」というお願いの仕方をやってました。観た人いますか?
それで思いついて書いてみました。
コメディーは初挑戦です。クスリと笑っていただければいいのですが……(^^;
ご意見ご感想お待ちしております。













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